遺伝子治療の品質管理とは?力価・空実比・複製可能ウイルス・残存DNA
遺伝子治療の規格を組むときに最初に困るのは、同じ「力価」という言葉が二つの別の量を指していることです。ベクターゲノムの数と、実際に感染できる粒子の数。前者は核酸を数え、後者は細胞の反応を数えています。どちらも力価と呼ばれ、桁が二つ三つ違います。資料に「力価」とだけ書かれていたら、まずどちらのことかを確かめる必要があります。

核心は一点で、この領域の品質管理は測定値そのものより、その値がどの方法で出たかとセットでしか意味を持ちません。空カプシドの割合は測り方で変わり、ポテンシーの定義は製品ごとに違い、複製可能ウイルスウイルスベクター製品に、増殖する能力を持つウイルスが生じていないか調べる安全性試験です。混入がないことを確認します。詳しく →の試験量は製造規模のどこかで頭打ちです。数字を比べる前に、条件を揃える作業が要る。他社の値や文献の値をそのまま自社の規格へ持ち込めないのは、このためです。
本稿では、量を測る二つの単位から始めて、空実比の測り方の違い、複製可能ウイルスの試験量、工程由来の不純物、ベクターコピー数遺伝子・細胞治療で、細胞1個あたりに組み込まれたベクターの平均コピー数です。導入効率や安全性を見る指標です。詳しく →、ポテンシーの考え方が変わったこと、そして in vivo生きた動物の体内で試験を行うこと。物質が吸収・代謝を受けた実際の状態での影響を見られる。詳しく → と ex vivo患者やドナーから取り出した細胞を体外(生体外)で操作すること。編集や加工の後に体内へ戻す。詳しく → で重心がどう移るのかを整理します。最後に、決める順番を並べます。数値はベクターと製品で動きますが、条件とセットで読むという作法は共通です。
- 力価にはベクターゲノム数と感染単位の二つがあり、その比が製造の質を映します。
- 空実比は分析超遠心・陰イオン交換・質量分析で値が食い違うので、方法を固定して比べます。
- FDAは2023年12月28日に、ポテンシーを試験ではなく保証戦略として組む指針案を出しました。
量を測る二つの単位 ― vgとIU
まず、力価という言葉を分けます。
ベクターゲノム力価AAVベクター液1mLあたりに含まれるベクターゲノムの数です。投与量を決める基本となる力価の指標です。詳しく →は、液中にベクターのゲノムが何本あるかです。qPCR核酸を増幅しながら蛍光の増え方を追い、標的DNA・RNAの量を測る装置です。増幅の立ち上がりの早さから濃度を求めます。詳しく → かデジタルPCRで測り、単位は vg/mL。デジタルPCR反応液を無数の微小区画に分けて増幅し、陽性区画の数から核酸の量を絶対値で数える装置です。ごく微量の検出や定量に強みがあります。詳しく →は標準曲線既知濃度の標準物質を段階希釈して得た濃度とシグナルの関係曲線で、未知試料の濃度を逆算するために用いる。詳しく →を使わずに絶対定量標準曲線を参照せずに、試料中のターゲット分子の実際のコピー数を直接算出する定量方法。詳しく →できるので、この領域では主力になりました。Bio-Rad や Thermo Fisher Scientific、Stilla Technologies の装置が使われます。
感染価は、実際に細胞へ入って機能する粒子が何個あるかです。培養細胞に感染させ、発現やゲノムの取り込みから算出します。単位は IU/mL や TU/mLベクターが実際に細胞へ入り遺伝子を発現させられる、機能を持つ粒子の数を測る指標。ゲノム力価との比が質の目安になる。詳しく →。
この二つの比が、製造の質を映します。ゲノムはあるのに感染しない粒子が多ければ、比は大きくなる。工程の各段でこの比を取っておくと、どこで壊れたかが特定できます。AAVの力価・感染価測定やp24 ELISAは、この二つを別々に押さえるための道具です。
カプシドの数を測る方法もあり、AAV なら ELISA、レンチウイルス分裂していない細胞にも遺伝子を組み込めるレトロウイルスベクター。CAR-Tで広く使われる。詳しく →なら p24 の ELISA抗原と抗体の結合を酵素反応による発色などで検出し、目的の物質の有無や量を測る手法です。不純物や力価の測定に広く使われます。詳しく → が使われます。カプシドウイルスの遺伝物質を包むタンパク質の殻。AAVでは直径数十ナノメートルの正二十面体の構造をとる。詳しく →数とゲノム数の比が、次の節の空実比全カプシドのうちゲノムを積んだ実カプシドが占める割合。投与量設計や安全性に直結する重要な品質指標となる。詳しく →です。 力価という一語で会話すると、桁の違う三つの数字が混ざります。
空カプシド ― 測り方で値が変わる
AAV遺伝子治療で遺伝子を運ぶウイルスベクター。血清型によって集まりやすい組織が異なる。詳しく → に固有の論点が、ゲノムを積んでいないカプシドの割合です。
空カプシドゲノムを内包しないAAVの殻。治療効果に寄与せず、必要な量を届けるための総投与カプシド量を押し上げる不純物として扱われる。詳しく →は治療効果に寄与しない一方、免疫系には認識されます。投与する粒子の総数が増えれば、それだけ負荷が増える。だから実カプシド治療遺伝子のゲノムを内部に積んだAAVの粒子。細胞に運ばれ核内でゲノムを放出して治療効果を生む目的物にあたる。詳しく →の割合が規格に入ります。
測り方が複数あり、これが厄介です。分析超遠心は沈降係数の差で空と実を分け、Beckman Coulter の装置が標準的に使われます。陰イオン交換のHPLCは、ゲノムの負電荷による保持の差で分ける。電荷検出質量分析個々のイオンの質量と電荷を同時に測る質量分析法です。ウイルスベクターのような大きく不均一な粒子の分析に向きます。詳しく →は個々の粒子の質量を直接読みます。ほかに透過型電子顕微鏡電子線を試料に透過させ、ウイルス粒子やカプシドの形・中身を高倍率で観察する顕微鏡です。ネガティブ染色で輪郭を際立たせて見ます。詳しく →で数える方法もあります。
問題は、同じ試料でも方法によって値が一致しないことです。原理が違うので、部分充填のカプシドの扱いも違う。分析超遠心では中間の画分として見えるものが、陰イオン交換正に帯電した担体に負電荷の物質を吸着させて分離する手法。フロースルーでDNAやウイルスを除くのに使う。詳しく →では実側に入ることもあります。
だから規格には、方法を明記します。「実カプシド 80% 以上」ではなく「分析超遠心遠心中の試料の沈み方を光で測り、分子の大きさや会合状態を調べる分析装置です。純度や凝集の評価に使います。詳しく →による実カプシド 80% 以上」と書く。 空実比は製品の性質ではなく、方法と製品の組み合わせに対して定義される値です。
工程開発の途中で空実比の測定法を変えると、過去のデータと接続できなくなります。方法を変えるなら、同じ試料を両方で測った突き合わせのデータを取っておく。これがないと、変更前の非臨床データと変更後の製造ロットを同じ土俵に載せられません。
複製可能ウイルス ― 試験量はどこで頭打ちか
安全性で最も重いのが、増殖能を持つウイルスの否定です。
呼び名はベクターで分かれます。アデノウイルスなら RCA、レトロウイルスなら RCR、レンチウイルスなら RCL。いずれも、ベクターと細胞株の配列が組み換わって増殖能を取り戻したウイルスを指します。
試験量には具体的な目安があります。FDAは2020年1月のガイダンスで、レトロウイルスベクター宿主ゲノムに組み込まれる遺伝子導入ウイルス。初期の治療で挿入変異による白血病が報告された。詳しく →製品について、粗上清の 5% または 300 mL の低いほうを試験するよう示しました。つまり製造規模が 6 L を超えると、試験量は 300 mL で頭打ちです。加えて製造終了時の細胞 1×10⁸個 を試験します。
アデノウイルスでは、3×10¹⁰粒子 あたり RCA が1個未満という推奨が示されています。こちらは粒子数あたりなので、投与量が大きい製品では絶対数に直した確認が要ります。
試験そのものは、許容細胞での増幅を経て検出する構成が一般的で、数週間かかります。複製可能ウイルス試験は外注されることも多く、そのリードタイムが出荷の日程に直接効きます。 試験量が製造規模に比例しないぶん、スケールアップ小型培養で確立した条件を、より大きなバイオリアクターへ拡大する取り組みです。酸素供給の指標kLaなどを揃え、性能を再現します。詳しく →の経済性はここで一段良くなります。
複製可能ウイルスの試験は数週間かかるので、出荷までの日程を決める側に回ります。外注する場合は、検体の受け渡しと結果の返却まで含めて日程に載せる。自家製品のように有効期間が短い場合は、この試験を出荷前に終えられるかどうかが、製品設計そのものに跳ね返ります。
工程由来の不純物 ― 残存DNAと宿主タンパク質
不純物の管理は、他のバイオ医薬と同じ枠組みです。
残存DNAは、宿主細胞のゲノムDNAと、一過性トランスフェクションプラスミドを一時的に細胞へ導入してウイルスを産生させる方法。レンチ製造の主流。詳しく →で使ったプラスミドDNA大腸菌の中で増やす環状DNA。細菌バックボーンや抗生物質耐性遺伝子、エンドトキシンを含む点が弱点。詳しく →の両方が対象です。WHO が示している目安は1回投与あたり 10 ng まで。総量に加えて断片の長さも評価し、200塩基対 を下回る水準へ断片化主鎖が切れて分子が分かれる劣化。低分子量体(LMW)として現れ、酸性側などで進みやすい。詳しく →しておく設計が取られます。測定は qPCR かデジタルPCRです。
宿主細胞タンパク質医薬品を作る宿主細胞に由来するタンパク質の不純物です。安全性に関わるため、精製後の残存量を測ります。詳しく →は ELISA で測ります。産生に使った細胞株ごとに抗体を用意する必要があり、HEK293ヒト胎児腎由来の細胞株。アデノウイルスのE1機能を持ち、AAV産生の三重トランスフェクションで広く使われる。詳しく → 用の系が一般的です。
工程で使った試薬も残ります。エンドヌクレアーゼ、トランスフェクション試薬、血清成分、ヌクレアーゼの阻害剤。それぞれに定量法と規格が要ります。ウイルス安全性の枠組みは ICH Q5A(R2)細胞株由来のバイオ医薬品について、ウイルス安全性評価の枠組みを示すICHガイドライン。詳しく → が、細胞基材は ICH Q5D生物薬品の製造に使う細胞基材の樹立と特性解析について定めた国際調和ガイドライン。詳しく → が受け持ちます。
そして無菌性、マイコプラズマ、エンドトキシン。 不純物の項目そのものは他のモダリティと共通で、違うのは測る対象が粒子と混ざっている点です。
ベクターコピー数 ― 効果と安全性の両方に効く
ex vivo 製品では、細胞側の指標が加わります。
ベクターコピー数は、遺伝子を導入した細胞1個のゲノムに、ベクターが何コピー入っているかです。qPCR かデジタルPCRで測ります。少なすぎれば効果が出ず、多すぎれば挿入変異のリスクが上がる。効果と安全性の両方に効く珍しい指標です。
上限には具体的な数字があります。FDAとEMAは、CAR-T製品についてゲノムあたり 5コピー 以下を求めています。CAR-Tの製造で扱っているとおり、これは規格として出荷判定に使われます。
測るのは最終製品だけではありません。導入の条件を決める工程開発の段階から追い、感染多重度とコピー数の関係を押さえておきます。ベクターコピー数の測定は、この工程の設計と出荷の両方で使われます。
上限と下限の両方が意味を持つ指標なので、規格は片側ではなく両側で置きます。
ポテンシー ― 「試験」から「保証戦略」へ
考え方が大きく変わったのが、ポテンシーです。
FDAは2023年12月28日に、細胞治療と遺伝子治療製品のポテンシー保証に関するガイダンス案を公表しました。2011年のポテンシー試験のガイダンスを置き換えるもので、意見公募は2024年3月27日に締め切られています。
変わったのは枠組みです。従来は出荷試験としてのポテンシー試験を中心に考えていたのに対し、案では「ポテンシー保証戦略」という多面的な組み立てを求めています。製造工程の設計、工程の管理、原材料の管理、工程内試験、そして出荷試験。これらを組み合わせてポテンシーを担保する、という発想です。
背景には、単一の生物活性試験で製品の効き目を代表させることの難しさがあります。作用機序が多面的な製品では、一つの試験が効果を代表しません。だからリスクに基づいて、複数の層で担保する。
実務への影響は大きい。ポテンシーが分析部門だけの課題ではなくなり、工程設計と原材料管理を含む横断の課題へ広がります。 ポテンシーの議論を分析法の選定から始めると、いまの枠組みでは出発点を外します。
in vivo と ex vivo で重心が変わる
同じ遺伝子治療でも、投与の仕方で重心が移ります。
体内へ直接入れる in vivo 製品、多くは AAV では、量と純度が中心です。ベクターゲノム力価、感染価、空実比、そして残存DNA。投与量が体重あたりで決まるので、Zolgensma の 1.1×10¹⁴ vg/kg のように、必要な総量が大きくなります。AAVの製造工程で扱っている工程の各段が、そのまま品質項目に対応します。
体外で細胞を改変する ex vivo 製品、CAR-T や造血幹細胞では、細胞側の指標が中心です。ベクターコピー数、導入効率、そして複製可能ウイルスの否定。ベクターそのものは原材料の位置づけで、最終製品は細胞です。だから細胞治療のCQAの枠組みも重なってきます。
有効期間も違います。in vivo 製品は凍結保存できる一方、ex vivo の自家製品は数日で投与する。試験の所要時間が出荷判定に直接効くのは後者です。
ベクターが製品なのか、細胞が製品なのか。ここで規格の主語が変わります。
決める順番
最後に、順番を並べます。
先に決まるのは、何が最終製品かです。ベクターそのものか、それを使って改変した細胞か。 主語が決まらないうちに規格の項目を並べても、どこまでが原材料の話かが混ざります。
次に、力価の定義を固定します。ベクターゲノム数か、感染単位か、カプシド数か。そして測定法。工程の各段で同じ定義で追えるようにしておくと、どこで失ったかが見えます。
そのうえで、方法に依存する項目を洗い出します。空実比が代表で、分析超遠心と陰イオン交換と質量分析では値が一致しません。 規格には数値だけでなく測定法を書き、方法を変えるときは突き合わせのデータを取ります。
最後に、ポテンシーを工程側まで含めて設計します。出荷試験だけで担保しようとせず、工程設計と原材料管理と工程内試験に分散させる。2023年の指針案が求めているのは、この組み立てです。
参考文献
- FDA, Potency Assurance for Cellular and Gene Therapy Products(Draft Guidance, 2023年12月28日)
- FDA, Testing of Retroviral Vector-Based Human Gene Therapy Products for Replication Competent Retrovirus During Product Manufacture and Patient Follow-up(2020年1月)
- ICH Q5A(R2), Viral Safety Evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell Lines of Human or Animal Origin
- ICH Q5D, Derivation and Characterisation of Cell Substrates Used for Production of Biotechnological/Biological Products
- ICH Q6B, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
- EMA, Guideline on the quality, non-clinical and clinical aspects of gene therapy medicinal products
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