低分子研究・非臨床安全性

安全性薬理試験のコアバッテリーとは?(ICH S7A:心血管・中枢・呼吸)

新しい薬をはじめて人に投与する前には、動物や試験管の実験で「どのくらいの量から、どんな害が出るか」を調べます。その多くは、薬を数週間から数か月くり返し与えて臓器がどこから傷むかを見る毒性試験です。ところが、臓器がゆっくり傷むより先に起こる危険があります。投与した直後に心臓のリズムが乱れる、呼吸が浅くなる、けいれんや意識障害が出る——こうした生命維持の機能への急な乱れは、数分から数時間で命に関わりかねません。これを初回投与の前にどう確かめておくのか、という問いが残ります。

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安全性薬理試験のコアバッテリーとは?(ICH S7A:心血管・中枢・呼吸)

この問いに答えるのが安全性薬理(safety pharmacology)です。臓器そのものが傷むかを見る毒性試験とは狙いが違い、薬が生理機能に及ぼす好ましくない急性の作用を、想定する治療用量とその上の範囲で調べます。数ある機能のうち、生命維持に直結するとして特に重視されるのが、心血管系・中枢神経系(CNS)・呼吸系の三つ。この三系をまとめて評価する枠組みが「コアバッテリー(core battery生命維持に直結する心血管系・中枢神経系・呼吸系の三系を、ヒト初回投与前に最低限評価すべき共通試験セットとしてICH S7Aが定めた枠組み。)」で、日米欧が合意した ICH S7A日米欧の規制当局が合意した、ヒト用医薬品の安全性薬理試験に関する国際的なガイドライン。 が定めています。

つまり、初回のヒト投与より前に、この三系だけは原則として押さえておく——それがコアバッテリーの考え方です。三系は最小限の共通セットで、気になる所見が出れば、より詳しく調べるフォローアップ試験コアバッテリーで懸念所見が出た際に、同じ三系についてより詳しく作用機序や用量反応関係を調べるために追加で実施する試験。や、三系以外の機能を見る補足試験を足していきます。以下では、安全性薬理の目的、コアバッテリー生命維持に直結する心血管系・中枢神経系・呼吸系の三系を、ヒト初回投与前に最低限評価すべき共通試験セットとしてICH S7Aが定めた枠組み。で何を測るか、GLPと実施時期、フォローアップ・補足試験、そして枠組みの限界を順に整理します。安全性薬理心血管・中枢神経・呼吸への急な影響を、臓器毒性とは別枠で見る評価(コア・バッテリー)。を含む非臨床安全性の全体像は 非臨床の毒性試験・安全性薬理の全体像 でも扱っています。

安全性薬理は「機能への急な影響」を見る

安全性薬理と毒性試験は、しばしば同じ非臨床安全性の枠の中で語られますが、見ている対象が異なります。反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。が「くり返し与えたときに、どの臓器がどの量から傷むか」を病理まで含めて描くのに対し、安全性薬理が見るのは「その臓器が構造的に傷む前に、はたらき(機能)が急に乱れないか」です。たとえば心臓なら、組織が壊れる前に電気信号のリズムが乱れることがあり、これは1回の投与でも起こりえます。

ICH S7A は安全性薬理試験を、物質が生理機能に及ぼす望ましくない薬力学薬が体内で標的に作用して起こす変化を扱う分野。作用が起きているかをPDマーカーで測る。的作用を、治療用量域とそれを超える範囲で調べる試験、と位置づけています。ここで大切なのは「治療用量域とそれ以上」という視点です。効くはずの量だけでなく、誤って多く入ったときや血中濃度が高く振れたときにも危険が出ないかを見込んでおく、という安全側の発想です。

POINT

安全性薬理は、臓器が構造的に傷むかを見る毒性試験とは別に、「生命維持の機能が急に乱れないか」を治療用量域とその上の範囲で確かめる試験です。1回の投与でも起こりうる急性の機能異常が主な対象になります。

コアバッテリーの3系で何を測るか

コアバッテリーは、生命維持に直結する三つの器官系——心血管系・中枢神経脳と脊髄のことで、安全性薬理では意識・運動・体温などへの急な影響を評価する対象。系・呼吸系——への急性影響を評価します。どれか一つでも急に乱れれば命に関わるため、この三系は初回投与前に押さえるべき「核(core)」とされています。それぞれ何を測るかを見ていきます。

心血管系

心血管系では、血圧・心拍数・心電図(ECG)を評価します。とりわけ重視されるのが、心電図のQT間隔(心室が興奮してから元に戻るまでの時間)が延びないかです。これが延びると、まれに致死的な不整脈につながることがあるためです。評価は、麻酔をかけない動物にテレメトリー動物の体内に小型発信器を埋め込み、麻酔や拘束なしに血圧・心拍数・心電図などの生体情報を遠隔でリアルタイム記録する手法。(体内に埋め込んだ発信器で無拘束のまま生体情報を記録する方法)を用いて、投与後の変化を追う設計がよく用いられます。

QT延長のリスクは、心筋の再分極に関わる hERG というカリウムチャネル細胞膜に存在し、カリウムイオンの細胞内外への移動を制御することで心筋などの電気的活動を調節するタンパク質の通り道。(心臓の電気信号を整える通り道)を薬がふさがないかを試験管で調べる評価と組み合わせて読み解きます。この in vitro生きた動物の体外で、試験管やシャーレなどを用いて細胞・組織・分子レベルで行う実験を指す用語。in vivo生きた動物の体内で試験を行うこと。物質が吸収・代謝を受けた実際の状態での影響を見られる。 を橋渡しする考え方は ICH S7B医薬品のQT延長・心室再分極遅延を非臨床で評価する指針。hERG試験をin vitroの中核と位置づける。 が扱い、hERG心筋の再分極を担うカリウムチャネルの一種。薬が塞ぐとQT延長や不整脈につながるため早期に評価する。試験の安全マージンの計算は hERGのIC50とCmaxで安全域を計算する、測定手法の違いは hERGアッセイ 自動と手動の違い で詳しく述べています。

中枢神経系

中枢神経系(CNS)では、運動量・行動の変化・協調運動・感覚や運動の反射・体温などを観察します。動物の様子を体系的にチェックする方法(機能観察総合評価動物の運動量・反射・協調運動・体温・行動などを体系的に観察・記録し、中枢神経系への急性影響を総合的に評価するスクリーニング手法。や Irwin 法などと呼ばれる観察バッテリー)を用い、薬が意識・運動・感覚に急な影響を与えないかを見ます。鎮静やけいれん、体温の異常といった中枢への作用を早期にとらえるのが狙いです。

呼吸系

呼吸系では、呼吸数・一回換気量(1回の呼吸で出入りする空気の量)、そしてそれらから求める分時換気量などを測ります。麻酔をかけない動物で、胸郭や気流の変化から呼吸を記録する方法(プレチスモグラフィ動物を密閉チャンバーや体積変化センサーに入れ、麻酔なしに胸郭の動きや気流の変化から呼吸数・換気量を非侵襲的に記録する手法。)がよく用いられます。呼吸が抑えられれば酸素の取り込みが滞り、これも生命に直結するため、独立した評価対象になっています。

POINT

コアバッテリーの3系で測る中心は、心血管系=血圧・心拍・心電図(QT間隔)、中枢神経系=運動・行動・体温・反射、呼吸系=呼吸数・換気量です。いずれも麻酔をかけない動物で、機能の急な変化を追う設計が基本になります。

GLPのもとで、初回投与の前に

コアバッテリーの試験は、原則として GLP非臨床試験の信頼性を担保するための基準。申請用のhERG試験などで求められる。(Good Laboratory Practice =優良試験所基準)に従って実施します。試験の計画・記録・生データの保存を厳格に管理し、規制当局が結果を信頼できるようにする品質の枠組みです。GLPそのものの位置づけは GLPとは?GMP・GCPとの違い で整理しています。ただし ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。 S7A は、新しい試験系などでGLPに完全には従えない場合があることも認めており、その際もデータの質と完全性を確保することが求められます。

実施の時期も要点です。コアバッテリーは、原則としてヒトに初めて投与する前に評価しておきます。急性の機能異常は初回投与でも起こりうるため、人に入れてから確かめるのでは遅い、という理屈です。一方、後述するフォローアップ試験や補足試験コアバッテリーが対象とする三系以外の器官系(腎・泌尿器・自律神経・消化器・内分泌など)への影響を、懸念に応じて選択的に評価する試験。は、臨床開発の進み具合や懸念の内容に応じて、特定の試験の開始前や承認申請の前までに実施すればよい場合があります。

なお、すべての薬でヒト初回投与前にコアバッテリーが必須になるわけではありません。たとえば、進行がんの患者を対象とする細胞傷害性の抗がん剤のように、対象や状況によっては評価の範囲や時期が調整されることがあります(この領域は別途 ICH S9進行がん治療薬に特化した非臨床評価に関する国際ガイドラインで、対象患者の状況を踏まえた安全性試験の実施範囲・時期を規定している。 などが扱います)。原則は「初回投与前」に置きつつ、薬の性質と対象で個別に判断される、と理解しておくとよいでしょう。

フォローアップ試験と補足試験

コアバッテリーはあくまで最小限の共通セットです。ここで気になる所見が出たり、薬の性質から特定の懸念が予想されたりする場合には、二種類の追加評価を検討します。

一つはフォローアップ試験(follow-up studyコアバッテリーで懸念所見が出た際に、同じ三系についてより詳しく作用機序や用量反応関係を調べるために追加で実施する試験。)で、コアバッテリーと同じ三系について、より深く原因や機序を調べるものです。たとえば心血管系で変化が見えたとき、その作用がどの仕組みから来るのかを詳しく追う、といった位置づけになります。

もう一つは補足試験(supplemental studyコアバッテリーが対象とする三系以外の器官系(腎・泌尿器・自律神経・消化器・内分泌など)への影響を、懸念に応じて選択的に評価する試験。)で、コアバッテリーが直接は扱わない器官系のはたらきを評価します。ICH S7A は、腎や泌尿器系、自律神経系、消化器系のほか、依存性や骨格筋・内分泌などへの作用を、懸念があるときの対象として挙げています。どちらも「必ず全部やる」ものではなく、懸念に応じて選んで足していくのが基本です。

コアバッテリーの限界

コアバッテリーは強力な枠組みですが、万能ではありません。第一に、見ているのは主に急性の機能変化であり、くり返し投与ではじめて現れる遅い影響や、代謝物による作用までを常にとらえられるとは限りません。第二に、三系という区切りゆえに、そこから外れる器官系の異常は補足試験を足さなければ見えてきません。

モダリティ抗体・低分子・核酸・細胞治療など、医薬品の種類・創薬手法の区分。による向き不向きもあります。hERGは膜を透過する小さな分子がふさぎやすい通り道で、抗体や核酸のように大きく細胞内へ入りにくい分子では、hERGを直接ふさぐ心配は一般に低いと考えられます。こうした大きな分子では、心電図や呼吸・行動の観察を反復投与毒性試験の中に組み込んで評価する設計がとられることがあります。

心臓のQTについては、非臨床のS7Bと臨床での評価(心電図を人で確認する試験)を統合して読み解く流れが定着しつつあり、近年は複数のイオンチャネル細胞膜に存在するタンパク質の孔で、ナトリウム・カリウム・カルシウムなどのイオンを選択的に透過させ、心筋や神経の電気信号を制御する。への作用を統合して不整脈リスクを予測する新しい考え方も議論されています。コアバッテリーは初回投与前の入口を守る最小限の防波堤であって、そこを通れば安全が保証されるわけではない——他の非臨床データや臨床での観察と突き合わせて、はじめて意味を持つ、と理解しておくことが大切です。

POINT

コアバッテリーは初回投与前の最小限の共通セットであり、急性の機能影響が主な対象です。遅い影響や三系外の異常は補足試験で、QTの最終評価は臨床や統合的な枠組みで補います。単独で安全を保証するものではありません。

まとめ

安全性薬理は、臓器が傷むかを見る毒性試験とは別に、心血管系・中枢神経系・呼吸系という生命維持の三系が急に乱れないかを見る評価です。この三系をまとめたコアバッテリーは、ICH S7A が定める枠組みで、原則としてGLPのもと、ヒト初回投与の前に実施します。心血管系では血圧・心拍・心電図(QT)、中枢神経系では運動・行動・体温・反射、呼吸系では呼吸数・換気量を測ります。気になる所見があればフォローアップ試験や補足試験を足し、モダリティや遅い影響、QTの臨床評価といった限界は、他のデータと突き合わせて補う。初回投与への橋を安全側に架けるための、最初の関門がコアバッテリーです。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、低分子に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。