部位特異的コンジュゲーションとは?均一DARを実現するADCの結合技術
抗体薬物複合体標的を選ぶ抗体に、細胞傷害性の薬物(ペイロード)をリンカーでつないだ分子。詳しく →を作るとき、従来の方法では結合する場所を選べませんでした。リジンの側鎖を狙う方法なら、抗体1分子に 80 ほどあるリジンのうち、反応性の高いものから順に付いていきます。どれに何個付くかは確率で決まるため、できあがるのは分布を持った混合物です。

核心は一点です。この不均一さは、見た目の問題ではありません。薬物が 0個 しか付かなかった分子は効きませんし、8個 付いた分子は疎水性が上がって早く体内から消えます。つまり同じロットの中に、効かない分子と長持ちしない分子が同居している。平均のDAR抗体薬物複合体(ADC)で、抗体1分子に結合した薬物の平均数です。効果と安全性を左右するため測定する指標です。詳しく →が同じでも、分布が違えば体内でのふるまいが変わります。部位特異的結合は、この分布そのものを潰す技術です。
この記事では、確率的な結合が何を生むのかを確かめてから、酵素を使う方法、非天然アミノ酸通常の20種類には含まれない人工的なアミノ酸で、タンパク質の狙った位置に導入して部位特異的な修飾や結合の足場にします。詳しく →を使う方法、ジスルフィドを架け替える方法の順に、それぞれの手法と代償を整理します。そのうえで、均一化が品質と体内動態に何をもたらすかを見ていきます。DARの考え方そのものはADCのDARとコンジュゲーションにまとめてあります。最後に、手法を選ぶ順序を並べます。
- 従来法のDARは 0 から 8 まで広がる分布で、効かない分子と早く消える分子が同居します。
- 部位特異的結合の狙いは平均値を変えることではなく、分布の幅を潰すことにあります。
- 均一化すると治療域が広がり、同じ効果をより低い用量で得られる例が報告されています。
確率で決まる結合 ― 何が起きているか
従来の結合法は、二通りあります。
一つがリジンを狙う方法です。抗体には 80 ほどのリジンがあり、そのうち表面に露出して反応しやすいものが 40 前後。ここに活性エステルを 37℃ で 24時間 ほど反応させると、付く場所も個数も確率で決まります。平均のDARを 3.5 に調整しても、中身は 0個 から 8個 以上まで広がった混合物で、しかも同じDARでも付いた位置が違う分子が混ざります。位置異性体目的とする修飾が狙いと異なる部位に付いた化合物で、医薬品の不純物(類縁物質)として管理対象となる。詳しく →の数は理論上、数百万に及びます。
もう一つが、鎖間のジスルフィド結合システイン残基どうしが作るS-S結合。タンパク質の立体構造を留める橋になる。詳しく →を還元して生じるシステインを狙う方法です。IgG1 では鎖間に4本のジスルフィドがあり、還元すると 8個 のチオールが現れます。ここに付けるとDARは 0、2、4、6、8 の偶数に限られるので、リジンよりは分布が狭い。還元には TCEP抗体のジスルフィド結合を部分的に還元してチオール基を作り出し、薬物を結び付けるための反応部位を露出させる試薬です。詳しく → を抗体に対して 2〜4倍モル 加えるのが典型で、量で平均DARを調整します。ただし、抗体を繋いでいた結合を切ってから付けているため、構造の安定性は下がります。
どちらの方法でも、分布を狭くする方向には限界があります。結合の反応を制御するのではなく、結合できる場所の数を制御するのが、部位特異的結合の発想です。
酵素を使う ― 決まった配列だけに付ける
酵素は、特定の配列だけを認識します。
代表がトランスグルタミナーゼです。抗体の重鎖にある特定のグルタミンを認識して、アミン側鎖を持つリンカーを繋ぎます。ただしこのグルタミンは糖鎖の近くにあり、糖鎖が付いたままでは酵素が届きません。そこで糖鎖を外してから反応させる。DARは 2 にそろい、抗体 150 kDa に対して 1 kDa 前後のペイロード抗体薬物複合体(ADC)で抗体に結合させる強力な細胞毒(薬物)です。抗体によって標的の細胞まで運ばれ、そこで細胞を殺す作用を担います。詳しく →が二つ付いた形です。
糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →そのものを足場にする方法もあります。エンドグリコシダーゼで糖鎖を途中まで削り、そこに反応基を持った糖を酵素で付け直して、そこから薬物を繋ぐ。抗体の配列に手を加えずに済むのが利点で、Genovis のような供給元が関連する酵素を出しています。Synaffix が開発した系がこの考え方で組まれています。
もう一つが、特定の配列をアルデヒドに変換する酵素を使う方法です。抗体に短い認識配列を入れておき、細胞内で酵素にシステインを別の残基へ変換させます。Catalent が事業として展開してきた系統です。酵素法転写後に酵素でキャップを付ける方式。高いキャッピング率を得やすい。詳しく →の共通点は、抗体側に大きな改変を加えずに済むことです。
非天然アミノ酸を使う ― 反応基を最初から埋め込む
別の道筋が、アミノ酸そのものを差し替える方法です。
天然の20種類にない側鎖を持つアミノ酸を、狙った位置に組み込みます。終止コドンを読み替える仕組みを細胞に入れ、対応する tRNAコドンに対応するアミノ酸を運ぶRNA。細胞内の量はコドンごとに偏り、伸長速度を左右する。詳しく → と合成酵素を一緒に発現させる。ケトン基やアジド銅を使わずにアジドと環状アルキンが選択的に結合するクリック反応用の試薬で、タンパク質を穏やかに修飾できます。詳しく →基を持つアミノ酸を入れておけば、そこだけが選択的に反応します。組み込みの効率は位置によって 50〜90% と幅があり、読み飛ばされた分子は短い鎖として分離の対象に回ります。Ambrx がこの技術で ADC を開発してきました。
細胞を使わずに作る道もあります。無細胞生きた細胞を使わず、試験管内の酵素反応だけで目的物を合成・増幅する方式。詳しく →の翻訳系なら、非天然アミノ酸の供給も、正確な位置への組み込みも制御しやすい。Sutro Biopharma がこの方式で ADC を作っています。
利点は、位置を完全に自由に選べることです。酵素法では認識配列のある場所に縛られますが、非天然アミノ酸なら、リンカーADCで抗体とペイロードをつなぐ部分。両者の結合や体内での薬物放出の性質を左右する。詳しく →が抗原結合を邪魔しない位置、かつ安定性の高い位置を設計で選べます。代わりに、細胞株の構築か無細胞系の構築という重い前工程が要ります。
どの手法でも、付ける位置によってリンカーの安定性が変わります。溶媒に露出した位置に付けると、血中でリンカーが切れて薬物が漏れやすい。逆に埋もれた位置なら安定ですが、反応効率が落ちます。位置の選択は DAR の均一性とは別の変数で、体内での薬物の漏れ方を直接に決めます。
ジスルフィドの架け替え ― 切って、繋ぎ直す
鎖間のジスルフィドを使いながら、構造を保つ方法もあります。
還元して生じた二つのチオールに、両端に反応基を持つリンカーを架け渡す。元のジスルフィドがリンカーに置き換わる形になるので、切れたままにはなりません。鎖間の4本すべてを架け替えれば、DARは 4 にそろいます。
利点は、抗体の配列も糖鎖もいじらずに済むことです。既存の抗体にそのまま適用でき、細胞株を作り直す必要もない。一方で、還元が不完全だと未反応のジスルフィドが残り、架け替えが不完全だと切れたままの鎖が残ります。反応の完了度を工程内で確かめる仕組みが要ります。
この方法は、均一性と改変の少なさを両立させる折衷案として位置づけられます。
均一化が何をもたらすか
分布を潰すと、三つのことが変わります。
一つ目が体内動態です。DARの高い分子ほど疎水性分子が水と親和せず、油脂や非極性溶媒と相互作用しやすい性質で、二本鎖RNAと一本鎖RNAではその程度が異なり分離の指標となる。詳しく →が上がり、肝臓で速く取り込まれます。DAR 8 の分子はDAR 2 の分子に比べ、クリアランスが 2〜5倍 速いと報告されています。従来法の混合物では、投与後に高DARの分子から先に消えていくため、時間とともに平均DARが下がります。均一化すればこの現象が起きず、体内での挙動が予測しやすくなります。ADCの体内動態に詳しく書いています。
二つ目が治療域です。DAR 2 にそろえた抗体が、平均 3.5 の従来品と同等の効果を示しながら、毒性は低かったという報告があります。承認品の用量を見ても、リジン結合型が 3.6 mg/kg を 21日 ごと、システイン結合抗体の鎖間ジスルフィドを部分還元して生じるチオール基に薬物を結合させる方式。偶数のDAR分布になりやすい。詳しく →型が 1.8 mg/kg を同じ間隔で投与する水準に置かれていて、用量の余裕がそのまま治療域の広さを表しています。効かない 0個 の分子と、毒性だけ高い高DARの分子が減るためです。非臨床の安全性の評価でも、この差が見えます。
三つ目が品質管理です。分布が狭ければ、規格も狭く置けます。DARの分布は疎水性相互作用クロマトグラフィー分子表面の疎水性の強さで分離するクロマトグラフィー。疎水性の評価や精製に使う。で見るのが基本で、Tosoh Bioscience のようなカラムを使います。1.5 M 前後の塩濃度から下げていく勾配で溶出させると、混合物では複数の峰が並びますが、均一化した品では単一の峰に近づきます。遊離した薬物は別に定量し、1% 未満に抑えます。ネイティブ質量分析タンパク質を断片化せず丸ごと、または立体構造を保ったまま質量を測り、全体の分子量や結合状態を調べる手法です。詳しく →で位置まで確かめる構成も一般的です。
均一化の価値は平均値の改善ではなく、ロット間でも体内でも分布が動かないことにあります。
手法を選ぶ順序
部位特異的結合を採用するとき、次の順で決めます。
一番目は、均一化が本当に必要かを確かめることです。 従来法でも治療域が十分に取れているなら、製造の難度を上げる理由はありません。毒性で用量が制限されている、あるいは体内でDARが動いて動態が読めない、といった具体的な問題があるときに意味を持ちます。
二番目に、抗体側をどこまで改変できるかを決めます。既存の抗体に後から適用するなら、配列を変えない酵素法や糖鎖法が現実的です。新規の分子なら、非天然アミノ酸を含めて選べます。三番目に、付ける位置を選びます。抗原結合を邪魔せず、リンカーが安定で、反応効率も出る位置。ここは実験で探すしかありません。
四番目が製造性の確認です。細胞株の構築、糖鎖の除去や改変、酵素の除去と分析。工程が一段増えるたびに、収率と原価が動きます。最後に分析法を組みます。DARの平均値だけでなく分布を測れる系を先に用意しておかないと、均一化できたかどうかを示せません。ICH Q6B生物薬品の規格・試験方法の設定の考え方を示すICHガイドライン。力価などの規格を扱う。詳しく → が求める特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →も、分布の形まで含めて書く必要があります。
参考文献
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