免疫毒性試験とは?ICH S8でTDARに進むかを決める考え方
反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。詳しく →の報告書に、「脾臓の重量が対照群よりわずかに軽い」という所見が1行ある。肝臓も腎臓も基準内で、ほかに目立った所見はない。免疫機能を調べる追加試験(TDAR抗原提示細胞・ヘルパーT細胞・B細胞の連携を必要とする抗体産生経路を評価することで、免疫機能を総合的に測る試験法。)に進むべきでしょうか。
ICH S8の答えは、その1行だけでは決められない、です。S8が求めているのは、追加試験を機械的に行うことではなく、複数の材料を重ねて判断し、その道筋を記録に残すこと(weight of evidence母動物毒性や用量反応など複数の情報を総合して、所見の意味を判断する考え方。詳しく →、証拠の重み付け)です。

追加試験を足せば安全側に振れますが、開発の時間と費用が伸びます。見送って、のちの治験で感染症の増加として問題が出れば、対応はずっと難しくなります。試験を設計する非臨床の担当にも、依頼する開発や購買の担当にも、「判断の跡が記録に残っているか」が実務の要点です。
免疫毒性とは ― 意図しない抑制と増強
免疫毒性薬剤が意図せず免疫系の機能を抑制または過剰に活性化させる、臓器毒性とは区別される有害作用のこと。詳しく →は、薬が免疫のはたらきを意図せず変えてしまう影響で、抑制と増強の二方向があります。
免疫抑制薬剤や疾患などによって免疫系の応答能力が低下し、感染症やがんへの抵抗力が弱まった状態。詳しく →は、感染症やがんへの抵抗力を落とす方向です。免疫増強医薬品などにより免疫系の働きが意図せず亢進すること。過敏症・自己免疫・炎症など有害反応につながりうる、免疫毒性の一区分。は逆に、免疫を過剰にたきつける方向です。ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → S8(Immunotoxicity Studies for Human Pharmaceuticals)は、この2つを評価する考え方を2005年にまとめ、米国では2006年4月にFDAが、日本でも同じ月に厚生労働省が通知しています。
対象から外れるものがあります。薬で起きる過敏症(アレルギー)と、薬が引き金になる自己免疫は、S8の範囲に含まれません。投与直後にサイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。詳しく →が放出される急性の反応も、別の試験で見ます(サイトカイン放出試験)。境界をあいまいにしたまま試験を組むと、要らない試験まで抱え込みます。非臨床の試験全体の中での位置づけは、非臨床の毒性試験・安全性薬理で読めます。
ICH S8が扱うのは、意図しない免疫抑制と免疫増強の二方向です。過敏症や自己免疫は、別の物差しで見ます。
報告書の読み方 ― 胸腺の萎縮は、ストレスかもしれない
免疫毒性の評価は、新しい試験を組むことから始まりません。すでに行う反復投与毒性試験の所見を、免疫の目で読み直すことから始まります。
見るのは、胸腺T細胞が成熟・選択される一次リンパ器官で、免疫毒性評価において萎縮の有無が重要な観察指標となる。・脾臓・リンパ節・副腎の重さ、白血球とリンパ球の数、血液中の免疫グロブリン(抗体)の値、そして骨髄・胸腺・脾臓・リンパ節などの病理組織の所見です。動物を増やさなくても取れる情報で、感染症や腫瘍が増えていないかも手がかりです。
落とし穴は、胸腺やリンパ節が小さくなっていても、薬が免疫系を直接叩いたとは限らないことです。強いストレスがかかると副腎皮質ホルモン(コルチコステロン)が増え、それだけでリンパ系の組織は縮みます。見分ける手がかりは用量です。体重の減少など全身毒性が出る高用量でだけリンパ系の変化が出るなら、ストレス由来の二次的な変化を疑います。全身毒性のない低い用量から出ているなら、免疫系への直接作用を疑います。
胸腺やリンパ節の萎縮だけでは、直接作用かストレスの結果かを決められません。効くのは、その変化が全身毒性と同じ用量で出ているかどうかです。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる追加試験に進むかの決め方 ― 6つの材料とTDAR
ICH S8は、6つの材料を重ねて追加試験の要否を決めます。反復投与毒性試験の所見、薬の薬理作用、対象になる患者、免疫を調節する既知の物質との構造の似かた、薬が体の中でどう動くか(免疫の臓器や細胞に高い濃度でたまらないか)、そして臨床の情報です。
どれか1つが陽性でも、自動的に追加試験が決まるわけではありません。薬が免疫の仕組みに働きかける設計の場合や、同じ系統の薬で免疫への影響が知られている場合は、反復投与毒性試験の所見が軽くても、追加試験の側に傾きます。
追加試験の中心がTDAR(T-cell Dependent Antibody Response抗原提示細胞・ヘルパーT細胞・B細胞の連携を必要とする抗体産生経路を評価することで、免疫機能を総合的に測る試験法。、T細胞依存性抗体応答)です。T細胞の助けが必要な抗原を動物に打ち、できた抗体の量を測ります。抗原にはヒツジ赤血球(SRBC)かキーホールリンペットヘモシアニン巻き貝由来の高分子タンパク質で、免疫機能評価のTDAR試験においてT細胞依存性抗原として使用される。(KLH)が使われ、抗体はプラーク形成細胞(PFC)アッセイかELISA抗原と抗体の結合を酵素反応による発色などで検出し、目的の物質の有無や量を測る手法です。不純物や力価の測定に広く使われます。詳しく →で測ります。抗原を見つける細胞、助けるT細胞、抗体を作るB細胞という一連の連携が、抗体の量という1つの数字にまとまるため、免疫システム全体が働いているかを問えます。
TDARが陰性なら、「その条件で抑制は見えなかった」ということです。動物数の少ない試験に組み込んだTDARは、小さな抑制を拾う力が限られます。所見に応じて、リンパ球の種類を調べるイムノフェノタイピング血液やリンパ組織中のT細胞・B細胞・NK細胞などリンパ球サブセットの種類と割合を測定する解析手法。、自然免疫のNK細胞活性、感染への抵抗力を見る宿主抵抗性試験実際の病原体や腫瘍細胞を動物に投与し、生体が感染や腫瘍に抵抗できるかを直接評価する試験。を重ねます。
記録に残すべきは、「TDARをやったかどうか」より、6つの材料それぞれをどう判定したかです。行為の有無より判断の跡を聞くほうが、査察でも意味があります。
追加試験の要否は、所見1つではなく6つの材料の判定で決まります。確かめるのはTDARの有無ではなく、判断の跡です。
よくある読み違い ― S8だけでは足りない場面
時期の目安は、フェーズ3の開始までです。被験者が大きく増えるフェーズ3の前に、免疫への懸念を整理しておくためです。臨床全体の非臨床パッケージの枠組みはICH M3(R2)臨床試験を支える非臨床安全性試験の実施時期や内容の全体像を示すICHガイドライン。詳しく →が示しています。ただし、対象の患者がもともと免疫の落ちた集団なら、フェーズ3を待たずに早く着手します。時期を決めるのは、薬の種類より、誰に使うかです。
次に、地域です。S8がまとまったのは2005年で、その後、米国のFDAは2020年2月のドラフトを経て、2023年6月に「Nonclinical Evaluation of the Immunotoxic Potential of Pharmaceuticals」を最終化しました。S8を補う立場で、発がん性の評価、皮膚感作性、幼若動物を使う発達免疫毒性まで扱いを広げています。対象は医薬品と治療用のタンパク質で、細胞治療生きた細胞そのものを有効成分とする医薬。CAR-Tなどが代表。詳しく →と遺伝子治療は含みません。発がん性の分野でも、証拠の重み付けで試験の要否を決めるICH S1B(R1)追補が2022年にまとまりました(がん原性試験)。幼若動物の試験は幼若動物毒性で、皮膚への影響は局所刺激性・感作性で解説しています。
最後に、バイオ医薬品です。抗体医薬などは、薬理作用そのものが免疫の調節であることが多く、投与した抗体を動物が異物として扱う免疫原性や、種の選び方の難しさも前面に出ます。そのため、S8の発想ではなくICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。詳しく →の枠組みで評価します(ICH S6(R1)、バイオ医薬品の非臨床安全性、免疫原性とADA)。
S8を読めば免疫毒性の評価が終わる、とは限りません。向け先の地域と、低分子かバイオ医薬品抗体・タンパク質・核酸など生体由来の分子を利用して製造された医薬品の総称。詳しく →かで、読む文書が変わります。
明日から確かめられること ― 報告書と受託先
反復投与毒性試験の報告書や、追加試験の計画書を開いて、次の点を見てみてください。
- 胸腺・脾臓・リンパ節・副腎の重さ、白血球とリンパ球、免疫グロブリン、病理の所見が、免疫の目で整理されているか
- リンパ系の変化が、全身毒性の出る用量と同じ用量で出ているのか、低い用量から出ているのかが書かれているか
- 6つの材料それぞれの判定と、追加試験を行う、または行わない理由が記録されているか
- TDARを行ったなら、抗原(SRBCTDAR試験でT細胞依存性抗原として用いられる古典的なモデル抗原で、抗体応答の測定に広く使われる。かKLH巻き貝由来の高分子タンパク質で、免疫機能評価のTDAR試験においてT細胞依存性抗原として使用される。)と抗体の測り方(PFCかELISA)が明記され、免疫を抑えることが分かっている物質で抑制を検出できると示した記録(陽性対照)があるか
- 動物数が、見つけたい大きさの抑制に足りているか
- 追加試験の時期が、フェーズ3と、対象患者の免疫の状態に合っているか
- 米国向けなら2023年のFDAガイダンスの範囲、バイオ医薬品ならS6(R1)の枠組みで確認されているか
受託先の候補は毒性病理・安全性薬理の製品ガイドで探せます。免疫に近い試験の判断は、生殖発生毒性やトキシコキネティクスの記事とあわせて読むと、全体がつながります。
参考文献
- ICH, Safety Guidelines(S8・S6(R1)・M3(R2)の原文はここから辿れます)
- FDA, S8 Immunotoxicity Studies for Human Pharmaceuticals(2006年4月。免疫毒性の定義と、過敏症・自己免疫が対象外であること)
- FDA, Nonclinical Evaluation of the Immunotoxic Potential of Pharmaceuticals(2023年6月の最終ガイダンス。2020年2月にドラフト公表)
- FDA, S6(R1) Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals
- ICH M3(R2), Nonclinical Safety Studies for the Conduct of Human Clinical Trials and Marketing Authorization for Pharmaceuticals
- PMDA, ICH-S8 免疫毒性試験(国内通知のページ)
- HESI Immunotoxicology Technical Committee, TDAR assay course(2023年)(証拠の重み付けで追加試験を決める際の目安となる所見・薬理・体内動態)
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