安全性薬理のコアバッテリーとは?初回投与の前に何を確かめるか
臓器に傷がつかなくても、心臓のはたらきの乱れで市場から消えた薬があります。抗ヒスタミン薬のテルフェナジンは、心臓の薬ではないのに、エリスロマイシンなどの抗菌薬や抗真菌薬と一緒に飲むと血中濃度が上がり、心電図のQT間隔心電図で心室の興奮から再分極までを表す区間。hERG阻害で延び、危険な不整脈につながりうる。詳しく →が延びて、重い不整脈の危険が出ました。1998年に米国の市場から撤退しています。

臓器が傷む前に、はたらき(機能)が急に乱れる。この種の急変を、ヒトへの初回投与の前に拾う試験が、安全性薬理のコアバッテリー(core battery生命維持に直結する心血管系・中枢神経系・呼吸系の三系を、ヒト初回投与前に最低限評価すべき共通試験セットとしてICH S7Aが定めた枠組み。詳しく →、最小限の共通セット)です。見るのは心血管、中枢神経、呼吸の3系で、日米欧の合意であるICH S7A日米欧の規制当局が合意した、ヒト用医薬品の安全性薬理試験に関する国際的なガイドライン。詳しく →が定めています。結果は、化合物を続けるか、初回投与の量と見張り方をどう組むか、追加で何を調べるかを変えます。
この記事は、何を測る試験か、結果で開発の判断がどう変わるか、「異常なし」をどう読むかに絞ります。QTの数字の読み方はhERG安全域、バイオ医薬品抗体・タンパク質・核酸など生体由来の分子を利用して製造された医薬品の総称。詳しく →の非臨床安全性はICH S6(R1)に譲ります。
毒性試験が拾えない急変 ― 機能の乱れと臓器の傷み
反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。詳しく →は、薬を数週間から数か月くり返して与え、どの臓器がどの量から傷むかを、病理まで含めて描きます。安全性薬理心血管・中枢神経・呼吸への急な影響を、臓器毒性とは別枠で見る評価(コア・バッテリー)。詳しく →が見るのはその手前で、臓器が壊れるより先に、はたらきが急に乱れないかです。心臓なら、組織が壊れる前に、電気信号のリズムが乱れることがあります。しかも1回の投与で起こりえます。
ICH S7Aは、治療に想定する用量域と、それを超える範囲で、生理機能への望ましくない薬力学薬が体内で標的に作用して起こす変化を扱う分野。作用が起きているかをPDマーカーで測る。詳しく →的作用を調べる試験と位置づけています。効くはずの量だけでなく、誤って多く入った場合や、血中濃度が高く振れた場合も見込む、安全側の発想です。
3系が選ばれたのは、どれも生命の維持に欠かせず、急に乱れれば命に関わるからです。心臓のリズムが乱れる、呼吸が浅くなる、意識が落ちる、あるいはけいれんが出る。毒性試験の設計では、こうした急変を前もって捉えにくいので、別の試験として切り出されています。
安全性薬理は、毒性試験の代わりではなく、毒性試験が設計上拾いにくい「急な機能の乱れ」を拾う試験です。
3系で何を測るか ― 麻酔をかけない動物で、機能を追う
| 系 | 測るもの | 主な方法 | 急に乱れると |
|---|---|---|---|
| 心血管 | 血圧、心拍、心電図(QT間隔) | テレメトリー動物の体内に小型発信器を埋め込み、麻酔や拘束なしに血圧・心拍数・心電図などの生体情報を遠隔でリアルタイム記録する手法。(体内に埋め込んだ発信器で記録) | 致死的な不整脈 |
| 中枢神経脳と脊髄のことで、安全性薬理では意識・運動・体温などへの急な影響を評価する対象。詳しく → | 運動量、行動、協調運動、反射、体温 | 機能観察総合評価動物の運動量・反射・協調運動・体温・行動などを体系的に観察・記録し、中枢神経系への急性影響を総合的に評価するスクリーニング手法。、Irwin法動物の運動量・反射・協調運動・体温・行動などを体系的に観察・記録し、中枢神経系への急性影響を総合的に評価するスクリーニング手法。(動物を体系的に観察) | 鎮静、けいれん、体温の異常 |
| 呼吸 | 呼吸数、1回換気量 | プレチスモグラフィ動物を密閉チャンバーや体積変化センサーに入れ、麻酔なしに胸郭の動きや気流の変化から呼吸数・換気量を非侵襲的に記録する手法。(胸郭や気流の変化から記録) | 酸素の取り込みの低下 |
いずれも、原則として麻酔をかけない動物で測ります。麻酔は血圧や呼吸そのものを変えるので、薬の作用が見えにくくなるからです。心血管では、動物を拘束せずに記録できるテレメトリーが標準的で、投与後の変化を時間を追って見られます。
心電図で重く見るのは、QT間隔の延長です。心電図の数字だけでなく、心臓の電気信号を整えるカリウムの通り道(hERG心筋の再分極を担うカリウムチャネルの一種。薬が塞ぐとQT延長や不整脈につながるため早期に評価する。詳しく →)を薬がふさがないかを試験管で調べる評価と組み合わせて読みます。数字の読み方はhERG安全域、測り方の選び方はhERG試験は自動か手動か、枠組みはQT延長リスクの非臨床評価で解説しています。
試験は原則、GLP非臨床試験の信頼性を担保するための基準。申請用のhERG試験などで求められる。詳しく →(優良試験所基準)のもとで、ヒトへの初回投与の前に済ませます。急な機能の異常は初回投与でも起こりうるので、投与してから確かめるのでは遅いからです。
3系は、命に関わる機能に絞った最小限の共通セットで、麻酔をかけない動物の変化を、時間を追って見ます。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる結果で開発の判断が変わる ― 続ける、量を決める、追加で調べる
結果は、3つの場面で判断を変えます。
1つ目は、化合物を選ぶ場面です。探索の段階では、試験管内のhERG試験などで、影響の強い候補を絞ります。影響が強ければ、構造を変えて作り直すか、見送ります。後ろの段階で見つかるより、手戻りが小さくて済みます。
2つ目は、初回投与の計画です。動物で影響が出た血中濃度と、ヒトで想定する血中濃度の差が小さいほど、初回投与はより慎重に組みます。たとえば、心電図の変化が想定濃度の近くで見えたなら、第1相試験で心電図を細かく記録する、観察時間を延ばす、QTを延ばす薬を飲んでいる人や電解質の異常がある人を除く、といった計画を入れます。中枢神経にけいれんの兆しが出たり、呼吸が抑えられたりしたなら、その徴候を見張る手順を決めます。血中濃度を測っていなければ、この差は出せません(トキシコキネティクス、NOAELからHED・MRSDへ)。
3つ目は、懸念が出たときの追加です。フォローアップ試験コアバッテリーで懸念所見が出た際に、同じ三系についてより詳しく作用機序や用量反応関係を調べるために追加で実施する試験。は、同じ3系で原因や仕組みを深く追います。補足試験コアバッテリーが対象とする三系以外の器官系(腎・泌尿器・自律神経・消化器・内分泌など)への影響を、懸念に応じて選択的に評価する試験。は、腎、自律神経、消化管など、3系の外の機能を見ます。どちらも全部やるのではなく、懸念に応じて選びます。
心臓の最終的な評価は、臨床の心電図とあわせて決まります。2022年のICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → E14/S7B Q&Aは、標準的な方法で行った試験管内と動物の質の高いデータに、初期の臨床試験での心電図の解析を合わせた総合評価によって、ヒトでの専用のQT試験を省ける場合があるとしました。非臨床の質が、臨床試験の要否に響く形です。
薬の性質や対象で、評価の範囲や時期は調整されます。進行がんの細胞傷害性の抗がん剤は、ICH S9で扱われます。抗体のような大きな分子は、hERGを直接ふさぐ懸念が一般に低く、安全性薬理の項目を反復投与毒性試験の中に組み込む設計がとられます(ICH S6(R1))。
コアバッテリーの結果は、合否の判定ではなく、初回投与の量と見張り方、追加の試験、臨床の心電図の計画を決める材料です。
「異常なし」の読み方 ― 試験の質と限界
報告書に「影響なし」とあっても、それだけでは安全とは言えません。確かめる点が3つあります。
1つ目は、曝露が足りていたかです。試験は、治療に想定する曝露と、それを超える曝露の両方を見る設計で行うものです。最高用量でもヒトで想定する血中濃度に届いていなければ、「異常なし」は何も保証しません。血中濃度を測っているかを、まず確かめます。
2つ目は、測り方と時間帯です。麻酔や拘束の影響を受ける方法では、薬の作用が見えにくくなることがあります。血中濃度が最も高くなる時間帯を含めて測っているかも、見るところです。
3つ目は、この試験が主に急性の機能変化を見ていることです。くり返し投与で初めて出る遅い影響や、代謝物による作用、3系の外の異常は、別の試験で補います。GLPで実施されたことが保証するのは、計画どおりに行われ、生データが残ることです。結果が科学的に正しいことまでは保証しません(GLP・GMP・GCPの違い)。
動物実験を減らす動きも進んでいます。FDAは2025年4月に、前臨床の安全性試験で動物実験を段階的に減らす方針を公表しました。まずモノクローナル抗体単一のクローンに由来し、同じ標的部位を認識する均一な抗体。詳しく →から始め、ほかの分子へ広げる可能性が示されています(FDAのNAMsロードマップ)。心臓では、iPS細胞体細胞を初期化して作る多能性幹細胞。同一株から繰り返し分化・製造でき均質性を高めやすい。詳しく →由来の心筋で催不整脈不整脈を引き起こす性質。医薬品開発では早期に評価すべき安全性の論点になる。詳しく →リスクを測るアッセイが、2026年2月にFDAのISTANDプログラムで意向書の受理を受けました(Axionの発表)。ただ、これらが3系の評価をただちに置き換えるものではありません。
「異常なし」は、どの曝露まで、どの方法で測り、何を見ていない試験の結果なのかとセットで読みます。
明日から確かめられること ― 計画書と報告書
試験を計画するとき、報告書を受け取るときに、次の点を確かめます。
- 3系がそろっているか。抜けている系は、反復投与毒性試験の中で見ている理由が書かれているか
- GLPで実施するか。GLPの外で行った試験は、あとからGLP試験に作り替えられないので、申請に使う可能性があるなら、始める前に決める
- 動物の種、例数、麻酔の有無、測定の方法(テレメトリー、観察、プレチスモグラフィ)が書かれているか
- 最高用量の血中濃度が、ヒトで想定する濃度を十分に超えているか。血中濃度は実測か
- 影響が出た濃度と、ヒトの想定濃度の差は、どれくらいか
- 心臓は、試験管内のhERGの結果と、動物の心電図の結果が合っているか
- 懸念が出たときの、フォローアップ試験と補足試験の計画、臨床での心電図の見張りの案があるか
- 結果が、初回投与より前にそろう日程になっているか
受託先を比べるときは、毒性病理・安全性薬理(hERG/テレメトリ)の製品ページが入口です。非臨床の試験全体の守備範囲は非臨床の毒性試験・安全性薬理でわかること、わからないことで読めます。
参考文献
- ICH S7A, Safety Pharmacology Studies for Human Pharmaceuticals(2000年11月にStep 4。コアバッテリーの定義と実施時期)
- FDA, S7A Safety Pharmacology Studies for Human Pharmaceuticals(Guidance for Industry)(米国での同ガイドライン。2001年発行、2025年1月更新)
- ICH S7B医薬品のQT延長・心室再分極遅延を非臨床で評価する指針。hERG試験をin vitroの中核と位置づける。詳しく →, Nonclinical Evaluation of the Potential for Delayed Ventricular Repolarization (QT Interval Prolongation) by Human Pharmaceuticals
- ICH E14/S7B, Questions and Answers: Clinical and Nonclinical Evaluation of QT/QTc Interval Prolongation and Proarrhythmic Potential(Step 4、2022年2月21日)
- Terfenadine. Drugs.com(1998年の米国での撤退)
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