低免疫原性(hypoimmune)細胞とは?他家細胞の拒絶を避ける仕組み

免疫抑制剤を使わずに、他人の細胞を移植して、14か月たった時点でも生きている。Sana Biotechnology が2026年3月に報告した、1型糖尿病の患者1人の結果です(スウェーデンのウプサラ大学病院での、医師主導の初めてのヒト試験)。移植されたのは、ドナーの膵島細胞に遺伝子編集を加えて、免疫から見つかりにくくした低免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →(hypoimmune)の細胞でした。移植した細胞が生きてインスリンを作っている目印(C-ペプチド)が、患者の血中で14か月後も確認されています。
他家(ドナー由来)の細胞は、患者の免疫に異物として攻撃されます。免疫抑制薬剤や疾患などによって免疫系の応答能力が低下し、感染症やがんへの抵抗力が弱まった状態。詳しく →剤で抑える方法もありますが、感染症などの負担が大きいため、細胞の側を編集して攻撃されにくくする開発が進んでいます。この編集を見るとき、遺伝子をいくつ変えたかに目が行きがちです。しかし、安全性と品質を左右するのは個数より、DNAの二本鎖を切る方式か切らない方式かと、狙った編集がそろって入った細胞の割合の二つです。
品質保証なら均一性の規格と残存細胞の評価、購買や受託先の選定なら編集の方式と分析の体制、製造なら編集後の濃縮・精製の工程が論点です。営業の立場でも、顧客の細胞の種類を聞けば、必要な拒絶回避の経路は絞れます。
拒絶は二方向から来る ― T細胞とNK細胞
他家細胞への免疫反応は、大きく二つに分かれます。宿主の免疫が細胞を攻撃する拒絶と、細胞に混じったドナー由来のT細胞が患者の組織を攻撃するGvHD(移植片対宿主病投与したドナー細胞が患者の体を攻撃する反応。他家細胞治療で避けるべき有害事象。詳しく →)です。低免疫原性の編集が主に狙うのは前者です。
拒絶を担う免疫細胞は二種類あり、動き方が逆です。T細胞は、細胞の表面に出ているHLA細胞表面にあり自己と非自己を見分けるヒトの主要な組織適合抗原。他家では不一致が拒絶の原因になる。詳しく →(ヒト白血球抗原、細胞の身分証にあたる分子)を見て、知らない身分証を持つ細胞を攻撃します。NK細胞は反対に、自分と同じ身分証を出していない細胞を攻撃します。これを missing self(自己の欠如)の認識といいます。
身分証を消せば、T細胞の検問は通れますが、NK細胞の検問で止まります。対策の向きが逆なので、片側だけを解決しても拒絶は避けられません。
HLAを下げる編集は、それ単独では拒絶の片側にしか効きません。T細胞とNK細胞の両方を同時に抑える設計が要ります。
編集セットの中身 ― 消すもの、足すもの
拒絶回避の編集は、消す編集と足す編集の組み合わせです。
| 編集 | 何をするか | 狙い | 代償・注意 |
|---|---|---|---|
| B2M を消す | HLAクラスIを表面に出せなくする | T細胞(CD8陽性)の認識を避ける | NK細胞の「自己」確認も外れる |
| CIITA を消す | HLAクラスII抗原提示細胞がペプチドを載せてヘルパーT細胞へ提示する分子。ヒトではHLAクラスIIと呼ばれる。詳しく →の発現を止める | CD4陽性T細胞の認識を避ける | クラスIの対策(B2M)と組み合わせて使う |
| HLA-E を足す | NK細胞の抑制受容体(NKG2A/CD94)にブレーキをかける | NK細胞の攻撃を抑える | 発現が弱いと排除される。古典的なHLAに近い分子を出しすぎるとT細胞の標的が復活する |
| CD47 を増やす | マクロファージのSIRPαに「食べるな」の信号を送る | マクロファージによる排除を避ける | T細胞やNK細胞への対策は別に要る |
| TRAC を消す | T細胞受容体(TCR)T細胞が抗原を認識する受容体。他家CAR-Tではこれを壊してGvHDを防ぐ設計がある。詳しく →をなくす | GvHDを避ける(他家CAR-T患者や健常ドナーのT細胞にCAR(キメラ抗原受容体)を導入し、がん細胞を攻撃させる細胞治療。詳しく →の場合) | TCRが残った細胞はGvHD投与した他家T細胞が患者の正常組織を攻撃する反応。他家細胞治療で重大なリスクになる。の原因になる |
B2M は、HLAクラスI自己を示す細胞表面分子で、NK細胞はこれを抑制シグナルとして読み取って働く。の重鎖が表面に出るために必要な部品です。ここを消せば多様なHLAの型をまとめて落とせるので、多くのプログラムが編集の土台に置いています。Sana の HIP(hypoimmune)は、B2M と CIITA の除去に CD47 の過剰発現を組み合わせた設計です。同社は2023年に Nature Biotechnology で、免疫抑制剤を使っていないアカゲザルで、編集した細胞が長期に生き残ったと報告しました。
必要な編集の組み合わせは、細胞の種類で変わります。ドナー由来のT細胞を含む他家CAR-Tなら拒絶とGvHDの両方の対策が要りますが、NK細胞や膵島細胞のように、T細胞受容体T細胞が抗原を認識する受容体。細胞治療で改変の対象になる。詳しく →を持たない細胞では、TRAC の編集は要りません。
拒絶を避ける編集の組み合わせは、細胞の種類から決めます。個数を競うものではありません。
編集の個数では強さが分からない ― 切る方式と均一性
編集セットを比べるとき、真っ先に目に入るのは個数です。Century Therapeutics の CNTY-101(iPS細胞体細胞を初期化して作る多能性幹細胞。同一株から繰り返し分化・製造でき均質性を高めやすい。詳しく →から作る CAR-NK 細胞)は、6か所を編集した細胞です。この「6」は、拒絶回避の強さを表す数字ではありません。
1つめの軸は、DNAの二本鎖を切るかどうかです。CRISPR-Cas9 などのヌクレアーゼで複数の遺伝子を同時に編集すると、切った場所どうしが誤ってつながる染色体転座が起こりえます。切る場所が増えるほど、その機会も増えます。塩基編集は、二本鎖を切らずに塩基を一つ書き換える方式で、この切断を避けられます。ただし、切らない方式なら評価が要らないわけではありません。Beam Therapeutics の BEAM-201(塩基編集で4つの遺伝子を編集した他家CAR-T)は、2022年、治験を始める前に米FDAから臨床試験の一時停止を受け、ゲノムの再配列(転座など)を調べた対照データと、オフターゲット意図した標的以外の似た配列に結合・作用してしまうこと。核酸医薬の毒性や副作用の一因。詳しく →編集の追加の解析を求められました。のちに停止は解除されて治験が認められましたが、Beam はその後、CAR-Tの優先順位を下げ、BEAM-201 は提携先を探す方針に切り替えています。
2つめの軸は、均一性です。複数の編集がすべて入った細胞が、集団の何割を占めるか。多重編集複数のgRNAで複数の遺伝子を同時に編集すること。座位間の大欠失や転座が生じないか確認が要る。では、編集が一つ増えるたびに、全部がそろった細胞の割合は下がりがちです。たとえば、一つひとつの編集が9割の細胞に入っても、四つ重ねれば、全部そろうのは6割台です。TCRが残った細胞はGvHDの原因で、HLAが残った細胞は拒絶の標的です。そのため、磁気ビーズによる選択(CliniMACS Prodigy や CTS DynaCellect のような閉鎖系の装置を使う方法)などで、編集が不完全な細胞を取り除く工程が挟まります。iPS細胞から作る製品では、細胞バンクの染色体の安定性も確認が要ります(iPSC由来製品のゲノム安定性と核型評価)。
開発元に聞くのは、編集の数ではありません。切る方式か、切らない方式か、そして完全に編集された細胞が何割あるかです。
よくある失敗 ― 数の読み違い・片側だけの対策・方式の決めつけ
低免疫原性の細胞を評価するとき、つまずく場所は決まっています。
1つめは、編集の個数を拒絶回避の強さと読むことです。標的の細胞が違えば必要な経路も違い、同じ6か所でも意味が変わります。
2つめは、HLAを消して満足することです。NK細胞の対策が抜けると、T細胞には見つからなくても、NK細胞に排除されます。HLA-E や CD47 を足す編集は、消す編集と対で考えます。
3つめは、1人の結果を一般化することです。冒頭の結果は、ドナーの膵島細胞を使った1人の患者のものです。増やして製品にする細胞(CAR-Tや、iPS細胞から作った細胞)に、そのまま当てはまるとは限りません。
4つめは、方式の優劣で将来を決めることです。ヌクレアーゼ核酸を分解する酵素です。製造では培養由来の残存DNA/RNAを分解・除去して製品の純度を高める目的で使い、ベンゾナーゼが代表例です。詳しく →による編集は、B2M や CIITA のような機能を消す編集の実績があります。塩基編集Cas9ニッカーゼに脱アミノ化酵素を融合し、DNAを二本鎖で切断せずに1つの塩基を別の塩基へ化学的に書き換えるゲノム編集技術。ただし、全ての塩基編集がCas9ニッカーゼを用いるわけではなく、触媒不活性型(dCas9)を用いるものも存在する。詳しく →は二本鎖を切らないぶん転座を起こしにくい一方、狙えるのは塩基の置換に限られます。どちらが優れているかは、決着していません。Century は、CNTY-101 の再発・難治のリンパ腫での第1相試験(ELiPSE-1)を2025年3月に終了しました。得られたデータが、同社の求める画期的な水準に届かなかったためで、開発の重心は自己免疫疾患に移っています。編集の技術が進んでも、その細胞が目指す病気で効くかは、別に確かめる必要があります。
5つめは、均一性を規格にしないことです。完全編集細胞の割合と、そこに残る未編集の細胞の性質の両方を規格で示せて、はじめて均一性は担保されます。
低免疫原性の細胞の評価は、技術の新しさより、狙う細胞と病気に合っているかと、残るリスクを規格で押さえているかで決まります。
明日から確かめられること ― 開発元・受託先への質問
他家の低免疫原性細胞を評価するときや、受託先を比べるときに使える確認項目です。
- 狙う細胞は何か。T細胞(拒絶とGvHDの両方)か、NK細胞や膵島細胞(GvHDなし)か。編集の組み合わせは、その細胞に合っているか
- 編集は二本鎖を切る方式か、塩基編集か。転座とオフターゲットを、何の手法で、どこまで評価したか
- 完全に編集された細胞の割合と、その規格はあるか。未編集の細胞が残ったとき、起こるのは拒絶か、GvHDか
- 濃縮・精製の工程(磁気選択、ソーティング)と、残存細胞を測る分析法(デジタルPCR、フローサイトメトリー細胞を一つずつ測定し、表面マーカーや性質を調べる手法です。細胞の種類・純度・活性の確認に使います。詳しく →など)は何か
- iPS細胞由来なら、細胞バンクの核型などを、どの頻度で確認しているか
- 免疫を避ける効果は、どの動物、何人の患者の結果か。長期の追跡の計画はあるか
- 他家方式を選ぶ理由(量産、待ち時間の短縮)と、多重編集が増やす品質管理原料・資材・中間体・製品を規格に照らして試験し、使ってよいか、出荷してよいかの合否を決める仕事です。GMPでは製造部門から独立させます。詳しく →の負担を、比べたか
編集に使う試薬と装置はCRISPR・ゲノム編集、エレクトロポレーター、デジタルPCR、核型解析の一覧から探せます。
次の疑問に応える記事も用意しています。自家と他家の品質保証の違いは自家と他家の細胞治療、編集で起きる意図しない切断の調べ方はCRISPRのオフターゲット検出、iPS細胞から目的の細胞を作る工程はiPS細胞の分化誘導と品質管理、CAR-NK細胞の作り方はCAR-NK細胞の作製と製造で読めます。
参考文献
- Sana Biotechnology, Sana Biotechnology Announces Continued Positive Clinical Results through 14 Months from Type 1 Diabetes Study of Islet Cell Transplantation without Immunosuppression(UP421。2026年3月13日。12週の結果は New England Journal of Medicine に掲載)
- Sana Biotechnology, Hypoimmune induced pluripotent stem cells survive long term in fully immunocompetent, allogeneic rhesus macaques(Nature Biotechnology, 2023)
- Century Therapeutics, Century Therapeutics Reports Full Year 2024 Financial Results and Provides Business Update(2025年3月。ELiPSE-1 の終了と自己免疫疾患への注力)
- Fierce Biotech, Beam sheds more light on clinical hold slapped on gene-edited CAR-T(BEAM-201 の臨床試験の一時停止と、FDAが求めたデータ)
- Fierce Biotech, Beam lays off about 100 employees, deprioritizes CAR-T programs to push runway into 2026(CAR-T の優先順位の引き下げ)
- Diorio C, et al., Cytosine base editing enables quadruple-edited allogeneic CAR特定の抗原を認識するよう設計し、細胞に導入して指向性を与える人工の受容体。詳しく → T cells for T-ALL, Blood 140(6):619-629(2022)
- Turchiano G, et al., Quantitative evaluation of chromosomal rearrangements in gene-edited human stem cells by CAST-Seq, Cell Stem Cell 28(6):1136-1147(2021)
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