低分子研究・非臨床安全性

QT延長リスクの非臨床評価とは?(ICH S7B・CiPA・hERGの位置づけ)

新しい薬を世に出す前に、必ず確かめておきたいことの一つが「心臓のリズムを乱さないか」です。とりわけ注意されるのが、心電図の「QT間隔」という区間が薬の影響で延びてしまう「QT延長」です。QT延長そのものは症状のないことも多いのですが、まれにトルサード・ド・ポアントねじれるような波形を示す致死的な心室性不整脈。QT延長を背景に起こりうる。TdPねじれるような波形を示す致死的な心室性不整脈。QT延長を背景に起こりうる。。ねじれるような形をした危険な不整脈)という致死的な発作の引き金になり得ます。だからこそ、開発の早い段階からリスクを見積もる仕組みが整えられてきました。

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QT延長リスクの非臨床評価とは?(ICH S7B・CiPA・hERGの位置づけ)

その評価は、ヒトに投与する前の「非臨床(動物や細胞を使う段階)」と、ヒトで確かめる「臨床」の二段構えになっています。非臨床の中心にあるのが ICH S7B というガイドラインで、試験管や培養細胞で調べる in vitro生きた動物の体外で、試験管やシャーレなどを用いて細胞・組織・分子レベルで行う実験を指す用語。(試験管内)のイオンチャネル試験と、動物で心電図を測る in vivo生きた動物の体内で試験を行うこと。物質が吸収・代謝を受けた実際の状態での影響を見られる。(生体内)の QT 試験を組み合わせます。この in vitro の主役が、よく耳にする hERG心筋の再分極を担うカリウムチャネルの一種。薬が塞ぐとQT延長や不整脈につながるため早期に評価する。(心臓にあるカリウムイオンの通り道の一種)です。

ただ、近年の議論は「hERG 一つを見れば十分」という発想からは離れつつあります。心臓の拍動は複数のイオンの通り道が協調して成り立っているため、一枚の窓だけを覗いてもリスクの全体像はつかめないからです。この記事では、QT 延長がなぜ危険なのか、ICH S7B医薬品のQT延長・心室再分極遅延を非臨床で評価する指針。hERG試験をin vitroの中核と位置づける。 の枠組み、hERG 単独に頼る限界、そして CiPAhERG単独に頼らず、複数のイオンチャネルへの作用を統合してTdPリスクを予測する枠組み。 という新しい統合評価の考え方、さらに臨床(ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。 E14)との連携までを、順を追って見取り図として整理します。

QT延長はなぜ危険なのか

心臓の細胞は、拍動のたびに電気で興奮し(脱分極)、そのあと元の状態へ戻ります(再分極興奮した心筋細胞が元の状態へ戻る過程。hERGがその主役の一つで、遅れるとQTが延びる。)。この一連の電気的な動きにかかる時間が、心電図では QT 間隔として現れます。薬が再分極を担うイオンの通り道を邪魔すると、戻りが遅れ、QT 間隔が延びます。これが QT 延長です。

問題は、再分極が遅れた心筋では、次の興奮が中途半端に始まってしまう「早期後脱分極」などが起こりやすくなる点です。ここに、心筋の場所ごとの回復のばらつきが重なると、興奮が旋回するような異常が生まれ、TdP へと発展することがあります。TdP は自然に治まることもありますが、心室細動へ移行シリコーンなどが容器側から薬液側へ移り出ること。して突然死につながる危険をはらみます。QT 延長が単なる「心電図の数字の変化」で済まされないのは、この先にある事態のためです。

やっかいなのは、この副作用が心臓を狙った薬に限らないことです。過去には抗ヒスタミン薬や消化管の薬など、心臓とは無関係の目的で作られた薬が、QT 延長のために市場から撤退しました。標的が何であれ、多くの薬が意図せず心臓のイオンチャネル細胞膜に存在するタンパク質の孔で、ナトリウム・カリウム・カルシウムなどのイオンを選択的に透過させ、心筋や神経の電気信号を制御する。に触れてしまう——だからこそ、薬の種類を問わず、QT 延長リスクを共通の物差しで評価する必要があるのです。

非臨床評価の枠組み:ICH S7B

ヒトに投与する前の段階で QT 延長リスクを調べる指針が、ICH S7B です。QT 延長・心室再分極の遅れを非臨床でどう評価するかを定めたもので、安全性薬理心血管・中枢神経・呼吸への急な影響を、臓器毒性とは別枠で見る評価(コア・バッテリー)。の一連の試験の一部として、大きく二つの柱から成り立っています。

in vitro:hERGなどのイオンチャネル試験

一つ目の柱が、培養細胞などを使う in vitro のイオンチャネル試験です。その中心が hERG チャネルへの阻害を調べる試験で、再分極の主役であるカリウム電流をどれだけ塞ぐかを、パッチクランプ細胞1個の膜に流れるごく小さな電流を測る電気生理学的手法。hERGアッセイの土台になる。法(細胞の膜に流れる電流を測る手法)で電気的に測ります。得られた IC50対象の働きを半分に抑えるのに必要な薬物濃度で、値が小さいほど強く阻害する。hERG阻害の強さを表す。(働きを半分に抑える薬の濃度)を、ヒトで想定される血中濃度と見比べて、心臓にどれだけ余裕があるか(安全域)を見積もります。

この安全域マージンhERGのIC50を遊離Cmaxで割った、単位のない倍率。心毒性の余裕を手早く見積もる指標。の具体的な計算方法はhERGのIC50とCmaxで安全域を計算するで、測定手法による品質の違いはhERGアッセイの自動と手動パッチクランプで、それぞれ詳しく扱っています。ここでは「in vitro 試験の代表として hERG が位置づけられている」という枠組みだけを押さえておきます。

in vivo:QT試験

もう一つの柱が、動物を使う in vivo の QT 試験です。意識のある動物にテレメトリー動物の体内に小型発信器を埋め込み、麻酔や拘束なしに血圧・心拍数・心電図などの生体情報を遠隔でリアルタイム記録する手法。(体内から心電図などを無線で記録するしくみ)を用い、薬を投与したときに実際に QT 間隔が延びるかを観察します。in vitro が「一つのチャネルへの作用」を切り出して見るのに対し、in vivo は生きた体のなかで血中濃度・代謝・複数のチャネルへの作用が絡んだ、最終的な反応を見る役割です。この二つを合わせて、非臨床でのリスクの見立てを組み立てます。

POINT

ICH S7B の非臨床評価は、培養細胞で個々のイオンチャネルへの作用を測る in vitro 試験(代表が hERG)と、動物で実際の QT 間隔の変化を見る in vivo 試験の二本柱です。どちらか片方ではなく、両者を合わせて見立てるのが基本です。

hERGだけに頼ることの限界

hERG は、催不整脈不整脈を引き起こす性質。医薬品開発では早期に評価すべき安全性の論点になる。リスクの重要な入口です。ただ、それ一枚でリスクの有無を決められるわけではありません。理由は、心臓の再分極が hERG のカリウム電流だけでなく、カルシウムの電流や、ゆっくり流れるナトリウムの電流など、複数のイオンの通り道の綱引きで決まっているからです。

たとえば、hERG を塞ぐ一方でカルシウム電流もあわせて抑える薬は、再分極の遅れが打ち消され、実際には TdP を起こしにくいことがあります。逆に、hERG への作用が穏やかでも、別のチャネルとの組み合わせでリスクが顔を出す場合もあります。hERG 単独の指標は、こうした「チャネル同士の相殺や相乗」を映せません。

さらに、hERG 阻害の強さと臨床での TdP 発生は、きれいな一対一の関係にはなりません。hERG を見ることは必要ですが、それだけを頼りにすると「疑わしきは落とす」に傾き、本来は安全な候補まで開発から外してしまう恐れもあります。この限界意識が、次に述べる CiPA という発想の出発点になりました。

CiPA:複数チャネル・in silico・iPS心筋による統合評価

CiPA(シーパ。Comprehensive in vitro Proarrhythmia Assay、包括的な催不整脈の試験群hERG単独に頼らず、複数のイオンチャネルへの作用を統合してTdPリスクを予測する枠組み。)は、hERG 一つに頼らず、複数の情報を統合して TdP リスクそのものを予測しようという枠組みです。おおむね三つの要素から成り立ちます。

一つ目は、複数のイオンチャネルへの作用を測ることです。hERG のカリウム電流に加え、カルシウム電流やナトリウム電流など、再分極にかかわる主要な通り道への影響をまとめて調べます。二つ目は、その測定値を心筋細胞の数理モデル(in silicoコンピュータ上の計算で予測・解析すること。配列からT細胞エピトープのリスクを安価に広く洗い出す一次評価。。計算機の上でのシミュレーション)に入れ、細胞の電気的な振る舞いを再現して、TdP の起こりやすさを一つの指標として導くことです。三つ目は、iPS 細胞由来の心筋細胞(ヒトの iPS 細胞から作った心筋の細胞)を使い、実際にヒト由来の細胞で不整脈のような異常が現れるかを確かめることです。

ねらいは、hERG 単独では見えなかった「チャネル同士の綱引き」を、計算とヒト細胞の両面から取り込み、リスクの評価を実態に近づけることにあります。CiPA は既存の枠組みをそっくり置き換えるものではなく、ICH S7B・E14 の考え方を補強し、非臨床データをより確からしいリスク判断へつなげる方向を後押しする位置づけと読むのが穏当です。

POINT

CiPA は「複数チャネルの測定」「in silico の心筋モデル」「iPS 由来心筋細胞」を組み合わせ、hERG 単独では捉えきれないチャネル間の相互作用を取り込んで、TdP リスクを直接見積もろうとする統合評価の考え方です。

臨床評価(ICH E14)との連携

非臨床でどれだけ丁寧に評価しても、最終的にヒトで QT 延長が起こらないかは臨床で確かめます。その臨床側の指針が ICH E14 で、非臨床の ICH S7B と対になって、開発全体を通した QT リスク評価の枠組みをつくっています。

両者の関係を一歩進めたのが、2022 年に発効した E14/S7B の質疑応答(Q&A)です。ここでは、標準化された推奨手順(ベストプラクティス)に沿って取得した質の高い非臨床データであれば、ヒトでの QT リスク評価を後押しする材料として活用できる、という方向が示されました。言いかえれば、非臨床データの立場を、単なる参考から、臨床判断に貢献し得るものへと引き上げた、という整理ができます。CiPA の進展は、この「非臨床データをもっと活かす」流れと足並みをそろえています。

まとめ

QT 延長が問題視されるのは、それが TdP という致死的な不整脈の入口になり得るからです。非臨床では ICH S7B が、培養細胞での in vitro イオンチャネル試験(代表が hERG)と、動物での in vivo QT 試験を二本柱として、リスクの見立てを組み立てます。

ただし hERG 一枚では、複数のイオンチャネルの綱引きまでは映せません。この限界を補うのが、複数チャネル・in silico モデル・iPS 由来心筋細胞を組み合わせる CiPA の統合評価です。そして最終的なリスク判断は、臨床の ICH E14 と連携し、2022 年の Q&A が開いた「質の高い非臨床データを活かす」道の上で下されます。QT リスク評価は、hERG という一点から、複数の情報を束ねた総合評価へと重心を移しつつある——これが現在の見取り図です。

S7B を含む安全性薬理の全体像は安全性薬理コアバッテリーの考え方であわせて確認できます。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、低分子に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。