抗体薬物複合体(ADC)のPK/ADMEとは?複数の分析対象を追う難しさ
抗体薬物複合体(ADC)抗体に細胞傷害性の薬物(ペイロード)を結合させた医薬。標的へ薬物を運んで作用させる。は、標的を選ぶ抗体に、細胞傷害性の薬物(ペイロード)をリンカーでつないだ分子です。ところが体の中に入ったADCは、いつまでも「抗体・リンカー・ペイロードが一体になった一つの分子」でいてくれるわけではありません。時間とともにペイロードが外れたり、薬物の付き方が違う分子が別々の速さで消えていったりと、中身が刻々と入れ替わっていきます。この「動く混合物」であることが、ADCの薬物動態(PK)投与した薬が体内でどう吸収・分布・代謝・排泄されるか、その濃度推移を扱う考え方。を抗体単独よりずっと複雑にしています。

だからADCのPKは、血中濃度をひとつ測れば言い表せる、というわけにはいきません。抗体としてのふるまいと、外れて出てくる低分子ペイロード抗体薬物複合体(ADC)で抗体に結合させる強力な細胞毒(薬物)です。抗体によって標的の細胞まで運ばれ、そこで細胞を殺す作用を担います。詳しく →のふるまいを同時に追う必要があり、そのために「何を測るのか」という分析対象の設計そのものが、ADCのPK/ADME薬物の吸収・分布・代謝・排泄という体内動態の4要素。脂溶性の設計とも深く関わる。を理解する出発点になります。ADMEとは、薬物の吸収(Absorption)・分布(Distribution)・代謝(Metabolism)・排泄(Excretion)を指す、体内での薬物の一生をまとめた見方です。
この記事では、ADCのPKが抗体単独と違う理由から始め、追うべき複数の分析対象、脱抱合(デコンジュゲーション抗体の官能基と薬物リンカーを化学結合させ、DARを狙いどおりに作り込むADC製造の中心工程。)によるDARの変化、抗体部分と放出ペイロードで異なるクリアランス薬が血中から取り除かれる速さ。ADCでは薬物が多く付いた高DAR種ほど速まりやすい。、そしてそれらを測り分けるバイオアナリシスの難しさまでを順に整理します。ペイロードそのものの毒性や非臨床での安全性評価はADCの非臨床安全性とペイロード毒性で扱うため、本稿ではPK/ADMEに絞ります。
なぜADCのPKは抗体単独と違うのか
ADCは、抗体としての性質と、低分子薬としての性質を一つの分子に併せ持っています。抗体の骨格は大きく、FcRnIgGを細胞内でリサイクルして血中半減期を延ばす受容体。サイレンシング設計でも結合を残すことが多い。による再利用や標的への結合といった抗体ならではの動態に従います。一方、そこに付いたペイロードは、外れれば普通の低分子として代謝・排泄されていきます。この二面性こそが、ADC標的を選ぶ抗体に、細胞傷害性の薬物(ペイロード)をリンカーでつないだ分子。のPKを抗体単独とも低分子単独とも違うものにしています。
さらに厄介なのは、ADCが均一な分子ではない点です。1分子の抗体あたり平均何個の薬物が付いているか(DAR抗体薬物複合体(ADC)で、抗体1分子に結合した薬物の平均数です。効果と安全性を左右するため測定する指標です。詳しく →:Drug-to-Antibody Ratio)は製品ごとに設計されますが、実際には薬物の付いていない抗体から多く付いた抗体までが混じった分布になっています。この考え方はADCのコンジュゲーションとDAR設計で詳しく扱っています。薬物が多く付いた高DAR種薬物が多く付いた分子種。血中からの消失(クリアランス)が速まり、凝集や毒性のリスクが上がりやすい。はクリアランスが速い傾向があり、時間がたつと血中に残るADCの平均DARはしだいに下がっていきます。つまりADCは、投与した瞬間から中身の構成が変わり続ける集合体なのです。
抗体単独なら、測るべきは「その抗体の濃度」ひとつで足ります。しかしADCでは、抗体はそこにあってもペイロードが外れているかもしれず、ペイロードが外れれば薬効の担い手ではなくなります。分子は残っていても、薬として意味のある形が残っているとは限らない——この点が、単一の濃度でPKを語れない根本の理由です。
追うべき複数の分析対象:総抗体・結合抗体・遊離ペイロード
ADCのPKを描くには、少なくとも三つの分析対象(アナライト相互作用解析で溶液側に流す測定対象の分子。センサーに固定する側はリガンドと呼ぶ。)を別々に測るのがふつうです。それぞれが違う質問に答えます。
- 総抗体(total antibody):ペイロードが付いているかどうかを問わず、抗体の骨格そのものの量。ADCとして働いていた分子が脱抱合した後の「抜け殻」も含めて捉えます。
- 結合抗体=ADC(conjugated antibody):薬物がまだ付いている抗体の量。薬効に直接つながる、本来のADCとしての曝露を表します。
- 遊離ペイロード(free payload):抗体から外れて血中を漂う低分子ペイロードの量。全身性の毒性やオフターゲット意図した標的以外の似た配列に結合・作用してしまうこと。核酸医薬の毒性や副作用の一因。作用を考えるうえで重要です。
総抗体と結合抗体を並べて見ると、両者の差が「どれだけ脱抱合が進んだか」を映します。投与直後は総抗体と結合抗体がほぼ重なりますが、時間がたつほど結合抗体が総抗体より速く減り、その差が広がっていきます。遊離ペイロードは、外れて増える一方で低分子として速やかに消えるため、抗体系のアナライトとはまったく違う時間経過をたどります。
| 分析対象 | 何を測るか | 答える問い |
|---|---|---|
| 総抗体 | 抗体骨格の量(薬物の有無を問わない) | 抗体はどれだけ残っているか |
| 結合抗体(ADC) | 薬物が付いた抗体の量 | 薬効の形はどれだけ残るか |
| 遊離ペイロード | 外れた低分子ペイロードの量 | 外れた薬物はどれだけ出るか |
ADCのPKは単一の濃度では語れません。総抗体・結合抗体(ADC)・遊離ペイロードという複数の分析対象を別々に追い、それぞれが違う問い(骨格はどれだけ残るか/薬効の形はどれだけ残るか/外れた薬物はどれだけ出るか)に答えます。
脱抱合(デコンジュゲーション)とDARの経時変化
脱抱合(デコンジュゲーション)は、血中でリンカーADCで抗体とペイロードをつなぐ部分。両者の結合や体内での薬物放出の性質を左右する。が切れたり薬物が抗体から外れたりして、ADCが少しずつペイロードを失っていく現象です。リンカーの化学的な安定性が十分でないと、標的にたどり着く前に血中でペイロードが漏れ出てしまい、薬効の低下と全身毒性の両面で不利に働きます。
外れ方には、リンカーの設計が関わります。たとえばマレイミドチオール基と選択的に結合する反応基。システイン結合型ADCで薬物リンカー側に用いられる。を使ったチオール結合では、いったんできた結合が逆反応で外れ、血中のアルブミン血漿タンパクの約6割を占め、結合容量は大きいが親和性は高くない受け皿。など別のチオールへ薬物が移ってしまうことがあります。こうした結合の入れ替わりは、ADCが運ぶ薬物を目減りさせる一因として知られています。
脱抱合が進むと、血中に残るADCの平均DARは時間とともに下がっていきます。ここには二つの流れが重なっています。一つは、高DAR種ほど速くクリアされるために、集団全体として平均DARが下がる流れ。もう一つは、個々の分子から薬物が外れて低DAR側へずれていく流れです。どちらもDARを時間の関数として動かすため、投与時のDARだけでADCの曝露を語ることはできません。
DARは製造時に設計する固定値ではなく、血中で時間とともに動く量です。高DAR種の速いクリアランスと、個々の分子からの脱抱合が重なり、循環中の平均DARはしだいに低下します。
クリアランスの二面性:標的介在性の消失とペイロードの代謝・排泄
ADCの消失は、抗体部分と放出されたペイロードで、まったく別の道筋をたどります。ここを分けて考えることが、ADCのADMEを見通す鍵になります。
抗体部分は標的介在性クリアランスを受けうる
ADCの抗体骨格は、抗体単独と同じくFcRnによる再利用で長く血中にとどまる一方、標的抗原に結合すると複合体ごと細胞に取り込まれて消えていく標的介在性クリアランス(TMDD)抗体が標的に結合して複合体ごと消失するために生じる、用量応答の非線形な振る舞い。の影響を受けます。この機序は、ADCにとっては薬効の入口でもあります。標的細胞に結合して取り込まれ、細胞内でペイロードが放たれることが、そもそものADCの作用だからです。TMDD抗体が標的に結合し、その複合体ごと細胞に取り込まれて消失する現象。用量で薬物動態が変わる主因。は標的が薬で埋まると頭打ちになるため、用量によってPKが非線形に変わることがあります。抗体骨格のこうした動態は抗体のPK/PD:FcRnとTMDDで詳しく扱っています。
放出されたペイロードは低分子として代謝・排泄される
いったん抗体から外れたペイロードは、もはや大きなタンパク質ではなく、一個の低分子として振る舞います。多くはCYP肝臓に多く存在する代表的な薬物代謝酵素群。多くの低分子医薬の代謝を担う。などの酵素による酸化(第I相)や、抱合による水溶性の付与(第II相)を受け、胆汁や尿を通じて排泄されます。低分子の代謝・排泄の基本は薬物代謝の第I相・第II相で整理しています。ペイロードは強力な細胞傷害性を持つことが多いため、どこでどれだけ代謝され、どんな代謝物になるかは、全身毒性や薬物間相互作用併用薬が代謝酵素を阻害・誘導し合い、血中濃度が変動する現象。fmはこのリスク評価の土台になる。を考えるうえで見逃せません。
こうして一つのADCの中で、大きな抗体としての消失(ゆっくり・標的依存)と、外れた低分子としての消失(速い・酵素依存)という、時間スケールも支配因子も異なる二つのクリアランスが同時に進みます。
バイオアナリシスの難しさ
以上の性質は、そのまま測定(バイオアナリシス)の難しさに直結します。総抗体・結合抗体・遊離ペイロードは、大きさも性質も違うため、一つの方法でまとめて測ることはできません。抗体系のアナライトはリガンド結合アッセイ(抗原や抗イディオタイプ抗体などで捕まえる方法)で、遊離ペイロードのような低分子は液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)分子の質量を精密に測る分析。液体クロマトと組み合わせ、ポリAテール長などを詳しく解析します。で、といった具合に、対象ごとに別の測定系を組む必要があります。
とりわけ結合抗体(ADC)の測定は悩ましい対象です。抗体でありながら薬物が付いているものだけを選んで捕まえ、なおかつ付いている薬物の数(DAR)を反映して読み取らなければなりません。DARが時間とともに動くため、同じ抗体量でも薬物の付き具合が刻々と変わり、測定値の意味づけが一筋縄ではいきません。抗体を捕まえてから付いている薬物を質量分析分子の質量を精密に測る手法。鎖の組み合わせ違いを分子量差として捉え純度評価に使う。で読むといった、リガンド担体ビーズ表面に結合させた官能基やタンパク質で、目的物や不純物と相互作用して分離を担う部分。結合アッセイと質量分析を組み合わせたハイブリッドな手法が用いられることもあります。
ADCのバイオアナリシスは、性質の違う複数のアナライトを別々の測定系で追い、しかも時間とともに動くDARを織り込んで読み解く必要があります。単一の濃度測定では捉えきれない点が、ADCの分析を難しくしています。
まとめ
ADCのPK/ADMEが抗体単独と違うのは、ADCが抗体と低分子の二面性を持ち、しかも投与後に中身が変わり続ける混合物だからです。総抗体・結合抗体(ADC)・遊離ペイロードという複数の分析対象を別々に追い、脱抱合によって循環中の平均DARが下がっていくことを踏まえないと、曝露を正しく捉えられません。消失は、抗体部分の標的介在性クリアランスと、放出ペイロードの低分子としての代謝・排泄という二面で進み、それを測り分けるバイオアナリシスには相応の工夫が要ります。ペイロード自体の毒性や非臨床での安全性評価はADCの非臨床安全性とペイロード毒性で扱っています。
参考文献
- FDA, Search for FDA Guidance Documents(医薬品のバイオアナリシスや臨床薬理に関する各ガイダンスの検索窓口)
- EMA, Scientific guidelines(研究開発段階の科学的ガイドラインの一覧)
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。, Safety Guidelines(バイオ医薬品・抗がん剤の非臨床安全性評価ヒトへの初回投与前に、動物や試験管の実験で毒性や作用を調べる一連の評価のこと。に関する国際調和ガイドラインの一覧)