遺伝子治療基礎知識・選び方

遺伝子治療ベクターの選び方とは?AAV・レンチ・アデノ・非ウイルス

遺伝子治療の開発で、いちばん早く決めなければならないのがベクターです。そして、いちばん後戻りしにくい決定でもあります。ベクターが変われば、細胞株も、精製樹脂も、品質試験も、非臨床の組み立ても全部変わる。プロセス開発に入ってから「この積み荷は入らない」と分かる事態だけは、なんとしても避けたいところです。

遺伝子治療ベクターの選び方とは?AAV・レンチ・アデノ・非ウイルス

核心は一点です。選択の大半は、二つの問いで片が付きます。運びたい遺伝子は何 kb か、そしてその細胞が分裂したあとも発現を続ける必要があるか。前者は搭載容量の問題であり、後者は染色体に組み込むかどうかという問題です。この二つで候補が絞られてから、免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →や製造の難度といった残りの軸を当てていくのが、実際の順序です。

この記事では、まず選択を決める軸を整理してから、AAV、レンチウイルス、γレトロウイルス分裂中の細胞にのみ遺伝子を組み込めるレトロウイルスベクター。安定産生株を作りやすい。詳しく →、アデノウイルスと非ウイルス系の順に、それぞれが得意な形と引き受ける代償を解説します。個別の製造工程についてはAAVの製造とレンチウイルスの製造にまとめてあります。最後に、選ぶ順序を並べます。

この記事の要点
  • 搭載容量と組み込みの要否という二つの問いで、候補はたいてい一つか二つに絞れます。
  • AAV は 4.7 kb の枠が外枠として先にあり、中和抗体を持つ患者は投与対象から外れます。
  • γレトロウイルスの挿入変異は SCID-X1 の試験で現実になり、ベクター設計そのものを変えました。

選択を決める軸 ― 何を先に置くか

軸は五つありますが、重みは同じではありません。

最初に効いてくるのが搭載容量です。運ぶ遺伝子が 4.7 kb に収まらなければ AAV は使えず、10 kb を超えるならレンチウイルス分裂していない細胞にも遺伝子を組み込めるレトロウイルスベクター。CAR-Tで広く使われる。詳しく →も厳しくなります。ここは交渉の余地がないので、真っ先に測ります。

次に来るのが組み込みの要否で、分裂する細胞に入れて、その娘細胞にも発現を続けさせたいなら、染色体に組み込むベクターが要ります。造血幹細胞血液細胞のもとになる幹細胞。採取して体外で遺伝子を編集し、体内に戻す治療に使う。詳しく →やT細胞がこれにあたります。逆に、肝細胞や網膜の細胞のようにほとんど分裂しない組織なら、組み込まずにエピソーム染色体に組み込まれず核内に環状で残るDNA。AAVの導入遺伝子はこの形で発現する。詳しく →として残る形で足ります。

三つ目が投与の形で、患者の体内に直接入れるのか、細胞を取り出して改変してから戻すのかを決めます。四つ目が免疫原性で、既存の中和抗体過去のウイルス感染などにより治療前からすでに体内に存在する中和抗体。詳しく →があるか、反復投与が必要かが効いてきます。そして五つ目が、製造の難度です。⁠この五つのうち、最初の二つで候補は一つか二つに絞れます。残りは絞った後の確認に使います。

AAV ― 4.7 kb と中和抗体

体内に直接入れる用途では、AAV遺伝子治療で遺伝子を運ぶウイルスベクター。血清型によって集まりやすい組織が異なる。詳しく → が主力です。

搭載容量はおおむね 4.7 kb で、プロモーターRNAポリメラーゼが結合して転写を開始するDNA上の特定の塩基配列領域。詳しく →も導入遺伝子ベクターで細胞に運んで働かせる目的の遺伝子。詳しく →も調節配列も、この枠に収めます。染色体には組み込まれず、エピソームとして核内に残るので、分裂しない細胞では長期の発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →が期待できます。逆に、分裂する細胞では希釈されて消えていきます。

血清型が組織への届き方を決めるので、取り込まれやすい組織は血清型ごとに違い、天然の型を使うか、指向性を狙って改変した工学的カプシドウイルスの遺伝物質を包むタンパク質の殻。AAVでは直径数十ナノメートルの正二十面体の構造をとる。詳しく →を起こすかの判断が入ります。ここで避けて通れないのが中和抗体ウイルスベクターのカプシドなどに結合し、細胞に届く前に働きを失わせる抗体。再投与の壁になる。詳しく →です。AAV は自然界に広く存在するため、成人の 30〜60% が何らかの血清型AAVのカプシドの種類による分類。組織指向性が異なり、狙う臓器や細胞に応じて選び分けられる。詳しく →に対する抗体を持っているとされます。抗体を持つ患者は投与対象から外れるので、開発の初期に対象集団がどれだけ削られるかを見積もる必要があります。

用量の桁も先に押さえておきます。承認品では体重あたり 10¹³ から 10¹⁴ の桁が要るので、この要求が産生規模と空実比の管理水準を直接に決めます。トランスフェクション培養細胞に外来の核酸を導入する操作。ウイルスベクターの一過性の産生などに用いられる。詳しく →試薬は Mirus Bio や Merck の製品が、精製は Thermo Fisher Scientific のアフィニティー樹脂が使われる構成が一般的です。

レンチウイルス ― 組み込む代わりに引き受けるもの

細胞を取り出して改変する用途では、レンチウイルスが標準です。

搭載容量は 8〜9 kb と AAV より広く、分裂していない細胞にも入ります。そして染色体に組み込まれるので、T細胞が増えても発現が続きます。CAR-T患者や健常ドナーのT細胞にCAR(キメラ抗原受容体)を導入し、がん細胞を攻撃させる細胞治療。詳しく → がこのベクターで作られてきたのは、この組み合わせが要件に合うからです。

組み込むということは、挿入の場所が問題になるということでもあります。だからベクターコピー数遺伝子・細胞治療で、細胞1個あたりに組み込まれたベクターの平均コピー数です。導入効率や安全性を見る指標です。詳しく →を測って 5 copies 未満に抑え、増殖能を持つウイルスが混入していないかを確かめる。複製能を持つレンチウイルスの試験では、培養上清の 5% か 300 mL のうち少ないほうを調べる、といった具体的な水準が示されています。

製造は四つのプラスミドを同時に入れる一過性トランスフェクションプラスミドを一時的に細胞へ導入してウイルスを産生させる方法。レンチ製造の主流。詳しく →が主流で、トランスフェクション試薬の選択が力価を大きく左右します。プラスミド大腸菌の中で複製・増幅させる環状DNA。核酸医薬やベクター製造の伝統的な出発材料。詳しく →は PlasmidFactory GmbH のような供給元から、受託製造製造をCDMOやCMOなど外部の製造所へ委託すること。委託しても品質への最終的な責任は委託者に残る。詳しく →は VIVEbiotech や Genezen のような専業の会社が担います。⁠組み込みは長期発現の対価として、挿入変異ベクターがゲノムに組み込まれる際、近くの遺伝子の働きを乱し発がんなどを招くリスク。詳しく →の評価と複製能ウイルスの試験を常に背負います。

POINT

レンチウイルスの製造は、4本のプラスミドすべてが同じ細胞に入ったときだけ粒子ができます。だから力価は試薬と細胞の状態に強く依存し、同じ手順でもロット間で桁が動くことがあります。臨床用の量を見積もるときは、開発段階の最良値ではなく、複数ロットの中央値で計画するほうが安全です。

γレトロウイルス ― SCID-X1 が残した教訓

レンチウイルスの前に使われていたのが、γレトロウイルスです。

違いは二つで、分裂している細胞にしか入らないことと、転写活性の高い遺伝子の近くに挿入されやすいことです。後者が現実の問題でした。X連鎖重症複合免疫不全症の遺伝子治療試験では、治療を受けた患者のうち複数人が白血病を発症しました。ベクターが LMO2 という原がん遺伝子本来は細胞増殖を促す正常遺伝子だが、活性化するとがん化のきっかけになりうる遺伝子。詳しく →の近くに挿入され、ベクター側の強いプロモーターがその遺伝子を活性化T細胞を抗原刺激や人工的な刺激試薬で活性化し、増殖・機能発揮できる状態に誘導する操作。詳しく →していた。

この経験から、ベクター設計が変わりました。両端の反復配列から転写活性を取り除いた自己不活性化型が標準になり、内部のプロモーターだけで発現を制御する形に変わりました。挿入部位の解析も、いまでは長期フォローアップ遺伝子治療後の有効性の持続と遅発性の安全性事象を把握するために行う長期間の経過観察。詳しく →の一部として組み込まれています。

γレトロウイルスはいまも使われていますが、当時のままの設計ではありません。挿入変異は理論上のリスクではなく、実際に起きたことです。

アデノウイルスと非ウイルス系

残りの選択肢は、性格がはっきり分かれています。

アデノウイルスは、搭載容量ベクターに載せられる遺伝子の最大サイズ。小さいと大きな遺伝子が収まらず、ベクター選択の制約になる。詳しく →が 8 kb 前後から、遺伝子をほとんど抜いた型なら 36 kb まで広がります。力価も高く出ますが、組み込まないので発現は一過性で、しかも免疫原性が強い。この性質はワクチンやがん治療では利点ですが、繰り返し投与して発現を維持したい用途には向きません。膀胱がん向けの製品では 75 mL を膀胱内に注入する形が取られています。

非ウイルス系は、さらに割り切った選択です。mRNA と脂質ナノ粒子の組み合わせは、核に入る必要がないぶん安全性の説明が軽くなる代わりに、発現は数日 で消えます。トランスポゾンゲノムを動き回る転移因子を応用し、ウイルスを使わず遺伝子を組み込む非ウイルス法。詳しく →を使えば 10 kb を超える積み荷でも組み込めますが、酵素とドナーDNAノックインの際に一緒に導入する、挿入したい配列の鋳型となるDNA。詳しく →を両方入れる必要があります。エレクトロポレーションでタンパク質と核酸の複合体を直接入れる方法は、ゲノム編集と組み合わせる場面で広く使われています。

選ぶ順序

ベクターを決めるとき、次の順で当てると迷いが減ります。

一番目は、積み荷の大きさを測ることです。 プロモーターと調節配列まで含めた全長が 4.7 kb に収まるか、8〜9 kb か、それ以上か。ここで AAV が落ちるかどうかが決まります。二番目に、組み込みが必要かを判断します。標的の細胞が分裂するか、分裂したあとも発現が要るか。造血幹細胞やT細胞なら組み込み型、肝細胞や網膜ならエピソームで足ります。

三番目が投与の形で、体内に直接入れるなら AAV かアデノウイルス、細胞を取り出して戻すならレンチウイルスか非ウイルス系、という分かれ方をします。四番目に、免疫の壁を確かめます。AAV なら中和低pH条件で溶出されたサンプルに緩衝液を加えてpHを中性付近に戻し、製品へのダメージを防ぐ操作。詳しく →抗体で対象がどれだけ削られるか、アデノウイルスなら反復投与ができるか。

最後に製造を見ます。必要な総量を用量と患者数から割り出し、それを作れる規模と受託先があるかを確かめる。⁠ベクターを決めてから作り方を考えるのではなく、作れる量から逆算してベクターを確かめる。この向きで見ておくと、開発の後半で詰まりません。

参考文献

ガイドライン・基準

  • ICH M4 / ICH Q5A(R2)細胞株由来のバイオ医薬品について、ウイルス安全性評価の枠組みを示すICHガイドライン。詳しく →「ウイルス安全性評価動物細胞由来製品で外来・内在のウイルスを検出・定量する重い試験群。詳しく →(バイオテクノロジー応用医薬品)」(複製能力ウイルス・外来性因子細胞や製品に意図せず混入しうるウイルスなどの汚染因子。特にMCBで重点的に評価する。詳しく →の評価に関する国際整合ガイドライン)
  • FDA Guidance for Industry「Chemistry, Manufacturing, and Control (CMC) Information for Human Gene Therapy Investigational New Drug Applications (INDs)」(2020)
  • FDA Guidance for Industry「Long Term Follow-up After Administration of Human Gene Therapy Products」(2020)
  • EMA「Guideline on the quality, non-clinical and clinical aspects of gene therapy medicinal products」(EMA/CAT)
  • ISSCR「Guidelines for Stem Cell Research and Clinical Translation」(国際幹細胞学会)
  • ISCT(International Society for Cell & Gene Therapy)細胞・遺伝子治療製品に関する各種ポジションステートメント
  • PMDA/厚生労働省「遺伝子治療用製品等の品質及び安全性の確保に関する指針」

主な文献

この記事に関連する工程

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、遺伝子治療に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。