抗体医薬の製造工程とは?培養・精製・製剤・分析の流れ

2009年6月、米国の Genzyme の工場で、培養槽の1基からウイルスが見つかりました。それだけで工場の運転が止まり、CHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →で作る酵素製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。詳しく →が不足して、欧州医薬品庁(EMA)が患者の優先順位をつけるよう勧告する事態になりました。培養の段階で起きた問題は、後ろに精製の工程がいくつ並んでいても、工場の運転そのものに響きます。
抗体医薬の製造工程には、後ろで取り返せるものと、取り返せないものがあります。大半のモノクローナル抗体は、CHO細胞で作り、Protein A抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく → で捕まえ、イオン交換などで仕上げ、UF/DF半透膜で目的物質を濃縮したり(限外ろ過)、緩衝液を目的の組成に置き換えたり(ダイアフィルトレーション)する工程です。膜面に沿って液を流すTFF方式が使われます。詳しく → で濃縮して製剤にする、という共通の骨格(プラットフォーム)をたどります。骨格は同じでも、工程ごとに、ここで決まるものと、ここで失うものが違います。
製造の担当には持ち場の前後が、購買や営業の人には顧客がいま何を決めているかが、品質保証の人にはどの数字がどの工程から来るかが、この地図で見えてきます。各工程の中身は、表のリンク先の記事にあります。金の流れの側からはバイオ医薬の製造原価で解説しています。
全体の地図 ― 作る・落とす・守る、そして並走する分析
整理の軸は四つです。培養、精製、製剤、そしてすべてに並走する分析。
細胞に抗体を作らせ(培養)、目的の抗体だけを取り出して原薬とし(精製)、薬として投与できる形に整え(製剤)、その品質を確かめる(分析)という流れです。培養のうち細胞を増やすところまでを上流(アップストリーム抗体製造のうち、細胞を増やして抗体を作らせる培養までの上流工程。ハーベスト以降の下流と区別する。詳しく →)、ハーベスト以降の分離精製を下流(ダウンストリーム培養液から抗体を分離・精製する下流工程。清澄化からProtein A、ポリッシュ、UF/DFまでを指す。詳しく →)と呼び分けることもあります(違いの解説)。
培養で産生させ、ハーベスト・清澄化培養液から細胞や破片を取り除いて目的物質を含む上清を回収し、後工程に渡せる清澄な液にする工程です。詳しく →・精製を経て得られる抗体そのものが原薬(DS)で、それを投与できる薬の形にしたものが製剤(DP)原薬を投与できる薬の形に整えたもの。無菌充填や凍結乾燥などを経て完成する最終製品。詳しく →です。製造する拠点が分かれていることも多く、規制上も別のものとして管理されます。境目は、UF/DFを終えて精製バルク培養・精製・濃縮を終えて得られる、原薬にあたる目的物のバルク溶液。DSとDPの境界。が得られた地点にあります。
分析は、最後にまとめて行う工程ではありません。培養、精製、製剤のすべての段階に寄り添い、正しく作れているかを確かめ続けます。
次の表は、各工程で何が決まり、何を失いやすいかを一覧にしたものです。
| 段 | ここで決まるもの | ここで失うもの |
|---|---|---|
| セルバンク・シードトレイン | 製造の出発点。細胞の年齢 | 作り直せない出発点。植え継ぎに使う日数 |
| 本培養 | 力価、糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →の形、不純物の量 | 汚染したロットまるごと。止めどきを外した収量と純度製品にどれだけ目的物質だけが含まれ、不純物や変性体が少ないかを示す指標です。抗体では単量体の割合やサイズの異なる成分の量などを見ます。詳しく → |
| ハーベスト・清澄化 | 後段のカラムとフィルターが受け取る液の濁り | フィルターへの吸着と、詰まりによる運転の停止 |
| Protein A | 純度の大半 | 載せすぎたときの素通り。高価な樹脂の寿命 |
| 低pH不活化・ウイルスろ過 | ウイルス安全性製造工程がウイルスをどれだけ除去・不活化できるかを評価し、製品の安全性を確保する取り組みです。各工程の低減能力を対数の値で示します。詳しく → | 酸で凝集する抗体。膜での目減り |
| ポリッシング | 凝集体、HCP医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →、DNAの残り | 純度を上げるほど減る収率 |
| UF/DF | 濃度と緩衝液溶液のpHを一定範囲に保つために使用される弱酸と共役塩基の混合溶液。詳しく →。原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →の完成 | 膜への吸着。濃縮での凝集 |
| 製剤・充填 | 保存できる処方と無菌 | 容器への吸着。充填処方済みの溶液をバイアルやシリンジなどの容器へ無菌的に充填し、封止する製造工程。詳しく →のロス |
表の上の段ほど、後ろで取り返せない決定が多く、下の段ほど、決まった品質を守る仕事が増えます。
上流で決まるもの ― 取り返せない部分
本培養種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →の2週間より、その手前の準備のほうが長いことがあります。
培養は、バンク化した細胞を凍結バイアルから起こし、小さなフラスコから数百リットル、数千リットルの槽へと、シードトレインで段階的に上げていきます。本培養に入れる細胞をそろえるまでに、20〜30日かかることもあります。本培養自体は、栄養を継ぎ足しながら一定期間運転するフェドバッチが主流で、10〜14日ほど回します。培地を入れ替え続けて細胞を高密度に保つ灌流(パーフュージョン培養液を連続的に入れ替えながら細胞を高密度に保ち、長期間生産を続ける培養方式です。細胞を装置で保持し、老廃物を除きつつ栄養を補給します。詳しく →)培養も増えています。近年はシングルユースバイオリアクターの採用が広がり、Cytiva の Xcellerex XDR が10〜2,000 L、Sartorius の Biostat STR撹拌翼で機械的に混ぜ、スパージャーで通気する最も標準的なバイオリアクターの型式。詳しく → Generation 3 が12.5〜2,000 L、Thermo Fisher Scientific の DynaDrive が5〜5,000 L というように、容量の帯で選べます。
ここで決まるもので、後から手を入れにくいのが、糖鎖の形です。糖鎖は培養の条件で動き、精製では作り替えられません。乳がんの抗体医薬ハーセプチンのバイオシミラーを開発していた Samsung Bioepis は、先行品のロットを長い期間にわたって分析し、糖鎖の性質が変わって、免疫細胞を呼び寄せる働きが弱くなったロットがあったと、2017年に報告しています。量を測る試験では、この差はまず表に出ません(力価とポテンシーの違い、糖鎖はなぜ効き方を変えるのか)。
もう一つは、汚染です。冒頭の Genzyme の例のように、培養の段階で入った問題は、そのロットだけでなく、工場の運転そのものを止めます。ウイルス安全性は、入れない管理を土台にして、精製の段で重ねて示す設計です(ウイルスクリアランス)。
培養で決まる糖鎖の形と、汚染の有無は、後ろの工程では戻せません。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる下流で落とすもの ― 取り返せるが、収率を払う
培養で得た液には、抗体のほかに、細胞の破片、細胞由来のタンパク質(HCP)、残存DNA製造に使った宿主細胞に由来するDNAの不純物です。安全性の観点から、精製後にどれだけ残っているかを測る試験です。詳しく →、ウイルスのリスクが混ざっています。精製は、これを落とす仕事です。
起点が、Protein A クロマトグラフィーです。Protein A は抗体のFc領域に特異的に結合するので、抗体をまとめて捕まえ、大半の不純物を一段で落とせます。Cytiva の MabSelect PrismA は、アルカリ耐性のリガンドを載せ、0.5〜1.0 M の水酸化ナトリウムによる定置洗浄(CIP)に対応します。その溶出液はもともと酸性です。酸を少し足して低pHに置けばウイルスを不活化でき、中和したあとに出る析出物は、デプスフィルターろ材の厚み全体で不純物を捕らえる深層ろ過フィルターで、細胞培養液の清澄化など、細胞残渣や粒子を多く含む液の一次ろ過に使います。詳しく →で除くのが一般的です。
次がポリッシング捕捉工程の後、電荷や疎水性の違いを使って残った副産物を削り純度を上げる磨き上げ精製。詳しく →(仕上げ)で、狙う不純物に応じて樹脂を組み合わせます。凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →にはHICやミックスモード、電荷の違う抗体やDNAにはイオン交換分子の電荷の違いを利用して分離するクロマトグラフィー。フラグメントなど定型ツールが効かない分子でも使える。詳しく →(樹脂の選び方)が受け持ちます。Cytiva の Capto S ImpAct や Merck の Eshmuno CPX のように、凝集体の低減を狙って設計された陽イオン交換樹脂もあります。ウイルスは別枠で、ウイルス除去フィルター細菌より小さいウイルスを膜の微細な孔でふるい分けて取り除き、製剤の安全性を高めるためのろ過フィルターです。詳しく →が除去を担います。最後にUF/DFで、濃度と溶液の環境を製剤に適した状態へ整えます。
ここで失うものがあります。工程が一つ増えるたびに、抗体が少しずつ減ります。1工程で10%を失う工程が4つ並ぶと、残るのはざっくり3分の2です。どの工程がいちばん足を引っぱっているかは、各工程の前後の量を並べないと分かりません。計算は収量・回収率の計算ツールで試せます。
純度と収率は、同じ向きに動きません。集める範囲を広げれば収率は上がりますが、不純物も増えます。どこまで落とすかは、規格と、許せる収率の交点で決まります。載せる樹脂と次の工程のつなぎ目も効きます。前の工程の出口の液を、次の樹脂の条件に合わせるための希釈や中和低pH条件で溶出されたサンプルに緩衝液を加えてpHを中性付近に戻し、製品へのダメージを防ぐ操作。詳しく →は、液量と時間を増やします。
HCPと残存DNAは、どちらも工程由来の不純物で、同じ精製工程で同時に下がります。抗体そのものの変化である凝集体や電荷異性体とは、出どころも測り方も違います。この切り分けができると、分析結果を見たときに、上流と下流のどちらへ戻ればよいかが決まります。
下流の仕事は、上流で決まった抗体から不純物を落とすことで、落とす強さと引き換えに、収率を払います。
製剤と分析 ― 守る工程と、並走する確認
高純度の抗体が揃っても、そのままでは薬になりません。
長期間安定して保存でき、安全に投与できる形に整える必要があります。抗体が凝集したり、分解したり、容器壁や空気界面に吸着して変性したりしないよう、溶液の組成を設計します。処方には、pHを保つ緩衝剤、凍結や乾燥のストレスから守る糖類、凝集を抑える界面活性剤タンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく →やアミノ酸を組み合わせます。出荷の時点だけでなく有効期限まで規格内にとどまることは、安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →で確かめます。
剤形は大きく二つで、液のまま提供する液剤と、水分を抜いた凍結乾燥剤製剤から水分を抜いて乾燥させ、長期安定性を高めた剤形。使用時に溶かして戻す。詳しく →です。凍結乾燥剤は使用時に溶かす手間がある一方、より長期の安定性が期待できます。いずれも、無菌ろ過細菌を止めることを実証したフィルターに液を通し、無菌のろ液を得る工程です。除菌ろ過・ろ過滅菌とも呼び、菌の数を下げるだけのバイオバーデン低減ろ過とは区別します。0.22µm前後の膜が広く使われます。詳しく →を経た原液をバイアル充填装置で無菌環境下に充填し、検査と包装を経て製剤が完成します。詳しい処方の考え方は製剤設計にあります。
分析は、見る角度ごとに分かれます。力価と濃度はUV吸光や結合活性で、純度と凝集体はSEC-HPLCとCE-SDSで、糖鎖はHILICやLC-MSで、電荷異性体はCEX-HPLCやicIEFで測ります。不純物としてのHCPはELISAで、残存DNAはqPCRで、基準以下かを確かめます。投与の安全に関わるエンドトキシンと無菌試験も並びます。
製剤は抗体を変えず、変えないまま投与できる形へ移すのが仕事で、分析は工程の後ろに付くのではなく、工程と同じ速さで並走します。
明日から確かめられること ― 持ち場から読む順番
工程の順に読むのが、唯一の道ではありません。いま決めなければならないことから逆にたどるほうが、早く使える知識です。
- 製造や技術の担当は、直近の数ロットで、工程ごとの回収率を並べてみる。どこで目減りしているかが見えます
- 購買の担当は、樹脂、フィルター、バッグの納期と、ロットの切り替わりを確かめる。上流の都合は、消耗品の発注に先に現れます
- 品質保証の担当は、規格がDSとDPのどちらにかかる数字かを見分ける。同じ測定値でも、読み方が変わります
- 営業の担当は、顧客が上の表のどの段について悩んでいるかを聞く。提案の筋が決まります
読む順番の案内です。培養なら本培養、その手前ならシードトレインとセルバンク。精製ならProtein AとUF/DF。製剤なら製剤設計。設備の話から入るなら、シングルユースとステンレスとバイオリアクターの選び方です。
参考文献
- ICH Q5A(R2) "Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin"
- ICH Q6B "Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products"
- ICH Q8(R2) "Pharmaceutical Development"
- ICH Q11 "Development and Manufacture of Drug Substances (Chemical Entities and Biotechnological/Biological Entities)"
- European Medicines Agency, Supply shortage of Cerezyme: updated treatment recommendations required(2009年。Genzyme Allston Landing 工場の製造停止と、患者の優先順位づけの勧告)
- Kim S, et al. Drifts in ADCC-related quality attributes of Herceptin: Impact on development of a trastuzumab biosimilar. mAbs. 2017;9(4):704-714.(先行品ロットの糖鎖の変化とADCC関連の性質の低下)
- 日本薬局方 参考情報「生物薬品の製造に用いる細胞基材に対するウイルス安全性評価」
- USP General Chapter ⟨1132⟩ "Residual Host Cell Protein Measurement in Biopharmaceuticals"
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