モダリティ選択は何で決まるか ― 抗体・AAV・核酸・細胞治療の分岐点
脊髄性筋萎縮症(SMA)の治療薬を検討していると、奇妙な場面に行き当たります。標的はSMN2遺伝子のスプライシング前駆体mRNAから不要な部分を除き必要な部分をつなぐRNAの編集。ASOで切り替えを調節できる。詳しく →というただ一点です。それなのに、承認された薬はすでに3つあり、モダリティ抗体・低分子・核酸・細胞治療など、医薬品の種類・創薬手法の区分。詳しく →もまるで違います。承認済みの3剤は、ノバルティスのZolgensma(AAV9)、バイオジェンのSpinraza(アンチセンス核酸)、ロシュのEvrysdi(低分子)です。同じ標的を狙いながら、なぜ薬の形がここまで割れたのか。ここに、モダリティ選択という意思決定の実際の難しさが詰まっています。

標的が細胞の外にあるか中にあるかを見れば、候補はある程度絞れます。SMN2のスプライシングは細胞核の中で起きる現象なので、抗体はそもそも土俵に乗りません。しかし、それで決着はつきません。AAV遺伝子治療で遺伝子を運ぶウイルスベクター。血清型によって集まりやすい組織が異なる。詳しく →、アンチセンス核酸、低分子はどれも細胞内に届く設計で、実際に3つとも承認されています。決め手は標的の場所ではなく、効果を戻せるかどうかという軸と、製造をどれだけ標準的な設備に乗せられるかという、別の2つの軸です。
本稿では、標的の場所という分かりやすい軸がなぜ決め手にならないかを確かめます。そのあと、戻せるかどうかの軸、製造を標準設備に乗せられるかの軸、カタログの数字を比べるときに起きる誤読の順に整理します。
- 標的の場所(細胞の外か中か)は候補を絞りますが、そこで1つには決まりません。
- 決め手は、単回投与か反復投与かという可逆性の軸と、製造を標準設備に乗せられるかという軸の2つです。
- 血清型や力価の数字は条件をそろえなければ比較できず、横並びにした数字ほど誤読しやすくなります。
標的の場所は候補を絞るだけ ― SMNスプライシングという一点
細胞の外か中かを見る作業は、モダリティ選択の入り口としてよく使われます。ただし、それで答えが1つに決まることは、めったにありません。
SMAの原因はSMN1遺伝子の欠損です。隣接するSMN2遺伝子の一部だけが、バックアップとして働きます。SMN2はスプライシングの過程でエクソン7が抜け落ちやすく、機能するタンパク質を十分に作れません。この過程を補正する、あるいは足りない分を補うのが治療の核です。ノバルティスのオナセムノゲン・アベパルボベック(Zolgensma)は、AAV9にSMN1遺伝子を積み、静脈内投与で1.1×10¹⁴ vg/kgを1回だけ投与します。バイオジェンのヌシネルセン(Spinraza)はアンチセンス核酸で、SMN2のスプライシングを直接補正します。ロシュのリスジプラム(Evrysdi)は低分子で同じスプライシングに働きかけ、毎日の経口投与で効果を保ちます。標的はそろって同じSMN2のエクソン7です。細胞内に届くという条件は3剤とも満たしています。それでもモダリティは、AAV、核酸、低分子とまったく別れました。標的選択の考え方は標的選択と疾患仮説の立て方で扱っています。
標的の場所は抗体という選択肢を外すところまでしか仕事をせず、残った候補の間を決めるのは、この先で見る2つの軸です。
決め手は「戻せるか」― 単回投与と反復投与
3剤の一番の違いは、効くしくみよりも、投与を続けるか1回で終えるかにあります。
Zolgensmaは単回のウイルスベクター治療用の遺伝子を細胞へ運ぶために改変したウイルス。AAVやレンチウイルスが代表で、遺伝子・細胞治療に使う。詳しく →投与で、体内に入った遺伝子は主にエピソームとして長く保たれます。効果は基本的に取り消せません。だから安全性の見極めは、投与前に集中します。一方Spinrazaは、最初の4回を14日間隔で3回、その30日後に4回目という導入投与のあと、生涯にわたって数か月ごとの髄腔内投与薬を脳脊髄液に直接投与する経路。血液脳関門を回避して中枢神経系へ核酸などを届ける。詳しく →を続けます。Evrysdiも同じで、毎日の服薬をやめれば効果が切れる設計です。この違いはSMAだけの話ではありません。CSLベーリングのエトラナコジーン・デザパルボベック(Hemgenix)は、AAV5による血友病Bの単回遺伝子治療です。HOPE-B試験では、出血の年間発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →率が投与前の4.19回から投与後は1.51回まで下がりました。これも取り消せない投与です。対照的に、生涯続ける第IX因子補充療法は生涯コストが2000万ドルを超えるとの試算もあり、単回投与は高額な一括負担と引き換えに、反復投与の通院と抗体産生のリスクから患者を解放します。
戻せない治療は承認までの安全性データをより重く問われ、戻せる治療は生涯にわたる通院と費用を患者に背負わせます。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べるもう一つの決め手は製造の標準化 ― 同じ設備に乗るかどうか
モダリティを選んだ瞬間に、どんな設備で作るかもほぼ決まります。ここが量産できるかどうかを左右します。
抗体医薬は、プログラムをまたいでも同じCHO細胞培養プラットフォームを使い回せます。CytivaのXcellerex XDRは10 Lから2000 L、SartoriusのBiostat STR Gen3は12.5 Lから2000 L、Thermo Fisher ScientificのDynaDriveは5 Lから5000 Lまでを1系列でカバーし、同じ撹拌槽をそのままスケールアップへ転用できます。AAVはそうはいきません。主流の製法はHEK293細胞ヒト胎児腎臓由来の細胞。遺伝子導入効率が高く一過性発現に向くが、商業生産の実績はCHOより限定的。詳しく →にプラスミドを3種類同時に導入するというもので、出発点になるプラスミド自体をAGC BiologicsのようなCDMOから1 Lから1,000 L規模で確保するところから工程が始まり、精製の条件も血清型ごとに変わります。自家CAR-T患者や健常ドナーのT細胞にCAR(キメラ抗原受容体)を導入し、がん細胞を攻撃させる細胞治療。詳しく →はさらに極端です。KymriahはMiltenyi BiotecのCliniMACS Prodigyのような閉鎖系外気と触れずに培地交換やサンプリングを行う閉鎖された流路。無菌を保ち汚染を防ぐ。詳しく →の自動装置で採取から製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。詳しく →化までを1患者ずつ処理し、製造には約22日かかります。Yescartaは工程改善で約15日まで短縮しましたが、それでも1バッチは1患者のままです。ベクター設計の詳細は遺伝子治療ベクターの選び方で扱っています。
抗体は1つのバッチで単価を下げられますが、AAVと自家細胞治療生きた細胞そのものを有効成分とする医薬。CAR-Tなどが代表。詳しく →は患者の数だけ工程を繰り返す構造そのものが価格に直結します。
カタログの数字は横に並べられない ― vg/kgという罠
AAVのカタログや論文には、vg/kgという数字がよく出てきます。数字が大きいほど効きそうに見えますが、この読み方は危険です。
2020年から2021年にかけて、Audentes(現Astellas)が開発していたAAV8遺伝子治療AT132(レサミリゲン・ビルパルボベック)は、対象がX連鎖性ミオチュブラーミオパチーで、高用量群3×10¹⁴ vg/kgの投与を受けた子ども4人が、投与後の肝機能障害で死亡しました。FDAは臨床試験を保留にしています。Zolgensmaの投与量は1.1×10¹⁴ vg/kgで、AT132の高用量群の3分の1程度にすぎません。同じ単位で書かれていても、血清型、投与経路、狙う組織が違えば、肝臓にかかる負荷はまったく別物です。中和抗体ウイルスベクターのカプシドなどに結合し、細胞に届く前に働きを失わせる抗体。再投与の壁になる。詳しく →の保有率も一律ではなく、報告によってAAV2は30%から60%、AAV9でも地域によっては50%を超えるとされ、この数字は臨床試験の組み入れ基準そのものを左右します。カタログの数字は、測定条件をそろえて初めて比較の材料です。
vg/kgという同じ単位は比較していい保証にはならず、血清型AAVのカプシドの種類による分類。組織指向性が異なり、狙う臓器や細胞に応じて選び分けられる。詳しく →と投与経路と対象組織をそろえて初めて数字同士を並べてよくなります。
メーカーに聞くべきことは一つ
AAVや細胞治療のCDMO医薬品の開発・製造を他社から受託する企業。設備投資を負わずに専門能力を使える。詳しく →に問い合わせるとき、多くの担当者は力価をまず尋ねます。しかし、聞くべき数字は別にあります。
力価が高くても、1バッチから何人分の患者に投与できるかが分かりません。分からなければ、供給計画は立てられません。Zolgensmaのような全身投与のAAV遺伝子治療は、体重あたりの投与量が大きい治療です。そのため、1つの生産バッチが数十人分にしかならないことも珍しくありません。抗体医薬なら1バッチで数千人分をまかなえるのと対照的です。メーカーに聞くべきは「力価はいくつか」ではありません。「その力価と製剤処方で、平均的な患者体重に対して1バッチが何人分の投与量になるか」です。この数字が分かって初めて、想定する患者数に対して製造ラインをいくつ確保すべきかが決まります。
抗体か遺伝子治療かは決められない ― 決まるのは自社の条件
ここまで見た2つの軸に、どちらが優れているかという答えはありません。決まるのは、自社の状況に何が効くかです。
反復投与を患者が受け入れられるか、それとも1回で終える設計が必要かは、疾患の重症度と通院の負担で変わります。急速に進行する乳児期のSMA1型では、Zolgensmaのように早く効果を出せる単回投与が好まれる一方、進行が緩やかな型ではEvrysdiの経口投与のほうが受け入れられやすいとされます。製造の標準化も同じ構図で、想定患者数が数千人規模なら抗体プラットフォームの量産効果が生きますが、数百人規模の希少疾患では、AAVや自家細胞治療の1患者1バッチという構造のほうが、むしろ現実的です。どちらが正しいという話ではなく、決まるのは自社が抱える患者数と、患者が許容できる通院回数です。
トレードオフをなくす答えはなく、自社の患者数と、患者が受け入れられる投与の形を先に決めることが選択の土台です。
選ぶ順番 ― 標的から製造まで
モダリティ選択には、決めておくべき順番があります。順番を飛ばすと、あとから工程を作り直さなければなりません。
最初に決めるのは、標的が細胞の外にあるか中にあるかで、ここで抗体が候補になるかどうかが決まります。次に、反復投与を受け入れられるか、それとも単回投与のリスクを負う必要があるかを、疾患の進行速度と通院負担から見積もります。そのうえで、想定する患者数が製造の標準化に見合うかを検討し、数千人規模なら抗体の量産設備、数百人規模ならAAVや自家細胞治療の1患者1バッチという構造でも採算が取れるかを、CDMOの実際のバッチ当たり患者数で確認します。最後に、抗体ならICH S6、AAVならICH Q5A製造工程がウイルスをどれだけ除去・不活化できるかを評価し、製品の安全性を確保する取り組みです。各工程の低減能力を対数の値で示します。詳しく →に加えて組込み評価という非臨床パッケージを薬事チームとすり合わせます。この順番を逆にすると、薬事や製造の制約を知らないまま標的にモダリティを当てはめることになり、開発の後半で選び直すはめに陥ります。
標的の場所を最初に、患者が許容できる投与の形を次に、製造の採算を最後の手前に置くと、モダリティ選択はやり直しの少ない意思決定です。
参考文献
- Mendell JR, et al. Single-Dose Gene-Replacement Therapy for Spinal Muscular Atrophy. N Engl J Med. 2017;377(18):1713-1722.
- Finkel RS, et al. Nusinersen versus Sham Control in Infantile-Onset Spinal Muscular Atrophy. N Engl J Med. 2017;377(18):1723-1732.
- Pipe SW, et al. Gene Therapy with Etranacogene Dezaparvovec for Hemophilia B. N Engl J Med. 2023;388:706-718.
- Fourth Boy Dies in Trial of Astellas Gene Therapy Candidate(GEN, Genetic Engineering & Biotechnology News).
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく →, Q5A(R2) Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin(ウイルス安全性評価).
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