サイトカイン放出試験(CRS)とは? 結果を左右する3つの条件
サルの試験で安全だった量の500分の1を人に投与したところ、投与された志願者は全員、まもなく命に関わる全身の炎症反応を起こしました。2006年に英国で起きた、TGN1412初回ヒト投与でサイトカイン放出の重篤な反応を起こした抗CD28抗体で、MABEL普及の契機。詳しく →という抗体の事故です。動物で問題のなかった薬が、なぜ人では危険だったのでしょうか。理由は、サルの免疫細胞には、この抗体が働きかける相手がいなかったことにあります。

この事故をきっかけに広まったのが、サイトカイン放出免疫が短時間で信号物質を大量に放出し、発熱・血圧低下・臓器障害へ進む激しい反応。詳しく →試験(cytokine release assay、CRA)です。健康な人の血液や免疫細胞に抗体医薬の候補を加え、サイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。詳しく →(免疫細胞どうしが連絡を取り合う信号物質)がどれだけ出るかを測ります。人に初めて投与する前に、サイトカインが一気に出て高熱や血圧低下を起こす「サイトカイン放出症候群(CRS分析の基準となる、純度が保証された原薬や不純物の標準物質(CRS)です。測定値の正しさを確かめ、不純物の同定・定量に使います。詳しく →)」が起きそうかを探る試験です。担当が研究でなくても、受託先の選定や申請資料、初回投与量の議論でよく目にします。
この試験は、条件の組み方で結果が大きく変わります。材料に何を使うか、抗体をどんな形で細胞に触れさせるか、何人分の血液を使うか。同じ抗体でも、条件しだいで陽性にも陰性にも見えます。
TGN1412事故 ― 動物試験が見逃した理由
2006年3月、英国でTGN1412という抗体の、人での最初の臨床試験が行われました。志願者8人のうち、抗体を投与された6人全員が、投与後まもなく命に関わる全身の炎症反応を起こしました。投与量は体重1 kgあたり0.1 mgで、サルの試験で有害な影響が出なかった量(NOAEL無毒性量。毒性試験で有害な影響が認められなかった最大の用量。PDE算出の出発点になる。詳しく →)の500分の1にあたります。動物試験の数字だけを見れば、十分すぎるほど安全側の量でした。
なぜ動物では出なかったのか。TGN1412の標的はCD28という分子で、T細胞の表面にあって、T細胞を目覚めさせるスイッチの役をします。人では、記憶を持つCD4陽性のT細胞(エフェクターメモリーT細胞)にCD28が出ています。カニクイザルのこの細胞には出ていません。スイッチのない細胞に抗体を加えても何も起きないので、サルの試験では安全に見えました。
試験管内の試験も、この反応を拾えませんでした。人のPBMC(末梢血単核球末梢血から分離した単核の免疫細胞。初代細胞アッセイのエフェクター源として使われる。詳しく →、血液から分けた免疫細胞)に抗体を溶かして加える方法では、TGN1412は反応を起こさなかったからです。
事故を受けて、欧州医薬品庁(EMA)は初回ヒト試験のガイドラインを2007年に定め、2017年に改訂しました。リスクの高い薬では、動物の結果から決めるNOAELのほかに、受容体占有率や人の細胞での反応など、薬が働く強さから見積もるMABEL(最小予測生物学的作用量薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。詳しく →)も計算し、両方を見比べて初回投与量を検討します(MABELによる初回投与量)。種差をふまえた非臨床試験の組み立て方は、バイオ医薬品の非臨床安全性とICH S6で解説しています。
動物で毒性が出なかったという結果は、標的が動物にそもそも無ければ、人の安全を何も保証しません。人の細胞で確かめる試験が必要になった理由は、ここにあります。
CRSを起こしやすい薬 ― 免疫細胞に直接働く抗体
サイトカイン放出は、薬が効く仕組みの延長で起きます。すべての抗体医薬が同じ心配を抱えているわけではなく、引き金になりやすいのは、標的が免疫細胞の表面にある薬です。
代表は二つあります。一つは、結合するだけで免疫細胞のスイッチを入れてしまう抗体で、TGN1412がこの型でした。もう一つは、T細胞とがん細胞をつなぎ、T細胞にがん細胞を攻撃させる二重特異性抗体2つの異なる標的に同時に結合する抗体。T細胞と標的細胞を橋渡しする用途などがある。詳しく →です。
多発性骨髄腫の治療薬テクリスタマブ(teclistamab)は、この二重特異性二種類の異なる標的に同時に結合できるよう設計した抗体。詳しく →抗体の一つで、皮下注皮膚の下に注射する投与経路。一度に入れられる液量が小さく、抗体の高濃度化が求められる。詳しく →射で投与します。1日目に0.06 mg/kg、4日目に0.3 mg/kg、7日目に1.5 mg/kgと、3回かけて本来の量まで上げます。添付文書は、CRSのリスクを下げるためにこの段階的な投与(ステップアップ投与)を求めています。臨床試験(MajesTEC-1、165人)ではCRSが72%の患者に起きましたが、ほとんどは軽症から中等症でした。
CRSは発熱から始まり、重くなると血圧低下や酸素不足を伴います。米国移植細胞治療生きた細胞そのものを有効成分とする医薬。CAR-Tなどが代表。詳しく →学会(ASTCT)の基準では、重さを4段階に分けます。
CAR-T細胞療法患者から採取したT細胞にがんを狙う受容体(CAR)遺伝子を導入し、増やして体に戻す一連の細胞加工の流れです。詳しく →では、引き金が抗体ではなく、体内で増えるT細胞そのものです。標的を見つけたT細胞が増えながら炎症性のサイトカインを出す経路が、治療効果の経路と重なります(CAR-Tをより安全にする枠組み)。血液に抗体を加えるこの試験とは考え方が異なり、投与後の監視と、重さに応じた対処が中心です。
効かせる力を上げることと、安全域を保つことは、同じ方向を向きません。サイトカイン放出を避けるのではなく、どの量から出るかを知って、少量から始めるのが設計の基本です。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる試験の組み立て ― 材料・提示方法・ドナー数
試験の考え方は単純です。人の細胞に抗体を加え、出てきたサイトカインを測ります。難しいのは、どう組むかです。
材料は主に二つあります。全血は、採った血液をそのまま使います。血漿や赤血球が残るので、体内に近い状態です。PBMCは血液から免疫細胞だけを分けたもので、反応する細胞が濃く、条件をそろえやすい反面、血漿の成分は抜けます。
抗体の与え方も二つあります。液相は、抗体を培養液に溶かして加えます。固相化は、抗体をプレートの底に固定してから細胞をのせます。TGN1412は、液相のPBMCでは反応せず、固相化のPBMCで初めて強い反応が出ました。固相化は、抗体を細胞のすぐそばに密に並べる方法で、体内で起きる強い刺激に近づけるための工夫と考えられています。
三つめがドナー(血液を提供する健康な人)の数です。免疫細胞の反応は人によって大きく違うので、何人分の血液を使うかが、反応を見つけられるかどうかを左右します。英国の研究グループは、TGN1412型の反応を90%の確率で捉えるのに必要な人数を、方式ごとに比べました。PBMCを固相化する方式なら4人、全血なら52人、10%に薄めた全血なら79人という見積もりでした。
4人と79人では、20倍近い開きです。この数字は一つの研究の条件で出した目安で、施設や抗体が変われば人数も変わります。全血が不利になる理由も調べられています。赤血球が反応を抑えていました。赤血球を除くとPBMCに近い反応が出て、赤血球の膜にあるタンパク質を加えると、また抑えられました。
ただし、全血が劣る方式という話ではありません。アレムツズマブ(alemtuzumab、抗CD52抗体)のように、抗体の根元の部分(Fc)を免疫細胞の受容体(Fcγ受容体)が捉えてサイトカインを出させる抗体では、同じ研究で結果が逆転しました。必要な人数は、全血なら8人、PBMC固相化なら180人です。反応の引き金が違えば、向く方式も違います。
全血だけで陰性と出ても、「反応が無い」とは限りません。「その人数では見えなかった」だけの場合があります。この研究の条件では、TGN1412型の反応を全血で捉えるのに52人分が必要でした。
サイトカインを測る側にも注意があります。測定キットのカタログに載る感度の数字に目が行きがちですが、見落としを減らすうえで先に確かめるのは、IL-6だけで済ませずTNF-αやIFN-γなど複数を同時に測れるか、全血やPBMCの上清でサイトカインを実際に回収できているか、の二点です。
全血かPBMCかを決める前に、その抗体が何を引き金にサイトカインを出すのかを考えます。方式は、作用の仕組みに合わせて選びます。
結果の読み方 ― 陽性・陰性と初回投与量
サイトカイン放出試験には、統一された標準法がまだありません。製薬企業や受託機関を対象にした調査(ILSI-HESIの作業部会、Fincoら、2014年)でも、試験の形式やデータの報告・解釈の仕方は、施設によって違っていました。
ドナー間のばらつきも大きく、数人の結果が集団全体の反応を代表するとは限りません。このため、結果は「この抗体は臨床で何%の人にCRSを起こす」という予測には使えません。免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →(ADA投与した抗体医薬を異物とみなして患者の免疫系が作る抗体。薬の効果低下や安全性の問題を招く。詳しく →)の予測が、非臨床では相対リスクの評価にとどまるのと同じです(免疫原性とADAの予測・評価)。
使い道は二つあります。一つは、候補どうしの比較です。過去に人で重い反応を起こした抗体(アレムツズマブやムロモナブCD3など)を同じ試験に並べ、候補がどこまで近いかを見ます。
もう一つは、初回投与量の根拠です。EMAの2017年改訂版は、薬が働き始める量(薬理学的に活性な量、PAD薬理作用が出始める用量(薬理活性量)で、開始用量が近すぎないか照らし合わせる。詳しく →)をまず見積もり、健康な志願者への初回量は、それより低い曝露に収まる量にする考え方を示しています。試験管内で反応が立ち上がる濃度は、その見積もりを支える材料の一つです。
動物のNOAELから人の初回量を換算する計算は、HED換算・初回投与量計算ツールで試せます。低分子の薬は体表面積をもとに換算するのが基本ですが、分子量が10万を超える静注のタンパク質(多くのIgG抗体)には、体重あたり(mg/kg)でそろえる例外が、米国FDAの2005年のガイダンスにあります。抗体の初回量を考えるときは、この例外に当たるかどうかを先に確かめてください。
T細胞を呼び込むことが狙いの抗体では、試験管内でサイトカインが出ること自体は想定内です。見るのは、出るか出ないかではなく、どの濃度から立ち上がるかです。
陰性の読み方には条件があります。方式と人数が反応を捉えられる条件だったか、既知の陽性対照が同じ試験で反応しているか。この二つがそろって初めて、「反応が無い」に近づきます。
陽性か陰性かを最終判断にしません。この抗体は、どの条件で、どの濃度から反応するのかを読み取り、初回投与量と投与計画につなげます。
明日から確かめられること
試験を自分で行わなくても、報告書や見積書を見れば、結果の重みは分かります。次の点を確かめてください。
- 材料(全血かPBMC)、抗体の与え方(液相か固相化)、ドナー数が、報告書に書かれているか。書かれていなければ、陰性でも重みを判断できません。免疫細胞を直接刺激するタイプの抗体なら、液相の結果だけで安全と読まないでください。
- 陽性対照(過去に人で重い反応を起こした抗体)が同じ試験に入り、きちんと反応しているか。
- 試験を外注するなら、ドナー数、測るサイトカイン、陽性と判断する基準を、始める前に合意しているか。結果を見てから基準を決めると、陰性の意味があとで説明できなくなります。
- 初回投与量の根拠書に、動物のNOAELだけでなく、MABELやPADの検討が載っているか。
受託先を比べるときは、価格や納期より先に、「どの方式を何人分で、何を陽性対照にして走らせるか」を聞いてください。比べる軸がそろいます。
参考文献
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- Eastwood D, et al. Monoclonal antibody TGN1412 trial failure explained by species differences in CD28 expression目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく → on CD4+ effector memory T-cells. Br J Pharmacol. 2010;161(3):512-526.
- Vessillier S, et al. Cytokine release assays for the prediction of therapeutic mAb safety in first-in man trials: Whole blood cytokine release assays are poorly predictive for TGN1412 cytokine storm. J Immunol Methods. 2015;424:43-52.
- Finco D, et al. Cytokine release assays: current practices and future directions. Cytokine. 2014;66(2):143-155.
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- Moreau P, et al. Teclistamab in Relapsed or Refractory Multiple Myeloma. N Engl J Med. 2022;387(6):495-505.
- FDA, TECVAYLI (teclistamab-cqyv) Prescribing Information
- Lee DW, et al. ASTCT Consensus Grading for Cytokine Release Syndrome and Neurologic Toxicity Associated with Immune Effector Cells. Biol Blood Marrow Transplant. 2019;25(4):625-638.
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