セルバンクとは?細胞をなぜ凍らせて2段階で持つのか

セルバンクとは、抗体医薬などの製造に使う細胞を同じ時点でまとめて凍らせ、どのロットも同じ細胞から作り始められるようにしたバイアルの集まりです。製造、品質試験、保管設備の担当者は、みなこのバイアルを出発点に仕事をします。
ただし、手間がかかるのは凍らせる作業そのものではありません。細胞をどこまで培養に使ってよいかの上限と、何年も中身と記録を失わない保管の設計に手間がかかります。
この記事では、セルバンクの持ち方、2段階に分ける理由、細胞の年齢の数え方、保管と記録の決め方を順に説明します。
- なぜ2段階に分けるのか:大元のマスターセルバンク(MCB)を温存し、製造はそこから作ったワーキングセルバンク(WCB)で回すためです。
- 細胞の年齢はどこから数えるのか:MCBのバイアルを融かした時点から、製造の培養を収穫するまでです。
- 保管で何を守るのか:1回の事故で全数を失わないことと、どの1本の素性も示せることです。
1. セルバンクは、細胞をどんな状態で持っておくものなのか
セルバンクとは、製造に使う細胞を1つの容器にまとめて均一に混ぜ、何百本ものバイアルに等しく分けて、同時に凍らせたものです。 製造は毎回、このバイアルを1本融かすところから始まります。
細胞を培養し続けて、必要なときに分けて使わないのは、細胞が植え継ぐ(継代増殖した細胞を定期的に希釈・移植して培養を維持する操作で、回数が増えると細胞の性質が変化するリスクがある。詳しく →する)たびに少しずつ変わる可能性があるからです。増え方や抗体の量、抗体に付く糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →の形が、継代を重ねるうちに動くことがあります。
凍らせておけば、どのロットも「同じ日に凍らせた同じ細胞」から作り始められます。ロットの品質に差が出たとき、細胞が原因か工程が原因かを切り分けられるのもこのためです。
抗体医薬では、このバンクを2段階で持つのが一般的です。
- マスターセルバンク製造の起点となる細胞を段階的に均質に凍結保存した在庫(マスター/ワーキングセルバンク)。詳しく →(MCB):細胞株開発で選んだ細胞から作る大元のバンクで、1ロット数百本が一般的です。
- ワーキングセルバンク(WCB)MCBを解凍・拡大して作る、日常製造で取り崩す細胞在庫。製造のたびにここから始めます。:MCBの1本を融かして増やし、もう一度分けて凍らせた製造用のバンクです。

このように、セルバンクは「どのロットも同じ細胞から始めた」と示すための現物です。ただ、1本ずつ融かせば本数は減っていきます。
2. なぜ大元のMCBには手をつけず、WCBから製造を始めるのか
MCBから直接融かすと、製品を作り続けるうちに大元の本数が尽きるおそれがあるからです。 2段階にすると、MCBの1本からWCBを数百本作れるので、MCBの1本が数百ロット分に広がります。
WCBが減ったら、MCBの別の1本から次のWCBを作ります。どのWCBも同じ手順で作れば、製造に使う細胞の培養歴もそろいます。この培養歴が、次の節で扱う細胞の年齢です。
もっとも、1段階だけのバンクが認められないのではありません。国際的な指針 ICH Q5D生物薬品の製造に使う細胞基材の樹立と特性解析について定めた国際調和ガイドライン。詳しく → は、毎年使う本数が少ない製品なら、MCBだけの1段階の仕組みも原則として使えるとしています。
つまり、2段階にするかどうかは、製品の寿命のあいだに何本を融かすかで決まります。
試験の重さも2つの段で分けます。外から入り込んだウイルスを調べる重い試験はMCBに集め、WCBでは無菌、マイコプラズマ細胞培養に混入しうる微小な細菌。セルバンクなどで否定試験が求められる。詳しく →、同一性を中心に確かめるのが一般的です。 マイコプラズマは、細胞の見た目を変えずに住みつく、ごく小さな細菌です。同一性は、細胞が本当に目的の株かを確かめる試験です。
WCBの試験を軽くできるのは、大元のMCBで重い試験を済ませているからです。マイコプラズマの試験法はマイコプラズマ試験の解説で読めます。
3. 細胞の年齢の上限は、どこから数えて決めるのか
細胞の年齢(in vitro cell age細胞が継代を重ねて進む培養上の年齢。製造に許容する上限を設計で管理する。詳しく →)は、MCBのバイアルを融かした時点から、製造の培養を収穫するまでの培養の長さで数えます(ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q5D)。 数え方は、培養した日数、細胞が倍に増えた回数(倍加数)、植え継いだ回数(継代数細胞を植え継いだ回数。培養履歴を表し、産生量や品質の再現性に影響する。詳しく →)のどれかを使います。
起点がWCBではなくMCBなので、WCBを作るための培養もこの年齢に入ります。WCBとして凍っていた期間は培養していないため、ふつうは数えません。
説明用の仮の数字で考えます。上限を日数で60日と決めたとします。
- WCBを作る培養:MCBを融かしてから凍らせるまでに14日
- シードトレイン:WCBを融かしてから本培養種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →へ移すまでに21日
- 本培養:収穫までに14日
合計は49日で、上限まで11日の余裕があります。シードトレインの日数を10日延ばすと合計は59日で、余裕はほとんど残りません。 細胞の立ち上がりが遅いときに段を足すと、この余裕が削られます。

では、上限の60日は何で決まるのでしょうか。上限は、製造と同じ条件で細胞をその年齢か、それより先まで育てたデータで決めます。 ICH Q5D は、パイロットか商用の規模で育てた細胞のデータを求めています。2023年の ICH Q5A(R2)細胞株由来のバイオ医薬品について、ウイルス安全性評価の枠組みを示すICHガイドライン。詳しく → は、製造をよく再現した小さな規模のモデルのデータも認めています。
育てた細胞は、培養を始めたばかりの細胞と比べます。ICH Q5D は少なくとも2つの時点の細胞を調べるとしています。組み込んだ遺伝子の配列が変わっていないかを確かめ、必要に応じて増え方や抗体の量なども比べます。ICH Q5A(R2) は、この上限の年齢の細胞にもウイルスの試験を一度行うとし、MCBとこの細胞で調べてあれば、各WCBの同じ試験を省ける場合があるとしています(3.1.2、3.1.3)。
つまり、上限は製造の都合で決めるものではなく、その年齢まで品質が保たれたと示したデータの範囲です。上限を延ばしたいときは、新しい上限まで育てた細胞のデータを示せば延ばせます(ICH Q5D)。
4. 何年も使うバンクを、1回の事故で失わないためにどう置くのか
MCBとWCBをそれぞれ2か所以上に分けて置き、どの保管庫が止まっても残りで製造を続けられるようにします。 世界保健機関(WHO)の勧告は、施設内の十分に離れた2つ以上の場所か、別の拠点に分けて保管するよう勧めています。
冷やし方は、先に止まりやすい供給で選ぶ
凍らせるときは、凍害保護剤凍結時の氷晶や浸透圧ストレスから細胞を守る添加剤。DMSOが代表的。詳しく →を含む凍結保存培地に細胞を入れ、プログラムフリーザーで毎分1 ℃前後の速さでゆっくり冷やすのが一般的です。細胞の中に氷の結晶ができると、細胞が壊れるからです。
保管は、液体窒素の液の中か、その上の冷たい気体の層(気相)、またはそれと同じくらいの超低温で行います(ICH Q5D)。気相でも、おおむねマイナス150 ℃以下に保たれます。冷たさを何で作るかで、止まる原因が変わります。
- 液体窒素のタンク:停電しても、窒素が残っている間は温度を保てます。窒素の配送が止まれば、やがて温まります。
- 機械式の超低温フリーザーおおむねマイナス80℃前後の低温を保ち、細胞や試料を長期間安定して保存する冷凍庫です。詳しく →:窒素の配送が止まっても動きます。停電すれば止まります。
どちらが安全かに一般的な答えはなく、自社の施設で先に止まりやすいのが電力か窒素の供給かで選びます。ICH Q5D も、火事、停電、人の誤りを例に挙げ、予備の電源や液体窒素の自動補充、別の拠点での保管などの備えを申請資料に書くよう求めています。
温度は機器の外からも見張る
2018年3月、米国サンフランシスコの不妊治療施設で液体窒素のタンクにトラブルが起き、原告側によれば3,500を超える凍結卵子と胚が溶けました。2021年の裁判で陪審は、温度の見張りを妨げる欠陥をタンクのメーカーが知りながら警告しなかったと認めています。
医薬品の施設の例ではありませんが、機器の中の記録と警報だけに頼ると、機器そのものの不具合には気づけません。機器とは別の温度モニタリングで記録し、夜間や休日の警報を誰が受け、どのタンクへ移すかまで決めておきます。
5. 10年後に取り出した1本を、記録でどう説明するのか
1本ごとに、どのロットの何本目で、どこに置かれ、いつ出し入れされたかを、記録からたどれるようにしておきます。 WHOの勧告も、バイアル1本ずつの保管位置と在庫を記録するよう求めています。
- ラベル:ICH Q5D は、凍結、保管、取り出しを経ても読めるラベルを求めています。手書きの文字は冷たい気体の中でにじむことがあるため、底に2次元コードを刻んだクライオバイアルを使う施設もあります。
- 記録の置き場:ロット、作製の履歴、保管位置、出し入れ、試験結果を、検体と試験結果の管理システム(LIMS)などの1か所にまとめます。
- 取り出した1本:WHOの勧告では、保管庫から出したバイアルは在庫に戻さないのが通例です。別の拠点へ運ぶときは、温度を記録できる輸送容器を使います。
識別の方式は、凍らせる前に決めます。途中で変えると、すでに凍らせたバンクだけ方式が違う状態が何年も残るからです。
作製、試験、保管は受託先に任せることもできます。その場合も、作製の履歴と保管の記録をいつ、どの形で受け取るかを契約の段階で決めておきます。
メールアドレスの登録だけで、この先を読めます
- 6. 自分の施設では、残り本数と年齢の余裕から確かめる
登録済みの方は、同じアドレスを入れると続きが開きます(別の端末やブラウザで開いたときも同じです。確認のメールは届きません)。新着の解説記事と製品ニュースを毎週水曜の朝にお届けし、いつでも解除できます。登録によりプライバシーポリシーに同意したものとみなします。閲覧の記録(どのページから、どの会社のサイトへ移ったか)を、ご案内のために使います。
ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- ICH Q5D, Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological/Biological Products(Step 4、1997年7月。2.2 セルバンクの仕組みと手順、保管と事故への備え、ラベル。2.3.3 細胞の年齢の上限と安定性。用語集の in vitro生きた動物の体外で、試験管やシャーレなどを用いて細胞・組織・分子レベルで行う実験を指す用語。詳しく → cell age)
- ICH Q5A(R2), Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin(Step 4、2023年11月。3.1 MCB・WCB・上限の年齢の細胞のウイルス試験)
- WHO, Technical Report Series No. 978, Annex 3: Recommendations for the evaluation of animal cell cultures as substrates for the manufacture of biological medicinal products and for the characterization of cell banks(2013年。A.5.2 セルバンクの保管、2か所以上への分散、1本ずつの記録)
- 日本薬局方 一般試験法 4.06 無菌試験製品や細胞に細菌・真菌の汚染がないかを確認する試験。薬局方に準拠して行う。詳しく →法、参考情報 G3 マイコプラズマ否定試験。USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。詳しく → General Chapters 〈71〉 Sterility Tests、〈63〉 Mycoplasma Tests(無菌とマイコプラズマの試験法)
- Business Wire, Jury Awards Patients 14.975 Million in Trial Against Chart Inc. for Cryopreservation Tank Failure at San Francisco's Pacific Fertility Center(2021年6月10日。2018年3月4日のタンク事故、3,500を超える卵子と胚、温度の見張りを妨げる欠陥についての陪審の判断)
次に、何を調べますか?
次に読む
抗体医薬/モノクローナル抗体この工程を、製造の流れのどこに当たるかで見る目次・関連閉じる
Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/cell-bank