抗体医薬研究・非臨床安全性

抗体薬物複合体(ADC)の非臨床安全性とは?(ペイロード毒性とオフターゲット)

抗体薬物複合体(ADC)抗体に細胞傷害性の薬物(ペイロード)を結合させた医薬。標的へ薬物を運んで作用させる。は、標的を選ぶ抗体に、細胞を殺すほど強力な薬物(ペイロード抗体薬物複合体(ADC)で抗体に結合させる強力な細胞毒(薬物)です。抗体によって標的の細胞まで運ばれ、そこで細胞を殺す作用を担います。詳しく →)を、リンカーADCで抗体とペイロードをつなぐ部分。両者の結合や体内での薬物放出の性質を左右する。と呼ばれる化学的な「つなぎ」で連結した分子です。抗体が目印の抗原を持つ細胞へ薬を運び、そこでペイロードを放出して効かせる——この「狙って運ぶ」仕組みが、ADC標的を選ぶ抗体に、細胞傷害性の薬物(ペイロード)をリンカーでつないだ分子。の魅力の中心にあります。ところが非臨床の安全性評価という視点に立つと、この同じ仕組みが、抗体医薬そのものとはかなり違う顔を見せます。

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抗体薬物複合体(ADC)の非臨床安全性とは?(ペイロード毒性とオフターゲット)

理由は単純で、ADCが積んでいるペイロードが、抗体単独では決して持ち込まない「強力な細胞毒性」だからです。裸の抗体(naked antibody)の毒性は、多くの場合その標的の生物学(オンターゲットガイドが指し示す、本来切ってほしい標的の場所。ここでも大欠失など意図しない結果が起きうる。薬理)でおおよそ説明できます。一方ADCでは、たとえ抗体部分が同じでも、積んだペイロードの性質しだいで毒性像が大きく変わります。しかもその毒性は、抗体が狙った標的とは無関係な場所でも現れうる——ここがADC非臨床の最初の難しさです。

本記事では、ADCの毒性が抗体単独と違う理由(強力なペイロード)から出発し、標的に依存しない取り込みによるオフターゲット意図した標的以外の似た配列に結合・作用してしまうこと。核酸医薬の毒性や副作用の一因。毒性、リンカーの安定性と全身へのペイロード遊離、用量制限毒性の典型、そして抗体のICH S6バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を定めた国際ガイドライン。標的が動物種間で保存されているかを重視する。と抗がん剤のICH S9進行がん治療薬に特化した非臨床評価に関する国際ガイドラインで、対象患者の状況を踏まえた安全性試験の実施範囲・時期を規定している。をまたぐ関連動物種標的があり抗体がヒトと同様に結合する、毒性試験に適した動物種。TCRが選択の手がかりになる。の選択までを、教科書的な骨組みとして整理します。DAR抗体薬物複合体(ADC)で、抗体1分子に結合した薬物の平均数です。効果と安全性を左右するため測定する指標です。詳しく →(抗体1分子あたりの薬物数)との関係にも触れますが、DARそのものの設計は既存記事に譲ります。

なぜADCの毒性は抗体単独と違うのか ― 主役はペイロード

抗体医薬の毒性は、多くの場合その標的(抗原)の生物学で説明できます。標的が正常組織にも出ていれば、そこで薬理作用が出る(オンターゲット毒性)というのが基本の見取り図です。ADCでも抗体部分についてはこの見方が当てはまりますが、ADCにはもう一人の主役がいます。搭載したペイロードです。

ADCのペイロードは、単独の抗がん剤としては全身投与が難しいほど強力な細胞傷害性物質であることが多く、代表的には微小管の働きを止めるタイプ(微小管阻害剤)や、DNAや複製過程を傷つけるタイプ(DNA損傷剤・トポイソメラーゼ誤って結合したジスルフィドを切り、正しい配置へ組み直す異性化酵素。DsbCが該当する。阻害剤トランスポーターの働きをふさぐ薬。他の基質薬の輸送を妨げ、短期間で濃度を変える。など)が知られます。ごく微量でも細胞を殺しうるからこそ、抗体で標的まで運ぶ意味があるわけですが、裏を返せば、少量が意図しない場所に届くだけでも毒性が出うるということでもあります。

したがってADCの非臨床安全性は、「抗体としての性質」と「つないだ薬の毒性」という二つの面を、常に併せて見る必要があります。前者は標的の分布や免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。など抗体医薬に共通の論点で、抗体の非臨床安全性(ICH S6)非臨床の毒性試験・安全性薬理の全体像 が土台になります。後者、つまりペイロード由来の毒性こそが、ADCを抗体単独と分ける核心です。

POINT

ADCの毒性は「抗体の標的生物学」だけでは決まりません。搭載した強力なペイロードが、標的とは別の場所でも毒性を出しうるため、非臨床では抗体部分とペイロード部分の両面を併せて評価します。

標的に依存しない取り込みとオフターゲット毒性

ADCは抗原を目印に細胞へ入ると説明されますが、実際には抗原を持たない細胞にも一定量が取り込まれます。細胞が周囲の液体ごと分子を飲み込む非特異的な取り込み(ピノサイトーシス細胞が周囲の液体を少しずつ飲み込んで取り込む働き。血中タンパク質が細胞内に入る経路の一つ。など)や、Fc部分を介した受容体による取り込みなど、抗原に依存しない経路がいくつもあるためです。こうして標的抗原とは無関係に細胞内へ入り、そこでペイロードが遊離すれば、標的外の細胞が傷つきます。これがオフターゲット毒性です。

ここで区別しておきたいのが、同じ「標的外」でも二種類あることです。ひとつは、標的抗原が腫瘍以外の正常組織にも出ているために起こる毒性(オンターゲット・オフツモア)。もうひとつは、抗原の有無とは無関係に、非特異的な取り込みと遊離ペイロードによって起こる毒性(純粋なオフターゲット)です。臨床で問題になるADCの毒性は、抗原発現とうまく相関しないことがあり、後者の寄与が大きいと考えられる場面も少なくありません。

この抗原非依存の分布は、ADCがどこに届き、どこでペイロードを離すかというADME薬物の吸収・分布・代謝・排泄という体内動態の4要素。脂溶性の設計とも深く関わる。全体の理解と切り離せません。ADCとしての体内動態は、抗体・複合体・遊離ペイロードを別々に測って初めて像を結ぶもので、ADCのPK/ADME で詳しく扱います。

リンカーの安定性と全身へのペイロード遊離

オフターゲット毒性の大きさを左右するのが、リンカーの安定性です。リンカーは抗体とペイロードをつなぐ化学構造で、大きく分けて、特定の条件で切れる切断性リンカーと、抗体が細胞内で分解されて初めてペイロードを放す非切断性リンカーがあります。切断性には、酸性環境で切れるタイプ、細胞内の酵素で切れるタイプ、還元環境で切れるタイプなどが知られます。

理想は、血中では安定でペイロードを離さず、標的細胞の中に入ってから放出することです。しかし現実のリンカーは完全には安定でないため、循環血中でも少しずつペイロードが遊離します(デコンジュゲーション抗体の官能基と薬物リンカーを化学結合させ、DARを狙いどおりに作り込むADC製造の中心工程。)。血中に離れた遊離ペイロードは、もはや抗体の標的選択性目的物と不純物を、溶出位置をどれだけ離して分けられるかの度合い。分離の分解能を左右する。の恩恵を受けられず、全身をめぐって標的外の組織で毒性を出しえます。リンカーが不安定なほど、この全身性のペイロード曝露は増え、オフターゲット毒性のリスクも上がります。

遊離が進むことは、安全性だけでなく体内動態にも影響します。ペイロードが外れれば実効的なDARは時間とともに下がり、抗体・複合体・遊離ペイロードそれぞれの消失の速さも変わってきます。抗体分子としての巡り方(FcRnIgGを細胞内でリサイクルして血中半減期を延ばす受容体。サイレンシング設計でも結合を残すことが多い。による長い半減期やTMDD抗体が標的に結合し、その複合体ごと細胞に取り込まれて消失する現象。用量で薬物動態が変わる主因。など)は 抗体のPK/PDとFcRn・TMDD に、複合体としての動態は先の ADCのPK/ADME にまとまっています。

POINT

リンカーの血中安定性は、ADCのオフターゲット毒性を左右する要です。血中でペイロードが遊離するほど、標的選択性の外れた全身曝露が増え、標的外組織での毒性リスクが高まります。

用量制限毒性の典型 ― ペイロードのクラスで決まる

では、ペイロードが標的外に届いたとき、実際にどんな毒性が用量の上限を決めるのでしょうか。ADCの用量制限毒性(DLT)は、多くの場合、搭載したペイロードのクラスに沿って現れます。裸の抗体では前面に出てこなかった、抗がん剤らしい毒性が姿を見せるのが特徴です。

教科書的には、微小管阻害系のペイロードでは末梢神経障害や骨髄抑制(好中球減少・血小板減少)が問題になりやすく、DNA損傷系ではより強い骨髄毒性が前面に出やすい、といったクラスと毒性の対応が知られます。加えて、抗原発現とは相関しにくい肝臓や骨髄などが、非特異的な取り込みの結果として標的臓器反復投与毒性試験で、薬によって害が最初に現れると特定される臓器のこと。になりやすい傾向も指摘されます。どの毒性が最初に用量を縛るかは、ペイロードの種類・リンカーの安定性・投与スケジュールの組み合わせで決まります。

こうした毒性の全体像を描き、無毒性量(NOAEL無毒性量。毒性試験で有害な影響が認められなかった最大の用量。PDE算出の出発点になる。)や標的臓器、回復性を見きわめる枠組みそのものは、抗体医薬に限らない反復投与毒性・安全性薬理心血管・中枢神経・呼吸への急な影響を、臓器毒性とは別枠で見る評価(コア・バッテリー)。の共通土台の上に立ちます。その全体像は 非臨床の毒性試験・安全性薬理 を参照してください。ADCではその共通土台に、ペイロード由来の毒性という固有の一点が重く上乗せされる、と捉えると見通しが良くなります。

関連動物種の選択 ― 抗体のS6と抗がん剤のS9

ADCの二面性は、そのまま「どの動物で試験するか」という問いにも表れます。抗体部分については、抗体医薬と同じく、人と同じ標的に同じように結合・作用する薬理学的に関連する種を選ぶ、というICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。の考え方が土台になります。標的の種差しだいで、関連種がサル(カニクイザルなど)に限られることも珍しくありません。

一方でADCの多くは、強力な細胞傷害性ペイロードを積んだ抗がん剤でもあります。抗がん剤の非臨床評価には、ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。 S9という別のガイドラインが用意されており、進行がんを対象とする抗腫瘍薬の開発を支えるための、現実的な試験設計の考え方を示します。ADCの安全性評価は、この二つの視点を重ね合わせる作業になります。抗体としてのオンターゲット薬理は関連種で見つつ、ペイロード由来の毒性は、必ずしも抗体が結合しない種(げっ歯類など)でも観察して、ペイロード側の毒性像を押さえる、という設計です。

種選択に加えて、抗体医薬に共通の免疫原性の問題もそのまま残ります。動物が投与されたADCを異物とみなして抗体を作れば、曝露が保てず毒性の解釈が濁ります。関連種の考え方と免疫原性の扱いは 抗体の非臨床安全性(ICH S6) に、モダリティ抗体・低分子・核酸・細胞治療など、医薬品の種類・創薬手法の区分。横断での位置づけは先の 非臨床の毒性試験・安全性薬理 に整理しています。

POINT

ADCの種選択は二層構造です。抗体部分は薬理学的に関連する種を選ぶICH S6(R1)の考え方に、ペイロード部分は抗がん剤の非臨床評価を扱うICH S9の考え方が重なります。関連種でのオンターゲット薬理と、種を問わないペイロード毒性の両方を押さえます。

DARとの関係、そして非臨床設計の勘所

最後に、これらの毒性とDAR(Drug-to-Antibody Ratio =抗体1分子あたりの薬物数)の関係を押さえておきます。DARが高いほど1分子あたりのペイロード搭載量は増え、単純には薬効も上がりそうに見えますが、安全性の面では、全身に持ち込まれるペイロード総量が増え、凝集しやすさやクリアランス薬が血中から取り除かれる速さ。ADCでは薬物が多く付いた高DAR種ほど速まりやすい。の速さも変わるため、必ずしも高ければよいとはなりません。実際には、平均DARだけでなく、薬物が付きすぎた高DAR種の割合(DAR分布DAR0/2/4/6/8などの構成比。平均が同じでも分布の形しだいで製品の性質が変わる。)が毒性やPKに効いてきます。

つまりADCの毒性は、ペイロードの強さと種類、リンカーの安定性、そしてDARの平均と分布という複数の設計変数が絡み合って決まります。DARそのものをどう作り込むか——結合化学抗体に薬物(ペイロード)を化学的に結合させる工程です。1抗体あたりの薬物数(DAR)を設計・制御することが品質の鍵になります。詳しく →の選び方や分布の管理——は、ADCのコンジュゲーションとDAR設計 で詳しく扱っています。

非臨床の視点でまとめれば、ADCの安全性評価は、抗体医薬の共通枠組みの上に、ペイロード由来の毒性という一点を重く上乗せする作業だといえます。標的に依存しない取り込みでオフターゲット毒性が生じること、リンカーの安定性が全身へのペイロード遊離を左右すること、用量制限毒性がペイロードのクラスで決まること、そして種選択がS6とS9をまたぐこと。これらを、DARという設計変数と結びつけて一体で見ることが、ADCの非臨床安全性を読み解く勘所になります。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。