挿入変異とは?遺伝子治療で白血病が起きた理由と挿入部位解析

治療は成功して、免疫の働きが戻った。その数年後に、患者が白血病になった。X連鎖重症複合免疫不全症(SCID-X1)の遺伝子治療の試験で、実際に起きたことです。γレトロウイルス分裂中の細胞にのみ遺伝子を組み込めるレトロウイルスベクター。安定産生株を作りやすい。詳しく →のベクターで治療した20人のうち5人が、T細胞性の急性リンパ性白血病を発症し、1人が亡くなりました。
原因は、ベクターが染色体に入った場所でした。遺伝子を染色体に組み込むタイプのベクターは、入る場所を選べません。入った場所の近くに細胞を増やす遺伝子があり、しかもベクターが強い転写の力を持ち込んでいると、その細胞は増えすぎる方向へ傾きます。これが挿入変異(insertional mutagenesisベクターがゲノムに組み込まれる際、近くの遺伝子の働きを乱し発がんなどを招くリスク。詳しく →)です。
その後の設計も、監視の枠組みも、投与後の追跡も、この経験から作り直されました。それでも、設計を改めたレンチウイルス分裂していない細胞にも遺伝子を組み込めるレトロウイルスベクター。CAR-Tで広く使われる。詳しく →の製品で、血液がんが報告されています。品質管理原料・資材・中間体・製品を規格に照らして試験し、使ってよいか、出荷してよいかの合否を決める仕事です。GMPでは製造部門から独立させます。詳しく →の担当には試験の組み方、開発や営業の担当には投与後の追跡にかかる期間と費用を見通す材料になる話です。
実際に起きたこと ― SCID-X1、CGD、Skysona
SCID-X1の試験では、γレトロウイルスで患者の造血幹細胞に遺伝子を入れ、免疫の回復という明確な効果が出ました。白血病は、そのあと数年を経て現れました。解析すると、多くの患者で、ベクターはLMO2という白血病に関わる原がん遺伝子本来は細胞増殖を促す正常遺伝子だが、活性化するとがん化のきっかけになりうる遺伝子。詳しく →(細胞を増やす方向に働く遺伝子)の近くに入っていました。ベクターが持つ強いエンハンサー(遺伝子の働きを強める配列)が、その遺伝子を過剰に動かしていたのです。ただし、挿入だけで白血病になったとは限らず、別の遺伝子の変異が重なっていた患者も報告されています。
慢性肉芽腫症(CGD)の試験でも、似た経過をたどりました。MDS1/EVI1という領域の近くにベクターが入ったクローンが増え、骨髄異形成症候群に進んだ患者が出ています。
「次世代のレンチウイルスなら安全」という見方は、2024年に揺らぎました。脳型の副腎白質ジストロフィー向けのSkysonaを投与された67人のうち7人に血液がんが出たことを、Duncanらが New England Journal of Medicine に報告しています。データのあった6人のうち5人で、増えたクローンのベクターはMECOM-EVI1という遺伝子の領域に入っていました。残る1人はPRDM16でした。多くの患者で、KRASなどの別の遺伝子変異も重なっていました。Skysonaの血液がんは、その後も増え、2025年7月には試験参加者67人のうち10人になっています。
ここに、結果の読み方の手がかりがあります。危険な遺伝子の近くに入ったという事実だけでは、がんになるとは言えません。発症した人では、特定のクローンが増え、そこに別の変異が重なっていました。
効果が出たからこそ、その細胞が長く体内に残り、時間をかけて異常が表に出ました。短い試験では見えない種類のリスクです。
壊れ方と入る場所 ― 隣の遺伝子を動かす経路がいちばん危ない
挿入変異の壊れ方は、大きく三通りあります。
一つ目は、遺伝子の途中に入って、その働きを失わせる形です。がん抑制遺伝子に入れば、細胞は増殖の歯止めを一つ失います。ただし、ヒトの遺伝子は通常2コピーあり、片方が壊れても、もう片方が働くので、これだけで細胞が増えるとは限りません。二つ目は、近くの遺伝子を活性化する形で、SCID-X1もSkysonaも、この経路が疑われています。ベクターが強いエンハンサーやプロモーターRNAポリメラーゼが結合して転写を開始するDNA上の特定の塩基配列領域。詳しく →を持っていると、近くの原がん遺伝子の働きが引き上げられます。三つ目は、遺伝子の途中で転写が打ち切られ、本来より短い産物ができる形です。
三つのうち、いちばん危ないのは二つ目です。ベクターが自前で持ち込んだ活性が、隣の遺伝子まで届くからです。
入りやすい場所は、ベクターの種類で違います。γレトロウイルスは、遺伝子のスイッチが置かれた転写開始点の周辺を好みます。強いエンハンサーを持ったベクターが、スイッチの真横に座る形で、いちばん悪い組み合わせです。レンチウイルスは、活発に読まれている遺伝子の本体の中に入りやすく、転写開始点は避ける傾向があります。MECOMに入った人が多かったことも、この性質と合っています。AAVは、ほとんど組み込まれず、核の中に環状のまま残ります(エピソーム染色体に組み込まれず核内に環状で残るDNA。AAVの導入遺伝子はこの形で発現する。詳しく →)。ただし、組み込みが完全にゼロとは言えません。
設計で減らす ― SIN、プロモーター、インスレーター、VCN
事故のあと、ベクターの設計が変わりました。
最も大きいのが、自己不活性化型、いわゆるSIN設計です。ベクターの両端にある長末端反復(LTR)からエンハンサーとプロモーターの配列を削り、組み込まれたあとは転写の力を持たない形にします。導入遺伝子ベクターで細胞に運んで働かせる目的の遺伝子。詳しく →は、内部に置いた別のプロモーターで動かします。LTRレトロ/レンチウイルスのゲノム両端にある反復配列。転写を駆動し、SIN設計で改変される。詳しく →のエンハンサーが隣の遺伝子を動かす経路を断てるので、リスクは下がると考えられています。ただし、Skysonaの例が示すように、ゼロにはなりません。
内部プロモーターの選び方も効きます。ウイルス由来の強いプロモーターより、細胞由来で生理的な強さのものを使うほうが、周囲への影響は小さくなると考えられています。標的の細胞でだけ働く組織特異的なプロモーターなら、さらに範囲を絞れます。エンハンサーの作用を遮る配列(インスレーター)をベクターの両端に置く設計もありますが、ベクターに積める配列の量を圧迫し、力価が下がることがあります。採用するかどうかは、安全性と製造性の兼ね合いです。
もう一つ、細胞あたりの挿入の数を表すVCN(ベクターコピー数遺伝子・細胞治療で、細胞1個あたりに組み込まれたベクターの平均コピー数です。導入効率や安全性を見る指標です。詳しく →)も効きます。1個の細胞への挿入が多いほど、危険な場所に入る機会も増えるからです。上限として5前後の数字がよく引かれますが、一律に定められた数字ではなく、製品ごとに根拠をもって置くものです。効果に必要な量を確保できる、最小限のコピー数を狙うのが基本です。規格書の読み方はCAR-TのVCNに書きました。
標的の細胞が何かでも、評価の重さは変わります。造血幹細胞血液細胞のもとになる幹細胞。採取して体外で遺伝子を編集し、体内に戻す治療に使う。詳しく →のように、長く生きて増え続ける細胞では、挿入された変化が何年もかけて積み上がります。寿命の限られた分化済みの細胞では、同じベクターでもリスクの現れ方が違います。標的の細胞を抜きにして、ベクターだけのリスクは論じられません。
挿入部位解析の結果を読む ― 数ではなく、増え方を見る
挿入部位解析は、ベクターが染色体のどこに入ったかを、一つひとつ読む試験です。ゲノムを細かく切り、ベクターとゲノムの継ぎ目だけを増やして、次世代シーケンサー膨大な数の断片を並列に読み取り、ゲノムや遺伝子の配列を大量・高速に解読する手法です。変異や混入配列の網羅的な確認に使います。詳しく →(NGS)で読みます。初期の手法は、制限酵素DNAの特定の塩基配列を認識して切る酵素です。クローニングやベクター作製でDNAを狙った位置で切るために使います。詳しく →でゲノムを切ってから増やしていました。切れ目の分布によって、検出に偏りが出ます。いまは、ゲノムをランダムに断片化する方法が主流で、偏りが小さく、断片の長さの違いから、もとのクローンの数も見積もれます。
結果は、3つの角度から読みます。入った場所の分布が、多数のクローンに散らばっているか。ひとつのクローンが、全体に占める割合を増やし続けていないか。そのクローンの挿入部位は、がんに関わる遺伝子の近くか。Skysonaの経験が教えるのは、3つ目だけでは足りず、2つ目が決め手になることです。同じ人の検体を時間を追って比べ、同じクローンが大きくなっていくかを見ます。どれだけ占めたら優占とみなすかの線は、試験の計画の段階で、あらかじめ決めておきます。
見張る頻度は、製品の添付文書に書かれています。Skysonaは、血球数を少なくとも3か月ごとに、特定のクローンが増えていないかを1年目に2回以上、その後は毎年調べるよう求めています。Lyfgeniaは、挿入部位の解析を6か月目と12か月目などに行います。FDAは2020年1月に、遺伝子治療製品の投与後の長期フォローアップ遺伝子治療後の有効性の持続と遅発性の安全性事象を把握するために行う長期間の経過観察。詳しく →(追跡)の考え方をまとめたガイダンスを出しており、組み込み型のベクターを使った製品は、長く追うことが求められます。
低い割合のクローンを見つけるには、十分な量のDNAが要ります。検体をいつ、どれだけ確保するかを、投与のあとで考えても遅いのです。挿入部位解析ベクターがゲノムのどこに組み込まれたかを調べる解析。挿入変異リスクの評価に使う。詳しく →は、製造のときの品質試験ではなく、投与後に何年も続く監視の道具です。検体の確保まで、設計の段階で決めておきます。
明日から確かめられること ― 評価を組む順番
標的の細胞、ベクター、投与後の監視の順に、次の点を当ててみてください。
- 標的の細胞は、長く生きて増え続ける細胞(造血幹細胞など)か。そうなら、評価は重くなる
- 組み込みが本当に必要か。必要なら、SINLTRから強いエンハンサーを除き、挿入変異のリスクを下げたウイルスベクターの設計。詳しく →設計か、内部プロモーターは標的の細胞で必要な強さに収まっているか
- VCNの上限は、どの資料を根拠に置いたか。規格は、集団の平均か、導入された細胞あたりか
- 非臨床で、ベクターの挿入プロファイル(どこに入りやすいか)を取っているか。生体内分布投与した薬が体内のどこにどれだけ届き、どれだけ留まるかを測る評価のこと。詳しく →のデータとあわせて読めるか
- 投与後の解析を、いつ、誰が、どの検体で行うか。優占とみなす線と、そのときの対応は決まっているか
- 追跡の期間と費用が、事業計画に入っているか
装置と試薬は、次世代シーケンサー(NGS)とデジタルPCRの各ページで比べられます。
次の疑問に応える記事も用意しています。VCNの読み方はCAR-TのVCN、増殖できるウイルスが混ざっていないかは複製可能ウイルス試験、投与後の追跡の実際は遺伝子治療の長期フォローアップです。HSC治療の製造全体は遺伝子改変HSC治療の製造工程、ベクターの違いはCAR-Tのレンチウイルス/レトロウイルスベクター、編集で起きる意図しない切断の探し方はCRISPRのオフターゲット検出で読めます。
参考文献
- Duncan CN, et al. Hematologic Cancer after Gene Therapy for Cerebral Adrenoleukodystrophy. N Engl J Med. 2024;391(14):1287-1301.(Skysonaの血液がん7例、挿入部位とクローンの解析)
- SKYSONA (elivaldogene autotemcel) Prescribing Information(血液がんのボックス警告、検査の頻度)と、FDA restricts Skysona use due to hematologic malignancy risk(2025年8月の改訂、67人中10人)
- LYFGENIA (lovotibeglogene autotemcel) Prescribing Information(挿入部位解析の時期)
- Hacein-Bey-Abina S, et al. Insertional oncogenesis in 4 patients after retrovirus-mediated gene therapy of SCID-X1. J Clin Invest. 2008;118(9):3132-3142.(フランスの試験での白血病、LMO2)。試験全体の20人中5人は、Gene Therapy for SCID-X1 May Successfully Reset Immune System(学会報告の記事)による
- Ott MG, et al. Correction of X-linked chronic granulomatous disease by gene therapy, augmented by insertional activation of MDS1-EVI1, PRDM16 or SETBP1. Nat Med. 2006;12(4):401-409.
- FDA, Long Term Follow-Up After Administration of Human Gene Therapy Products: Guidance for Industry(2020年1月)
- EMA/CAT, Reflection paper on management of clinical risks deriving from insertional mutagenesis(EMA/CAT/190186/2012)
- ICH S12遺伝子治療製品の非臨床の組織分布評価の考え方を示すICHガイドライン。詳しく →, Nonclinical Biodistribution Considerations for Gene Therapy Products
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