抗体医薬の免疫原性:ADA(抗薬物抗体)の予測と評価
完全ヒト型の抗体を作れば免疫原性は消える。開発の現場では、いまでもときどきこの話を聞きます。実際には消えません。ヒト型化やヒト抗体の導入で発生率は下がりましたが、ゼロにはならず、製品によっては投与を受けた患者の数割に抗薬物抗体投与した抗体医薬を異物とみなして患者の免疫系が作る抗体。薬の効果低下や安全性の問題を招く。詳しく →が検出されます。分子を人に近づけるという方針だけでは、届かないところが残っているということです。

核心は一点です。免疫原性は配列だけで決まりません。配列の中に T細胞が認識するエピトープ抗原の表面で抗体が実際に結合する一角のこと。抗原決定基とも呼ばれ、抗体ごとに認識する場所が異なる。詳しく →があれば確かにリスクですが、それとは別に、凝集体や不純物が免疫系を刺激する経路があります。前者は分子設計の段階で減らせますが、後者は製剤と製造工程の側が抱える問題です。同じ「免疫原性薬そのものが患者の免疫応答を誘発しやすい性質。凝集体や不純物、投与経路、患者背景などが要因になる。詳しく →」という言葉で二つの別々の原因を指しているので、対処する部署も、打てる手も二手に分かれます。
この記事では、なぜヒト型でも起きるのかを確かめてから、抗薬物抗体が何を壊すのか、配列から読む in silicoコンピュータ上の計算で予測・解析すること。配列からT細胞エピトープのリスクを安価に広く洗い出す一次評価。詳しく → 予測、細胞で確かめる MAPPs細胞が実際にMHCクラスIIへ提示したペプチドを回収し質量分析で同定する手法。提示エピトープの絞り込みに使う。 とT細胞アッセイ、そして凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →という別経路の順に解説します。非臨床の評価で何がどこまで読めて、何は読めないままなのか。そこに焦点を当てて書きます。最後に、評価を組む順序を並べます。
- 完全ヒト型でも抗薬物抗体は出ます。配列以外に、凝集体という別の経路があるためです。
- 抗薬物抗体は効き目を消すだけでなく、クリアランスを速めて血中濃度そのものを下げます。
- 非臨床の予測は相対比較には使えますが、臨床での発生率を数字で当てることはできません。
ヒト型でも起きる ― 配列だけの問題ではない
まず、実際の発生率を見ておきます。
インフリキシマブのようなキメラ抗体では、抗薬物抗体の検出率が報告によって 10〜60% と大きく振れます。完全ヒト型のアダリムマブでも 5〜28% の幅で報告があります。振れ幅が大きいのは、測定法の感度と、併用している免疫抑制剤の有無で結果が変わるからです。同じ 5 mg/kg の投与でも、メトトレキサートDHFR欠損CHOを使い、メトトレキサートで段階的に遺伝子増幅を行って高発現株を選ぶ古典的な選抜方式。詳しく →を併用した群では検出率が半分以下に下がる報告があります。ヒト型にすれば下がるのは確かですが、消えはしません。
理由は二つに分かれます。一つは、ヒト由来の配列であっても、その人の免疫系にとって「自己」として登録されていない部分があること。可変領域の相補性決定領域抗体可変領域のうち抗原と直接接触するループ状の領域。重鎖・軽鎖に3本ずつあり、標的にはまり込む。詳しく →は個人ごとに違うので、他人の配列は非自己になりえます。もう一つが、配列とは無関係な経路です。
ヒト型化は免疫原性を下げる手段の一つであって、免疫原性そのものを解消する手段ではありません。
抗薬物抗体が壊すもの ― 効き目、動態、安全性
抗薬物抗体の影響は、三つの方向に出ます。
一つ目が中和低pH条件で溶出されたサンプルに緩衝液を加えてpHを中性付近に戻し、製品へのダメージを防ぐ操作。詳しく →で、薬物の結合部位に付いて標的への結合を妨げると、効き目が直接に落ちます。ただし、中和しない抗体でも影響は出ます。二つ目がクリアランスで、免疫複合体を作ると細網内皮系で速やかに処理されるため、血中濃度が下がります。中和していなくても、量が届かなければ効きません。だから効果の減弱は、中和の有無だけでは説明できません。
三つ目が安全性です。投与時反応やアナフィラキシーの引き金になることがあります。そして最も深刻なのが、内因性のタンパク質と交差する場合です。エポエチンアルファでは、1998年 前後から純粋赤芽球癆の報告が相次ぎました。抗薬物抗体が内因性のエリスロポエチンまで中和してしまい、造血そのものが止まる。原因は配列ではなく、製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。詳しく →の変更にともなって生じた要因が疑われました。数年のあいだに報告が積み上がり、剤形と容器の見直しに至っています。
抗薬物抗体の評価は、出るか出ないかではなく、出たときに何が起きるかまで含めて設計します。
配列から読む ― in silico のT細胞エピトープ
分子設計の段階で使えるのは、計算による予測です。
抗体を分解してできたペプチドが MHC クラスII に載り、CD4陽性T細胞に提示されると、抗体産生へ向かう反応が始まります。だから、配列のどの部分が MHC クラスII に結合しやすいかを予測すれば、リスクの高い領域を先に見つけられます。予測器は公開されているものが複数あり、HLA-DRB1 の主要なアレルについて、結合の強さを 50 nM といった見かけの解離定数抗体と抗原の結合の強さを表す値。小さいほど強く結合することを示す。詳しく →で返します。この値が小さいほど強く結合すると読みます。
この予測には向き不向きがあります。候補分子を並べて、相対的にリスクの低いものを選ぶ用途には十分に使えます。一方、絶対的な発生率を当てることはできません。予測されたエピトープが実際に提示されるかは、抗体がどう分解されるか、そのペプチド複数のアミノ酸がペプチド結合でつながった中分子化合物で、タンパク質より鎖が短いものを指す。詳しく →が競合に勝てるかに依存し、計算はそこまで見ていないからです。
脱免疫化配列を改変してT細胞エピトープを減らし、免疫原性リスクを下げる操作。ヒト化とあわせて検討される。という使い方もあって、予測で見つかったエピトープの残基を置換し、MHC への結合を弱める。ただし、その残基が抗原結合や開発可能性に効いていることもあるので、置換した結果を測り直す必要があります。
in silico 予測は「使えない」のではなく「使い方が限られる」道具です。候補間の順位づけには使えて、絶対値の予測には使えない。この区別を共有せずに数字だけを会議に出すと、リスクが過小にも過大にも評価されます。
細胞で確かめる ― MAPPs とT細胞アッセイ
計算の次は、実際の細胞で確かめる段です。
一つが MAPPs と呼ばれる方法です。ヒトの単球から樹状細胞を分化させ、抗体を取り込ませます。細胞は抗体を分解して MHC クラスII に載せるので、その MHC を免疫沈降で回収し、載っていたペプチドを質量分析で同定する。予測ではなく、実際に提示されたペプチドの一覧が得られます。単球から樹状細胞に分化させるのに 5〜7日 かけ、抗体と 24時間 ほど接触させてから回収します。単球の分離には Miltenyi Biotec の系が、ペプチドの同定には LC-MS/MS液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせ、断片を一つずつ読んで配列や修飾部位を特定する手法。詳しく → が使われます。
もう一つがT細胞アッセイです。多数のドナーから末梢血単核球末梢血から分離した単核の免疫細胞。初代細胞アッセイのエフェクター源として使われる。詳しく →を採り、抗体と一緒に培養して、CD4陽性T細胞が増えるかを見ます。1ウェルあたり 2×10⁵ cells の桁で播き、7日 ほど培養する。増殖を取り込み量で測る方法と、サイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。詳しく →産生を ELISPOT で数える方法があり、Mabtech や CTL の系が使われます。ドナーの HLA細胞表面にあり自己と非自己を見分けるヒトの主要な組織適合抗原。他家では不一致が拒絶の原因になる。詳しく → 型が偏らないよう、数十人分をそろえるのが前提です。
どちらも、臨床の発生率を当てる道具ではありません。分子どうしを比べる道具です。候補Aと候補Bのどちらを進めるかという問いには答えられますが、患者の何 % に出るかという問いには答えられません。
配列以外の経路 ― 凝集体と不純物
ここから先は、分子設計では手の届かない領域です。
抗体が凝集すると、同じエピトープが規則的に並んだ構造ができます。この繰り返し構造は、T細胞の助けを借りずにB細胞を活性化する経路に乗りやすく、免疫原性のリスクを上げます。サブビジブル粒子おおむね2〜100μmの目に見えない微粒子。SECなどの守備範囲を外れ、光遮蔽や画像式で計数する。詳しく →の領域まで含めて凝集体の分析を回し、純度の規格に反映させるのは、この経路を抑えるためです。
工程由来の不純物も効いてきます。宿主由来タンパク質が残れば、それ自体が免疫応答の対象になるだけでなく、佐剤のように働いて目的抗体への応答を強める可能性があります。エポエチンの事例で疑われたのも、この種の製剤側の要因でした。
つまり、免疫原性の管理には二本の系統があります。配列を設計する系統と、凝集と不純物を抑える系統。前者は研究部門の仕事で、後者は製剤と製造の仕事です。どちらか片方だけでは、リスクは下がりきりません。
評価を組む順序
免疫原性の評価を組むとき、次の順で進めると判断が早くなります。
一番目は、リスクの高さを見積もることです。 内因性のタンパク質と交差しうるか、投与経路と頻度はどうか、対象疾患で免疫抑制薬剤や疾患などによって免疫系の応答能力が低下し、感染症やがんへの抵抗力が弱まった状態。詳しく →を併用するか。エポエチンのように内因性分子と交差する可能性があるなら、評価の重さが一段変わります。二番目に、候補分子を in silico で並べます。ここは絶対値ではなく順位づけとして使います。
三番目が細胞での確認です。候補が絞れた段階で MAPPs とT細胞アッセイを回し、計算の予測と突き合わせます。ここで大きく外れるなら、予測の前提を疑います。四番目に、凝集体と不純物の経路を押さえます。製剤の処方、容器、輸送条件まで含めて、粒子が増える要因を洗い出します。
最後に、臨床で抗薬物抗体を検出する系を準備します。スクリーニング、確認、力価、中和活性という段階を踏む設計が標準です。スクリーニングのカットポイントは健常人検体の分布から偽陽性実際には結合や活性がないのに、計算や試験で当たりに見えてしまう候補。上位ヒットに必ず混じる前提で扱う。詳しく →率 5% に置き、感度は 100 ng/mL の桁を目標にします。測定には Gyros Protein Technologies の系や Svar Life Science のレポーター細胞が使われます。ここで重要なのは薬剤耐性で、血中に 100 µg/mL の桁で薬物が残っている検体でも抗体を検出できるかを先に確かめておかないと、発生率を過小に見積もります。ICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。詳しく → が言うとおり、動物での結果はヒトの発生率を予測しません。
参考文献
- FDA: Immunogenicity Assessment for Therapeutic Protein Products(Guidance for Industry)
- FDA: Immunogenicity Testing of Therapeutic Protein Products — Developing and Validating Assays for Anti-Drug Antibody Detection
- EMA: Immunogenicity assessment of biotechnology-derived therapeutic proteins(Scientific guideline)
- EMA: Immunogenicity assessment of monoclonal antibodies intended for in vivo clinical use(Scientific guideline)
- ICH S6(R1): Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals
- Jankowski et al. "The MHC Associated Peptide Proteomics assay is a useful tool for the non-clinical assessment of immunogenicity", Front. Immunol. (2023)
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