抗体医薬研究・非臨床安全性

非臨床の毒性試験・安全性薬理:反復投与毒性・臓器毒性・サイトカイン

新しい薬を初めて人に投与する前には、動物や試験管の実験で「どのくらいの量から、どんな不都合が起きるか」をあらかじめ調べておきます。この一連の作業をまとめて非臨床安全性評価と呼びます。目的はシンプルで、人での最初の投与量を安全側に決め、臨床試験で何を注意して観察すべきかを先取りしておくことです。ここでのつまずきは、そのまま人での事故や開発中止につながります。

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非臨床の毒性試験・安全性薬理:反復投与毒性・臓器毒性・サイトカイン

非臨床安全性の中身は、大きく分けて「どのくらいの量を繰り返し与えると臓器に害が出るか」を見る毒性試験と、「心臓・脳・肺といった生命維持に直結する機能に急な悪影響が出ないか」を見る安全性薬理、そして遺伝子への傷(遺伝毒性)やがんのできやすさ(がん原性)などの特殊な試験から成ります。基本の枠組みは、日米欧が合意した ICH(医薬品規制調和国際会議)のガイドラインで共通化されています。

ただし、同じ枠組みでも、薬の作られ方(モダリティ)が違えば注意すべき点はかなり変わります。低分子と抗体では試験の設計思想が異なりますし、抗体・ADC・mRNA・AAV・核酸(siRNA/ASO)・細胞治療では、それぞれ固有の心配ごとがあります。本稿では、非臨床安全性の全体像を一通り押さえたうえで、モダリティごとの違いを対比で見ていきます。

反復投与毒性:GLPで臓器毒性の見取り図を描く

反復投与毒性試験は、薬を繰り返し与えたときにどの臓器がどの量から傷むかを調べ、その全体像を描く中核の試験です。

薬は多くの場合、一度きりではなく繰り返し投与します。そこで、想定する臨床の投与間隔・期間に見合った長さで動物に反復投与し、体重・血液・血液生化学・尿・臓器の重さ、そして病理(顕微鏡で組織を見る)まで幅広く観察します。ねらいは、どの臓器が標的になるか(標的臓器)、どの量までなら有害な変化が見えないか(NOAEL、No Observed Adverse Effect Level =無毒性量)、そして害が出たときに回復するか、を見きわめることです。NOAELは人での初回投与量の起点にもなります。その換算の考え方は NOAELからHED換算・初回投与量へ で整理しています。

これらの毒性試験は、原則として GLP(Good Laboratory Practice =優良試験所基準)という品質の枠組みのもとで実施します。試験の計画・記録・生データの保存を厳格に管理し、規制当局が結果を信頼できるようにする仕組みです。試験期間の目安は、後の臨床試験の投与期間に対応づけて決めるのが基本で、全体の枠組みは ICH M3(R2) が示しています。

投与期間の対応づけは、一つの目安として次のように整理されます(詳細は製品・地域・相談で変わりうるため、あくまで枠組みの理解として扱ってください)。

臨床での投与期間の目安反復投与毒性試験の期間の目安
単回〜2週間程度2週間〜1か月程度
数か月3か月程度
長期(慢性疾患など)6か月(げっ歯類)/最長9か月(非げっ歯類)程度

なお、この M3(R2) の枠組みは主に低分子(合成医薬品)を念頭に置いたものです。抗体などのバイオ医薬品では、後で述べる ICH S6(R1) が別途、種選択や試験デザインの考え方を補います。「反復投与でどの臓器が、どの量から傷むか」を描くこと自体はモダリティ共通ですが、期間や種の決め方はモダリティで変わります。

安全性薬理:心血管・CNS・呼吸を先に押さえる(ICH S7)

安全性薬理は、生命維持に直結する心血管・中枢神経・呼吸の機能に急な悪影響が出ないかを、臓器毒性とは別枠で確かめる試験です。

反復投与毒性が「繰り返し与えて臓器が傷むか」を数週間〜数か月かけて見るのに対し、安全性薬理はもっと即時的な機能への影響を見ます。薬を投与した直後に、心臓のリズムが乱れないか、意識や運動・体温といった中枢神経(CNS、Central Nervous System =脳・脊髄)のはたらきが乱れないか、呼吸が抑えられないか。生命に直結するこの三つ(心血管・中枢神経・呼吸)は「コア・バッテリー」と呼ばれ、初回の人への投与より前に評価しておくのが原則です。枠組みは ICH S7A が定めています。

中でも歴史的に重視されてきたのが、心臓の「電気信号が元に戻るまでの時間」が延びるリスクです。これが延びると、まれに致死的な不整脈につながることがあります。その入口として、心筋の再分極に関わる hERG というカリウムチャネル(心臓の電気信号を整える通り道)を薬がふさがないかを試験管で調べる、というのが定番です。その延長で、動物で心電図のQT間隔が延びないかも見ます。この一連の考え方は ICH S7B が扱い、hERG試験と安全マージンの読み方は hERGアッセイと安全マージン で詳しく述べています。

近年は、hERGだけを単独で見るのではなく、複数のイオンチャネルへの作用を統合して不整脈リスクを予測する新しい枠組み(CiPAと呼ばれる考え方)や、E14/S7B の Q&A を通じた統合的な評価も進んでいます。ここでモダリティによる差が出ます。hERGは膜を透過する小さな分子がふさぎやすい通り道で、抗体や核酸のように大きく細胞内へ入りにくい分子では、hERGを直接ふさぐ心配は一般に低いと考えられます。 そのため、抗体などのバイオ医薬品では、S7の評価を反復投与毒性試験の中に組み込んで観察する(心電図や呼吸・行動を毒性試験に併せて測る)設計がとられることがあります。ここも ICH S6(R1) の柔軟な考え方が効いてきます。

POINT

安全性薬理のコア・バッテリー(心血管・CNS・呼吸)は、臓器毒性とは別に「機能への急な影響」を見るものです。低分子ではhERGを含む専用試験を組みますが、抗体・核酸など大きな分子ではhERG直接阻害のリスクが低く、毒性試験に評価を組み込む設計が選ばれることがあります。

関連動物種の選択:抗体で最も悩ましい前提

どの動物で試験するかの選択は、とくに抗体などのバイオ医薬品で成否を分ける前提であり、「薬理学的に関連する種」を選べるかどうかが出発点になります。

低分子の毒性試験では、げっ歯類(ラット・マウス)と非げっ歯類(イヌ・サルなど)の二種を使うのが一般的な出発点です。ところが抗体医薬では、そもそも「その薬が人と同じように標的にはたらく動物」でなければ、いくら投与しても意味のある毒性は見えません。抗体は標的(人のタンパク質)にぴったり合うよう作られているので、動物では標的の形が少し違うだけで結合しないことがあるからです。

そこで ICH S6(R1) は、薬理学的に関連する種(pharmacologically relevant species =人と同じ標的に、同じように結合・作用する動物)を選ぶことを求めます。抗体では、結果としてサル(カニクイザルなど)だけが関連種になる、という場面が珍しくありません。関連種が一種しかなければ一種で実施することもあり、逆に適切な関連種がまったくいなければ、人の標的を持つよう遺伝子改変した動物(トランスジェニック動物)や、動物用に作り直した代替抗体(サロゲート抗体)で評価する、といった工夫が要ります。

論点低分子の一般的な考え方抗体などバイオ医薬品(S6(R1))
種選択の基準げっ歯類+非げっ歯類の二種が出発点薬理学的に関連する種を選ぶ
種の数原則二種関連種が一種なら一種でも可
関連種がいない場合通常は問題になりにくいトランスジェニック動物・サロゲート抗体で対応
免疫原性の影響一般に小さい動物が薬を「異物」とみなし抗体を作ると解釈が難しくなる

抗体特有の難しさとして、免疫原性(動物が投与された抗体を異物とみなし、それに対する抗体を作ってしまうこと)があります。これが起きると薬が早く消え、曝露が保てず、毒性の解釈が濁ります。関連種の有無と免疫原性の扱いは、抗体の非臨床設計で最初に直面する、そして最も悩ましい前提です。

サイトカイン放出と免疫毒性:抗体・細胞治療で要注意

免疫を強くはたらかせる薬では、信号物質(サイトカイン)が一気に放出される全身反応や、免疫系そのものへの影響が、臓器毒性とは別の重大リスクになります。

サイトカインは、免疫細胞どうしが連絡し合う信号物質です。免疫を活性化するタイプの薬では、これが短時間で大量に放出され、発熱・血圧低下・臓器障害へと進む激しい反応(サイトカイン放出、いわゆるサイトカインストーム)が起こりうるのが、免疫毒性のなかでも際立った懸念です。2006年の TGN1412(抗CD28抗体)の事故は、この危険を痛烈に示しました。この教訓から、効果が強く種差のある生物学的製剤では、毒性が出なかった量だけでなく、薬理が立ち上がり始める量(MABEL)を起点に初回投与量を控える考え方が定着しました。詳しくは MABELと生物学的製剤の初回投与量 を参照してください。

厄介なのは、動物ではこの反応を予測しきれないことです。人と動物で免疫細胞の反応性が違うため、動物で無事でも人で強く出ることがあります。そこで、ヒトの血液や血液細胞を使った試験管でのサイトカイン放出試験(in vitro cytokine release assay)を併用し、人での反応の立ち上がりを見積もる、という補完がとられます。これは動物種選択の限界を人由来データで埋める発想です。

免疫を扱う薬では、この即時の放出反応に加えて、免疫系全体への影響(免疫抑制・免疫増強、あるいはアレルギー反応)も評価対象になります。免疫を動かす薬では、臓器の病理だけでなく「免疫のふるまい」そのものを、人由来データも交えて見る必要があります。 この論点は、免疫を再プログラムして戦わせる細胞治療(CAR-T など)でもとりわけ重くのしかかります。

遺伝毒性:モダリティで適用も設計も変わる

遺伝毒性(遺伝子やその配列を傷つける性質)の評価は、低分子では標準の必須試験群が決まっている一方、抗体などの大きな分子では通常のバッテリーがそのままは当てはまりません。

遺伝毒性は、薬が DNA を傷つけたり染色体を乱したりしないかを見る試験です。低分子では、標準の組み合わせ(細菌を使う復帰突然変異試験=エームス試験、ほ乳類細胞や動物での染色体異常・小核試験など)を実施するのが基本で、枠組みは ICH S2(R1) が定めます。がんのできやすさを見るがん原性試験も、長期に投与する低分子では重要な検討項目になります。

ここでモダリティ差が大きく出ます。抗体のような大きなタンパク質は、細胞の核に入り込んで DNA に直接くっつくとは考えにくいので、低分子向けの標準的な遺伝毒性バッテリーは通常は適用しません(ICH S6(R1) もその立場です)。一方で、後述するように核酸・遺伝子治療・細胞治療では、まったく別の切り口で「遺伝子への影響」を心配する必要が出てきます。遺伝毒性は、低分子では定型の必須項目、大きな分子では原則不要、しかし遺伝子を操作するモダリティでは別種の懸念に姿を変える、と整理できます。

モダリティ別の固有懸念:横断で対比する

同じ非臨床安全性でも、モダリティごとに「最も注意すべき一点」は大きく異なり、汎用の枠組みに固有試験を足す設計になります。

ここまでの共通枠組みを土台に、モダリティごとの固有懸念を対比します。以下は、それぞれで際立つ心配ごとと、それをどう見るかの整理です(表現はいずれも一つの目安で、実際の設計は製品・当局相談で決まります)。

モダリティ際立つ固有懸念見方の一例
抗体サイトカイン放出・免疫原性・関連種の有無関連種(多くはサル)で反復投与、ヒト血液でのサイトカイン放出試験を併用
ADC(抗体薬物複合体)つないだ薬(ペイロード)そのものの毒性抗体部分に加え、ペイロード由来のオフターゲット毒性・遊離ペイロードを評価
mRNA送達に使う脂質ナノ粒子(LNP)や自然免疫の刺激反復投与での炎症・肝反応、投与部位反応を観察
AAV(遺伝子治療ベクター)免疫反応(自然免疫・獲得免疫)と体内分布免疫応答、生体内分布(バイオディストリビューション)、長期の存続を評価
核酸(siRNA/ASO)肝毒性・腎(尿細管)への蓄積・配列依存の副作用肝・腎を標的臓器として重点観察、オフターゲット配列作用を検討
細胞治療腫瘍形成性・望まぬ組織への生着・持続的な免疫作用造腫瘍性、体内分布・生着、増殖の制御可能性を評価

いくつか補足します。ADC(抗体薬物複合体)は、標的に運ぶ抗体に強力な薬(ペイロード)をつないだ薬で、非臨床では「抗体としての性質」と「つないだ薬の毒性」の両面を見なければなりません。血中でリンカーが切れて薬が離れると、標的でない場所で毒性が出うるからです。

核酸医薬(siRNA/ASO)は肝臓や腎臓に集まりやすく、これらが標的臓器になりやすいことが知られています。AAV や核酸のように体内をめぐって特定の臓器に分布する薬では、どこにどれだけ届き、どれだけ留まるかを測る生体内分布の評価が要になります。AAV 製造由来の不純物と肝毒性の関わりは AAV製造の不純物と肝毒性 でも扱っています。

細胞・遺伝子治療で固有かつ重いのが、腫瘍形成性(tumorigenicity =投与した細胞やその改変が、がん化・異常増殖につながらないか)です。遺伝子をゲノムに組み込むタイプでは、組み込み先しだいで細胞の増殖を乱す挿入変異のリスクもあり、ここは長期にわたる観察が求められます。これら細胞・遺伝子治療の安全性は、主に低分子を念頭に置いた M3(R2) ではなく、ICH S12(遺伝子治療製品の生体内分布)や各地域の細胞・遺伝子治療ガイダンスが受け持ちます。モダリティが変わると、汎用の枠組みはそのままに、際立つ一点に合わせた固有試験を上乗せする——これが非臨床安全性の設計の勘所です。

まとめ

非臨床安全性評価は、人での初回投与量を安全に決め、臨床で何を観察すべきかを先取りするための一連の作業です。中核は、繰り返し投与して標的臓器と無毒性量を描く反復投与毒性(GLP・ICH M3(R2))、生命維持に直結する心血管・CNS・呼吸を別枠で見る安全性薬理(ICH S7、hERGを含む)、そして遺伝毒性(ICH S2(R1))などの特殊試験です。

一方で、同じ枠組みでもモダリティで注意点は大きく変わります。抗体では、薬理学的に関連する種を選べるか、免疫原性やサイトカイン放出をどう見るか(ICH S6(R1))が最初の関門になります。ADC はペイロードの毒性、mRNA は送達と自然免疫、AAV は免疫と体内分布、核酸は肝・腎への蓄積、細胞・遺伝子治療は腫瘍形成性と挿入変異——と、際立つ懸念はそれぞれ違います。

実務では、共通の枠組みを土台に、そのモダリティで最も注意すべき一点へ固有試験を上乗せしていきます。どの試験も単独では全体像を保証せず、複数の観点を突き合わせて安全側に判断する——非臨床安全性は、その積み重ねで初回投与への橋を架けます。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。
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