バイオ医薬品の非臨床安全性試験はどの順で組むか

ICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。詳しく → の考え方そのものは、ICH S6(R1)とは?抗体医薬の毒性試験が低分子と違う理由で解説しています。この記事は、パッケージを実際に組む人のために、決める順番と、判断が分かれる所を扱います。
種の選定 ― 動物試験の前にそろえる四つの材料
TGN1412 は、T細胞の表面にある CD28 に結合して、T細胞を強く活性化する抗体でした。カニクイザルに週1回、4回続けて最大 50 mg/kg を投与しても有害な所見は出ず、無毒性量無毒性量。毒性試験で有害な影響が認められなかった最大の用量。PDE算出の出発点になる。詳しく →は 50 mg/kg とされました。人の初回量はその500分の1の 0.1 mg/kg です。サルでも標的に結合し、T細胞が増えるという薬理は確かめられていました。
のちに分かったのは、サルと人の細胞の違いです。人のCD4陽性T細胞のうち、エフェクターメモリーT細胞(過去の感染などを覚えている型)には CD28 が残っていて、抗体に強く反応します。カニクイザルの同じ細胞は CD28 を失っていました。サルの試験は、人で起きることを映していなかったのです。
そこで種の選定は、動物を発注する前に、机の上と試験管の中で済ませます。確かめる材料は四つです。標的のアミノ酸配列が人とどれだけ近いか。抗体がその動物の標的にどれくらい強く結合するか。その動物の細胞で、人の細胞と同じ機能が出るか。そして組織交差反応性試験で、結合する組織の分布が人と似ているか。
配列と結合は早く済みます。効いてくるのは三つめです。結合はするのに機能が違う種があることは、TGN1412 が示しました。結合の強さだけでは見分けられません。関連動物種標的があり抗体がヒトと同様に結合する、毒性試験に適した動物種。TCRが選択の手がかりになる。詳しく →が見つからないときの代替策(代替タンパク質、遺伝子改変動物)は、ICH S6(R1)の解説に任せます。
結合の強さだけで種を選ぶと、機能の違いを見逃します。結合、細胞での機能、組織の分布を突き合わせて決めます。
一本の試験に載せるもの ― 薬物濃度、ADA、回復群
種が決まれば、組む中心は反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。詳しく →です。ここで効くのは、一本の試験にどこまで載せるかという判断です。
試験の長さは、臨床で何か月使う薬かで決まります。慢性の病気向けには6か月が一般的でしたが、単一の標的に作用する抗体では、見直しの案が出ています。最新の動きはICH S6(R1)の解説で追えます。
載せるものは、薬物濃度の測定(トキシコキネティクス、TK)と抗薬物抗体(ADA)投与した薬に対して患者の体内でできる抗体。効果や安全性に影響しうるため監視される。の測定です。心臓、呼吸、中枢への影響を見る安全性薬理も、バイオ医薬品では反復投与毒性試験の中で見ることが推奨される場合が多く、別に試験を立てなくて済みます。注射部位の局所刺激性も、同じ試験の中で見られます。動物の数と期間は、何を別の試験にするかで大きく変わります。
回復群は、判断が割れやすい所です。S6(R1) の追補は回復の評価を勧めていますが、遅れて出る毒性を見つけるためのものではないと書いています。抗体は体内に長く残るため、高用量の動物では薬が抜けきるまでに半年から9か月かかることもあります。英国の NC3Rs(動物実験の3Rs動物実験を代替・削減・洗練する原則。使用を必要最小限にとどめる考え方。詳しく →を進める機関)が抗体医薬の開発計画を調べたところ、初回投与向けの試験のおよそ7割に回復群があり、対照群と高用量群だけという設計もよく見られました。回復群が要る場合でも、一つの試験にあれば足りる場合があるとされています。
試験品のロットも見落とされがちです。毒性試験に使うロットは、臨床で使う予定のものと品質が近い必要があります。試験のあとで細胞株や精製工程を変えると、試験品と臨床品が同じと言えるかを示す作業が増えます。製造法の変更予定は、毒性試験に使うロットを決める時点で製造側に聞いておきます(同等性・同質性)。
試験を増やす前に、既存の試験に何を載せられるかを考えます。載せ方で、動物の数も期間も変わります。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べるADAと曝露 ― 試験の前に用意する測定系
バイオ医薬品は、動物にとっては異物です。繰り返し投与すると、ADA投与した抗体医薬を異物とみなして患者の免疫系が作る抗体。薬の効果低下や安全性の問題を招く。詳しく →ができて薬を打ち消し、体内の濃度が下がります。毒性が出なかったとき、薬が届いて安全だったのか、ADAで消えていただけなのかは、薬物濃度とADAを並べて見ないと分かりません(仕組みは免疫原性とADA)。
実務で大事なのは、読み方の準備を試験の前にしておくことです。投与前、投与中、回復期のどこで採血するかを、計画書の段階で決めます。薬物濃度とADAの測定系は、試験が始まってから作ると間に合いません。群の平均で見て終わりにせず、動物ごとに読みます。ADAが出て濃度が落ちた動物の所見は、薬が届いた量より薄まっているからです。
動物でADAが多く出たからといって、人でも出るとは限りません。人での免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →の見立ては、別の方法で行います。測定は専門の受託先に頼むことが多く、選び方はPK/免疫原性バイオアナリシスの製品ガイドにまとめています。
省く試験の代わりに書くもの ― 遺伝毒性とがん原性
低分子では定番の遺伝毒性試験医薬品候補物質がDNAや染色体に損傷を与えるかどうかをヒトへの投与前に評価するための試験の総称。詳しく →(ICH S2)と、げっ歯類の2年間のがん原性試験薬を長期に投与したとき、がんのできやすさを調べる特殊な毒性試験で、長期投与薬で重要。詳しく →は、バイオ医薬品では通常行いません。省いたまま何も書かないのではなく、省く理由を文章にして添えます。
遺伝毒性は、タンパク質がDNAと直接反応しにくいことが理由です。ただし、低分子の部品を持つ分子は別です。抗体にペイロード抗体薬物複合体(ADC)で抗体に結合させる強力な細胞毒(薬物)です。抗体によって標的の細胞まで運ばれ、そこで細胞を殺す作用を担います。詳しく →をつないだADCがその例で、リンカーADCで抗体とペイロードをつなぐ部分。両者の結合や体内での薬物放出の性質を左右する。詳しく →やペイロードの安全性は別に評価します(ADCの非臨床安全性)。
がん原性は、標的の生物学から腫瘍のリスクを組み立てます。標的が細胞の増殖に関わるのか、免疫を抑えるのか。標的を欠いたマウスの表現型分子が標的に結合するかなど、実際に現れる働き・性質のこと。詳しく →や、同じ標的に作用する既存の薬の臨床経験といった既存の知見を集めて、根拠つきで書きます。2年試験を省ける場合と求められる場合の分かれ目は、がん原性試験の解説にあります。
初回投与量 ― NOAELから割るだけでは足りない分子
動物の結果を人の量に直す段階で、TGN1412 は崩れました。無毒性量(NOAEL)を500分の1にする方法は、薬理が穏やかな薬なら十分に保守的です。ところが、のちの計算では、0.1 mg/kg でも人の CD28 の約9割に抗体が結合する量でした。
この事故を受けて、欧州医薬品庁(EMA)は2007年に初回投与のリスクを下げるための指針を出し、薬理作用が立ち上がる最小の量(MABEL薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。詳しく →)から用量を組み立てる考え方を示しました(NOAELとMABELの使い分け)。標的が免疫細胞の上にあって活性化T細胞を抗原刺激や人工的な刺激試薬で活性化し、増殖・機能発揮できる状態に誘導する操作。詳しく →させる抗体や、作用が強く種差が大きい分子では、MABELから出した量とNOAELから出した量を並べ、低い量を根拠に採ります。
組む順番にも関わります。MABELの材料は、人の標的への結合の強さ、人の細胞で応答が出始める濃度、標的をどれだけ占有するかといった、試験管内のデータです。動物試験の結果がそろってから集めたのでは遅く、種の選定と同じ時期に、NOAEL方式かMABEL方式かを決めておきます。免疫細胞を活性化しうる分子では、サイトカイン放出試験の条件もこの時期に固めます。
初回投与量の方式は、動物試験の結果を見てから決めるのでは遅く、種の選定と並べて決めます。
明日から確かめられること ― 非臨床パッケージの確認項目
計画書や試験の見積もりを開いて、次の点が書かれているかを確かめてください。
- 種の選定の理由が、配列、結合、細胞での機能、組織分布の四つで書かれているか。欠けているものはどれか
- 一種か二種か、その種の数に理由が書かれているか
- 薬物濃度とADAの測定系が、試験の開始前に動く状態か。採血の時点が決まっているか
- 回復群の有無と期間に理由があるか。複数の試験に重ねて入れていないか
- 毒性試験に使うロットが臨床品とどこが違うか。製造法の変更予定があるか
- 遺伝毒性化合物が遺伝子や染色体を傷つける性質。点突然変異や染色体損傷を含み、複数の試験で分担して調べる。詳しく →とがん原性を省く理由が、標的の生物学を含めて書かれているか
- 初回投与量がNOAEL方式かMABEL方式か。その材料になる試験管内のデータがあるか
受託先を探すときは、サルの試験と、薬物濃度やADAの測定を同じ施設で扱えるかも聞きます。受託先の整理は毒性病理・安全性薬理と、組織交差反応性抗体が想定外の正常組織に結合しないかを網羅的に調べる評価。詳しく →試験のTCR・IHCの製品ガイドにあります。非臨床の全体像は非臨床の毒性試験・安全性薬理で見渡せます。
参考文献
- ICH S6バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を定めた国際ガイドライン。標的が動物種間で保存されているかを重視する。詳しく →(R1), Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals(Step 4, 2011年6月)
- Suntharalingam G, et al. Cytokine storm in a phase 1 trial of the anti-CD28 monoclonal antibody TGN1412. N Engl J Med. 2006;355(10):1018-1028.
- Eastwood D, et al. Monoclonal antibody TGN1412 trial failure explained by species differences in CD28 expression目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく → on CD4+ effector memory T-cells. Br J Pharmacol. 2010;161(3):512-526.
- EMA, Guideline on strategies to identify and mitigate risks for first-in-human and early clinical trials with investigational medicinal products(EMEA/CHMP/SWP/28367/07 Rev. 1。初版は2007年)
- NC3Rs, The use of recovery animals across monoclonal antibody development packages: opportunity for further optimization remains
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