コメットアッセイとは?%tail DNAの計算とDNA損傷評価
「この物質、生体内でDNAを傷つけているのか」——その問いに細胞1個単位で答えを出せるのが、コメットアッセイ電気泳動でDNA鎖の切断を尾のように可視化して検出する遺伝毒性試験。です。ある薬や化学物質がDNAを傷つけていないかを確かめたいときに使う試験で、傷の程度を細胞ごとに数値化できる点が特徴です。

仕組みはシンプルです。細胞をゼリー状のアガロース(寒天に似た支持材)に閉じ込め、細胞膜などを溶かして中身を出し、そこに電気を流します(電気泳動:電気の力で物質を移動させる操作)。DNAが切れて短くなっているほど、そのかけらは核から離れて流れていきます。この様子が頭としっぽを持つ彗星(コメット)にそっくりなのが名前の由来です。単細胞ゲル電気泳動(single cell gel electrophoresisコメットアッセイの別名。細胞1個単位でゲルの中を電気泳動させ、DNAの傷を評価する方法。:細胞1個単位でゲルの中を電気泳動させる方法)とも呼ばれます。
傷が多い細胞ほど、しっぽに流れ出るDNAが増えます。裏を返せば、しっぽの量を測れば、DNAがどれだけ切れたかを細胞1個単位で数字にできます。この「しっぽの量」を表す代表的な指標が %tail DNA で、しっぽの長さも合わせた tail moment、olive tail moment頭としっぽの重心の距離にしっぽのDNA割合を掛けた指標。しっぽ内のDNAの偏りを反映しやすいとされる。 もよく使われます。ただし、どの指標を選びどう計算するかで結果の読み方は変わります。同じ画像を見ても指標がそろっていなければ話がかみ合わない——そのため、まずは定義をそろえておくことが重要です。
実務で引っかかりやすいのは三点あります。%tail DNA・tail moment%tail DNAにしっぽの長さを掛けた指標。傷の量と広がりをまとめるが、装置や設定で値が変わりやすい。・olive tail momentのどれを見ているのか、アルカリ法が拾っているのが本当のDNA切断なのか、そしてOECD TG489生きた動物で行うコメットアッセイを定めたOECDの試験ガイドライン。%tail DNAを主指標に用量反応性で判定する。で「陽性」とみなす線引きがどこにあるのか。いずれも自明ではありません。同じ「DNAが傷ついている」でも、Ames試験が見る変異と小核試験が見る染色体異常とコメットが見る切断はそれぞれ別物で、そこを取り違えると評価そのものが噛み合いません。創薬研究・非臨床安全性・DMPK薬物動態・代謝の研究領域。吸収・分布・代謝・排泄と体内濃度の動きを扱う。(薬の吸収や代謝を調べる分野)の担当者はもちろん、専門外の方にも読めるように解説します。
- コメットアッセイは、細胞1個ごとのDNA鎖切断を電気泳動で見える化し、%tail DNAで数値化する試験です。
- アルカリ法は一本鎖切断・二本鎖切断・アルカリ不安定部位を幅広く拾える点が特徴です。
- OECD TG489では用量反応性や対照・過去データを含めた総合評価で判定し、Amesや小核試験と補い合います。
コメットアッセイが測るもの:DNA鎖切断
この試験が主に見るのは、DNAの「鎖切断」——DNAの糸が切れている状態です。放射線や反応性の高い化学物質、酸化ストレスなどで切断が起きると、切れた先のかけらは短くなります。短いかけらは電気泳動で核から離れやすく、しっぽに流れ出ます。一方、切れずに残った長い(無傷の)DNAは、頭の部分にとどまります。
重要なのは、コメットアッセイが「今まさに切れている状態」を見ている点です。DNAの傷が最終的に「変異」(遺伝情報の書き換わり)として固定されてしまう前の、比較的早い段階の傷をとらえています。変異そのものを見るAmes試験壊した遺伝子が変異で元に戻る回数を数え、化合物の変異原性を細菌で手早く調べる試験。や、染色体レベルの異常を見る小核試験染色体レベルの損傷を、細胞内に生じる小核の頻度で調べる遺伝毒性試験。とは、見ている段階が異なります。
コメットアッセイは細胞1個ごとのDNA鎖切断を見える化する試験です。しっぽに流れ出るDNA量が傷の程度を表し、変異が固定される前の早い段階の傷をとらえます。
アルカリ法(pH>13)は何をとらえるか
コメットアッセイには、電気泳動のときの液性(pH:酸性・アルカリ性の度合い)によっていくつかの方法があります。非臨床安全性の分野で標準として使われるのはアルカリ法です。強いアルカリ条件(おおむねpHが13を超える状態)でDNAをほどいてから泳動します。DNAは通常二本の鎖がより合わさっていますが、強アルカリでこれを一本ずつにほどく——これをアンワインディング強アルカリで二本鎖DNAを一本ずつにほどく操作。アルカリ法コメットアッセイの前処理にあたる。(巻き戻し大腸菌内で不溶性の塊(封入体)になったタンパク質を可溶化し、正しい立体構造へ巻き戻して活性を回復させる操作です。詳しく →)といいます。
このアルカリ条件では、複数のタイプの傷をまとめて拾えます。二本とも切れた「二本鎖切断」だけでなく、片側だけ切れた「一本鎖切断」、さらにアルカリにさらすと切れやすくなる弱い部分(アルカリ不安定部位強アルカリにさらすと切れやすくなるDNAの弱い部分。塩基が抜けたabasic siteなどを含み、アルカリ法で検出できる。。塩基が抜け落ちたabasic siteなどが含まれます)も検出できます。中性寄りの方法より拾える傷の種類が広く、感度が高いとされます。だからこそ、幅広い遺伝毒性化合物が遺伝子や染色体を傷つける性質。点突然変異や染色体損傷を含み、複数の試験で分担して調べる。物質(DNAを傷つけうる物質)をふるいにかけるスクリーニングに向いています。 アルカリ法強アルカリでDNAをほどいてから泳動するコメットアッセイの方法。一本鎖・二本鎖切断とアルカリ不安定部位を広く拾う。は一本鎖切断・二本鎖切断DNAの二本鎖切断。Cas9が作る傷で、その修復のされ方が編集の結果を左右する。・アルカリ不安定部位をまとめて拾える点が特徴 です。
ほどく時間や泳動の時間、温度、電気の強さは結果に直接影響します。これらは試験ごとに決めて管理する必要があります。あわせて、必ず傷が出る物質(陽性対照)と何も加えない対照(陰性対照)を同時に置き、試験系が正しく機能していることを確認するのが基本です。
%tail DNA・tail moment・olive tail momentの定義と計算
しっぽのDNA量を数字にする指標は複数あり、名前が似ているために混同しやすい。基本になるのは「しっぽに含まれるDNAの割合」です。
| 指標 | 計算の考え方 | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| %tail DNA(tail intensityしっぽに流れ出たDNAの明るさが細胞全体の何%かを表す指標。傷の量とほぼ比例し読み取りやすい。) | しっぽの明るさ ÷(頭+しっぽの明るさの合計)× 100 | 傷の量とほぼ比例するので読みやすい |
| tail moment | %tail DNAしっぽに流れ出たDNAの明るさが細胞全体の何%かを表す指標。傷の量とほぼ比例し読み取りやすい。 × しっぽの長さ | 長さも足すが、装置や設定で変わりやすい |
| olive tail moment(OTM頭としっぽの重心の距離にしっぽのDNA割合を掛けた指標。しっぽ内のDNAの偏りを反映しやすいとされる。) | (しっぽの重心 - 頭の重心の距離)×(しっぽのDNA割合 ÷ 100) | しっぽ内のDNAの偏りを反映しやすい |
%tail DNA は、しっぽに流れ出たDNAの明るさ(DNAを染めた蛍光の強さ)が、細胞全体(頭+しっぽ)の明るさの何パーセントかを表したものです。細胞全体の中で「どれくらいのDNAがしっぽ側に逃げ出したか」の割合、と言い換えてもよいでしょう。傷の量が増えるとこの値もほぼまっすぐ増える(直線的に対応する)範囲が広く読み取りやすいため、後で触れるOECD TG489でも推奨されています。
tail moment は、%tail DNA にしっぽの長さを掛けたものです。傷の「量」と「広がり」を一つの値にまとめます。olive tail moment(Oliveらが提案した定義)は、頭としっぽの重心の距離に、しっぽのDNA割合を掛けたもので、しっぽの中のDNAの偏りを拾いやすいとされます。ただし tail moment 系は数値の直感的な解釈がしにくく、装置や画像解析の設定によって変わりやすい点に注意が必要です。
指標は %tail DNA を主役にするのが扱いやすい選択です。tail moment や olive tail moment を併記する場合は、どの距離・どの明るさを使ったかという定義を書き添えて、あとで他施設のデータと比べられるようにしておきます。
実際には多数の細胞を測り、「ばらつきの分布」として扱います。細胞ごとの値の差が大きいため、動物やスライド(試料をのせるガラス板)を単位にまとめて統計処理するのが一般的です。なお、ほぼ全部のDNAがしっぽに移ってしまった強い像は「hedgehogほぼ全部のDNAがしっぽに移った強いコメット像。アポトーシスなど別原因の可能性があり集計の扱いを事前に決める。(ハリネズミ)」などと呼ばれます。アポトーシス細胞が遺伝的プログラムに従って自発的に死に至る過程で、壊死とは異なり膜の完全性が初期段階では保たれる。(細胞が自ら死ぬ現象)など別の原因が混ざっている可能性があるため、集計に含めるかどうかを事前に決めておく必要があります。
OECD TG489(in vivo)での判定の考え方
生きた動物を使うコメットアッセイは、OECD Test Guideline 489(OECDが定めた試験ガイドライン489番)として整備されています。「in vivo生きた動物の体内で試験を行うこと。物質が吸収・代謝を受けた実際の状態での影響を見られる。(インビボ生きた動物の体内で試験を行うこと。物質が吸収・代謝を受けた実際の状態での影響を見られる。)」は生体内、すなわち生きた動物の体の中で行うという意味です。ラットなどのげっ歯類にDNAを傷つけうる物質を投与し、肝臓など調べたい組織から細胞や核を取り出して傷を評価します。生体内で行うことで、物質が吸収され、体をめぐり、代謝(体内で分解・変化すること)を受けた実際の状態での影響を見られるのが利点です。
試験デザインの目安は次のとおりです。数値は条件で変わるため、最新の原文で確認してください。
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 1群あたりの動物数 | おおむね5匹以上(適切な性を選ぶ) |
| 投与 | 繰り返し投与(おおむね2日以上、連日投与が基本) |
| 対照群 | 溶媒(陰性)対照と陽性対照を置く |
| 主に測る指標 | %tail DNA(tail intensity) |
| 採取する組織 | 肝臓など、目的に応じた組織 |
判定は、%tail DNA が対照群に比べて投与量が多いほど(統計的にも)増えるかどうかを軸に、総合的に行います。ひとつの指標の統計的な差だけで機械的に陽性・陰性を決めるものではありません。投与量と反応の関係(用量反応性)、その施設が過去に蓄積してきたデータ(historical controlその施設が過去にためてきた対照群のデータ。試験結果が陽性か陰性かを判定する際の妥当な範囲の基準に使う。:過去対照データその施設が過去にためてきた対照群のデータ。試験結果が陽性か陰性かを判定する際の妥当な範囲の基準に使う。)の範囲、陽性対照が期待どおり反応したか——これらの要素をあわせて判断します。 判定は用量反応性投与量が増えるほど反応や影響が大きくなる関係。遺伝毒性などの判定で陽性を裏づける要素になる。と対照・過去データを含めた総合評価で行うのが原則 です。
Ames・小核試験との相補
コメットアッセイは、単独で遺伝毒性を最終判定する試験ではありません。複数の試験を組み合わせた「試験バッテリー」(標準的な試験の組み合わせ)の中で初めて意味を持ちます。医薬品では ICH S2(R1)医薬品の遺伝毒性試験の標準的な組み合わせと、そのデータ解釈を定めたガイドライン。(医薬品規制の国際調和を進めるICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。が定めた遺伝毒性のガイドライン)が標準の組み合わせを示しています。細菌を使うAmes試験(遺伝子の突然変異を見る)と、培養細胞で行う染色体異常試験分裂中期の細胞で染色体の形を観察し、切断や交換など構造異常の型まで調べる遺伝毒性試験。または小核試験(染色体レベルの異常を見る)、そして生体内の試験を組み合わせます。
それぞれ見ている事象が違い、互いの弱点を補います。
| 試験 | 主に見る事象 | 位置づけの例 |
|---|---|---|
| Ames試験 | 遺伝子の突然変異(塩基の置き換わりやずれ) | バッテリーの起点となる細菌試験 |
| 小核試験 | 染色体の切断や数の異常(小核ができる) | 染色体レベルの異常を検出 |
| コメットアッセイ | DNA鎖切断DNAの糸が切れた状態。放射線や反応性物質、酸化ストレスなどで生じ、コメットアッセイが主にとらえる傷。(変異が固定される前の早い傷) | 生体内で組織のDNA損傷を評価 |
コメットアッセイは、変異や染色体異常として固定される前の切断をとらえます。そのため、Amesや小核が拾いにくいタイプの傷や、特定の組織での影響を補う役割を担えます。実務では、生体内の小核試験(骨髄などで見る)とコメットアッセイ(肝臓など別の組織で見る)を一つの試験にまとめ、同じ動物から両方の情報を得る設計も使われます。組織も見る事象も異なる試験を束ねることで、ひとつの方法だけでは見落とす傷を減らせる——これが試験バッテリー見ている事象の異なる複数の遺伝毒性試験を組み合わせた標準的なセット。互いの弱点を補い見落としを減らす。の基本的な考え方です。
まとめ
コメットアッセイは、細胞1個ごとのDNA鎖切断を電気泳動で見える化し、%tail DNAで数字にする試験です。%tail DNAはしっぽの明るさが全体の何パーセントかを表したもので、傷の量とほぼ比例する範囲が広く、OECD TG489でも主要指標として推奨されています。tail momentやolive tail momentは長さや偏りの情報を加えますが、定義と設定に左右されやすい点に注意して併記します。アルカリ法は一本鎖・二本鎖切断とアルカリ不安定部位を広く拾い、生体内のTG489では用量反応性と対照・過去データを含めた総合評価で判定します。Ames・小核試験とは見ている段階が異なるため、標準バッテリー遺伝毒性評価において、性質の異なる複数の試験を組み合わせ、主要な遺伝的損傷をもれなく検出できるよう設計された標準的な試験セット。の中で互いを補い合います。
参考文献
- OECD, Test No. 489: In Vivo Mammalian Alkaline Comet Assay
- OECD, Test No. 471: Bacterial Reverse Mutation Test
- OECD, Test No. 487: In Vitro Mammalian Cell Micronucleus Test
- ICH S2(R1), Genotoxicity Testing and Data Interpretation for Pharmaceuticals Intended for Human Use
- FDA, S2(R1) Genotoxicity Testing and Data Interpretation for Pharmaceuticals Intended for Human Use
- EMA, ICH guideline S2 (R1) on genotoxicity testing and data interpretation
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