NOAELからHED換算・MRSDへ:初回投与量を係数で決める
新しい薬を「初めて人に投与する」とき、最初の1回目をどれくらいの量にするか。人で試す前には、まず動物で安全性を確かめますが、動物で毒性が出なかった量を、そのまま人に持ち込むわけにはいきません。体の大きさも、薬の処理の速さも、人と動物では違うからです。

そこで低分子の薬では、動物で毒性が出なかった量を出発点に、体の表面積を使って人の量へ直します。さらに、そこから大きく余裕を取って、安全側に低い初回量を決めます。この「どうやって最初の量を決めるか」の道すじを1枚の手順書作業の手順を定めた文書。品質システムの要素を具体化し、査察でも運用が確認される。にまとめたのが、アメリカのFDA(米国食品医薬品局)が2005年に出したガイダンスです。
なぜ体重ではなく体表面積で換算するのか。なぜ「安全のための割り算」でふつう10という数を使うのか。専門用語は出てくるたびに一言そえます。そして、この手順の前提が崩れる薬——たとえば抗体医薬——では、同じものさしが通用せず、MABEL薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。という別の考え方が要る。初回量の決め方は、ひとつの正解ではなく、薬の性質しだいで姿を変えます。
- 動物のNOAEL(毒性が出なかった最高用量)を体表面積でヒト等価用量(HED)へ換算するのが出発点です。
- 最も感度の高い種のHEDを安全係数(通常10)で割ってMRSD(最大推奨開始用量)を求めます。
- 免疫を強く動かす抗体などではNOAEL起点が危うく、作用の立ち上がりを見るMABELを用います。
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出発点はNOAEL:毒性が出なかった最高用量
まず土台になるのが NOAEL無毒性量。毒性試験で有害な影響が認められなかった最大の用量。PDE算出の出発点になる。 です。NOAEL は No Observed Adverse Effect Level の略で、日本語では「無毒性量無毒性量。毒性試験で有害な影響が認められなかった最大の用量。PDE算出の出発点になる。」。ざっくり言えば「動物に投与しても、望ましくない変化が増えなかった、いちばん高い量」のことです。
動物に薬を繰り返し投与する試験で、投与しなかったグループと比べます。そのうえで、体にとって困る変化(有害な変化)がはっきりとは増えない、ぎりぎり高い量。それが NOAEL です。ここでの「有害」は、単に薬が効いたという反応ではなく、体にとって望ましくない変化を指します。
NOAEL は、試験ごと・動物種ごとに出てきます。ふつうはネズミのようなげっ歯類と、それ以外の種の少なくとも2種類で毒性を調べます。ですから NOAEL も種ごとに1つずつ決まります。どの変化を「有害」と見るかには専門家の判断が入り、体が慣れて起きた変化なのか、機能そのものが損なわれた変化なのか、線引きが議論になることもあります。
NOAELは「毒性が出なかった最高用量」であって、「効く用量」ではありません。初回投与量の設計は、この毒性側にどれだけ余裕を持たせるか、という発想で組み立てます。
出発点である NOAEL の置き方が甘いと、後の換算をどれだけ丁寧にやっても、初回量が大きくなりすぎます。NOAELの判定は、初回投与量設計の精度をそのまま左右します 。
なぜ体表面積で換算するのか:HEDとkm係数
動物の量(体重1kgあたり何mg、mg/kg)を、体重の比だけで人に当てはめても、うまく合いません。多くの毒性は、体重よりも体の表面積に比例して出やすいからです。小さな動物ほど、体重のわりに表面積が大きく、薬を処理する速さも速い。この体格の差を埋める必要があります。
そこで FDA のガイダンスは、体表面積を基準にした換算を使います。動物の量を人の量に直したものを HED と呼びます。HED は Human Equivalent Dose動物の用量を体表面積換算でヒトの用量に直した値(ヒト等価用量)のこと。 の略で「ヒト等価用量動物の用量を体表面積換算でヒトの用量に直した値(ヒト等価用量)のこと。」。計算には各種の km係数体重を体表面積で割った値で、種の間の体格差を埋めるHED換算用の係数。(体重kgを体表面積m²で割った値。いわば体格差の物差し)を使い、次のように出します。
HED動物の用量を体表面積換算でヒトの用量に直した値(ヒト等価用量)のこと。(mg/kg) = 動物用量(mg/kg) × (動物のkm ÷ ヒトのkm)
km係数は種ごとにほぼ決まっていて、代表的な値は次のとおりとされています。
| 種 | km係数(目安) | HEDへの割り算係数(対ヒト37) |
|---|---|---|
| ヒト | 37 | ― |
| マウス | 3 | 約12.3 |
| ラット | 6 | 約6.2 |
| サル(カニクイ等) | 12 | 約3.1 |
| イヌ | 20 | 約1.8 |
右の列は「動物の mg/kg の量を、何で割れば HED になるか」の目安です。たとえばラットの量はおよそ6.2で割り、イヌはおよそ1.8で割る、という感じです。つまり小さな動物ほど割る数が大きく、人に直した量は動物の mg/kg よりも小さく出ます。マウスの量を人にそのまま持っていくと、実際の12分の1ほどになる、とイメージすると分かりやすいかもしれません。
ただし、この体表面積の換算は「全身に効く毒性」を前提にした一般ルールです。皮膚など一部にだけ出る毒性や、体重に比例して薬の量が決まると考えられる場合など、当てはまらない状況もあります。HED換算は万能ではなく、毒性の出方に合わせて使い分ける前提の手法 です。
最も感度の高い種を選ぶ:どのHEDを採るか
2種類以上で NOAEL と HED がそろったら、どの値を初回量のもとにするかを決めます。原則は、HED がいちばん低い種を選ぶこと。つまり、いちばん敏感な(少量で影響が出る)動物種を採ります。安全側に立つためです。
とはいえ、機械的に最小値を選ぶわけではありません。人での薬の動き方や処理のされ方が、どの動物種に近いか。その動物で出た毒性は、人にも当てはまりそうか。そうした情報があれば、それを踏まえて選び直すこともあります。人と薬の処理が大きく違う種のデータは、そのままだと大きくも小さくもブレやすいからです。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ① NOAEL決定 | 各動物種の反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。からNOAELを設定 |
| ② HED換算 | 体表面積換算で各種のNOAELをHEDへ変換 |
| ③ 種の選択 | 原則として最もHEDが低い(最も感度の高い)種を採用 |
| ④ 安全係数動物からヒトへの当てはめに残る不確かさを見込んで初回量を下げる除数で、標準は10とされる。適用 | HEDを安全係数で割ってMRSD感度の高い種のHEDを安全係数で割って求める、最初に投与してよい上限量。を算出 |
| ⑤ PAD薬理作用が出始める用量(薬理活性量)で、開始用量が近すぎないか照らし合わせる。確認 | 薬理活性量薬理作用が出始める用量(薬理活性量)で、開始用量が近すぎないか照らし合わせる。(PAD)と照らし、必要なら下方修正 |
③まではデータを整理する作業に近く、設計の勘どころは、このあとの④と⑤に集まります。
安全係数とMRSD:通常10で割る意味
選んだ種の HED を、そのまま初回量にはしません。動物から人へ当てはめる過程には、種の違い・人ひとりひとりの違い・試験そのものの限界といった、不確かさが残るからです。この不確かさを飲み込むために、安全係数で割ります。こうして出るのが MRSD です。MRSD は Maximum Recommended Starting Dose感度の高い種のHEDを安全係数で割って求める、最初に投与してよい上限量。 の略で「最大推奨開始用量感度の高い種のHEDを安全係数で割って求める、最初に投与してよい上限量。」。文字どおり「最初に投与してよい、上限の量」です。
MRSD(mg/kg) = 最も感度の高い種のHED ÷ 安全係数
FDA ガイダンスの標準的な安全係数は10とされています。10で割るとは、余裕を10倍とって初回量を10分の1にする、ということです。この10には、種の違いによる読み違い、人の中でもとくに影響を受けやすい人への配慮、毒性が元に戻るか・見つけやすいかといった心配が、まとめて込められています。あくまで標準値で、状況に応じて増やしたり減らしたりします。
安全係数を上げる(=初回量をさらに下げる)ことが検討される、代表的な場面は次のとおりです。
- 少し量を増やしただけで毒性が急に跳ね上がる場合
- 毒性が重く、元に戻らず、臨床でも見張りにくい場合
- 薬の効き方や標的の分布から、人でより強い反応が予想される場合
- 動物試験の作り自体に限界があり、NOAELをそこまで信頼できない場合
逆に、標的や効き方がよく分かっていて、毒性が元に戻り、見張れるものなら、標準の10で進めることが多いとされています。
MRSDは「毒性の側から引いた上限」です。実際の開始用量は、これと「薬が効き始める量(PAD)」の両方を見て、より低い方を尊重して決めるのが基本です。
最後に、MRSD が薬理活性量を大きく上回っていないかを確かめます。薬理活性量は PAD(Pharmacologically Active Dose薬理作用が出始める用量(薬理活性量)で、開始用量が近すぎないか照らし合わせる。)と呼び、「薬の効果が出始める量」のことです。毒性から引いた上限(MRSD)が、効果の出始める量(PAD)に近すぎるなら、開始用量をさらに下げる判断が入ります。初回投与量は、毒性側の上限と薬理側の下限の、両方を見て決める ものです。
抗体医薬でMABELを使う理由
ここまでは NOAEL を軸にした、主に低分子向けの考え方でした。ところが抗体医薬など、生き物由来の製剤(生物学的製剤抗体など生き物由来の医薬品で、NOAEL起点の換算だけでは危ういことがある。)、とくに免疫をつよく動かすものでは、NOAEL を出発点にした換算だけでは危ないことがあります。
きっかけになったのが、2006年にイギリスで起きた TGN1412初回ヒト投与でサイトカイン放出の重篤な反応を起こした抗CD28抗体で、MABEL普及の契機。(抗CD28抗体初回ヒト投与でサイトカイン放出の重篤な反応を起こした抗CD28抗体で、MABEL普及の契機。)という薬の重い事故です。サルの毒性試験では NOAEL が高く出ていました。つまり「かなりの量まで毒性は出ない」と見えていたのです。ところが人では、ずっと低い量で、免疫の信号物質(サイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。)が一気に放出される激しい反応が起きました。標的への敏感さが人とサルで大きく違い、サルの試験では人の反応を読めなかった、とされています。「毒性が出なかった量」を信じても、そもそも人での効き方が動物と違えば当てにならない、という教訓です。
これを受けて、ヨーロッパの EMA(欧州医薬品庁)は2007年に、初めて人に投与する試験のリスクを下げるためのガイドラインを出しました。そこで打ち出されたのが MABEL という考え方です。MABEL は Minimal Anticipated Biological Effect Level薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。 の略で「最小予測生物学的作用量薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。」。かみくだくと「薬のはたらきが、ごくわずかに出始めると見込まれる量」です。標的にどれだけ結合するか、受容体をどれだけ占めるかといった情報を、試験管の中と生体の両方から集めて見積もります。毒性が出なかった量ではなく、はたらきが出始める量を基準にする。ここが NOAEL 起点との大きな違いです。
| 観点 | NOAEL起点(FDA 2005) | MABEL起点(EMA 2007) |
|---|---|---|
| 基準にする量 | 毒性が出なかった最高用量 | 最小の薬理作用が出始める曝露 |
| 主な対象 | 一般的な低分子 | 高リスクな生物学的製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。・抗体など |
| 使う情報 | 動物毒性試験のNOAEL | 受容体占有・結合など薬理データを総合 |
| 弱点への備え | 種差で毒性を過小評価する恐れ | 薬理の種差そのものを織り込む |
実務では、どちらか一方に決めるというより、薬の性質とリスクに応じて使い分けます。効き方が強く、標的への敏感さに種の違いがありそうな抗体では、MABEL で出した開始量と NOAEL 起点の値を並べ、より控えめな(低い)方を採るのがふつうとされています。低分子でも、標的や効き方によっては MABEL の発想を併せて使います。
初回投与量の決定は、非臨床の安全性評価を締めくくる作業にあたります。心臓への毒性リスクの評価などと同じように、いくつもの試験から得た「余裕」を束ねて、1つの数字に落とし込みます。同じ「安全の余裕をどう取るか」という点では、hERG阻害と安全域 の考え方とも地続きです。毒性側の上限と薬理側の下限を両方にらんで詰めていく姿勢は、分野を越えて共通しています。
まとめ
低分子の初回投与量は、次の道すじで決めます。動物の NOAEL(毒性が出なかった最高量)を体表面積で人の量(HED)へ直し、いちばん敏感な種を選び、ふつう10の安全係数で割って MRSD(開始用量の上限)を出す。km係数は体格の差を埋める道具で、この換算はあくまで全身の毒性を前提にした一般ルールです。最後に PAD(効き始める量)と照らし、毒性側と薬理側の両方から開始用量を詰めます。
抗体医薬など、NOAEL 起点だと危ういときは、MABEL で「はたらきの立ち上がり」を基準にします。どの手法も、種の違いという不確かさを、いかに安全側に織り込むか、という一点でつながっています。
参考文献
- FDA, Estimating the Maximum Safe Starting Dose in Initial Clinical Trials for Therapeutics in Adult Healthy Volunteers (2005)
- EMA, Guideline on strategies to identify and mitigate risks for first-in-human and early clinical trials with investigational medicinal products
- ICH M3(R2)臨床試験を支える非臨床安全性試験の実施時期や内容の全体像を示すICHガイドライン。, Nonclinical Safety Studies for the Conduct of Human Clinical Trials and Marketing Authorization for Pharmaceuticals
- ICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。, Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals
- ICH S7A日米欧の規制当局が合意した、ヒト用医薬品の安全性薬理試験に関する国際的なガイドライン。, Safety Pharmacology Studies for Human Pharmaceuticals
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