遺伝毒性試験の標準的な組み合わせとは?ICH S2と陽性時の動き
2024年11月、FDAは、Ames試験壊した遺伝子が変異で元に戻る回数を数え、化合物の変異原性を細菌で手早く調べる試験。詳しく →で陽性が出た薬を、健康な人への初回投与試験に進める前に、どんな追加試験で確かめるかを、ガイダンス案として公表しました。ただしFDA自身が、追加試験を重ねても陽性が示した懸念は完全には消えないと書いています。続けるのは、重い病気や命にかかわる病気で、治療の選択肢が乏しい薬であるべきだ、とも述べています。

遺伝毒性試験は、薬の候補がDNAや染色体を傷つけないかを、ヒトに投与する前に調べる試験です。ICH S2(R1)医薬品の遺伝毒性試験の標準的な組み合わせと、そのデータ解釈を定めたガイドライン。詳しく →は、細菌、培養した哺乳類の細胞、動物の体という3つの舞台から組み合わせた標準の形を示しています。一つの試験では見落とす傷があるからで、陽性が出ても、証拠をそろえてから続けるか止めるかを決めます。
試験を計画する人にも、報告書や見積もりを受け取る隣の部署の人にも、どの試験が何を担い、陽性が出るとどこで道が分かれるかを知っておく価値があります。日程と費用の見通しが、そこで変わるからです。
何を見ているのか ― 3種類の傷と、3つの舞台
遺伝毒性化合物が遺伝子や染色体を傷つける性質。点突然変異や染色体損傷を含み、複数の試験で分担して調べる。詳しく →とは、DNAや染色体を傷つける性質です。傷が細胞の分裂を通じて固定されると、発がんや、子孫に伝わる影響につながると考えられています。
染色体を本の巻にたとえると、傷は3種類に分けられます。DNAの文字が入れ替わったり抜けたりする遺伝子突然変異は、一文字の誤植です。染色体が切れたりつなぎ変わったりする構造異常は、巻の破れやつなぎ違いに当たります。染色体の本数が狂う数的異常は、巻の欠けや重複です。切断を起こす物質をクラストゲン、本数を狂わせる物質をアニュージェン染色体の分配を乱し本数を狂わせる物質。染色体が1本まるごと小核になる数的異常を起こす。と呼びます。
傷の種類ごとに得意な試験が違うので、舞台を変えて組み合わせます。
細菌を使うAmes試験(細菌復帰突然変異試験細菌の復帰突然変異を見る、低分子で基本になる遺伝毒性の試験。詳しく →)は、遺伝子突然変異DNAの塩基配列において塩基の置換・欠失・挿入などが生じ、遺伝情報が変化する比較的小規模な損傷。詳しく →を拾います。染色体の切断や本数の狂いは拾えません。細菌とヒトでは代謝が違うため、肝臓の代謝を模した酵素液(S9)を加えて補います。
培養した哺乳類の細胞の試験は、染色体の構造異常と数的異常を見ます。体内での吸収や代謝がなく、ヒトに関係のない陽性が出やすいのが弱点です。
動物の試験は、吸収、分布、代謝、排泄を含めた、体の中での実際の結果が得られます。その反面、調べる組織に薬が届いていないと、陰性の意味が薄くなります。
一つの試験で全部は見えないので、得意の違う試験を組み合わせて互いの死角をふさぎます。この一揃えを標準バッテリー(standard battery遺伝毒性評価において、性質の異なる複数の試験を組み合わせ、主要な遺伝的損傷をもれなく検出できるよう設計された標準的な試験セット。詳しく →)と呼びます。
標準の組み合わせ ― 2つの型と、いつまでにそろえるか
ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → S2(R1)(2011年)は、標準の組み合わせを2通り示しています。どちらも同じように妥当とされ、土台はAmes試験です。詳しい菌株の選び方はAmes試験の記事にあります。
Option 1は、Ames試験に、培養した哺乳類細胞の試験と、動物の試験を1本加えます。培養細胞の試験は、染色体異常試験分裂中期の細胞で染色体の形を観察し、切断や交換など構造異常の型まで調べる遺伝毒性試験。詳しく →、小核試験、マウスリンフォーマ試験のどれかです。動物の試験は、げっ歯類の造血細胞(骨髄など)を使う小核試験染色体レベルの損傷を、細胞内に生じる小核の頻度で調べる遺伝毒性試験。詳しく →が一般的です。Option 2は、培養細胞の試験を置かず、動物で2つの組織を調べます。1つは造血細胞で、もう1つは肝臓が多く、肝臓ではコメットアッセイが選ばれます。
動物の試験は、反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。詳しく →の動物を使って行うこともできます。動物の数を抑えられる一方で、毒性試験の計画に入れておかなければなりません。毒性試験を走らせてから遺伝毒性の分を足すのは、段取りが合いません。
時期は、ICH M3(R2)臨床試験を支える非臨床安全性試験の実施時期や内容の全体像を示すICHガイドライン。詳しく →が示しています。ヒトへの初回投与の前には、まずAmes試験が要ります。単回投与の試験ならこれが中心で、複数回投与の試験では、染色体の傷を見る試験も加わります。標準の組み合わせの全体は、有効性を見る第II相に入る前までにそろえます。
初回投与の前に要るのはAmes試験が中心で、標準の組み合わせ全体は第II相の前までです。どの動物試験に組み込むかで、日程が決まります。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる陽性が出たとき ― 道が分かれる3つの場所
陽性は、「遺伝毒性あり、開発中止」という判定ではありません。どの試験で出たかで、意味も次の動きも違います。
| 陽性が出た場所 | 意味 | 開発で起きること |
|---|---|---|
| Ames試験 | DNAに直接反応して、遺伝子の変異を起こす可能性。最も重く受け止められる | 結果の再現と試験の質を確かめる。構造を変えて再設計するか、動物での追加試験に進むかを決める |
| 培養した哺乳類細胞だけ | ヒトに関係のない陽性が少なくない | 動物の試験で、体内でも傷が出るかを確かめる。仕組みを調べて、ヒトに関係しないと示す道もある |
| 動物の試験 | 体内でも傷が出ている | 曝露量とヒトの想定量の差、仕組み、ほかの試験との整合をまとめ、発がんリスクの議論に進む |
Ames試験の陽性は、まず本物かどうかを疑います。FDAのガイダンス案は、試験が想定どおりに走ったか、細胞毒性や沈殿のために解析できる濃度が足りなかったかを、最初に確かめるよう求めています。そのうえで、試験管内と動物での追加の変異原性化合物が遺伝子に突然変異を起こす性質。発がんにつながりうるため非臨床で早期に評価する。詳しく →試験に進みます。探索の段階から、少量の化合物で測れる簡易版のAmes試験を使い、陽性の候補を早めに外す会社があります。開発段階まで来てから陽性が出ると、構造を変えて作り直す余地は小さくなります。
培養細胞の試験は、事情が違います。ヒトの発がんと結びつかない陽性が出やすいことが問題視され、S2(R1)の改訂では、最高濃度が10 mMから1 mM(または500 µg/mLのどちらか低いほう)へ下げられました。高い濃度でしか出ない、意味の薄い陽性を減らすためです。それでも陽性が出て、ヒトに関係しないと言える根拠が足りないときは、仕組みを調べる試験か、動物の試験で確かめます。動物の試験が明確な陰性なら、培養細胞の陽性は、体内では問題にならないという判断につながる場合があります。ただし動物試験に進めば、期間も費用も増えます。
動物の試験で陽性が出たときは、調べた組織に薬がどれだけ届いたかと、ヒトで想定する曝露との差を見ます。染色体の本数を狂わせる作用のように、ある量より下では傷が出ない境目(しきい値)がある仕組みなら、その差を安全域として続ける道が開けることがあります。DNAに直接反応する仕組みでは、安全といえる量の境目を置きにくく、続けるハードルが上がります。
陰性にも注意が要ります。動物の試験が陰性でも、調べた組織に薬が届いた裏づけ(血中濃度や、骨髄への毒性の所見)がなければ、傷がなかったのではなく、傷を見られなかっただけかもしれません。
陽性は「止める合図」ではなく「次に何を調べるかを決める合図」です。ただしAmes試験の陽性は、ほかより一段重く扱われます。
対象外のものと、答えられない問い
標準バッテリーは低分子医薬品の枠組みです。抗体などのバイオ医薬品は、タンパク質がDNAと直接反応しにくいため、ICH S6(R1)では標準の遺伝毒性試験を求めていません。ただし、低分子の部品を持つ抗体薬物複合体(ADC)抗体に細胞傷害性の薬物(ペイロード)を結合させた医薬。標的へ薬物を運んで作用させる。のリンカーやペイロード抗体薬物複合体(ADC)で抗体に結合させる強力な細胞毒(薬物)です。抗体によって標的の細胞まで運ばれ、そこで細胞を殺す作用を担います。詳しく →は別です(バイオ医薬品の非臨床安全性、ADCの非臨床安全性)。
進行がんの抗がん剤は、ICH S9進行がん治療薬に特化した非臨床評価に関する国際ガイドラインで、対象患者の状況を踏まえた安全性試験の実施範囲・時期を規定している。詳しく →で、遺伝毒性試験医薬品候補物質がDNAや染色体に損傷を与えるかどうかをヒトへの投与前に評価するための試験の総称。詳しく →を臨床試験の開始前に済ませなくてよいとされています。ただし承認申請までには必要で、計画から落とすと申請の直前に試験が足りなくなります(ICH S9)。
薬そのものではなく、製造で生じる不純物の変異原性は、ICH M7医薬品中のDNA反応性(変異原性)不純物を評価・管理し、発がんリスクを抑えるためのガイドライン。詳しく →という別の枠組みで管理します(変異原性不純物)。評価の対象を取り違えないことが大切です。
遺伝毒性が陰性でも、発がん性がないとは限りません。遺伝子を直接傷つけない経路でも、がんは起こりうるからです。長期の評価はがん原性試験(ICH S1)が受け持ち、急な機能の乱れは安全性薬理のコアバッテリーが見ます。遺伝毒性の試験は、「遺伝情報への傷」という一つの切り口を担当します。
明日から確かめられること ― 計画書と報告書
試験計画を組むとき、報告書を受け取るときに、次の点を確認します。
- 標準の組み合わせは、Option 1とOption 2のどちらか。その選び方に理由が書かれているか
- 動物の試験を反復投与毒性試験に組み込むなら、毒性試験の計画に入っているか
- Ames試験は、S9ありとなしの両方で行われたか。細胞毒性物質が細胞の生存や増殖を障害する性質のことで、過剰な細胞毒性条件下では偽陽性の遺伝毒性シグナルが生じやすくなる。詳しく →や沈殿のために、解析できる濃度が足りなくなっていないか
- 培養細胞の試験の最高濃度は、S2(R1)の上限(1 mMまたは500 µg/mL)と、細胞毒性の程度で説明されているか
- 陽性が出たときの次の試験と日程の案が、見積もりの段階であるか
- 動物の試験が陰性なら、調べた組織への曝露の裏づけ(血中濃度や、骨髄への毒性の所見)があるか
- 標準の組み合わせが、第II相の開始に間に合う日程か
受託先を探すときは、毒性病理・安全性薬理の製品ガイドが入口です。非臨床試験の全体像は、非臨床の毒性試験・安全性薬理でわかること、わからないことで読めます。
遺伝毒性試験の見積もりを取る前に、標準の組み合わせの型、動物試験の組み込み先、陽性だったときの次の試験を決めておきます。
参考文献
- ICH S2(R1), Genotoxicity Testing and Data Interpretation for Pharmaceuticals Intended for Human Use(Step 4、2011年11月。EMA掲載版)(標準の組み合わせ2通り、培養細胞の試験の最高濃度の見直し、陽性時の進め方)
- ICH M3(R2), Non-clinical Safety Studies for the Conduct of Human Clinical Trials and Marketing Authorization for Pharmaceuticals(遺伝毒性試験を実施する時期)
- FDA, Recommended Follow-up Testing for an Ames-Positive Drug (Active Ingredient) or Metabolite To Support First-in-Human Clinical Trials With Healthy Subjects(ガイダンス案、2024年11月)(Ames陽性の確認、追加試験、続ける条件)
- ICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。詳しく →, Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals(バイオ医薬品抗体・タンパク質・核酸など生体由来の分子を利用して製造された医薬品の総称。詳しく →に標準の遺伝毒性試験を求めない理由)
- ICH S9, Nonclinical Evaluation for Anticancer Pharmaceuticals(進行がん向けでの遺伝毒性試験の時期)
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