論理ゲート型CARとは?2つの抗原で標的を見分ける設計
論理ゲート型CAR特定の抗原を認識するよう設計し、細胞に導入して指向性を与える人工の受容体。とは、複数の抗原の組み合わせで攻撃するかどうかを決めるCAR-T患者や健常ドナーのT細胞にCAR(キメラ抗原受容体)を導入し、がん細胞を攻撃させる細胞治療。の設計です。抗原Aと抗原Bの両方があるときだけ働く(AND)、どちらかがあれば働く(OR)、抗原Cがあるときは働かない(NOT)といった形があります。
背景にあるのは、単一の抗原ではがん細胞と正常細胞を十分に区別できないという問題です。CD19のようにB細胞ごと失っても許容できる標的は例外的で、多くの固形がんでは、狙いたい抗原が正常組織にもあります。

- ANDゲートは、抗原Aの認識でCARの発現を誘導し、抗原BをそのCARが攻撃する形が代表的です。
- スイッチが切れているはずの状態でCARが少し出る「漏れ」があると、ANDがORに近づきます。
- 回路が複雑になるほど、規格として押さえる項目が増えます。
単一抗原では分けきれない
CAR-Tの副作用の多くは、標的にした抗原が正常組織にもあることから来ます。標的への親和性抗体が抗原に結合する強さ。解離定数などで表し、値が小さいほど強く結合することを示す。を上げるほど、正常組織への攻撃も強くなります。
抗原ひとつで見分けようとする限り、この問題は消えません。がんに特異的な抗原がそもそも少ないからです。そこで、判定に使う情報を増やす方向が出てきます。
ANDゲートの作り方
代表的なのはsynNotchを使う構成です。synNotchは、抗原Aを認識すると細胞内の断片が切り離されて核へ移り、転写を起こす人工の受容体です。その下流に、抗原Bに対するCARの遺伝子を置きます。
- 抗原Aだけの細胞:synNotchは働くがCARの標的がない
- 抗原Bだけの細胞:CARが発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。していないので攻撃しない
- 抗原AとBの両方:synNotchでCARが誘導され、攻撃する
この構成では、T細胞が標的の近くに来て初めて武装することになります。全身を巡っている間はCARを持たないので、離れた組織への影響も抑えられる、という理屈です。
別の作り方として、CARの細胞内シグナルを2つに分けて、片方の抗原でCD3ζ、もう片方で共刺激を入れる構成もあります。どちらか一方では十分に活性化T細胞を抗原刺激や人工的な刺激試薬で活性化し、増殖・機能発揮できる状態に誘導する操作。しない、という形でANDを作ります。
「漏れ」がANDをORに近づける
実装で問題になるのが、スイッチが切れているはずの状態でもCARが少し出てしまうことです。基底発現、あるいは漏れ(leakiness)と呼ばれます。
わずかでもCARが出ていれば、抗原Bを持つだけの細胞を攻撃しうる。結果として、AND(かつ)がOR(または)に近づきます。
やっかいなのは、この影響が状況によって強まることです。
- CARの効き目が高いほど、漏れが効く。わずかな発現量細胞が目的のタンパク質を作る量。低いと必要量の確保に手間がかかり、製造コストが上がる。でも殺傷が成立してしまうためです
- エフェクター細胞の数が多いほど、漏れが効く。低い確率の事象も、数が積み上がれば起きます
特異性分析法において、共存する不純物・分解物・添加剤などが存在しても目的成分だけを正確に測定できる能力。を上げる設計と効き目を上げる設計が、ここでぶつかります。また、回路をそのままにして投与量で回避するのも難しい、ということになります。
漏れを減らす手立ては、転写を抑える方向と、出てしまったものを減らす方向の2つです。後者では、分解系に送る配列(デグロン)や細胞内へ引き込む信号をCARのC末端に付ける、といった方法が試されています。
密度で分けるという別の解
論理ゲートとは別に、抗原の「量」で分けるという考え方もあります。がん細胞では正常細胞より抗原の密度が高いことが多いので、一定量を超えたときだけ活性化するように設計する方向です。
CARの親和性をあえて下げると、抗原が少ない細胞には反応せず、密度の高い細胞にだけ反応するようになります。抗原そのものは共通でも、閾値で分けられる場合があります。
論理ゲートが「種類で分ける」なら、こちらは「量で分ける」。どちらが適切かは標的の性質によります。
製造で増えること
回路が複雑になると、細胞に入れる遺伝子の量と種類が増えます。
- 導入する配列が長くなり、レンチウイルスベクターに収まるかが制約になります
- 複数のベクターを使うなら、両方が入った細胞の割合が問題になります
- ベクターコピー数は安全性の指標であると同時に、漏れの量に効く変数にもなります
コピー数が多いほど基底発現も増えるので、規格の意味が変わります。「安全性のために低く抑える」だけでなく、「特異性のために低く抑える」理由が加わるということです。
品質管理で増えること
細胞治療の重要品質特性は、単一抗原のCAR-Tより複雑になります。
- CARの発現量:総量ではなく、誘導前後の比が特性になります
- 力価試験:単一の殺傷アッセイでは足りません。抗原Aのみ、Bのみ、両方、いずれもなし——という条件を揃えた試験が要ります
- ロット間の比較:漏れの程度が揃うかどうかも見る必要があります
- 応答の速さ:誘導には時間がかかるため、その時間も特性になりえます
工程の複雑さは、たいてい試験の複雑さとして返ってきます。設計の自由度が上がるほど、規格で押さえる軸が増えるという関係です。
どこまで作り込むか
論理ゲートは、副作用を抑えるための設計です。ただし、回路が増えるほど、うまく動かない場所も増えます。
- 誘導に時間がかかると、標的から離れる前に武装できない可能性があります
- 回路を組み込んだ細胞は、増殖や持続性で不利になることがあります
- 自家か他家かによっても、許容できる複雑さは変わります
実装が進んでいるのは、まだ限られた標的の組み合わせです。CRISPRを使った細胞治療や低免疫原性化と同じで、設計でできることと、製品として管理できることの間にある差が、当面の課題になります。
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