シードトレインとは?本培養の前に細胞を何段にも分けて増やすのはなぜか

シードトレイン(seed train、種培養)とは、凍結保存生きた細胞を低温で止めて保管し、後で融解して使えるようにする技術。詳しく →した製造用の細胞を、一回りずつ大きな容器へ移しながら増やし、抗体を作らせる本培養種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →の槽へ渡すまでの工程のことです。本培養に入れる細胞の数と状態がここで決まるため、培養の担当は次の段へ移す時期を決め、品質保証は細胞を培養してよい期間の上限を確かめます。
ただし、予定の細胞数に届いても、そこまでにかけた日数と植え継いだ回数は、本培養に入ってから取り返せません。
この記事では、シードトレインの流れ、何段にも分ける理由、次の段へ移す判断、増え方が遅いときの考え方、段を減らす方法を順に説明します。
- シードトレインとは:凍結保存した細胞を融解し、容器を一回りずつ大きくしながら増やして、本培養の槽へ植え込むまでの流れです。
- なぜ何段にも分けるのか:細胞は薄めすぎると増え始めるのが遅れるため、1回の植え継ぎで液量を増やせる倍率に限りがあるからです。
- 増え方が遅いときは:日数を延ばして数を合わせると、細胞を培養してきた期間(細胞の年齢)が延びて上限に近づくため、延ばす前に原因を探します。
1. シードトレインとは何か
シードトレインとは、凍結保存した細胞を融解し、容器を一回りずつ大きくしながら増やして、本培養の槽へ植え込むまでの流れのことです。 本培養が抗体を作らせる工程であるのに対し、シードトレインは、その本培養に入れる細胞の数をそろえるための工程です。
出発点は、製造に使う細胞を同じ時点でまとめて凍らせたセルバンクです。1 mLほどの凍結バイアルを1本取り出して融解し、そこから細胞を増やしていきます。
まず、融解した細胞をシェイクフラスコに入れ、温度とCO2を管理したシェーカーの上で揺らしながら増やします。増えたら一回り大きなフラスコへ移し、その次は袋ごと揺らして混ぜるロッキング袋を揺らして波で混ぜる培養方式。撹拌翼がなくせん断が小さく、細胞にやさしい。詳しく →型の培養バッグへ進みます。
その後は、羽根で液をかき回し、底から気泡を吹き込んで酸素を送る撹拌槽撹拌翼で機械的に混ぜ、スパージャーで通気する最も標準的なバイオリアクターの型式。詳しく →へ移ります。最後の段から数千リットルの本培養の槽へ植え込み、本培養をN段、その一つ手前の段をN-1段と呼びます。

このように、細胞は容器と混ぜ方を何度も替えながら受け渡され、段が上がるたびに置かれる環境も変わります。では、なぜ1本のバイアルを本培養の槽へ直接入れず、何段にも分けるのでしょうか。
2. なぜ何段にも分けて増やすのか
何段にも分けるのは、細胞は薄めすぎると増え始めるのが遅れるため、1回の植え継ぎで液量を増やせる倍率に限りがあるからです。 1 mLのバイアルから数千リットルの槽まで、液量は百万倍を超えて広がります。
そのため、各段では細胞を一定の濃さで植え、増えて濃くなったところで、より多くの液で薄めて次の容器へ移します。この植え継ぎを何度もくり返して、液量の差を少しずつ埋めていきます。
段の数は、槽の液量の下限にも左右されます。培養槽には、液がこれより少ないと撹拌やセンサーがうまく働かない最小液量があり、その液量を植える濃さで満たすだけの細胞を、手前の段で用意しておく必要があります。満量と最小液量の比をターンダウン比と呼び、この比が小さい槽ほど満量に対して最小液量が大きいため、手前の段が1つ増えることがあります(図の③)。
段を重ねるほど、日数もかかります。1 mLのバイアルから始める従来の方法では、シードトレインに20〜30日かかることがあり、2週間前後の本培養より長くなる場合もあります。
つまり、段の数と日数は、細胞を植える濃さと手元の槽の組み合わせで決まり、槽を1つ替えるだけでも変わることがあります。槽の大きさと段の数の関係は、ターンダウン比の解説で具体的な槽の例とともに扱います。
3. 次の段へは、何を見て移すのか
次の段へ移す時期は、生きた細胞の濃さが予定の値に届いたかで決めるのが基本ですが、生存率や増える速さ、老廃物の量もあわせて見ます。 数がそろっていても、次の段で増えなくなる細胞があるためです。
この生きた細胞の濃さを生細胞密度(VCD生存細胞密度。培養液の単位体積あたりに存在する生きた細胞の数を示し、増殖の状態を表す指標。詳しく →)と呼び、培養液1 mLあたりの生きた細胞の数で表します。これに加えて、次の3つを毎日のように記録します。
- 生存率(viability細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。詳しく →):生きている細胞の割合です。数が予定に届いていても、生存率が下がり始めていれば、細胞は弱っています。
- 倍加時間:細胞の数が2倍になるまでの時間です。前の段や過去のロットより長ければ、細胞が何かのストレスを受けているおそれがあります。
- 乳酸とアンモニアグルタミンの代謝と化学分解で生じる代謝副産物。蓄積すると増殖・生存を落とし、糖鎖の質にも影響する。詳しく →:細胞が出す老廃物です。多くたまると、細胞の増殖を妨げることがあります。
どれも、細胞の数だけでは見えない状態の変化を、数字で拾うための項目です。
数と生存率は自動のセルカウンターで、乳酸やグルコースはバイオプロセスアナライザで測るのが一般的です。融解からの日数をそろえて過去のロットと並べておくと、いつもと違う増え方に早く気づけます。倍加時間は2つの時点の細胞数から計算でき、倍加時間の計算ツールも使えます。
各段で確かめるのは「予定の細胞数に届いたか」ではなく、「この細胞を次の環境に入れても崩れないか」です。
このように、毎日の記録は移す時期を決めるだけでなく、増え方が遅れたときに、どの段から遅れ始めたかをたどる材料にもなります。では、予定の日に数が届かないときは、待てばよいのでしょうか。
4. 増え方が遅いとき、日数を延ばして待ってよいのか
日数を延ばして待つと、細胞を培養してきた期間がその分だけ長くなり、製造で使ってよい期間の上限までの余裕が減ります(図の①)。 この期間を細胞の年齢(in vitro cell age細胞が継代を重ねて進む培養上の年齢。製造に許容する上限を設計で管理する。詳しく →)と呼び、長く培養するほど細胞の性質が変わるおそれがあるため、製造では年齢を数えて上限を決めています。
ICH Q5D は、細胞の年齢を、製造用の細胞の大もとのストック(マスターセルバンク製造の起点となる細胞を段階的に均質に凍結保存した在庫(マスター/ワーキングセルバンク)。詳しく →)を融解した時点から数えるとしています。ふだん融解する使用分のストック(ワーキングセルバンク)の細胞は、マスターセルバンクから作る段階で、すでに年齢を重ねています。
数え方は、本培養を収穫するまでの培養の日数、継代増殖した細胞を定期的に希釈・移植して培養を維持する操作で、回数が増えると細胞の性質が変化するリスクがある。詳しく →(植え継ぎ)の回数、倍加の回数のいずれかです。シードトレインで過ごす日数と植え継ぎの回数は、すべてこの年齢に加わります。
使ってよい年齢の上限は、承認申請の資料に書かれます。ICH Q5D生物薬品の製造に使う細胞基材の樹立と特性解析について定めた国際調和ガイドライン。詳しく → と Q5A(R2) は、その上限まで、またはそれを超えて育てた細胞で、性質が保たれていることと、ウイルスが見つからないことを確かめるよう求めています。
つまり、シードで延ばせる日数には上限から逆算した枠があり、その残りは品質保証の担当とあらかじめ確かめておく値です。では、延ばす代わりに何をすればよいのでしょうか。
5. 増え方が遅い原因は、どこから探すのか
増え方が遅い原因は、遅れが出た段とロットを手がかりに、培養の環境の側か、細胞の年齢の側かに分けて探します(図の②)。 どちらも「細胞の調子が悪い」に見えますが、表れ方が違います。
- 移した直後に増えなくなった:バッグでは順調だった細胞が撹拌槽で増えないなら、せん断(液の流れが細胞にかける力)や酸素の供給、移す時期といった環境の側を疑います。
- シードを延ばしたロットだけ結果がずれる:本培養の力価が落ちたり、糖鎖のパターンがずれたりするなら、細胞の年齢と継代の組み方を疑います。
- 前の段から増え方が遅い:数は届いていても増え方が遅く、乳酸が高いなら、日数を延ばす前に前の段の培養条件を見直します。
揺らす容器と違い、撹拌槽では羽根の回転と気泡が細胞に力をかけます。その影響はせん断と細胞損傷の解説で、槽の大きさで変わる条件はスケールアップの解説で扱います。
このように原因を分けておけば、環境の側なら撹拌や通気の条件を、年齢の側ならシードの日数と継代の組み方を、と直す場所を先に決められます。それでも段の数と日数そのものを減らしたいときは、工程の組み方を変える方法があります。
6. 段を減らす方法はあるのか
段を減らす方法として、細胞を濃い状態で凍らせておく方法と、本培養の一つ手前の段で細胞を濃く育てる方法が、実際の工程に取り入れられています。 段が減れば、日数とともに細胞の年齢の進みも、容器を開けて植え継ぐ回数も減ります。
容器を開ける回数は、汚染の機会の数でもあります。フラスコの段では安全キャビネット気流を制御して作業者・検体・環境を汚染や曝露から守りながら、細胞や微生物を扱う作業台です。詳しく →の中で容器を開けて植え継ぐため、段が多いほど、汚染や作業のばらつきが入り込む機会が増えます(図の④)。
- 高密度のセルバンク目的物質を作る細胞をあらかじめ大量に凍結保存し、製造のたびに同じ素性の細胞を使えるようにした細胞の在庫(MCB/WCB)のことです。詳しく →:灌流培養培養液を連続的に入れ替えながら細胞を高密度に保ち、長期間生産を続ける培養方式です。細胞を装置で保持し、老廃物を除きつつ栄養を補給します。詳しく →(細胞を槽に残したまま培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →を入れ替え続ける方法)で濃く育てた細胞を、通常のバイアルより高い濃さで凍らせておきます。融解した時点で細胞が多いため途中のフラスコの段を飛ばせ、2011年の報告ではシードトレインを最大9日縮めました。
- N-1灌流本培養の一つ前の工程で灌流培養により細胞を高密度まで増やし、高い密度で本培養へ植え継ぐ手法です。詳しく →:本培養の一つ手前のN-1段を灌流で回し、本培養を濃い状態から始めます。2020年の報告では、培地も見直したうえで、抗体を作る4種類のCHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →)で試しました。本培養の日数を変えずに、力価(培養液あたりの抗体の量)が約2倍になりました。
どちらも、本培養より手前で細胞を濃くしておき、細胞が増えるのを待つ日数を短くする方法です。N-1灌流の仕組みと注意点はN-1灌流とはで、2020年の報告の中身は論文解説で扱います。
ただし、承認を受けた製品で取り入れるなら、どちらも製造工程の変更です。変更管理の手続きに乗せ、変更の前後で製品の品質が同等であることを示す比較可能性の評価(ICH Q5E)を計画します。
7. 自分の工程では何から確かめるのか
自分の工程では、手元のバッチ記録製造ロットごとに手順・使用資材・実施者・確認結果を定められた様式で記録した原本。そのとおりに作ったことを証明する文書です。詳しく →で日数と増え方を確かめるところから始め、次の順に見ていきます。
- 日数と増え方:融解から本培養に植え込むまでの日数と、段ごとの倍加時間を、過去のロットと並べます。どの段で時間を使っているかが分かります。
- 移す判断の項目:生細胞密度のほかに、生存率・乳酸・アンモニアを記録し、移す判断に使っているかを確かめます。
- 年齢の上限までの余裕:申請資料やバリデーションで決めた細胞の年齢の上限に対し、シードを延ばしたときに何日の余裕が残るかを、品質保証の担当と計算します。
- 槽の最小液量:各段で使う槽の最小液量から、手前に何段が要るかを確かめます。槽を替える計画があるときは、先にここを見ます。
- 容器を開ける回数:植え継ぎで容器を開ける回数を数え、その操作をどこで行うかを確かめます。
- 段を減らす計画:高密度のセルバンクやN-1灌流を検討するなら、変更管理工程・設備・手順などの変更を評価・承認し、品質への影響とともに記録する仕組み。詳しく →と比較可能性の評価の計画を先に立てます。
上の2つは手元の記録だけで確かめられ、3つ目からは品質保証や生産計画の担当とすり合わせる項目です。
工程全体のどこにシードトレインが入るかは抗体医薬の工程フローで、本培養の2週間で何を見るかは本培養とはで読めます。N-1灌流で細胞を槽に残す装置には、主に交互接線流ろ過(ATF)と接線流ろ過(TFF)膜面に液を平行に流し、小さな成分を透過させ、目的物を膜で保持して濃縮・バッファ交換する方式。があります。装置を選ぶ段になったら、N-1灌流のATF・TFFの選び方へ進んでください。
参考文献
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q5D, Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological/Biological Products(Step 4、1997年7月。細胞の年齢はマスターセルバンクの融解から本培養の収穫までを、日数・倍加の回数・継代の回数で数える。年齢の上限は承認申請に記載し、上限まで、またはそれを超えて育てた細胞で安定性を確かめる)
- ICH Q5A(R2)細胞株由来のバイオ医薬品について、ウイルス安全性評価の枠組みを示すICHガイドライン。詳しく →, Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin(Step 4、2023年11月。年齢の上限まで育てた細胞のウイルス試験)
- Merck, Seed Train Intensification Using High Cell Density Cryopreservation(1 mLのバイアルから始める従来法で20〜30日、開放操作流路や容器を外気に触れさせて行う操作。その回数が無菌操作品における汚染確率の主な原因になる。詳しく →による汚染のリスク)
- Tao Y, Shih J, Sinacore M, Ryll T, Yusuf-Makagiansar H. Development and implementation of a perfusion-based high cell density cell banking process. Biotechnol Prog. 2011;27(3):824–829.(灌流で濃くした細胞を5 mLのバイアルに凍結し、途中のシェイクフラスコ振とう機の上で揺らして培養液を撹拌・通気し、細胞や微生物を小規模に培養するためのフラスコです。詳しく →の段を省いて、拡大培養を最大9日縮めた。2,000 L規模の製造施設で採用)
- Wright B, et al. A Novel Seed-Train Process Using High-Density Cell Banking, a Disposable Bioreactor, and Perfusion Technologies. BioProcess International. 2015年3月(高密度セルバンクから20 Lのバッグへ直接植え込んだ Tao らの先行報告の紹介)
- Xu J, Rehmann MS, Xu M, Zheng S, Hill C, He Q, Borys MC, Li ZJ. Development of an intensified fed-batch production platform with doubled titers using N-1 perfusion seed for cell culture manufacturing. Bioresources and Bioprocessing. 2020;7:17.(N-1灌流で本培養の接種密度を10〜20 × 10⁶ cells/mLに上げ、培地の見直しとあわせて、抗体を作る4種類のCHO細胞で10〜14日の本培養の力価が約2倍)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/seed-train