抗体医薬研究・非臨床安全性

非臨床の毒性試験・安全性薬理:反復投与毒性・臓器毒性・サイトカイン

2006年3月13日、ロンドンのノースウィック・パーク病院でのことです。健康な6人の志願者に、TGN1412初回ヒト投与でサイトカイン放出の重篤な反応を起こした抗CD28抗体で、MABEL普及の契機。詳しく →という抗CD28抗体が投与されました。用量は0.1 mg/kg(100 µg/kg)、カニクイザルで確かめた無毒性量無毒性量。毒性試験で有害な影響が認められなかった最大の用量。PDE算出の出発点になる。詳しく →の500分の1という、慎重な設定でした。動物実験に大きな問題はありませんでした。それでも投与から数十分のうちに、6人全員が高熱と血圧低下、多臓器の障害に陥りました。動物実験で確かめた安全域は、人にはそのまま当てはまりませんでした。

#非臨床安全性#モダリティ横断#反復投与毒性#安全性薬理
研究・非臨床 基準工程マップ|安全性・非臨床このトピックを、モダリティ横断で見る
非臨床の毒性試験・安全性薬理:反復投与毒性・臓器毒性・サイトカイン

この事故が突きつけたのは、動物で安全に見えた量が人でまったく違うふるまいをする、という現実です。非臨床安全性は、複数の試験を積み重ねてようやく安全側の判断に近づく営みです。核心にあるのは一点です。NOAELもhERG心筋の再分極を担うカリウムチャネルの一種。薬が塞ぐとQT延長や不整脈につながるため早期に評価する。詳しく →の安全域も、単独の数字では安全を決めません。効いてくるのは二つです。動物が薬理学的に人と同じ種かどうか、そして試験がGLP非臨床試験の信頼性を担保するための基準。申請用のhERG試験などで求められる。詳しく →として信頼できるかどうかです。

本稿では、GLPの実像、反復投与毒性の期間設計、安全性薬理心血管・中枢神経・呼吸への急な影響を、臓器毒性とは別枠で見る評価(コア・バッテリー)。詳しく →とhERGの安全域、TGN1412が変えた初回投与量の考え方、抗体医薬の種選択、遺伝毒性化合物が遺伝子や染色体を傷つける性質。点突然変異や染色体損傷を含み、複数の試験で分担して調べる。詳しく →の要否、そして試験を組み立てる決め方まで、非臨床安全性を設計する実務の順に整理します。

この記事の要点
  • GLPが保証するのは科学の正しさではなく、手続きの再現性と追跡可能性です。21 CFR Part 58を全面改定する案は2016年から10年近く最終化されていません。
  • 安全性薬理のコア・バッテリー(ICH S7A)もhERG評価(ICH S7B)も、単独の数字ではなく統合したリスク評価で読む段階に来ています。
  • TGN1412の事故を受け、初回投与量の起点にNOAELだけでなくMABELも使うようになりました。抗体医薬では動物種の妥当性(ICH S6(R1))が最初の関門です。

GLPの実像 ― 科学的な正しさではなく手続きの再現性

GLP(Good Laboratory Practice、優良試験所基準)は非臨床試験の質を保証する枠組みです。ただし保証する中身を読み違えやすい仕組みでもあります。

GLPが定めるのは、試験の手続きです。計画書と手順書を事前に作り、生データを改ざんなく残します。試験責任者GLP試験で、試験全体の計画・実施・報告を統括し、その信頼性に責任を負う個人のことです。詳しく →から独立した品質保証部門が、記録を点検します。これが最初の物差しです。米国では21 CFR Part 58がこの基準を定めます。日本や欧州の規制も、OECDのGLP原則による相互承認の枠組み(MAD、Mutual Acceptance of Data)でおおむね足並みをそろえています。つまりGLPが保証するのは、出てきた数値が科学的に正しいかどうかではありません。その数値がどう測られ、どう記録され、あとから誰が追跡できるかです。

FDAは2016年8月に、GLPを品質マネジメントシステム型へ作り直す改定案を公表しました。それでも2026年の時点でまだ最終化されていません。10年近く案のまま、現場は現行の21 CFR Part 58で運用を続けています。実務でCROに確認すべきは、GLP認証の有無ではなく、OECDのMAD対象としてどの当局に相互承認されているかです。

GLPは試験結果の正しさではなく、手続きの追跡可能性を保証する制度だと読み替えると、確認すべき項目が変わってきます。

反復投与毒性の試験期間 ― 臨床の投与期間に張り付く設計

反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。詳しく →は、薬を繰り返し与えたときにどの臓器がどの量から傷むかを描く、非臨床安全性の中核です。

想定する臨床の投与間隔・期間に見合った長さで、動物に反復投与します。体重・血液・血液生化学・尿・臓器重量、そして病理組織まで幅広く観察します。見きわめるのは三点です。どの臓器が標的になるか、どの量までなら有害な変化が見えないか、そして害が出たときに回復するかです。この「どの量まで」にあたる数字が無毒性量(NOAEL、No Observed Adverse Effect Level)です。試験期間は、臨床の投与期間に張り付く設計になっています。短期の臨床投与(単回から2週間程度)なら、2週間から1か月程度の反復投与試験が目安です。数か月の投与なら3か月程度です。慢性疾患のような長期投与では、げっ歯類で6か月、非げっ歯類で最長9か月程度が目安です。全体の枠組みはICH M3(R2)臨床試験を支える非臨床安全性試験の実施時期や内容の全体像を示すICHガイドライン。詳しく →が示しています。

この枠組みは主に低分子(合成医薬品)向けです。抗体などのバイオ医薬品では、後述するICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。詳しく →が種選択や試験デザインの考え方を別途補います。

ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる

安全性薬理のコア・バッテリー ― 臓器が傷む前に見る三系統

反復投与毒性が数週間から数か月かけて臓器が傷むかを見るのに対し、安全性薬理はもっと即時的な危険を見ます。

薬を投与した直後に、心臓のリズムが乱れないか、意識や運動といった中枢神経のはたらきが乱れないか、呼吸が抑えられないか。生命維持に直結するこの三系統(心血管・中枢神経・呼吸)への急な影響を、臓器毒性とは別枠で確かめるのがコア・バッテリーです。初回のヒト投与より前に評価しておくのが原則です。枠組みはICH S7A日米欧の規制当局が合意した、ヒト用医薬品の安全性薬理試験に関する国際的なガイドライン。詳しく →が2000年11月10日にStep4に到達して以来、四半世紀近くほぼ手つかずのまま使われてきました。

その「手つかず」が今、変わろうとしています。変化の芽は、すでに数字に出ています。2025年、EFPIA・JPMA・PhRMAが業界調査を行いました。コア・バッテリーの範囲の見直しを求める回答は58〜68%、有害性の定義の見直しを求める回答は77%でした。低分子前提の設計をモダリティ抗体・低分子・核酸・細胞治療など、医薬品の種類・創薬手法の区分。詳しく →非依存に作り替えるべきだという回答は89%にのぼりました。抗体や核酸のような分子に、低分子時代の枠組みをそのまま当てはめてよいかは、まさに今、議論の途中にあります。

POINT

コア・バッテリー(心血管・中枢神経・呼吸)は、臓器毒性とは別に「機能への急な影響」を見るものです。枠組みは2000年からほぼ変わっていませんが、モダリティ非依存という前提そのものが今まさに見直しの対象になっています。

四半世紀ほぼ変わらなかった枠組みが、今まさに見直しの途中にあります。コア・バッテリーの数字を固定値として読んではいけません。

hERGの「30倍」という目安 ― 経験則と統合評価のあいだ

安全性薬理の中でも重視されてきたのが、心臓の電気信号が元に戻るまでの時間が延びるリスクです。

その入口として定番なのが、心筋の再分極に関わるカリウムチャネル細胞膜に存在し、カリウムイオンの細胞内外への移動を制御することで心筋などの電気的活動を調節するタンパク質の通り道。詳しく →を、薬がふさがないか試験管で調べる方法です。このチャネルをhERG(human Ether-à-go-go-Related Gene)と呼びます。枠組みはICH S7B医薬品のQT延長・心室再分極遅延を非臨床で評価する指針。hERG試験をin vitroの中核と位置づける。詳しく →が2005年に定めました。ここでよく引かれるのが、hERGのIC50が血中遊離濃度組織や血漿タンパク質に結合せず自由に動ける薬の濃度。実際に作用できる分に近い。詳しく →の30倍あれば安全、という経験則です。この数字を合格ラインのように読むのは誤りです。30倍という数字は2002年に引かれた経験則にすぎません。致死的な多形性心室頻拍(TdP、Torsade de Pointes)を起こした既知薬と、起こさなかった薬を切り分けるための線でした。FDAが集めた参照薬測定条件の妥当性を確かめる基準となる、既知の作用を持つ比較用の薬物。プールの実測値では、安全とされた薬の中央値はむしろ約51倍でした。安全マージンの読み方はhERGアッセイと安全マージンで詳しく扱っています。

どちらの数字が正しいという話ではありません。決め手は30倍か51倍かではありません。hERGの試験管内データと動物でのQT測定、そして臨床の心電図データを組み合わせた統合評価で判断できるかどうかです。2022年2月、ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → E14/S7B統合Q&Aが改訂されました。この統合評価がそろえば、ヒトでの徹底的QT試験(TQT、Thorough QT study)を省略できる道が開かれました。E14が定める懸念の閾値は、平均QTc延長にして5ミリ秒です。陰性のTQT試験と判定されるのは、片側95%信頼区間の上限が10ミリ秒を超えない場合です。

TGN1412が変えた初回投与量の起点 ― NOAELからMABELへの転換

冒頭のTGN1412に戻ります。カニクイザルでの反復投与試験では、週50 mg/kgを4週間投与してもNOAELに達しませんでした。

それなのに、その500分の1という保守的な用量でした。人では投与から数十分のうちに、全員が高熱と血圧低下、多臓器の障害に陥りました。この反応はサイトカイン放出、いわゆるサイトカインストーム免疫が短時間で信号物質を大量に放出し、発熱・血圧低下・臓器障害へ進む激しい反応。詳しく →と呼ばれます。免疫細胞どうしが信号物質を連鎖的に放出し、全身に広がる反応です。なぜ動物で見えなかったのか。原因は種差です。カニクイザルのCD28陽性エフェクターメモリーT細胞(CD28+ effector memory T cell)は、人と発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →のしかたが違っていました。標的には結合していても、効くはずの細胞集団そのものが動物実験では十分に反映されていなかったのです。

この事故を受け、欧州医薬品庁は2007年に初回投与量に関する指針を出し、2017年に改訂しました。柱になったのは、NOAELだけに頼らない考え方です。薬理が立ち上がり始める量を、最小予期生物学的効果量(MABEL薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。詳しく →、Minimum Anticipated Biological Effect Level)と呼びます。これを初回投与量の起点に加えます。起点の選び方はMABELと生物学的製剤の初回投与量で扱っています。免疫を活性化するような薬では、少量でも強い薬理作用が立ち上がります。メーカーに確認すべきは、NOAELの何分の1かではありません。受容体占有率細胞表面などの受容体のうち、薬に結合されて埋まっている割合。標的結合の直接的な指標。詳しく →やエフェクターメモリーT細胞のような感受性の高い細胞集団のデータに基づいてMABELを計算したかどうかです。

起点をNOAELとMABELのどちらにするかは、作用機序薬が効果を発揮する仕組み。抗体医薬ではADCCやCDCなどが該当し、アッセイで裏づける。詳しく →が用量にどれだけ急に立ち上がるかで決まります。

抗体医薬の種選択 ― 薬理学的関連種という条件

低分子の毒性試験なら、げっ歯類と非げっ歯類の二種を使うのが出発点で、種選びで悩むことはあまりありません。

ところが抗体医薬では、試験を始める前の段階でつまずくことがあります。抗体は人のタンパク質にぴったり合うよう作られているため、動物では標的の形が少し違うだけで結合しないことがあるからです。結合しない動物にいくら投与しても、意味のある毒性は見えてきません。ここが最初の関門です。ICH S6バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を定めた国際ガイドライン。標的が動物種間で保存されているかを重視する。詳しく →(R1)は、人と同じように標的に結合し作用する薬理学的関連種を選ぶことを求めています。関連種が一種しかなければ、一種で試験を実施することもあります。適切な関連種がまったくいなければ、別の工夫が要ります。人の標的を持つよう改変した動物や、動物用に作り直した代替抗体で評価します。低分子と同じ「二種が必須」という思い込みのまま計画を立てると、抗体では試験そのものが始められません。

遺伝毒性の要否 ― 分子の大きさで分かれる基準

遺伝毒性は、薬がDNAを傷つけたり染色体を乱したりしないかを見る試験です。

低分子では、細菌を使う復帰突然変異試験(エームス試験)に、ほ乳類細胞や動物での染色体異常・小核試験を組み合わせた標準バッテリーが基本です。枠組みはICH S2(R1)医薬品の遺伝毒性試験の標準的な組み合わせと、そのデータ解釈を定めたガイドライン。詳しく →が定めています。一方、抗体のような大きなタンパク質は、細胞の核に入り込んでDNAに直接くっつくとは考えにくい分子です。ICH S6(R1)は、この標準バッテリー遺伝毒性評価において、性質の異なる複数の試験を組み合わせ、主要な遺伝的損傷をもれなく検出できるよう設計された標準的な試験セット。詳しく →を通常は適用しないという立場を取ります。低分子では必須の項目が、大きな分子では原則不要に変わります。この境界線を分子量で引き違えないことが、遺伝毒性の要否を判断する最初の一歩です。

決めておく順番 ― 非臨床安全性を設計する前に固めること

ここまでの数字を、実際に試験を組み立てる順番に並べ直します。

まず動物種の薬理学的妥当性を確認します。ICH S6(R1)が求める関連種が見つからなければ、他のどの試験より先にここで止まります。次にGLP試験施設の適格性を確認します。Charles River LaboratoriesやWuXi AppTecのような大手CROでも同じです。施設ごとに、相互承認の範囲は異なります。21 CFR Part 58への準拠だけでなく、OECDのMAD対象としての範囲まで確認します。そのうえで、ICH M3(R2)の対応関係に沿って反復投与毒性の試験期間を臨床計画に合わせます。安全性薬理はICH S7Aのコア・バッテリーと、ICH S7BのhERG・QT評価を組み合わせます。免疫を活性化T細胞を抗原刺激や人工的な刺激試薬で活性化し、増殖・機能発揮できる状態に誘導する操作。詳しく →する分子なら、NOAELではなくMABELを起点に据えます。最後に、ICH S2(R1)に沿って遺伝毒性の要否を分子の大きさから判断します。

この順番を逆にすると、種選択でつまずく抗体の試験計画に、反復投与の期間だけ先に固めてしまうような手戻りが起きます。⁠数字を集める前に、まず動物種とGLP施設の妥当性を固めておくことが、非臨床安全性の設計で最初に決めるべきことです。

参考文献

この記事の次に知りたいこと
ProgLoopで実務者が相談していることすべて見る

この記事に関連する工程

次に読む

安全性・非臨床このトピックを、モダリティ横断の工程マップで見る
Newsletter

この分野の新着を、メールで受け取る

こうした製造・分析・品質の解説記事と、装置・試薬の新製品ニュースを月数回お届けします。登録は無料で、いつでも解除できます。

登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。

目次・関連閉じる
編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。