抗体医薬研究・抗体特性解析

開発可能性(developability)評価とは?凝集・熱安定性・粘度

結合力も中和活性もほぼ同じ候補を何十本も抱え、そのうち次の開発段階に進めるのはたった1本だけ、という場面に抗体医薬の探索チームは必ず突き当たります。手元にあるのは発現量細胞が目的のタンパク質を作る量。低いと必要量の確保に手間がかかり、製造コストが上がる。詳しく →の乏しい精製サンプルで、大量に使う実験はまだ組めません。少ない検体量で、作りやすさをどう見分けるかが最初の壁です。ここで選び間違えると、開発が進んでから製造や製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。詳しく →でつまずき、後戻りに大きなコストがかかります。

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開発可能性(developability)評価とは?凝集・熱安定性・粘度

ここで最初に目に入るのが、熱安定性抗体が熱に対して立体構造を保つ性質。融解温度(Tm)などで評価する。詳しく →を示すTmという数字です。しかし核心はそこにはありません。Tmの高い候補を選んでも、高濃度にしたときの粘度液体の流れにくさを表す物理的性質で、タンパク質濃度の上昇に伴い非線形に増大する。詳しく →や、分子どうしのくっつきやすさまで良いとは限らないからです。実務を動かしているのは2つの軸だ。その段階でどれだけの検体量を使えるかという制約と、複数の指標が同じ方向を向いているかどうか、この2つです。

本稿では、Tmという目立つ数字を疑うところから始めます。検体量が手法そのものを決める構造、TmとTaggを切り分けるnanoDSFの仕組み、コロイド安定性抗体が水溶液中で会合せず、安定に散らばっていられる性質。凝集のしにくさに関わる。詳しく →を数値にするkD、疎水性を映すHIC分子表面の疎水性の違いを利用して分けるクロマト担体で、高い塩濃度で吸着させ塩を下げて溶出させます。抗体の凝集体除去などに使われます。詳しく →の保持時間、そして指標が食い違ったときにどちらを信じるかまで、開発の時系列に沿って整理します。

この記事の要点
  • 開発可能性はTmのような一つの数字だけでは判断できず、見落としが生まれます。
  • 実務を左右するのは、その段階で使える検体量と、複数指標が一致しているかどうかの2つです。
  • 指標が食い違う候補は、投与経路(静注か皮下注か)を基準に優先順位を決めます。

Tmという数字を疑うところから ― 高いほど良いわけではない理由

抗体の開発可能性抗体を医薬品として無理なく製造・製剤できる見込みの高さ。凝集・安定性・粘度などを早期に評価する。詳しく →を語るとき、最初に持ち出されるのは熱安定性を示すTmです。数字が一つで比較しやすいからです。

NanoTemper Technologies の Prometheusは、キャピラリーに入れたわずかな検体を加熱します。固有蛍光の変化を追い、Tmを高精度に求めます。Malvern Panalytical の MicroCal PEAQ-DSCは、熱量そのものを測るDSC試料を加熱しながら熱の出入り(DSC)や重量の変化(TGA)を測り、融点・結晶性・水分や分解の挙動を調べる装置です。詳しく →です。Tmに加えて、折りたたみが崩れる熱量ΔHまで得られます。どちらの機器も、まず出てくる数字はTmです。だから候補を並べ、Tmの高い順に並べ替えるという使い方がされやすくなります。ですがTmは、分子の構造がどれだけ頑丈かを示す指標にすぎません。凝集のしやすさや高濃度での粘度は、Tmとは別の物理現象から生まれます。Fab重鎖の一部と軽鎖がジスルフィドで連結した約50kDaの抗体フラグメント。2本鎖で折りたたみがやや複雑。詳しく →部分のTmがおおむね60℃前後を下回ると、熱安定性の面で注意が要るという整理も紹介されます(PMID 36683767)。ですが、これも一つの目安にすぎません。Tmが高くても、分子どうしが引き合って固まりやすい候補はいくらでもあります。

Tmは開発可能性の入口であって、それだけで合否を決める数字ではありません。

検体量がその段階の手法を決める ― µgとmgで変わる選択肢

同じ「安定性を測る」という作業でも、使える手法は検体の量で変わります。

探索の初期は、小規模発現から得られる数十µg程度の精製サンプルしかないことが珍しくありません。Unchained Labs の Stunnerは、UV吸収による濃度確認と、DLS・SLSによる粒子径測定を行います。しかもそれを、同じ2µLの検体から一度に取得します。NanoTemper Technologies の Tycho NT.6はさらに簡便です。10µL・約3分で、タンパク質の折りたたみ品質を確認できます。Unchained Labs の UncleとAunty(Uncleの96ウェル版)は、DSF・SLS・DLSを1台に統合しています。少ない検体で、Tm・Tagg・粒子径をまとめて取得できます。候補が数十本ある段階では、この少量・高スループット一定時間に処理できる検体数。自動パッチクランプはマニュアル法より桁違いに多くの化合物を測れる。詳しく →の並びがほぼ唯一の選択肢です。検体が十分に増えた段階では、事情が変わります。Malvern Panalytical の MicroCal PEAQ-DSCや、TA Instruments の Nano DSCのような本格的なDSCに移ります。セルを満たすだけの検体を使い、熱量ΔHまで含めた精密な測定に切り替えるのです。目安として、DSF分子がほどけるのに伴う蛍光の変化を追って融解温度を求める手法。少量・多検体で回しやすい。詳しく →系の少量スクリーニングは1mg/mL前後に希釈した検体で足ります。DSCへの移行には、1mg以上のまとまった検体が要ります。

検体量の制約は、精度の妥協ではなく、その段階で選べる手法そのものを決めています。

同じキャピラリーでTmとTaggを切り分ける ― nanoDSFの仕組み

Tmと、凝集が始まる温度(Tagg加熱で凝集が始まる温度。DLSなどで測り、会合の起こりやすさの指標にする。詳しく →)は、名前は似ていても別の現象です。

nanoDSFは、加熱していくキャピラリー内の検体に光を当て、芳香族アミノ酸の固有蛍光が波長シフトする様子を追いかけながら、構造がほどけ始める温度をTmとして求めます。ここまでは折りたたみの崩れだけを見ている。NanoTemper Technologies の Pantaは、これに同じキャピラリーからの背面反射(back reflection)の変化を重ねます。粒子が集まり始めて光の散乱が増える温度を、Taggとして同時に取り出すのです。構造がほどける温度と、分子どうしが集まり始める温度は一致するとは限りません。先にほどけてから固まる分子もあれば、構造を保ったまま先に集まり始める分子もあります。

POINT

nanoDSFは、同じキャピラリーからTmとTaggを同時に取得できます。少ない検体で「構造の頑丈さ」と「集まりやすさ」を切り離して見られるのです。どちらか一方だけで安定性を語ると、もう一方のリスクを見落とします。

くっつきやすさはkDで測る ― コロイド安定性の物差し

熱に強くても、分子どうしが引き合えば意味がありません。

この「引き合うか反発するか」を数値にしたのが、拡散相互作用パラメータ(kD)です。Malvern Panalytical の Zetasizer Advanceは、DLS溶液中の粒子がブラウン運動で散乱させる光の揺らぎから、タンパク質や凝集体の粒径分布を測る手法です。凝集の有無を素早く確認できます。詳しく →・SLS・ELSを使います。粒子径やゼータ電位と並べて、kDを測定できます。kDが正の値であれば、分子どうしは濃度を上げても互いを避け合う方向に働き、コロイドとして安定に散らばっていると読みます。逆に負の値であれば、濃度を上げるほど引き合いが強まり、会合や粘度上昇に向かいやすいと読みます。先に挙げた Unchained Labs の Stunnerも、同じ2µLの検体からDLS・SLSを取得できます。だからTmのスクリーニングと同じロットで、コロイド安定性まで確認できるのです。数字が一つ増えるだけですが、見えるリスクの種類は増えます。

疎水性はHICの保持時間に出る ― ADC専用に見えて実は別物

疎水性相互作用クロマトグラフィー分子表面の疎水性の強さで分離するクロマトグラフィー。疎水性の評価や精製に使う。(HIC)は、抗体薬物複合体標的を選ぶ抗体に、細胞傷害性の薬物(ペイロード)をリンカーでつないだ分子。詳しく →(ADC)の分析装置として並んでいることが多いです。ですので、開発可能性の道具には見えません。

Tosoh Bioscience の TSKgel Butyl-NPRは、2.5µmの非多孔性カラムです。トラスツズマブ系ADCの薬物抗体比抗体薬物複合体(ADC)で、抗体1分子に結合した薬物の平均数です。効果と安全性を左右するため測定する指標です。詳しく →(DAR)を、DAR0〜8までベースライン分離できます。DAR定量の定番として案内される製品です。Thermo Fisher Scientific の MAbPac HIC-10も、広ポアの5µmシリカにアルキルアミド基を結合しています。DAR2〜8の分離に使われる製品です。YMC の BioPro HIC BFは、4µmの非多孔性ポリマーにブチル基を結合した高疎水性の表面が特徴です。ここだけ読むと、ADCを作っていなければ縁のない道具に見えます。ですが原理は単純です。高塩の条件でタンパク質をカラムに結合させ、塩濃度を下げながら疎水性の弱い順に溶出させているだけです。薬物を結合していない、ふつうの抗体どうしを並べても、表面の疎水パッチ抗体表面で水をはじく部分がかたまって露出した領域。分子どうしが引き合い、凝集や粘度上昇を招く。詳しく →が多い分子ほど保持時間は長くなります。保持時間の長い候補を、凝集や粘度のリスクを抱えやすい候補として早期に拾い出す、という読み方ができます。

「ADC用」という名前は用途の一例であって、原理を規定してはいません。

粘度は最後まで測れないことがある ― 少量指標の限界

皮下注皮膚の下に注射する投与経路。一度に入れられる液量が小さく、抗体の高濃度化が求められる。詳しく →をめざす製剤の多くは、100mg/mLを超える高濃度を目標に設計されます。

IgGは150kDa前後の糖タンパク質です。高濃度になると分子どうしが可逆的に手をつなぎ、粘度が濃度に不釣り合いなほど跳ね上がります。高濃度での実測粘度を知るには、まとまった量の精製検体が要る。皮下注は一度に入れられる液量が1〜2mLほどに限られるため、濃度を上げて量を減らすほかなく、そこで粘度という壁に突き当たります。ここまで挙げたkDやHICの保持時間は、低濃度・少量の検体から得られる代替指標です。高濃度での実測粘度そのものではありません。方向としてはおおむね一致しますが、低濃度でのkDが良くても高濃度で粘度が跳ね上がる分子は実際に存在します。だからこそ、メーカーに聞くべきは「Tmはいくつか」ではありません。「その数字を何mg/mLの濃度で、どのバッファーで測ったか」です。強制分解試験熱・光・酸・塩基・酸化などの過酷条件を意図的に与えて薬物を分解させ、生成した分解物を分析法が適切に検出・分離できるかを確認する試験。詳しく →でよく使う40℃・75%RHのような条件でも、数値は測定条件次第で動きます。条件のない数字は、候補どうしを比べる材料にはなりません。

POINT

kDやHICの保持時間は、低濃度・少量の検体から得られる代替指標です。高濃度での実測粘度とは方向がおおむね一致しますが、常に一致するとは限りません。検体が増えた段階では、代替指標だけで判断を終わらせず、実測に置き換える必要があります。

指標が食い違ったときにどちらを信じるか ― 決めるのは投与経路

Tmは高いがkDは負の候補と、Tmはやや低いがkDもHICの保持時間も良好な候補があるとします。

どちらが正しいという話ではありません。同じ表の中に並べても、答えは出ません。決めるのは、その抗体をどこから投与するかです。点滴静注(IV)であれば、投与時に大きく希釈するため、高濃度での粘度やコロイド安定性の重みは相対的に軽くなります。この場合はTmや化学的な安定性を優先して判断するほうが実務に合います。一方、皮下注(SC)を見込む分子は、高濃度のまま少量を打ち込みます。この場合は、kDとHICの保持時間が示す不安のほうを重く見るべきです。

両方が満点の候補は稀で、どちらの弱点を抱えて先に進むかを、投与経路から逆算して決めるのが実務です。

評価の順番 ― 検体量から投与経路へ

最後に、決める順番を整理します。

先に確認するのは検体量です。数十µgしかないのか、それとも精製をやり直せばmg単位まで用意できるのか。ここで、StunnerやTycho NT.6、Uncle/Auntyのような少量プラットフォームを使うかが決まります。それとも、MicroCal PEAQ-DSCやNano DSCのような本格的なDSCに進むか、です。

次に確認するのは投与経路です。静注か皮下注かで、Tmを優先するかkD・粘度を優先するかの重みが変わります。ここを決めずにTmだけを見ると、皮下注で粘度に沈む候補を見逃します。

そのうえで、同じロットの検体からTm・Tagg・kD・HICの保持時間を並行して測ります。指標がそろって良好な候補は迷いません。問題は食い違ったときで、そこは投与経路が優先順位を決めます。

最後に、化学的分解(脱アミド・酸化・異性化)のホットスポット脱アミド化や酸化などの化学的分解が起きやすい配列上の箇所。配列を見て先読みできる。を配列上で確認し、CDR抗体可変領域のうち抗原と直接接触するループ状の領域。重鎖・軽鎖に3本ずつあり、標的にはまり込む。詳しく →内にないかだけを見ておきます。ここまでを、分子をまだ選び直せる段階で終えておくことが、開発可能性評価の値打ちです。

Tmという一つの数字から始めて、検体量と投与経路という2つの軸で絞り込む。この順番を踏めば、開発可能性評価は数字を並べる作業ではなく、次に進める1本を選ぶ作業です。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。