N-1灌流とは?本培養の一段手前で細胞を濃くすると、なぜ抗体が増えるのか

N-1灌流とは、抗体医薬の培養で、抗体を作らせる本培養の一つ手前の段(N-1)を灌流培養培養液を連続的に入れ替えながら細胞を高密度に保ち、長期間生産を続ける培養方式です。細胞を装置で保持し、老廃物を除きつつ栄養を補給します。詳しく →(培地を入れ替え続ける運転)に切り替え、細胞を濃く育ててから本培養種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →に移す方法です。本培養の槽を増やさずに取れる抗体を増やす手段として、培養工程を設計する人と、導入を決める人に関わります。
ただし、本培養を濃い状態から始めるだけでは、最後に取れる抗体の量が増えるとは限りません。報告で効果が出たのは、増えた細胞を支えるように本培養の培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →とフィードも組み直したときです。
この記事では、N-1灌流の仕組み、抗体が増える理由と増え方、増える作業、灌流が要るかどうかの見分け方、品質の確かめ方を順に説明します。
- N-1灌流とは:本培養の一つ手前の段(N-1)を灌流培養で運転して細胞を濃く育て、本培養を高い細胞密度から始める方法です。
- なぜ抗体が増えるのか:本培養の最初の数日に行っていた細胞の増殖の多くをN-1で済ませるため、同じ日数のうち抗体を盛んに作る期間が長くなるからです。
- どれくらい増えるのか:2020年の報告では、本培養の培地とフィードも組み直したうえで、力価が灌流を使わない方法のおよそ2倍になりました。
1. N-1灌流とは何か
N-1灌流とは、本培養の一つ手前の段(N-1)を灌流培養で運転して細胞を濃く育て、本培養を高い細胞密度から始める方法のことです。
抗体医薬の製造では、凍結保存生きた細胞を低温で止めて保管し、後で融解して使えるようにする技術。詳しく →した細胞を起こし、容器と槽を一回りずつ大きくしながら細胞を増やします。この拡大培養をシードトレインと呼び、抗体を作らせる最後の段を本培養(N段)、その一つ手前の段をN-1と呼びます。
従来のN-1は、培地を入れたまま育てるバッチ(回分)運転です。本培養の槽はN-1より大きいため、細胞を移すと密度は槽の容量比の分だけ下がります。このときの本培養の細胞密度を接種密度と呼び、従来の方法では低い接種密度から本培養が始まります。
N-1灌流では、N-1の槽に新しい培地を加え続け、同じ量の使用済みの培養液を抜き続けます。この運転を灌流培養と呼び、バッチ運転と違って栄養が尽きにくく、乳酸などの老廃物もたまりにくいため、細胞を高い密度まで育てられます。液を抜くときに細胞だけを槽に残すのが、細胞保持装置灌流培養で使用済みの培地を入れ替えつつ、細胞は培養槽に残すための装置です。中空糸膜などで細胞と液をより分けます。詳しく →です。

このように、N-1灌流を入れても、本培養の槽と流加培養培養の途中で栄養(フィード)を追加しながら細胞を高密度まで育てる培養方式。詳しく →(培養の途中で濃い栄養液を足していく運転)という運転方式はそのままです。N-1灌流が直接変えるのは、本培養に入る時点の細胞の数です。
2. なぜ高い細胞密度で始めると、取れる抗体が増えるのか
取れる抗体が増えるのは、本培養の最初の数日に行っていた細胞の増殖の多くをN-1で済ませ、同じ日数のうち抗体を盛んに作る期間を長くできるからです。 低い密度から始まった本培養は、最初の数日を細胞の増殖に使い、そのあいだに作られる抗体は多くありません。
培養液にたまる抗体の量は、細胞1個が1日に作る量が同じなら、生きている細胞の数と日数を掛け合わせた分だけ増えていきます。そのため、初めから細胞が多ければ、同じ日数でも積み上がる量が増えます。
工場の側から見ると、この効果の使い道は2つあります。
- 同じ日数で取れる量を増やす:槽と日数を変えずに1回の培養から取れる抗体が増え、工場の生産能力が上がります。
- 日数を縮める:取れる量を据え置いて本培養の日数を縮めれば、1年に回せるバッチの数が増えます。
どちらも空時収量(STY、槽の容量と日数あたりの生産量)を上げ、抗体1グラムあたりの製造原価製品を作るのにかかった総原価。原材料・設備償却・人件費・歩留まりなどを1グラム単価などで捉える指標。詳しく →を下げる方向に働きます(バイオ医薬の製造コスト)。
つまり、N-1灌流がとくに役立つのは、本培養の槽の数と大きさで生産量の上限が決まっている工場です。では、実際にどれくらい増えるのでしょうか。
3. 実際に、力価はどれくらい上がったのか
2020年の報告では、本培養の培地とフィードも組み直したうえで、力価(培養液あたりの抗体の量)が灌流を使わない方法のおよそ2倍になりました。 報告したのは米 Bristol Myers Squibb の研究者らで、抗体を作るCHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →株(チャイニーズハムスター卵巣に由来する細胞株)4種類での比較です。
3段階の接種密度での比較
この報告は、同社の流加培養の方法を、接種密度の違う次の3段階で比べています。
- 従来の流加培養:接種密度はおよそ0.6×10⁶ cells/mLです。
- 強化流加培養:栄養を濃くした富化培地を使い、バッチ運転のN-1で密度を上げて、3〜6×10⁶ cells/mLで接種します。
- N-1灌流を使う流加培養:N-1を灌流で育て、10〜20×10⁶ cells/mLで接種します。
4株とも、N-1灌流を使った段階の力価はおよそ2倍でした。本培養の日数は、どれも10〜14日のままです。
接種密度だけを上げた条件の結果
一方で、同じ報告では、強化流加培養の培地のまま接種密度を上げた条件も試しています。その条件では最終の力価は上がらず、同じ力価に早く届くだけでした。
細胞が多いほど、栄養を使う速さも老廃物がたまる速さも上がります。著者らは、基礎培地とフィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。詳しく →を作り直したことが、高い細胞密度と細胞1個あたりの産生量を培養の最後まで保つうえで欠かせなかったとしています。組み直したのは次の3つです。
- 基礎培地:培養の始めに槽へ入れる培地で、52成分の濃度を組み替えました。
- フィード:培養の途中で足す濃い栄養液で、高い密度に合わせて作り直しました(フェドバッチのフィード)。
- 温度シフト:途中で温度を下げ、細胞を増やす段階から抗体を作る段階へ切り替える操作で、その条件を調整しました。
つまり、N-1灌流の計画には、N-1の装置だけでなく、本培養の培地とフィードを開発し直す期間まで含める必要があります。
4. N-1を灌流にすると、どんな作業が増えるのか
N-1を灌流にすると、灌流用の培地の準備、細胞保持装置とフィルターの管理、細胞を数える手間の3つが増えます。 どれも、N-1で高い密度を数日間保ち、決めた日に本培養へ移すための作業です。
- 灌流用の培地:1日に槽1杯分かそれ以上の培地を入れ替えることも珍しくなく、N-1で使う培地は従来のバッチ運転より大きく増えます。必要な量は、細胞1個あたり1日に供給する培地の量(CSPR細胞1個が1日に必要とする培地体積を表す指標(pL/cell/day)。灌流速度や培地消費量の設計の土台になる。詳しく →)と細胞密度から見積もれます(CSPRの解説)。
- 細胞保持装置とフィルター:代表的なATF(交互接線流ろ過)とTFF(接線流ろ過)膜表面に培養液を接線方向へ一方向で流し続け、細胞を通さず溶液を透過させるろ過方式。詳しく →は、どちらも中空糸フィルター(細い管状の膜を束ねたろ過器)で細胞をこし分けます。膜が目詰まり微粒子や凝集体、タンパク層が膜の孔を塞いでろ過が落ちる現象。プレフィルターでの前段保護が効く。詳しく →すると液を抜きにくくなり、N-1で目標の密度に届かなければ、本培養の予定を組み直すことになりかねません。
- 細胞を数える手間:高い密度の培養液は、計数装置の測定範囲に収まるよう希釈してから数えるため、希釈の誤差がそのまま細胞数の誤差に乗ります。2020年の報告では、生細胞密度を自動のセルカウンターで測り、灌流の速さは静電容量プローブ培養液の静電容量から生細胞密度をオンラインで測定するセンサーのこと。詳しく →(培養液中の生細胞の量を連続して測るセンサー)の値に連動させていました。
規模を上げるときは、高い密度の培養が酸素を多く使い二酸化炭素を多く出すため、大型槽での酸素の供給と二酸化炭素の排出も確かめます(溶存酸素とkLa)。中空糸フィルターの膜の面積も、槽の容量に比例させるだけで同じように動くとは限りません。
つまり、N-1灌流を入れると、N-1の数日間に大量の培地を切らさず用意し、膜と細胞数を見張る体制が要ります。では、その手間をかけてまで灌流が要るのでしょうか。
5. どの工程でも、N-1灌流が要るのか
N-1灌流が要るかどうかは、本培養を始めたい密度と、N-1と本培養の槽の容量比で決まります。 目標の接種密度によっては、灌流を使わずに届きます。
細胞を移すと、密度は槽の容量比の分だけ下がります。例えば、N-1の作動容量(槽に実際に入れる液の量)が本培養の10分の1なら、本培養で始めたい密度のおよそ10倍までN-1で育てる必要があります。
目標の接種密度が3〜6×10⁶ cells/mL程度なら、灌流を使わない選択肢があります。2019年の報告では、富化培地を使ったバッチ運転か流加運転のN-1で、最終の生細胞密度培養液中の生きた細胞の密度。灌流速度はCSPR×密度×体積で決まる。詳しく →が22〜34×10⁶ cells/mLに届きました。その細胞を3〜6×10⁶ cells/mLで接種した本培養は、同じ密度でN-1灌流から接種した場合と同程度の力価と品質でした(Yongky ら, 2019)。
それより高い10〜20×10⁶ cells/mLで始めた2020年の報告では、N-1を灌流で育てています。見分け方はXCell ATFの使いどころでも扱っています。
メーカーに確かめるのは「何 cells/mL まで届きますか」ではなく、「自社の槽の容量比から決まる密度を、何日安定して保てますか」です。
このように、先に決めるのは装置ではなく、本培養をどの密度で始めるかです。その次に残るのが、品質が変わらないかという問いです。
6. 抗体の品質は変わらないのか
2020年の報告では、調べた品質の項目はそれまでの工程と同程度でした。 ただし、糖鎖の組成や電荷異性体抗体などで電荷が異なる分子種のことです。脱アミド化などの修飾で生じ、酸性側・塩基性側の割合を分離して測る品質指標です。詳しく →の割合は培養の環境で動くため、自社の細胞株でも同じになるとは限りません。
その報告では、4株のうち3株で500 Lの培養槽まで規模を上げ、1,000 Lで運転した強化流加培養または従来の流加培養と、次の3つを比べています。
- 電荷異性体:表面の電荷が違う抗体分子のことで、その割合を見ています。
- N型糖鎖:抗体に付く糖の鎖で、どの形の糖鎖タンパク質に付加される糖の鎖状構造で、抗体の有効性・免疫原性などに影響する重要な品質特性。詳しく →がどれだけ付いているかという組成を比べました。
- 大きい分子と小さい分子:サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)多孔性樹脂の孔に小分子ほど入り込む時間差を利用し、分子をサイズで分けるクロマトグラフィー。詳しく →で、凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →などの高分子量種と、断片などの低分子量種の割合を測っています。
比べた値は、収穫時の培養上清をProtein A抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく →で精製して測った工程内の値で、500 Lでの反復は1〜2回です。詳しくは論文解説の記事にまとめています。
承認済みの製品でN-1の運転方式を変えるのは、製造工程の変更にあたります。社内の変更管理に乗せ、変更の前後で製品が同等かを示す同等性変更前後が完全に同一でなくても、品質・安全性・有効性で高い類似性を保ち差異が悪影響しないと言える状態。詳しく →/同質性の評価(ICH Q5E)を計画します。当局への申請や届出が要るかどうかは、承認書に接種密度やN-1の条件がどう書かれているかと、変更の区分によって変わります。
つまり、品質は報告の結果を借りずに自社の細胞株で比べることになり、承認済みの製品では、その比較が変更の手続きの根拠の1つです。
7. 自分の場合は何から確かめるのか
自分の工程では、本培養をどの密度で始めるかを先に決め、そこから次の順に確かめます。
- 本培養の接種密度:手元のバッチ記録製造ロットごとに手順・使用資材・実施者・確認結果を定められた様式で記録した原本。そのとおりに作ったことを証明する文書です。詳しく →で、本培養に移したときの生細胞密度(VCD生存細胞密度。培養液の単位体積あたりに存在する生きた細胞の数を示し、増殖の状態を表す指標。詳しく →、生きている細胞の密度)と、目標の密度に届くまでの日数を確かめます。その日数が、N-1灌流で前倒しできる範囲の目安です。
- N-1で必要な密度:N-1と本培養の作動容量の比を調べ、目標の接種密度に掛けます。富化培地を使ったバッチ運転や流加運転のN-1で届く範囲なら、灌流を使わない選択肢が残ります。
- 細胞保持装置と灌流用の培地:必要な密度を何日保てるかで細胞保持装置を比べ、培地の量は細胞比灌流速度(CSPR)から見積もります(灌流速度・培地消費量の計算ツール)。
- 本培養の培地とフィード:接種密度を上げた条件で、基礎培地、フィード、温度シフト培養後半に温度を下げて増殖を抑え、産生や品質を稼ぐ操作。抗体培養で広く用いられる制御です。詳しく →の条件をあわせて見直します。
- 品質と変更の手続き:糖鎖と電荷異性体を含む品質特性を変更の前後で比べ、承認済みの製品なら変更管理工程・設備・手順などの変更を評価・承認し、品質への影響とともに記録する仕組み。詳しく →と同等性/同質性の評価を並行して進めます。
上の2つが決まらないうちは、装置を比べ始めても、どの性能が要るかが定まりません。
細胞保持装置の代表は、交互接線流ろ過(ATF)と接線流ろ過(TFF)膜面に液を平行に流し、小さな成分を透過させ、目的物を膜で保持して濃縮・バッファ交換する方式。です。どちらを選ぶかまで決める段になったら、N-1灌流のATF・TFFの選び方へ進んでください。
参考文献
- Xu J, Rehmann MS, Xu M, Zheng S, Hill C, He Q, Borys MC, Li ZJ. Development of an intensified fed-batch production platform with doubled titers using N-1 perfusion seed for cell culture manufacturing. Bioresources and Bioprocessing. 2020;7:17.(接種密度0.3〜1.5/3〜6/10〜20×10⁶ cells/mL の3段階、3株は2段階目との比較で力価約2倍・1株は1段階目との比較で3倍超、基礎培地52成分の組み替え、500 Lと1,000 Lでの工程内の品質の比較、灌流速度は静電容量プローブの生細胞密度に連動)
- Yongky A, Xu J, Tian J, Oliveira C, Zhao J, McFarland K, Borys MC, Li ZJ. Process intensification in fed-batch production bioreactors using non-perfusion seed cultures. mAbs. 2019;11(8):1502–1514.(培地を富化したバッチ運転または流加運転のN-1で最終生細胞密度22〜34×10⁶ cells/mL、接種密度3〜6×10⁶ cells/mLで、N-1灌流で接種した場合と同程度の力価と品質)
- Bielser JM, et al. Perfusion mammalian cell culture for recombinant protein manufacturing – A critical review. Biotechnol Adv. 2018;36(4):1328–1340.
- ICH Q5E製造工程の変更前後で製品が同等・比較可能かを評価する考え方を定めたガイドライン。詳しく →, Comparability of Biotechnological/Biological Products Subject to Changes in Their Manufacturing Process(Step 4、2004年11月)
- Repligen, XCell ATF Systems(製品情報)
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/n1-perfusion