遺伝毒性不純物とニトロソアミンとは?ICH M7とリスク評価
低分子基礎知識・品質管理

遺伝毒性不純物とニトロソアミンとは?ICH M7とリスク評価

変異原性(遺伝毒性)不純物は、低分子医薬品の製造でほぼ避けて通れない品質課題です。原薬(API)の合成では、求電子性の高いアルキル化剤やハロゲン化物、スルホン酸エステル類など、反応性ゆえに有用な試薬を使います。これらの試薬や副生成物、分解物の一部は、DNAと直接反応して変異を起こす性質を持ち、極微量でも理論上の発がんリスクに寄与しうると考えられています。こうした不純物をどの濃度まで許容するか、どう評価し、どう管理するかの国際的な枠組みを定めたのが ICH M7 ガイドラインです。

変異原性(遺伝毒性)不純物とは

変異原性不純物とは、DNAと反応して遺伝子変異を引き起こす性質を持ち、その結果として理論上の発がんリスクに寄与しうる不純物のことです。遺伝毒性不純物(genotoxic impurity)とほぼ同義に使われますが、ICH M7では特にDNA反応性(DNA-reactive)の変異原性に焦点を当てています。

通常の類縁物質や分解物は、ICH Q3A/Q3Bの同定閾値・規格閾値の枠組みで管理されます。これに対し変異原性不純物は、たとえ閾値より低い濃度でも、変異原性という固有のメカニズムゆえに別枠で厳しく評価する必要があります。エイムス試験(細菌復帰突然変異試験)が陽性となる構造、あるいは構造警告(structural alert)を持つ不純物が主な対象です。

代表的な発生源は原薬合成です。アルキル化剤、ハロゲン化アルキル、スルホン酸エステル(メシラート・トシラート等)、エポキシド、アミン類とニトロソ化剤の組み合わせなどが、変異原性不純物やその前駆体となります。変異原性不純物の管理は「量」ではなく「メカニズム(DNA反応性)」を起点に判断するため、一般の類縁物質とは独立した評価系が必要になります。

ICH M7 — TTCとクラス分類

ICH M7は、DNA反応性(変異原性)不純物を同定・分類・管理して、発がんリスクを許容範囲に抑えるための国際的な枠組みです。中核となるのが TTC(Threshold of Toxicological Concern、毒性学的懸念の閾値)の概念です。

TTCは、化合物個別の発がん性データがなくても、変異原性物質が生涯にわたり1.5 µg/dayを超えなければ、発がんリスクは無視できる水準(おおむね10万分の1の理論リスク)にとどまるという考え方に基づきます。さらにICH M7は、投与期間が生涯より短い場合に許容摂取量を引き上げるLTL(less-than-lifetime)アプローチも示しています。

ICH M7は不純物を以下の5クラスに分類し、それぞれに評価・管理の方針を割り当てます。

クラス定義管理上の扱い
クラス1既知の変異原性発がん物質化合物個別の許容限度(AI)で管理
クラス2変異原性は既知だが発がん性データなしTTC(一般に1.5 µg/day)で管理
クラス3構造警告あり、変異原性データなしエイムス試験で評価、陽性ならTTC管理
クラス4構造警告あり、原薬と同じ警告を共有非変異原性不純物として管理
クラス5構造警告なし通常の不純物(Q3A/Q3B)として管理

クラス1の「コホート・オブ・コンサーン(cohort of concern)」、すなわちアフラトキシン様化合物、N-ニトロソ化合物、アルキル-アゾキシ化合物は高力価の発がん物質群とされ、デフォルトTTCの1.5 µg/dayは適用されません。ICH M7のクラス分類は、構造アラートと(Q)SARという「予測」と、エイムス試験という「実測」を組み合わせて、不純物ごとに管理レベルを段階的に決める仕組みです。

(Q)SAR評価と管理戦略

ICH M7の特徴は、すべての不純物にエイムス試験を実施するのではなく、コンピュータによる(Q)SAR(定量的構造活性相関)予測を一次評価に組み込んだ点です。

(Q)SAR評価では、相補的な2つの方法論を用いることが推奨されます。具体的には、ルールベース(エキスパートルール)の予測システムと、統計ベース(学習データに基づく)の予測システムの両方を走らせ、いずれも陰性であれば原則として非変異原性と扱えます。両者が割れる場合や陽性の場合は、エキスパートレビューやエイムス試験での確認に進みます。(Q)SAR実装の手順論は査読論文でも整理されています。

管理戦略(control strategy)は、最終的に不純物が製品中でTTCやAI限度値を下回ることを保証する仕組みです。ICH M7はオプション1〜4を示します。オプション1は原薬規格で直接管理、オプション2は中間体での管理、オプション3は工程パラメータでの管理(規格に含めない正当化)、オプション4はパージ(除去)係数の理論・実測評価により下流での十分な除去を示す方法です。揮発性が高く反応性の試薬は下流工程でパージされやすく、オプション4が有効なことが多いとされます。分析面では 類縁物質・不純物分析 や、合成由来溶媒を見る 残留溶媒試験 と組み合わせて全体の不純物プロファイルを設計します。

ニトロソアミン問題 — NDMA/NDEA検出の経緯

2018年6月、降圧薬バルサルタンの原薬からNDMAが検出されたことが、医薬品のニトロソアミン問題の出発点になりました。原因は原薬製造業者がテトラゾール環形成工程の合成ルートを変更したことに関連すると説明されています。

報告されている機序は、亜硝酸ナトリウムで残存アジドを分解する際に酸性条件下で生じる亜硝酸が、溶媒ジメチルホルムアミド(DMF)由来のジメチルアミンと反応してNDMAを生成した、というものです。つまり、第二級アミン(または前駆体)と亜硝酸(ニトロソ化剤)が共存すれば、原薬合成・製剤・包装・水のいずれの段階でもニトロソアミンが生じうることが明らかになりました。

その後、サルタン系の複数製品でNDEA等も検出され、メトホルミンやラニチジンへと対象が広がりました。ニトロソアミンは前述のコホート・オブ・コンサーンに属し、極めて低い限度値が求められます。規制当局(FDA・EMA・PMDA等)は、化合物個別の発がん性データに基づくAI限度値の設定(データがない場合はより保守的なデフォルト値)と、全製品を対象とするリスク評価(特定→確認試験→管理)の3段階の実施を製造販売業者に要求しました。FDAデータベースを基にした解析では、AI限度値を超えるニトロソアミンを理由に1400以上のロットが回収されたとされます(メーカー/当局報告ベース)。なお、近年はAPI由来だけでなく、原薬分子そのものがニトロソ化されて生じるNDSRI(ニトロソアミン原薬関連不純物)も大きな論点になっています。

発生源とLC-MS/MSによる超高感度分析

ニトロソアミンの発生源は単一ではなく、原薬合成、製剤、包装、用水など複数の経路があります。リスク評価では、これらを系統的に洗い出すことが求められます。

発生源具体例・要因
原薬合成第二級/第三級アミン+亜硝酸塩、汚染溶媒(DMFのジメチルアミン)、回収溶媒・触媒のキャリーオーバー
製剤(添加剤)添加剤中の亜硝酸塩不純物とアミン系API/添加剤の反応
包装印刷インキ・接着剤・ブリスター由来のニトロソ化要因の移行
用水・環境製造用水中の硝酸・亜硝酸、クロラミン消毒由来

ニトロソアミンの許容限度はng/dayオーダー(コホート・オブ・コンサーンの一般デフォルトは18 ng/day相当とされる)であり、原薬・製剤中ではppb(ng/g)レベルの検出感度が要求されます。これに応えるのが、ガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS/MS)と、液体クロマトグラフ質量分析(LC-MS/MS)です。揮発性・半揮発性のNDMA/NDEA等は LC-MS を含む高分解能・タンデムMSで、難揮発性のNDSRIはLC-MS/MSで定量するのが一般的です。マトリックス効果を抑えるための前処理や、安定同位体標識内標準を用いた同位体希釈法が定量の信頼性を支えます。揮発性不純物の発想自体は ヘッドスペースGC(残留溶媒) と共通する部分があり、残留溶媒分析の延長線上で語られることもあります。ニトロソアミン分析の本質は、ppbオーダーの限度値を満たす感度・特異性をMS/MSで確保し、多様な発生源を見落とさない網羅性を両立させることにあります。

まとめ

変異原性(遺伝毒性)不純物の管理は、ICH M7が定めるTTC・(Q)SAR評価・5クラス分類・4オプションの管理戦略という体系で組み立てられます。一般の類縁物質とは異なり、「量」ではなく「DNA反応性というメカニズム」を起点に、予測(構造アラート・(Q)SAR)と実測(エイムス試験)を組み合わせて段階的に管理レベルを決めるのが特徴です。

2018年のニトロソアミン問題は、第二級アミンと亜硝酸(ニトロソ化剤)が共存すれば原薬合成・製剤・包装・水のどこでもニトロソアミンが生じうることを示し、コホート・オブ・コンサーンに対するng/dayオーダーの限度値設定と全製品リスク評価を規制要求へと押し上げました。これに技術面で応えるのがLC-MS/MS等による超高感度分析であり、感度・特異性・網羅性の三立が品質保証の鍵になります。低分子原薬の品質設計では、ICH M7とニトロソアミンリスク評価を、合成ルート設計・パージ評価・分析法バリデーションと一体で考える姿勢が求められます。

参考文献

ガイドライン・基準

  • ICH M7(R2): Assessment and Control of DNA Reactive (Mutagenic) Impurities in Pharmaceuticals to Limit Potential Carcinogenic Risk(国際調和会議, Step 4, 2023)
  • ICH Q3A(R2) / Q3B(R2): Impurities in New Drug Substances / New Drug Products(国際調和会議)
  • FDA Guidance for Industry: Control of Nitrosamine Impurities in Human Drugs(U.S. Food and Drug Administration, CDER)
  • FDA: Recommended Acceptable Intake Limits for Nitrosamine Drug Substance-Related Impurities (NDSRIs)(U.S. Food and Drug Administration)
  • EMA: ICH M7 — Assessment and control of DNA reactive (mutagenic) impurities in pharmaceuticals(European Medicines Agency)/EMA Art.31 referral: Angiotensin-II-receptor antagonists (sartans)
  • 厚生労働省/PMDA: 医薬品におけるニトロソアミン類の管理に関する取扱い(自主点検要請・リスク評価通知)

主な文献

  • Bharate SS. Critical Analysis of Drug Product Recalls due to Nitrosamine Impurities. J Med Chem. 2021;64(6):2923-2936. PMID: 33706513. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33706513/
  • Parr MK, Joseph JF. NDMA impurity in valsartan and other pharmaceutical products: Analytical methods for the determination of N-nitrosamines. J Pharm Biomed Anal. 2019;164:536-549. PMID: 30458387. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30458387/
  • Amberg A, et al. Principles and procedures for implementation of ICH M7 recommended (Q)SAR analyses. Regul Toxicol Pharmacol. 2016;76:7-20. PMID: 26877192. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26877192/
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  • Paustenbach DJ, et al. Risk characterization of N-nitrosodimethylamine in pharmaceuticals. Food Chem Toxicol. 2024;186:114498. PMID: 38341171. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38341171/
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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、低分子に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。
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