シングルセル解析・空間解析の装置を手がける米国の 10x Genomics が、新しい空間解析プラットフォーム「Atera」を発表しました。米国がん学会(AACR)の2026年年次総会に合わせて、2026年4月18日に発表されました。組織切片(組織を薄く切った標本)の上で、細胞が働かせている遺伝子をほぼすべて(全トランスクリプトーム)、細胞1個ずつの感度で読み取ることを狙います。同社のこれまでの装置では、測る遺伝子を先に数千個までに絞る必要がありました。発表時点で予約の受け付けを始めており、2026年9月29日には世界向けの出荷を始めたと明らかにしました。
全遺伝子を細胞ごとに位置つきで読む仕組み
空間解析(spatial biology)は、組織の形を保ったまま、どの場所の細胞がどの遺伝子を働かせているかを測る技術です。組織をすりつぶして測る従来のRNA解析が、町じゅうの声をまとめて録音する作業だとすれば、空間解析は、誰がどの家で何を話しているかを地図に書き込む作業に近いものです。Ateraはこの地図づくりを、切片の上でその場(in situ)で行います。
10x Genomicsはすでに、同じin situ方式の「Xenium」を販売しています。Xeniumは調べる遺伝子をあらかじめ選んだパネル(測定対象の遺伝子のセット)で測る方式で、対象は多くても数千遺伝子です。ヒトでタンパク質をつくる遺伝子はおよそ2万あるので、どれを入れるかを先に決める必要がありました。同社はAteraについて、Xeniumより多くの遺伝子を、より高い感度とスループット(一定時間に処理できる検体の量)で測れると説明しています。
これまでの空間解析では、遺伝子を絞って細胞1個ずつ見るか、全遺伝子を見る代わりに位置の細かさや感度を譲るか、という二択を迫られる場面が多くありました。Ateraはこの二択をなくすことを掲げています。ただし、両立できるというのはメーカーの説明です。出荷は始まったばかりで、論文や利用者のデータで裏づけられるのはこれからです。
対応する検体は、凍結組織と、病理検査で広く使われるFFPE(ホルマリン固定パラフィン包埋)標本の両方とされます。解析ソフトも刷新し、ブラウザ上で解析できるようにしたといいます。データの置き場所は、10xのクラウド、自社で管理するクラウド、社内サーバーの3つから選べます。
発表では、ペンシルベニア大学やドイツがん研究センター(DKFZ)などのデータが紹介されました。DKFZの例は、1つの大腸がん検体を調べたものです。がんの進み具合(病期)が違う部分をまたいで、性質の異なる複数のがん細胞や、幹細胞の状態にある細胞を見分けたとされます。それぞれが周りの免疫細胞とどう関わっているかも、地図に示したと説明されています。同じ腫瘍の中に性質の違う細胞が混ざっていると、薬が一部の細胞にしか効かず、残った細胞から再発することがあります。その混ざり方を1枚の切片で位置ごと示せる点を、同社はがん研究での強みとして打ち出しています。
創薬研究への影響と導入前の確認点
影響が大きいのは、創薬の標的探索やバイオマーカー(病気の状態や薬の効き目を示す目印)の研究を担う部署です。遺伝子を先に選ばずに済めば、仮説がまだ固まっていない探索の初期でも、パネルに入れ忘れた遺伝子による見落としを減らせる可能性があります。細胞をばらして1個ずつ調べるシングルセル解析で見つけた細胞の種類が、組織のどこにいるのかを確かめる使い方も考えられます。
一方で、全遺伝子を細胞ごとに読むと、1検体から出るデータの量は大きく膨らみます。読み解くにはバイオインフォマティクス(生物データを計算機で解析する技術)の担当者が要ります。データの置き場所と保管の費用も、先に決めておく必要があります。社内サーバーも選べるので、検体のデータを社外に出しにくい会社でも検討の余地があります。検体の側にも落とし穴があります。手術で取り出した組織を固定するまでに時間が空いたり、FFPE標本の保管年数が長かったりすると、RNAが分解して読める量が減ります。過去の標本が使えるかどうかは、固定の条件と保管の記録しだいで大きく変わります。
GenomeWebの報道では、装置の定価は49万5,000ドル、全トランスクリプトーム解析の試薬は1検体あたり約2,200ドルです。台数にも限りがあります。同社は8月の決算説明会で、2026年の出荷を約40台と見込み、その多くが年末に集中すると説明しました。注文が少ないのではなく、つくる能力が追いついていないとしています。日本で買う場合は、見積もりを取るときに価格と合わせて納期も確かめてください。
装置を買う前に、外に出して試す道もあります。10x Genomicsは、試料を預かって解析する受託サービス「Catalyst Research Services」を始めたとしています。Ateraを持たない研究室でも、検体を送れば全トランスクリプトームの空間解析を受けられます。日本から依頼する場合の条件は、10xの日本の窓口に問い合わせてください。その後、三洋貿易グループのKOTAIバイオテクノロジーズ(大阪府箕面市)がAteraを導入し、国内の製薬企業や研究機関に向けた受託サービスの準備を進めていると発表しました。まず数検体を外に出してデータの質と解析の手間を見てから、社内導入を決めることもできます。
発表で紹介された使い道は、がん研究のような研究段階のものです。医薬品の製造や出荷試験に使う機器とは、位置づけが別と考えられます。
自社導入か受託かは、利用者の実データと費用が出そろってから決めても遅くありません。
※ 本ページは10x Genomicsの発表(PR Newswire)をもとにしたProglenth編集部による整理です。性能・提供時期・価格の詳細は一次情報および提供元をご確認ください。