遺伝毒性不純物とニトロソアミンとは?ICH M7とリスク評価

核心は一点です。この閾値は不純物の量から決まったのではなく、生涯にわたって摂り続けたときのがんのリスクから逆算されています。だから、投与期間が短ければ緩められるし、構造が変異原性化合物が遺伝子に突然変異を起こす性質。発がんにつながりうるため非臨床で早期に評価する。詳しく →を示唆するなら発がん性のデータがなくても厳しい側に置かれる。量の話ではなく、曝露の話として組み立てられている点が、通常の不純物管理と決定的に違います。
この記事では、変異原性不純物とは何かを確かめてから、ICH M7 が定める閾値とクラス分類、構造から判定する (Q)SAR、2018年 に始まったニトロソアミンDNA反応性が懸念される不純物の一種。試験の設計しだいで結果が大きく変わることが指摘されている。詳しく →の問題、そして発生源と測り方の順に解説します。低分子原薬全体の品質管理遺伝子治療製品の品質・安全性・有効性を保証するために製造・出荷の各段階で実施する試験・管理の総体。詳しく →は低分子原薬のQCにあります。最後に、管理を組む順序を並べます。
- 変異原性不純物の閾値は生涯の発がんリスクから逆算され、1日あたり 1.5 µg が基準に置かれます。
- 投与期間が短ければ緩められ、1か月以内なら 120 µg/day まで許容されます。
- ニトロソアミンはさらに厳しく、NDMA が 96 ng/day、NDEA が 26.5 ng/day です。
閾値が三桁変わる ― 変異原性不純物という区分
通常の不純物管理とは、前提が違います。
ICH Q3A新有効成分を含む原薬中の不純物管理に関する国際的な規制ガイドラインで、報告・同定(構造決定)・資格付与(安全性確認)の各閾値を規定する。詳しく → が定める類縁物質の閾値は、毒性の一般的な評価に基づいています。ところが DNA に直接反応して変異を起こしうる不純物の場合、たとえ微量でも遺伝子の変化を通じて発がんにつながる可能性がある、という前提に切り替わります。閾値のない作用として扱う、ということです。
そこで導入されたのが、毒性学的懸念の閾値個別の発がんデータがなくても、これ以下なら発がんリスクを無視できると考える、摂取量の一般的な閾値。詳しく →という考え方です。構造が分かっていて発がん性のデータがない化合物について、生涯にわたって摂り続けても無視できる水準として 1日あたり 1.5 µg が置かれました。この値は、多数の発がん性物質のデータから、生涯の追加発がんリスクが 10万分の1 に相当する量として導かれています。
原薬の投与量が大きいほど、率としては厳しくなります。1日 1 g を飲む薬なら、1.5 µg は 0.00015% です。通常の定量限界十分な精度で定量できる最小量。分析法の性能を示すバリデーション項目の一つ。詳しく →では届かないので、専用の分析法が要ります。変異原性の疑いが立った瞬間に、必要な分析感度が三桁変わります。
ICH M7 ― 五つのクラスと期間による緩和
ICH M7医薬品中のDNA反応性(変異原性)不純物を評価・管理し、発がんリスクを抑えるためのガイドライン。詳しく →(R2) は、不純物を五つに分類します。
第1類は、変異原性と発がん性の両方が既知の化合物です。第2類は変異原性が既知で発がん性が不明なもの。第3類は警告構造を持つが原薬とは無関係で、変異原性のデータがないもの。第4類は警告構造を持つものの、それが原薬本体と共通の構造であるもの。第5類は警告構造を持たないものです。第4類と第5類は通常の類縁物質として扱えます。
もう一つの柱が、投与期間による緩和です。生涯の曝露を前提とした 1.5 µg/day に対し、1か月以内なら 120 µg/day、1か月から1年なら 20 µg/day、1年から10年なら 10 µg/day が許容されます。臨床試験の初期のように投与期間が限られる場面では、この緩和が実務を成立させています。
複数の変異原性不純物DNAを傷つけうる有機不純物。元素不純物とは別枠で管理される。詳しく →が同時に存在する場合は、合計で管理します。個々が閾値内でも、足し合わせて超えるなら対策が要る。期間と総量。この二つの補正を入れないと、ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → M7 の枠組みは正しく使えません。
(Q)SAR ― 構造から二通りに読む
データのない不純物は、構造から判定します。
ICH M7 が求めるのは、相補的な二種類の手法です。一つは専門家が作った規則に基づく系で、既知の変異原性に関連する部分構造分子の一部の構造パターンで、これを手がかりに該当する化合物を検索で拾う。詳しく →を持つかを判定します。もう一つは統計的な系で、既存の試験データから学習したモデルが構造を数値化して予測します。二つの結果が一致すれば、追加の試験なしに判定を進められます。
食い違った場合は、専門家による評価を挟みます。そこでも判断がつかなければ、細菌を使った復帰突然変異試験細菌の復帰突然変異を見る、低分子で基本になる遺伝毒性の試験。詳しく →で実測する。これが原則の流れです。
注意したいのは、予測が「陰性」と出ることの意味です。警告構造がないという結果は、変異原性がないことの積極的な証明ではありません。(Q)SAR化学構造から毒性などの性質を予測する手法。構造アラートによる変異原性の評価に使う。詳しく → は候補を絞り込む道具であって、安全性を保証する道具ではない。この区別が抜けると、実測すべきものを予測で済ませてしまいます。
(Q)SAR の評価は、合成ルートを決めた直後にまとめて回すのが効率的です。原料、試薬、中間体、想定される副生成物を一覧にして一度に判定すれば、警告構造を持つ物質を避ける形にルートを組み替える余地が残ります。臨床に入ってから見つかると、選べる手は分析と精製だけに狭まります。
ニトロソアミン ― 2018年 に始まったこと
この枠組みが実務を揺るがしたのが、ニトロソアミンの問題です。
2018年、降圧薬バルサルタンの原薬から N-ニトロソジメチルアミン代表的なニトロソアミンの一種で発がん性が知られる。バルサルタン原薬から検出されニトロソアミン問題の発端となった。が検出されました。世界規模の回収につながり、その後ほかのサルタン系、ラニチジン、メトホルミンと検出が続きます。共通していたのは、誰も測っていなかったという点でした。想定していない不純物は、規格にも試験にも載りません。
ニトロソアミンの許容摂取量特定の不純物について、生涯摂取しても許容できるとされる1日あたりの量。発がん性データなどから設定する。詳しく →は、1.5 µg/day よりさらに厳しく置かれます。発がん性が強いためで、NDMA代表的なニトロソアミンの一種で発がん性が知られる。バルサルタン原薬から検出されニトロソアミン問題の発端となった。 は 96 ng/day、NDEAニトロソアミンの一種で、強い発がん性が知られる。サルタン系原薬などから検出された不純物。 は 26.5 ng/day。µg ではなく ng の単位です。
さらに難しいのが、原薬そのものの構造に由来するニトロソアミンです。原薬が二級アミンを持っていれば、それがニトロソ化されて原薬由来のニトロソアミンになりえます。化合物ごとに発がん性のデータを取るのは現実的ではないため、構造から強さを推定する枠組みが作られました。α位の水素の数と、それを活性化T細胞を抗原刺激や人工的な刺激試薬で活性化し、増殖・機能発揮できる状態に誘導する操作。詳しく →あるいは不活性化する構造の特徴から点数を付け、五つの区分に割り当てる方式です。81 のニトロソアミンのデータを元に組まれていて、FDA は 251 の原薬由来ニトロソアミンについて 26.5 ng/day から 1,500 ng/day の値を公表しています。該当する区分が決まらない場合の既定値は 18 ng/day に置かれています。詳しくはNDSRI の (Q)SAR と許容摂取量にまとめています。
どこから来て、どう測るか
発生源をたどると、いくつかの型に分かれます。
最も多いのが、アミンと亜硝酸の共存です。二級アミンや三級アミンを持つ原料や試薬があり、そこに亜硝酸ナトリウムのような試薬が加わると、条件次第でニトロソ化が進みます。反応の後処理で過剰のアジ化物を亜硝酸で分解する操作が、そのまま発生源になっていた事例もあります。
次に多いのが、回収した溶媒です。回収系にアミンが持ち込まれると、次のロットに混入します。包装材や、水道水中の亜硝酸塩まで経路になりえます。原薬の製造工程のどこにアミンと亜硝酸が同時に存在しうるかを、工程表の上で洗い出す作業が出発点です。
測定は LC-MS/MS液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせ、断片を一つずつ読んで配列や修飾部位を特定する手法。詳しく → か GC-MS/MSガスクロマトグラフィーとタンデム質量分析を組み合わせた分析法。揮発性のニトロソアミンなどの定量に使う。 です。ng/day の水準を担保するには、原薬あたり 0.01 ppm抗体1mgあたりの不純物量(ng)のように、100万分の1の比で微量成分の割合を表す単位。詳しく → 前後の定量限界が要ります。Agilent、Waters、SCIEX、Shimadzu、Thermo Fisher Scientific の質量分析系を使い、標準品力価の基準に定めた品。検体と同じアッセイで並べて測り、相対力価の基準にする。詳しく →は LGC Standards や Sigma-Aldrich のものを用います。難しいのは、原薬そのものが大量に共存する中で微量の不純物を測る点で、前処理細胞移植の前に患者へ行う処置。生着の場を空けるために既存の骨髄細胞を減らす目的で実施される。詳しく →と分離条件の作り込みが分析法開発の中心に座ります。
管理を組む順序
変異原性不純物の管理を組むとき、次の順で進めます。
一番目は、対象を洗い出すことです。 合成ルートの原料、試薬、溶媒、中間体ゲノムを途中までしか積んでいないAAVカプシド。空でも実でもない中間的な粒子で、測定時にどちらへ数えるかで比率が動く。詳しく →、想定される副生成物、そして分解物。ここで漏らしたものは、その後どの段階でも見つかりません。二番目に、それぞれを (Q)SAR分子の構造をどう変えると効き目や毒性がどう変わるかの関係。化合物最適化の指針になる。詳しく → で判定します。二種類の手法を回し、食い違えば専門家評価、それでも不明なら実測へ進みます。
三番目に、投与期間と投与量から閾値を決めます。生涯投与なら 1.5 µg/day、臨床試験の初期なら期間に応じた緩和が使えます。ニトロソアミンに該当するなら、ng の水準に切り替わります。四番目が管理戦略工程を管理された状態に保つための管理の束。工程条件や試験、規格などを組み合わせて設計する。詳しく →で、工程で確実に除去できるなら最終製品では測らない、という選択肢も ICH M7 は認めています。除去を示すデータがあることが条件です。
最後に分析法を組みます。閾値の 10分の1 を定量限界として狙うのが目安で、ここに届かなければ管理戦略の側を見直します。測れない値を規格に書いても管理にはなりません。閾値が先にあり、分析法はそれを満たせるかどうかで選ばれます。
参考文献
ガイドライン・基準
- ICH M7(R2): Assessment and Control of DNA Reactive (Mutagenic) Impurities in Pharmaceuticals to Limit Potential Carcinogenic Risk(国際調和会議, Step 4, 2023)
- ICH Q3A(R2) / Q3B(R2): Impurities in New Drug Substance培養・精製を経て得られる抗体そのもの。製剤にする前の有効成分で、製剤と区別して管理される。詳しく →s / New Drug Product原薬を投与できる薬の形に整えたもの。無菌充填や凍結乾燥などを経て完成する最終製品。詳しく →s(国際調和会議)
- FDA Guidance for Industry: Control of Nitrosamine Impurities in Human Drugs(U.S. Food and Drug Administration, CDER)
- FDA: Recommended Acceptable Intake Limits for Nitrosamine Drug Substance-Related Impurities (NDSRIs)(U.S. Food and Drug Administration)
- EMA: ICH M7 — Assessment and control of DNA reactive (mutagenic) impurities in pharmaceuticals(European Medicines Agency)/EMA Art.31 referral: Angiotensin-II-receptor antagonists (sartans)
- 厚生労働省/PMDA: 医薬品におけるニトロソアミン類の管理に関する取扱い(自主点検要請・リスク評価工程や製品に潜在するリスクの種類・発生可能性・影響度を系統的に特定・分析し、優先的に管理すべき項目を決定する手続き。詳しく →通知)
主な文献
- Bharate SS. Critical Analysis of Drug Product Recalls due to Nitrosamine Impurities. J Med Chem. 2021;64(6):2923-2936. PMID: 33706513. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33706513/
- Parr MK, Joseph JF. NDMA impurity in valsartan and other pharmaceutical products: Analytical methods for the determination of N-nitrosamines. J Pharm Biomed Anal. 2019;164:536-549. PMID: 30458387. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30458387/
- Amberg A, et al. Principles and procedures for implementation of ICH M7 recommended (Q)SAR analyses. Regul Toxicol Pharmacol. 2016;76:7-20. PMID: 26877192. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26877192/
- Thresher A, et al. Are all nitrosamines concerning? A review of mutagenicity and carcinogenicity data. Regul Toxicol Pharmacol. 2020;116:104749. PMID: 32777431. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32777431/
- Felter SP, et al. Maximizing use of existing carcinogenicity data to support acceptable intake levels for mutagenic impurities in pharmaceuticals: Learnings from N-nitrosamine case studies. Regul Toxicol Pharmacol. 2023;143:105459. PMID: 37474097. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37474097/
- Paustenbach DJ, et al. Risk characterization of N-nitrosodimethylamine in pharmaceuticals. Food Chem Toxicol. 2024;186:114498. PMID: 38341171. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38341171/
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