ADCのコンジュゲーションとDARの決め方
抗体1分子あたり何個の薬物をつなぐか。この数字をDARと呼び、コンジュゲーション抗体の官能基と薬物リンカーを化学結合させ、DARを狙いどおりに作り込むADC製造の中心工程。詳しく →の設計はここから始まります。直感的には、多く積むほど効きそうに見えます。実際、培養細胞に対する毒性はDAR抗体薬物複合体(ADC)で、抗体1分子に結合した薬物の平均数です。効果と安全性を左右するため測定する指標です。詳しく →にほぼ比例して上がる。ところが動物に入れると、話が変わります。2004年に報告された検討では、同じ抗体量で比べたとき、薬物を 8個 積んだ複合体の抗腫瘍効果は 4個 のものと変わりませんでした。積んだ薬物は 2倍 なのに、です。

核心は一点です。DARを上げると、血中からの消失が速くなります。同じ検討で、DAR 8 の複合体は DAR 4 の 3倍、DAR 2 の 5倍 の速さで消えました。疎水性分子が水と親和せず、油脂や非極性溶媒と相互作用しやすい性質で、二本鎖RNAと一本鎖RNAではその程度が異なり分離の指標となる。詳しく →の高い薬物を表面に貼り付けるほど、分子は肝臓に捕まりやすくなり、標的へ届く前に片づけられる。積んだぶんが効き目に変わらないのは、届く量が減っているからです。DARを下げるほど治療域が広がったという結論は、ここから出ています。
この記事では、その実測を出発点に、いまなお DAR 8 の製品が承認されている理由、リジン・システイン・部位特異的という三つの結合化学が分布に与える違い、そして反応を頑健に回すための条件を順に整理します。部位特異的な手法そのものは部位特異的コンジュゲーションに置いてあります。最後に、DARを決める順序を並べます。
- DAR 8 は DAR 4 の 3倍、DAR 2 の 5倍 の速さで血中から消えます。
- リジンは 80〜90残基 のうち 40残基 ほどが反応しうるので、位置異性体が数えきれません。
- システイン結合では鎖間ジスルフィド 4本 を開くので、DARは偶数しか出ません。
DAR 8 は DAR 4 より効かない ― 2004年の実測
この分野の出発点になった検討を、数字で見ておきます。
Hamblettらは、抗CD30抗体にMMAE抗体薬物複合体(ADC)で抗体に結合させる強力な細胞毒(薬物)です。抗体によって標的の細胞まで運ばれ、そこで細胞を殺す作用を担います。詳しく →をつないだ複合体を、薬物 2個、4個、8個 の三種類作り分けました。リンカーADCで抗体とペイロードをつなぐ部分。両者の結合や体内での薬物放出の性質を左右する。詳しく →はバリン-シトルリンのペプチド複数のアミノ酸がペプチド結合でつながった中分子化合物で、タンパク質より鎖が短いものを指す。詳しく →、結合点は鎖間ジスルフィドを開いて出した 8個 のシステインです。培養細胞に対する毒性は、予想どおりDARに比例して強くなりました。
動物に入れると結果が変わります。同じ抗体量で投与したとき、DAR 4 の抗腫瘍効果は DAR 8 と同等でした。DAR 8 のほうが MMAE を 2倍 積んでいるにもかかわらずです。血漿からの消失を測ると理由がはっきりします。DAR 8 は DAR 4 の 3倍、DAR 2 の 5倍 の速さで消えていました。
治療域の比較でも、DARを下げたほうが広がっています。DARは薬物の量を決めるつまみに見えますが、実際には体内での寿命を決めるつまみでもあります。
それでも DAR 8 が承認された理由
ここで話が終わらないのが、この分野の面白いところです。
トラスツズマブ デルクステカンやサシツズマブ ゴビテカンは、DAR 7〜8 で承認されています。2004年の結論からすれば不利なはずの設計です。変わったのは、DARそのものではありません。ペイロードとリンカーの側です。
新しい世代のペイロードは、DNAトポイソメラーゼI阻害剤トランスポーターの働きをふさぐ薬。他の基質薬の輸送を妨げ、短期間で濃度を変える。詳しく →のように、細胞膜を通れる性質を持ちます。標的の細胞で切り出された薬物が周囲の細胞にも回るので、抗原の発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →が低い細胞にも効く。リンカーの側も血中での安定性が上がり、届く前に外れる量が減りました。さらに、親水性を持たせたリンカーを使えば、高いDARでも疎水性の上昇を抑えられます。
つまり 2004年 の結論は「DARを上げるな」ではありませんでした。DARは単独では決められず、ペイロードの性質とリンカーの設計とセットでしか意味を持たない、というのが正しい読み方です。
リジン結合 ― 数えきれない種類ができる
三つの結合化学のうち、いちばん古いのがリジンを使う方法です。
IgG1 が持つリジンは 80〜90残基 あり、そのうち溶媒に触れて反応しうるのは 40残基 ほどとされます。活性エステルを使えばどれとも反応するので、反応の当量でDARの平均を調整します。トラスツズマブ エムタンシンは、DM1 をリジンにつないだ平均 DAR 3.5 の製品です。
問題は分布です。同じ DAR 3 の分子でも、どの 3残基 に付いたかで別の分子です。40残基 から 3残基 を選ぶ組み合わせだけで1万通りを超える。実際の製品は、この位置異性体目的とする修飾が狙いと異なる部位に付いた化合物で、医薬品の不純物(類縁物質)として管理対象となる。詳しく →が混ざった集団です。
平均値は測れます。しかし「どの位置に付いた分子がどれだけあるか」を製品として管理するのは現実的ではありません。リジン結合抗体表面に多数あるリジン残基のアミノ基を反応点に薬物を結合させる方式。DAR分布が広くなりやすい。詳しく →の製品では、DARの平均と分布の幅までが管理の対象で、位置は管理の外に置かれます。
システイン結合 ― 偶数しか出ない
いまの主流が、鎖間ジスルフィドを使う方法です。
IgG1 の鎖間ジスルフィドは 4本、システインにすると 8個 です。TCEPなどで穏やかに還元すると、この 4本 が開いて 8個 のチオールが出ます。マレイミドチオール基と選択的に結合する反応基。システイン結合型ADCで薬物リンカー側に用いられる。詳しく →を持つ薬物リンカーを加えると、ここに結合する。還元剤は Thermo Fisher Scientific の Bond-Breaker や固定化TCEP抗体のジスルフィド結合を部分的に還元してチオール基を作り出し、薬物を結び付けるための反応部位を露出させる試薬です。詳しく →、Merck、FUJIFILM Wako、東京化成工業(TCI)の試薬が使われます。
ジスルフィド 1本 が開けばチオールが 2個 できるので、DARは 0、2、4、6、8 の偶数だけを取ります。リジンのように連続した分布にはならず、5つの山として現れる。ブレンツキシマブ ベドチンやポラツズマブ ベドチン、エンホルツマブ ベドチンは、いずれも平均 DAR 4 の設計です。
代償は、抗体をつなぎ止めていた結合を切っていることです。鎖間ジスルフィドが無くなった分子は、非共有結合の相互作用だけで形を保ちます。分布は締まりますが、抗体の骨格を一度緩めたうえで薬物をつないでいる、という前提は残ります。
還元の当量が、そのままDARの平均を決めます。TCEPを増やせば開くジスルフィドが増え、結合できる点が増える。ただし開きすぎると、重鎖と軽鎖が離れた断片が増えます。メーカーに聞くべきは「推奨当量はいくつか」ではなく、「その当量で鎖が分離した断片が何% 出るか」です。DARの平均が合っていても、断片が増えていれば別の製品です。
部位特異的 ― 一点に決める
三つ目が、結合する場所を配列で指定する方法です。
抗体の特定の位置にシステインを変異で入れる設計なら、そこだけが反応点になるので DAR 2 にそろいます。糖鎖を酵素で改変してクリック反応の足場を作る方法もあり、Synaffix(Lonza) の GlycoConnect がこの系統です。微生物トランスグルタミナーゼを使う Zedira の酵素や、GenScript のソルターゼやタグ、Ambrx の非天然アミノ酸通常の20種類には含まれない人工的なアミノ酸で、タンパク質の狙った位置に導入して部位特異的な修飾や結合の足場にします。詳しく →を導入する技術も同じ目的に向かいます。クリック試薬銅を使わずにアジドと環状アルキンが選択的に結合するクリック反応用の試薬で、タンパク質を穏やかに修飾できます。詳しく →は Vector Laboratories や Jena Bioscience、BroadPharm が供給しています。
均一になるぶん、平均も分布も同じ数字で語れます。未結合体も過剰結合体も原理的に減るので、精製の負担も軽くなる。
代償は上流に返ってきます。抗体そのものを作り直す必要があり、変異を入れれば発現量細胞が目的のタンパク質を作る量。低いと必要量の確保に手間がかかり、製造コストが上がる。詳しく →や安定性が動きます。酵素を使う方法なら、その酵素が新たな原材料製造の起点となる原料で、その品質や持ち込む不純物が最終製品の品質に影響しうるため、規格管理が重視される物質。詳しく →になり、除去と試験の対象が増えます。均一なDARは分析と規格を楽にしますが、その楽さの代金は抗体の製造工程で払います。
反応を頑健に回す
条件の設計では、三つが効きます。
一つ目が有機溶媒です。薬物リンカーの多くは水に溶けないので、DMAやDMSO水に溶けにくい薬物やリンカーを溶かし込み、抗体との結合反応を進めるために少量加える有機溶媒です。詳しく →に溶かしてから加えます。Merck、Honeywell、FUJIFILM Wako、東京化成工業(TCI)が無水グレードを供給しています。溶媒の比率は 5〜20% の範囲で使われますが、上げるほど抗体が変性しやすくなり、凝集体が増えます。
二つ目が反応の止め方です。未反応の薬物リンカーを残したまま次へ進むと、後段で遊離の薬物として検出されます。クエンチ剤を加えて反応を止め、限外ろ過や疎水性クロマトで落とす。分取のHIC担体分子表面の疎水性の違いを利用して分けるクロマト担体で、高い塩濃度で吸着させ塩を下げて溶出させます。抗体の凝集体除去などに使われます。詳しく →には Thermo Fisher Scientific の POROS Benzyl、Tosoh Bioscience の TSKgel HIC-ADC Butyl、Cytiva の Capto Phenyl ImpRes などが使われます。
三つ目が測り方です。DARの分布は疎水性の差として出るので、分析用のHICが主力です。Tosoh Bioscience の TSKgel Butyl-NPR、Waters の Protein-Pak Hi Res HIC、YMC の BioPro HIC BF、Thermo Fisher Scientific の MAbPac HIC-Butyl、Agilent の AdvanceBio HIC。ネイティブ質量分析タンパク質を断片化せず丸ごと、または立体構造を保ったまま質量を測り、全体の分子量や結合状態を調べる手法です。詳しく →を併せると、各DAR種の質量まで確かめられます。
DAR を決める順序
ADC標的を選ぶ抗体に、細胞傷害性の薬物(ペイロード)をリンカーでつないだ分子。詳しく →のDARを設計するとき、次の順で判断します。
一番目は、ペイロードの性質を確かめることです。 膜を通れるかどうか、疎水性がどれだけ高いか、周囲の細胞に回る効果を期待するのか。ここが決まらないとDARの目標も決まりません。膜を通らない古典的なペイロードなら、DARを上げても 2004年 の結論に近い挙動を示します。
二番目に、リンカーの親水性を見ます。疎水性の上昇を抑える設計なら、高いDARでもクリアランスの悪化を抑えられます。三番目が結合化学の選択です。位置まで揃えたいなら部位特異的、分布を偶数に締めたいならシステイン、既存の抗体をそのまま使いたいならリジン。ここで上流の作り直しが必要かどうかが決まります。
四番目に、反応条件を詰めます。還元剤の当量、有機溶媒の比率、温度と時間。DARの平均だけでなく、断片と凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →がどれだけ出るかを同時に見ます。最後に、規格として何を書くかを決めます。 平均DARだけを書くのか、分布の幅まで書くのか、未結合体の上限を置くのか。非臨床の安全性評価や薬物動態で問われるのは平均値ではなく、分布のどちら側に何が居るかです。
参考文献
- Hamblett KJ, Senter PD, Chace DF, et al. Effects of Drug Loading on the Antitumor Activity of a Monoclonal Antibody Drug Conjugate, Clin Cancer Res. 2004;10(20):7063-7070(DAR 2/4/8、クリアランス 3倍・5倍 の差)
- ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく →, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
- ICH Q3A新有効成分を含む原薬中の不純物管理に関する国際的な規制ガイドラインで、報告・同定(構造決定)・資格付与(安全性確認)の各閾値を規定する。詳しく →(R2), Impurities in New Drug Substances
- FDA, Clinical Pharmacology Considerations for Antibody-Drug Conjugates
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