サイトカイン放出試験(CRS)とは?(抗体医薬のin vitro安全性評価)
抗体医薬の中には、免疫の細胞そのものにはたらきかけ、免疫応答を強めたり弱めたりすることをねらう薬があります。こうした薬が投与されると、免疫細胞から情報伝達物質であるサイトカインが放出されることがあります。適度であれば免疫のはたらきの一部にすぎませんが、これが一気に、しかも全身で起きると、発熱・血圧低下・臓器障害を伴う激しい反応になります。とくに重篤なものはサイトカイン放出症候群(CRS, Cytokine Release Syndrome)やサイトカインストーム免疫が短時間で信号物質を大量に放出し、発熱・血圧低下・臓器障害へ進む激しい反応。と呼ばれ、生命に関わることもあります。

抗体医薬でこれが問題になるのは、標的が免疫細胞の表面にあるとき、薬が結合するだけで細胞を活性化し、連鎖的にサイトカインが放出されうるからです。2006年に英国で起きた TGN1412(抗CD28抗体)の初回投与試験では、健康な志願者にごく少量を投与しただけで激しいサイトカイン放出免疫が短時間で信号物質を大量に放出し、発熱・血圧低下・臓器障害へ進む激しい反応。が起き、この危険が世界に知られました(MABELによる初回投与量)。
そこで、人に初めて投与する前に、その薬がサイトカインを放出させる性質を持つかを試験管の中で見ておこう、という発想が生まれました。それがヒトの血液を使う in vitro生きた動物の体外で、試験管やシャーレなどを用いて細胞・組織・分子レベルで行う実験を指す用語。 サイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。放出アッセイ(cytokine release assay)です。本稿では、なぜ抗体医薬でサイトカイン放出が問題になるのか、アッセイの考え方と提示方法の違い、動物試験で予測しにくい理由、初回投与量の設定(MABEL薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。)との結びつきと限界までを整理します。
サイトカイン放出はなぜ抗体医薬で問題になるのか
サイトカインは、免疫細胞どうしがやりとりする信号物質です。感染や炎症のときに放出され、応答を立ち上げたり広げたりします。問題は、これが必要以上に、しかも同時多発的に噴き出したときです。血管がゆるんで血圧が下がり、発熱や倦怠感から、重ければ臓器障害へと進みます。代表的なものに IL-6、TNF-α、IFN-γ などがあり、これらが折り重なって全身反応を形づくります。
抗体医薬で引き金が引かれやすいのは、標的が免疫細胞の表面分子のときです。抗体が結合するだけで細胞が活性化するタイプ(アゴニスト受容体に結合してそれを活性化し、生体反応を起こす作用をもつ分子。作動薬とも呼ばれる。作用)や、表面の分子どうしを橋渡し(架橋)して活性化を強めるタイプでは、投与そのものがサイトカイン放出のスイッチになりえます。加えて、抗体の Fc 部分が別の免疫細胞の Fc 受容体につながることでも活性化が後押しされます。つまりサイトカイン放出は、薬が効きすぎた結果というより、薬理作用そのものの延長線上で起こりうる反応です。
サイトカイン放出は、抗体が免疫細胞を活性化・架橋する薬理作用の延長で起こりえます。毒性が見える前に薬理が立ち上がるという抗体医薬の性質と同じ根を持つため、初回投与の前に予測しておくべきリスクとして重視されます。
in vitro CRSアッセイの基本:ヒト全血・PBMCで見る
サイトカイン放出アッセイの発想はシンプルです。ヒト由来の免疫細胞に評価対象の抗体を加え、放出されるサイトカインの量を測る——これだけです。動物ではなくヒトの細胞を使うのは、後述するとおり、この反応が種によって大きく違うからです。放出されたサイトカインは、一定時間後の培養上清を回収し、免疫測定法などで定量します。
検体:全血とPBMC
材料には主に二つが使われます。ヒト全血(whole blood)は、採取した血液をそのまま用い、血漿や補体など血中成分がそろった状態に近いのが長所です。末梢血単核球末梢血から分離した単核の免疫細胞。初代細胞アッセイのエフェクター源として使われる。(PBMC末梢血から分離した単核の免疫細胞。初代細胞アッセイのエフェクター源として使われる。, Peripheral Blood Mononuclear Cell)は、血液からリンパ球や単球を分離したもので、反応する細胞を濃縮でき、条件をそろえやすい一方、血漿成分が抜ける点が全血と異なります。
| 検体 | 特徴 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 全血 | 血漿・補体など血中成分がそろう | 生体に近い条件で見たいとき |
| PBMC | 単核球リンパ球などを含む血液中の細胞画分。アフェレーシスで採取しT細胞分離の出発材料になる。を分離・濃縮できる | 反応細胞を絞って比較したいとき |
いずれの場合も反応には個人差があるため、複数のドナーからの検体を用い、集団としての反応の起きやすさを見積もるのが基本です。ひとりの結果だけで判断しない姿勢は、後述する限界とも直結します。
提示方法:液相と固相化
もうひとつの要が、抗体をどう「提示」するかです。同じ抗体でも見せ方によって反応が出たり出なかったりします。液相(solution phase)は抗体を培養液に溶かして加える方法で、手技は単純ですが、生体内で抗体が密に並び架橋されて強く活性化する状況を再現しきれないことがあります。固相化(solid phase)は抗体をプレート表面に固定してから細胞をのせる方法で、水溶液のまま結合させるやり方や、乾燥させて高密度に並べるやり方があります。抗体を密に提示すると生体内の架橋に近い状況を作りやすく、液相では見えなかった反応が現れることがあります。実際、TGN1412初回ヒト投与でサイトカイン放出の重篤な反応を起こした抗CD28抗体で、MABEL普及の契機。 の事故後の検討では、単に溶かして加える方法ではサイトカイン放出をうまく再現できず、抗体を高密度に固定して提示する工夫によって反応が捉えられたと報告されています。
同じ抗体でも、液相で加えるか固相化して密に提示するかで結果は変わります。生体内の架橋を再現できる提示方法を選ばないと、危険な抗体を「陰性」と見誤りかねません。検体・提示方法・ドナー数の設計そのものが試験の信頼性を左右します。
なぜ動物試験では予測しにくいのか
サイトカイン放出は、通常の動物毒性試験ではとらえにくい反応の代表です。理由は、免疫細胞の表面分子やその反応のしかたが、ヒトと動物とで大きく異なりうるからです。標的分子が動物に存在しなかったり、あっても発現する細胞の種類や量、反応の強さが違えば、動物では静かでもヒトでは激しい放出が起こりえます。
TGN1412 はその典型でした。標的である CD28 をめぐる反応性がヒトとサルとで異なっていたため、サルの試験ではヒトで起きる強い免疫反応を読み取れず、動物で毒性が出なかったことがヒトでの安全を保証しませんでした。この経験は、種差の大きい免疫反応をヒト由来の材料で見積もる必要性をはっきりさせました。バイオ医薬品の非臨床安全性評価ヒトへの初回投与前に、動物や試験管の実験で毒性や作用を調べる一連の評価のこと。では、標的の生物学や種差をふまえて試験を組み立てる考え方がとられており(バイオ医薬品の非臨床安全性とICH S6)、免疫系への影響という観点は免疫毒性薬剤が意図せず免疫系の機能を抑制または過剰に活性化させる、臓器毒性とは区別される有害作用のこと。の評価とも重なります(免疫毒性評価とICH S8)。
初回投与量設定(MABEL)との結びつき
サイトカイン放出アッセイは単独で存在するのではなく、初回投与量をどう決めるかという判断につながっています。効果が強く種差のある抗体では、動物で毒性が出なかった量(NOAEL)を起点にするだけでは初回量が過大になりかねません。そこで、薬理作用が立ち上がる手前に初回量を置く MABEL(最小予測生物学的作用量薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。)の考え方が使われます(MABELによる初回投与量)。
MABEL の見積もりは、受容体占有率細胞表面などの受容体のうち、薬に結合されて埋まっている割合。標的結合の直接的な指標。や結合親和性抗体と抗原の結合の強さのことで、解離定数KDが小さいほど強く結合する。、ヒト細胞での効力製品が示す生物学的な効力。細胞治療などで規格として測る品質指標。といった薬理データを総合して行います。サイトカイン放出アッセイの結果は、この「ヒトでどこから反応が立ち上がるか」を裏づける情報のひとつです。in vitro で放出が始まる濃度がわかれば、それより手前に初回量を置くという保守的な設計の根拠に使えます。
| 情報 | 何を示すか | 初回量設定での役割 |
|---|---|---|
| 受容体占有率 | ある曝露で標的の何割を占めるか | 占有を低く抑える目安 |
| in vitro効力 | 効果が出始める濃度 | 作用の立ち上がりの手がかり |
| サイトカイン放出 | 放出が起こる条件・濃度 | 危険な反応の閾値の裏づけ |
初めて人に投与する試験の主役は、多くの場合まだ薬の恩恵を受けない健康な志願者です。効果を確かめることより人を危険にさらさないことが最優先され、サイトカイン放出アッセイはその安全側の判断を支える一枚のデータになります。
サイトカイン放出アッセイは、MABELの見積もりを支える薬理データの一つです。ヒト細胞で放出が立ち上がる条件がわかれば、その手前に初回量を置く根拠になります。毒性側の上限だけでなく薬理側の下限から初回量を抑える発想と地続きです。
in vitro CRSアッセイの限界
この試験にも限界があります。第一に、確立された唯一の標準法があるわけではありません。検体(全血かPBMCか)、提示方法(液相か固相化か)、培養時間、測るサイトカインの種類、ドナーの数と選び方——どれをどう組むかで結果は変わり、条件の妥当性そのものを説明できる設計が求められます。
第二に、ドナー間のばらつきが大きく、少数のドナーでは集団の反応を代表できません。第三に、in vitro の結果が、患者集団で実際に起こる放出の頻度や重さをそのまま予測するわけではありません。陽性でも臨床で問題にならないことも、その逆もありえます。したがってこのアッセイは、臨床の事象を当てる道具というより、候補分子の相対的なリスクを比べ、初回量設計や試験デザインに活かす一次評価と考えるのが現実的です。免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。(ADA投与した抗体医薬を異物とみなして患者の免疫系が作る抗体。薬の効果低下や安全性の問題を招く。)の予測が非臨床では相対リスクの評価にとどまるのと同じ構図で(免疫原性とADAの予測・評価)、最終的なリスクは臨床データと突き合わせて確定させる、という順序を崩さないことが大切です。
まとめ
サイトカイン放出は、抗体が免疫細胞を活性化・架橋する薬理作用の延長で起こりえます。重篤な場合はサイトカイン放出症候群やサイトカインストームと呼ばれ、生命に関わります。TGN1412 の事故は、動物で毒性が出なくてもヒトで激しい放出が起こりうることを痛烈に示しました。
これを臨床の前にとらえるのが、ヒト全血や PBMC を使う in vitro サイトカイン放出アッセイです。検体の選び方、液相か固相化かという提示方法、複数ドナーでの評価が試験の信頼性を左右し、とりわけ生体内の架橋を再現できる提示方法を選ばないと危険な抗体を見逃しかねません。この評価は動物試験を補い、MABEL による初回投与量の設計を支えます。ただし標準法は一つに定まらず、ドナー差も大きく、臨床の発生率をそのまま予測するものではありません。相対リスクを比べる一次評価として使い、最終的なリスクは臨床で確定させる——この順序を守ることが、抗体医薬の安全な最初の一歩につながります。
参考文献
- ICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。: Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals(ICH 安全性ガイドライン)
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。 S8: Immunotoxicity Studies for Human Pharmaceuticals(ICH 安全性ガイドライン)
- EMA: Guideline on strategies to identify and mitigate risks for first-in-human and early clinical trials with investigational medicinal products(EMA 科学ガイドライン)
- FDA: Estimating the Maximum Safe Starting Dose in Initial Clinical Trials for Therapeutics in Adult Healthy Volunteers(FDA ガイダンス文書)