エレクトロポレーションとは?細胞治療の非ウイルス導入の選び方

電気で細胞の膜に孔を開け、遺伝子を入れるエレクトロポレーション短い電気パルスで細胞膜に一時的な孔を開け、RNPなどを細胞内へ送り込む導入法。詳しく →(電気穿孔細胞に電気パルスをかけて一時的に膜に孔をあけ、遺伝子などを内部へ導入する非ウイルス法。詳しく →、electroporation)は、研究室の道具にとどまっていません。Vertex は2022年、MaxCyte のフロー式エレクトロポレーションを臨床と商用の両方で使う権利を、契約で得ました。この技術で開発された遺伝子編集治療 Casgevy は、2023年に承認されています。
ウイルスを使わない導入法は、ベクターを作る工程を丸ごと省けます。その代わり、膜に孔を開ける操作が細胞を傷め、生存率と導入効率の一方を上げれば、他方が下がります。ウイルスを使わなければ安全、とも限りません。トランスポゾンゲノムを動き回る転移因子を応用し、ウイルスを使わず遺伝子を組み込む非ウイルス法。詳しく →(染色体に遺伝子を組み込む酵素の仕組み)で導入したCAR-T患者や健常ドナーのT細胞にCAR(キメラ抗原受容体)を導入し、がん細胞を攻撃させる細胞治療。詳しく →細胞では、2021年に、10人のうち2人でCAR-T細胞由来のリンパ腫が報告されました。
製造なら条件出しとスケール、購買なら装置と使用権、品質保証なら管理する工程パラメータと安全性の試験が、導入方式の選び方で変わります。
非ウイルス法の位置づけ ― 省けるものと、残るもの
比べるのは効率ではなく、工程の全体です。
ウイルスベクター治療用の遺伝子を細胞へ運ぶために改変したウイルス。AAVやレンチウイルスが代表で、遺伝子・細胞治療に使う。詳しく →を使う場合、目的の配列を決めてから細胞に入れるまでに、プラスミド大腸菌の中で複製・増幅させる環状DNA。核酸医薬やベクター製造の伝統的な出発材料。詳しく →の構築、産生細胞への導入、粒子の回収と精製、力価の測定、複製能ウイルスの試験が挟まります。開発の初期でも数か月、臨床用ならさらに長くかかり、配列を一つ変えたいだけでも、ベクターを作り直すところから始まります(CAR-Tのベクター選択)。
エレクトロポレーションでは、この段が消えます。入れたいものを合成し、細胞と混ぜて電場をかけるだけです。候補を何通りも試す段階では、この速さが効きます。臨床用でも、ウイルス由来の不純物がないので、複製能ウイルスの試験は要りません。
その代わり、新しい管理対象が加わります。電場をかける装置と緩衝液、そして入れる核酸やタンパク質の品質です。GMPグレード医薬品の製造品質管理基準(GMP)に適合した製造管理と品質試験のもとで製造・出荷された試薬・原料の品質区分。詳しく →のmRNA、ガイドRNA標的配列を認識してCas9を目的の場所へ導くRNA。編集の宛先を決める部品。詳しく →、Cas9ガイドRNAと複合体を作り、指定された配列でDNA二本鎖を切断するヌクレアーゼ。詳しく →タンパク質をどこから調達するかは、ベクターの外注先を選ぶのと同じく、事業の速さと費用を左右します。
省けるのはベクターの製造であって、管理そのものではありません。
入れる分子の選び方 ― 持続時間から逆算
電場の中に細胞を置くと、膜の内外に電位差が生じ、それが一定を超えると、膜に一時的な孔が開きます。外の分子はそこから入り、電場を切れば膜は閉じますが、閉じるまでの間に細胞内の物質も漏れます。この傷みが、あとで生存率の問題として戻ってきます。
入れる分子によって、起きることが変わります。
mRNAは、細胞質細胞膜の内側のうち、核を除いた部分です。タンパク質の合成や多くの代謝反応がここで進みます。詳しく →で直ちに翻訳され、核に入る必要がありません。効率が高く、細胞への負担も比較的小さい一方で、数日で分解されます。編集酵素を短時間だけ働かせたいときに向きます。
RNP(ribonucleoprotein、Cas9タンパク質とガイドRNAをあらかじめ結合させた複合体)は、入れた直後から働き、短時間で分解されます。狙い以外の場所を切る機会が短くて済むので、ゲノム編集標的の遺伝子を狙って改変する技術。他家CAR-TでTCRを壊してGvHDを抑えるなどに使う。でよく使われる入れ方です(CRISPR細胞治療のRNP設計)。
DNAは、核まで届く必要があります。静止期の細胞では効率が落ち、裸のDNAは細胞内のセンサーに見つかって自然免疫を起こし、生存率を下げやすい性質があります。恒久的に発現させたいときは、CAR遺伝子を載せたDNAと、組み込み酵素(トランスポザーゼトランスポゾンのDNAを切り出して染色体へ組み込む働きをする酵素。遺伝子導入を担う。)をつくるDNAなどを一緒に入れて、染色体に組み込ませるトランスポゾン方式が使われます。
何を入れるかは、必要な持続時間から逆算します。一過性ならmRNAかRNP、出し続けるなら組み込みです。
組み込み型の注意 ― 10人中2人のリンパ腫
ウイルスを使わなくても、染色体に組み込む方式には、組み込みに固有の宿題が残ります。
2021年、Blood誌に、piggyBac(ピギーバック)というトランスポゾンで作ったCD19 CAR-T細胞を10人に投与した試験で、2人にCAR-T細胞由来のリンパ腫が出たという報告が載りました(Bishop et al.)。1人は後腹膜に大きくなる腫瘍が見つかり、もう1人は症状のないうちに、スクリーニングで見つかりました。2人のうち1人は、その後に亡くなっています。同じ号の解析(Micklethwaite et al.)では、最初のリンパ腫で導入遺伝子のコピー数が高いことが目立ち、典型的ながん遺伝子本来は細胞増殖を促す正常遺伝子だが、活性化するとがん化のきっかけになりうる遺伝子。詳しく →への挿入は見つかりませんでした。
この報告のあと、報告した研究者の施設では、piggyBacを使うCAR-Tの試験への患者の登録を自主的に止めました。
組み込み型を選ぶなら、挿入部位の解析に加えて、細胞あたりのコピー数を測って管理する項目に入れます(CAR-TのVCN測定)。
ウイルスを使わないことと、組み込みの危険がないことは別です。組み込み型では、コピー数と挿入部位を管理項目品質に影響しうる要素を、規格や手順で規定し・実行し・記録し・検証する対象として管理するもの。GMPでは原材料から出荷判定まで多岐にわたります。詳しく →に入れます。
装置の選び方 ― 生存率・スケール・使用権
電場を強めれば孔は多く開き、入る分子も増えます。同時に膜の損傷も大きくなり、細胞が死にます。両方が同じつまみで動くので、片方だけを最大化できません。
見落としやすいのは、生き残った細胞の状態です。死ななかったからといって、元どおりとは限りません。ストレス応答が立ち上がり、増殖が遅れ、分化の状態が変わることがあります。T細胞では、投与後の増殖や持続性に響きます。だから導入条件は、直後の生存率細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。詳しく →や導入効率ではなく、その後に増えて機能する細胞の数で比べます(T細胞の活性化と拡大培養)。
装置は、処理の形で大きく二つに分かれます。キュベットや専用チップに少量ずつ入れる方式には、Lonza の Nucleofector、Thermo Fisher Scientific の Neon、Bio-Rad の Gene Pulser などがあり、細胞種ごとの推奨条件が用意されています。もう一つが、MaxCyte のように細胞を流路に流し続ける連続フロー方式です。分かれ目は、臨床で必要な量を一度に処理できるかどうかです。
理由は電場の均一さにあります。小さなキュベットでは電極間の距離が短く、電場はほぼ一様です。容器を大きくすると、電極に近い場所と遠い場所で電場の強さが変わり、細胞ごとに受ける刺激がばらつきます。電流が流れれば熱も出て、大きな容器ほど熱が逃げにくくなります。実験台の条件をそのまま大きくできる装置は少ないので、最終的に使う方式で条件を出し直す前提で計画します。開発の途中で装置を替えれば、条件だけでなく、細胞の同等性も確かめ直しです(自家細胞治療の同等性評価)。
費用も、装置代だけでは済まない場合があります。Vertex と MaxCyte の契約は、臨床と商用で技術を使う権利を結ぶ戦略的プラットフォームライセンスで、MaxCyte は使用料と、プログラムに応じた収入を得ます。装置を選ぶ時点で、臨床と商用での使用権、費用の条件を確かめておきます。
スケールで保つべきなのは電圧ではなく、細胞が受ける電場と熱です。装置は、最終製造の方式で条件が出せるかで選びます。
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ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- MaxCyte, MaxCyte Signs Strategic Platform License with Vertex Pharmaceuticals to Advance CRISPR/Cas9-based Gene-editing Program(2022年9月。臨床・商用の使用権とライセンス料)
- GEN, On the Charge: MaxCyte Celebrates Role in Sickle Cell Therapy Breakthrough(Casgevy の開発とMaxCyteの技術)
- Bishop DC, et al. Development of CAR特定の抗原を認識するよう設計し、細胞に導入して指向性を与える人工の受容体。詳しく → T-cell lymphoma in 2 of 10 patients effectively treated with piggyBac-modified CD19 CAR T cells. Blood. 2021;138(16):1504-1509. DOI: 10.1182/blood.2021010813.
- Micklethwaite KP, et al. Investigation of product-derived lymphoma following infusion of piggyBac-modified CD19 chimeric antigen receptor T cells. Blood. 2021;138(16):1391-1405.
- The Past, Present, and Future of Non-Viral CAR T Cells(非ウイルスCAR-Tの総説。トランスポゾン方式の構成)
- FDA ガイダンス:Considerations for the Development of Chimeric Antigen Receptor (CAR) T Cell Products(2024年1月)
- FDA ガイダンス:Human Gene Therapy Products Incorporating Human Genome Editing
- ICH Q9リスクに基づいて品質を判断する、品質リスクマネジメントの考え方を示すICHのガイドライン。詳しく →(R1):品質リスクマネジメント
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Proglenth(proglenth.com) https://www.proglenth.com/article/electroporation-nonviral-cell-engineering