バイオ医薬品の非臨床安全性とは?(ICH S6:関連動物種と評価の考え方)
新しい薬を人に投与する前には、動物などを使って安全性を確かめる非臨床試験を行います。低分子の医薬品なら、この段取りはある程度型が決まっています。げっ歯類と非げっ歯類の2種で毒性を調べ、遺伝毒性やがん原性も定番の試験でおさえる、という流れです。ところが、抗体やタンパク質でできたバイオ医薬品抗体・タンパク質・核酸など生体由来の分子を利用して製造された医薬品の総称。になると、この型がそのままでは当てはまりません。

理由は、薬の効き方そのものが違うからです。低分子は体のあちこちの分子にゆるく作用しうるのに対し、バイオ医薬品は狙った標的にだけ強く結合するよう設計されています。しかもその標的は、動物と人でかたちや量が違うことがあり、「人で効く薬が、その動物ではまるで効かない」ことすら起こります。効かない動物にいくら投与しても、人での安全性の予行演習にはなりません。
こうした事情をふまえて、バイオ医薬品の非臨床安全性の考え方を国際的に整理したのが ICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。 というガイドラインです。関連動物種標的があり抗体がヒトと同様に結合する、毒性試験に適した動物種。TCRが選択の手がかりになる。をどう選ぶか、免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。をどう扱うか、どの定番試験は省けるのか——低分子とどこが違うのかを軸に、専門外でも読めるように順を追って見ていきます。
なぜ低分子と同じ物差しで測れないのか
低分子の非臨床試験は、長年の経験から標準的な組み合わせがほぼ決まっています。ところがバイオ医薬品では、その前提のいくつかが崩れます。まず、抗体やタンパク質は分子が大きく、体内では最終的にアミノ酸へと分解されます。細胞の中に入り込んでDNAに直接いたずらをする、という低分子型の毒性は起こりにくいのです。
次に、標的への結合がきわめて特異的です。低分子が「あちこちに少しずつ効く」のに対し、バイオ医薬品は「狙った一点に強く効く」。だから毒性の多くは、標的そのものへの作用が強く出すぎた結果(オンターゲットガイドが指し示す、本来切ってほしい標的の場所。ここでも大欠失など意図しない結果が起きうる。毒性)として現れがちで、無関係な臓器にランダムな毒性が出るという低分子的な発想が、あまり当てはまりません。
そしてもう一つが種特異性です。標的のかたちや分布が動物と人で違えば、薬の効き方も変わります。人には効くのにサルやマウスには効かない、ということが普通に起こる。だからバイオ医薬品では「どの動物で試すか」という入り口の問いが、低分子よりずっと重くのしかかります。ICH S6バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を定めた国際ガイドライン。標的が動物種間で保存されているかを重視する。(R1) が、画一的な試験メニューではなく、分子ごとに科学的な根拠にもとづいて設計する(ケース・バイ・ケース)という姿勢を強調しているのは、このためです。
バイオ医薬品の毒性は「標的への薬理作用が強く出すぎた結果」として現れることが多く、標的の種差も大きいものです。だから低分子の定番メニューをそのまま流用できず、分子ごとに試験を設計する——これがICH S6(R1)の出発点です。
関連動物種を選ぶ:標的に薬理反応する種であること
動物で毒性を調べるには、大前提があります。その動物にも抗体が結合する標的があり、しかも人と同じように薬理作用を示すことです。この条件を満たす動物を関連動物種(relevant species標的があり抗体がヒトと同様に結合する、毒性試験に適した動物種。TCRが選択の手がかりになる。)と呼びます。標的がない動物や、あっても結合しない動物にいくら投与しても、人で起きることの予行演習にはなりません。
関連動物種かどうかは、いくつかの情報を突き合わせて判断します。標的タンパク質のアミノ酸配列が人とその動物でどれだけ似ているか。試験管の中で抗体がその動物の標的にどれくらいの強さで結合するか。そして細胞を使った試験で実際に薬理作用(機能)が出るか。組織交差反応性試験で結合の分布を人と動物で比べることも、判断を補う材料になります。抗体医薬では、げっ歯類が標的をうまく持たず、サルなどの非ヒト霊長類サルなど、ヒトに生理が近く標的交差を得やすい実験動物。費用・福祉の制約が大きい。が唯一の関連動物種になることも少なくありません。
| 見るもの | 何を確かめるか |
|---|---|
| 配列の相同性 | 標的タンパク質が人と動物でどれだけ似ているか |
| 結合親和性抗体と抗原の結合の強さのことで、解離定数KDが小さいほど強く結合する。 | 抗体がその動物の標的にどれくらい強く結合するか |
| 機能(薬理作用) | 細胞試験で実際に作用が出るか |
| 結合の分布 | 組織交差反応で人と似た結合パターンか |
関連動物種が確認できれば、必ずしも2種を使う必要はありません。ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。 S6(R1) では、適切な関連動物種が1種しかなければ1種でよいとされ、2種が関連する場合でも、短期の毒性試験は2種、長期(慢性)の試験は科学的に正当化できれば1種に絞れる、という柔軟な考え方が示されています。使える動物が限られるバイオ医薬品の実情に合わせた設計です。
関連動物種がいない、あるいは足りないとき
ときには、どの一般的な実験動物にも薬理作用を示さない、ということが起こります。この場合の受け皿も用意されています。一つは、その動物種の標的に合わせて作り替えた代替タンパク質(ホモログ、サロゲート分子)を使う方法。もう一つは、人の標的を導入した遺伝子改変(トランスジェニックDNA鎖に入った切れ目で、多いと不完全な転写産物を生みやすい。)動物を使う方法です。いずれも本命の分子そのものではありませんが、標的に薬理反応する系をなんとか用意してリスクを見積もろう、という工夫です。
免疫原性が動物試験の解釈を難しくする
バイオ医薬品は人のタンパク質をもとに作られることが多く、動物にとっては「異物」です。そのため動物に繰り返し投与すると、薬に対する抗体(抗薬物抗体投与した抗体医薬を異物とみなして患者の免疫系が作る抗体。薬の効果低下や安全性の問題を招く。、ADA投与した抗体医薬を異物とみなして患者の免疫系が作る抗体。薬の効果低下や安全性の問題を招く。)ができることがよくあります。これが、動物試験の解釈を独特に難しくします。
ADAができると何が困るのか。一つは、ADAが薬に結合して薬理作用を打ち消し、体内の薬の量(曝露)が下がってしまうことです。曝露が落ちれば毒性も出にくくなり、「毒性が出なかった」のが本当に安全だからなのか、単に薬が届いていないだけなのかが分かりにくくなります。逆に、薬とADAが結合してできた塊が炎症などを引き起こし、本来の薬理とは別の毒性を招くこともあります。
ここで肝心なのは、動物でADAができやすいことと、人で免疫原性が問題になるかどうかは、別の話だという点です。人のタンパク質は動物には異物でも人にとっては異物とは限らず、動物の免疫原性は人での免疫原性をそのままは予測しません(免疫原性とADAの予測)。動物試験では、毒性の所見をADAや曝露量(後述のTK)とセットで読み、「その所見は免疫反応のせいか、薬本来の作用か」を切り分ける必要があります。なお、標的が免疫系を刺激するタイプの抗体では、サイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。が一気に放出される反応(サイトカイン放出とCRS)など、免疫原性とは別の免疫関連リスクにも目を配ります。
動物にできる抗薬物抗体(ADA)は、曝露を下げたり別の毒性を招いたりして試験の解釈をゆがめます。しかも動物の免疫原性は人での免疫原性を予測しません。毒性所見は必ずADA・曝露量とセットで読むのが鉄則です。
遺伝毒性・がん原性の標準試験が通常は不要な理由
低分子では定番の遺伝毒性試験(細菌を使った復帰突然変異試験細菌の復帰突然変異を見る、低分子で基本になる遺伝毒性の試験。など)や、がん原性試験薬を長期に投与したとき、がんのできやすさを調べる特殊な毒性試験で、長期投与薬で重要。(げっ歯類の長期試験)が、バイオ医薬品では通常は行われません。これも、低分子との違いを理解すると腑に落ちます。
遺伝毒性の標準試験は、DNAに直接作用してキズをつけるような小さな化学物質を想定して組まれています。ところが抗体やタンパク質は分子が大きく、細胞内に入り込んでDNAと直接反応することは想定しにくく、最終的にはアミノ酸へ分解されます。ICH S6(R1) でも、こうした製品には標準的な遺伝毒性試験医薬品候補物質がDNAや染色体に損傷を与えるかどうかをヒトへの投与前に評価するための試験の総称。は通常適用されない、とされています。定番の試験箱に、そもそも合わないというわけです。
がん原性についても、げっ歯類を使う標準的な長期試験は、多くのバイオ医薬品では適切とは限りません。関連動物種でないげっ歯類で試しても意味が薄いうえ、免疫原性で長期投与そのものが難しいこともあるからです。代わりに、標的の生物学からがんのリスクを考えます。たとえば細胞の増殖を促す、あるいは免疫を抑える方向の作用があるなら、それがどう腫瘍リスクにつながりうるかを、既存の知見を総合して(ウェイト・オブ・エビデンスで)評価します。定番試験を省くぶん、標的の性質に立ち返って個別に考えるのが、バイオ医薬品の流儀です(非臨床の毒性試験と安全性薬理)。
TK・組織交差反応性・初回投与量とのつながり
最後に、これまで触れた要素が互いにどうつながるかを整理します。まず曝露を測るトキシコキネティクス(TK)です。動物でどれだけの薬が体内にとどまったかを実測し、毒性所見をその曝露量にひも付けます。バイオ医薬品ではADAが曝露を左右するため、TKはADAの測定とセットで欠かせません。抗体の体内動態そのものにも、FcRnIgGを細胞内でリサイクルして血中半減期を延ばす受容体。サイレンシング設計でも結合を残すことが多い。によるリサイクリングや、標的への結合が消失を左右する現象(TMDD抗体が標的に結合し、その複合体ごと細胞に取り込まれて消失する現象。用量で薬物動態が変わる主因。)といった固有のクセがあります(抗体のPK/PDとFcRn・TMDD)。
分布の面では、組織交差反応性試験が、抗体が標的以外の組織に結合しないか、また人と動物で結合パターンが似ているかを見て、関連動物種の妥当性を補強します。安全性薬理(心血管や中枢などへの影響を見る評価)は、バイオ医薬品では独立した試験として別に組むより、反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。の中に組み込んで評価することが推奨される場合が多いのも特徴です。
そしてこれらの積み重ねが、初めて人に投与する量の設計へと流れ込みます。効果が強く種差のある抗体では、毒性が出なかった量ではなく「薬理作用が立ち上がる手前」を基準にするMABELの考え方が重視されます。関連動物種の選択、免疫原性とADA、TKで押さえた曝露——非臨床で積み上げた理解のすべてが、この初回投与量という一点に集約されるのです。
まとめ
バイオ医薬品の非臨床安全性は、低分子の定番メニューをそのままなぞるものではありません。毒性が標的への薬理作用として現れやすく、標的には種差があるため、まず「その動物で薬理作用が出るか」を確かめて関連動物種を選ぶところから始まります。適切な種が1種なら1種でよく、いなければ代替タンパク質や遺伝子改変動物で補います。
動物にできるADA(抗薬物抗体)は、曝露を下げたり別の毒性を招いたりして解釈を難しくし、しかも人での免疫原性を予測しません。だから毒性所見はTKやADAとセットで読みます。一方、DNAに直接作用しない大きなタンパク質という性質から、標準的な遺伝毒性化合物が遺伝子や染色体を傷つける性質。点突然変異や染色体損傷を含み、複数の試験で分担して調べる。・がん原性試験は通常不要で、標的の生物学に立ち返って個別に評価します。
こうして関連動物種・免疫原性・TK・組織交差反応性抗体が想定外の正常組織に結合しないかを網羅的に調べる評価。で積み上げた理解は、最終的に初回投与量(MABEL薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。)の設計へと集約されます。分子ごとに科学的根拠で組み立てる——ICH S6(R1) が示すこの姿勢こそが、バイオ医薬品の安全性評価の背骨です。
参考文献
- ICH S6(R1), Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals(バイオ医薬品の非臨床安全性評価ヒトへの初回投与前に、動物や試験管の実験で毒性や作用を調べる一連の評価のこと。に関する国際ガイドライン。関連動物種・免疫原性・遺伝毒性/がん原性の考え方の一次情報)— ICH 安全性ガイドライン
- FDA, 医薬品ガイダンス文書の検索ページ(バイオ医薬品・初回投与量に関する各指針の入り口)— FDA Guidance Documents
- PMDA(医薬品医療機器総合機構)—ICHガイドラインの国内適用・関連通知 — PMDA