抗体医薬研究・非臨床安全性

初回投与量はNOAELとMABELのどちらで決まるか

抗体医薬の初めての臨床試験で、最初の投与量をどう決めるか。開発チームはまず、動物実験で毒性が出なかった最高用量、NOAEL無毒性量。毒性試験で有害な影響が認められなかった最大の用量。PDE算出の出発点になる。詳しく →を起点にしようとします。低分子薬ではこの道筋が長く使われてきましたし、抗体でも同じ発想がそのまま持ち込まれがちなのは、慣れ親しんだやり方だからです。

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初回投与量はNOAELとMABELのどちらで決まるか

けれど、NOAELという数字だけを見ていると足をすくわれます。2006年のTGN1412初回ヒト投与でサイトカイン放出の重篤な反応を起こした抗CD28抗体で、MABEL普及の契機。詳しく →事故では、サルでのNOAELは高く出ていたものの、人では投与直後に重い全身反応が起きました。0.1 mg/kgという初回量は、人のCD28受容体の86.2〜90.9%を占めてしまう量だったと、事後の解析で見積もられています。実際に効くのは、毒性が出なかった量ではありません。受容体をどこまで占有させるかという設計変数と、動物とヒトで標的への反応性がどれだけ違うかという種差の大きさ。この二点です。

本稿では、TGN1412事故の中身から入ります。MABELという考え方が受容体占有率細胞表面などの受容体のうち、薬に結合されて埋まっている割合。標的結合の直接的な指標。詳しく →をどう数字にするか、種差という軸がどう効くかへ進みます。最後に、NOAEL起点とMABEL薬の作用がごくわずかに出始めると見込む用量で、抗体など高リスク薬の初回量設計に使う。詳しく →起点を並べてどちらを採るかまで、実際の抗体プログラムの数字とともに整理します。

この記事の要点
  • NOAEL(動物で毒性が出なかった最高用量)が高くても、効果の強い抗体では人での薬理作用が暴走しうることを、TGN1412事故が示しました。
  • MABELは受容体占有率や種差から「はたらきが立ち上がる手前」を見積もる考え方で、占有率という1つの数字が初回量をほぼ決めます。
  • 実務ではNOAEL起点のMRSDとMABELを並べ、より低いほうを初回量の根拠に採ります。

NOAELとは何か ― 動物実験の「安全」の意味

NOAEL(No Observed Adverse Effect Level)は、動物の毒性試験で、有害な影響が見られなかった最高の投与量です。低分子薬の初回投与量は、このNOAELを起点にします。体表面積でヒトの量に換算し(HED)、安全係数で割って、最大推奨開始用量感度の高い種のHEDを安全係数で割って求める、最初に投与してよい上限量。詳しく →(MRSD)を出す道筋です(NOAELからHED換算・MRSDへ)。

この発想が成り立つのは、毒性の出方が動物とヒトで大きくは外れないという前提があるからです。ところが、効果が強く出る薬や、標的への感受性が動物とヒトで大きく違う薬では、この前提が崩れます。毒性が見える前に、薬理作用そのものが人で暴走することがあるからです。

NOAELは「毒性が出なかった量」であって、「はたらきが弱い量」ではありません。この違いが、抗体医薬の初回投与量を難しくしています。

TGN1412という誤読の例 ― NOAELが高くても人では暴走した

2006年、イギリスで実施されたTGN1412(抗CD28スーパーアゴニスト抗体)の第I相試験は、この誤読を痛烈に示しました。

サルの反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。詳しく →でNOAELは高く出ていたため、開発チームは十分な安全域を確保したと判断していました。初回量は0.1 mg/kgです。健康な志願者6名に投与したところ、投与から数十分でサイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。詳しく →が一気に放出され、激しい全身反応が起きました。複数の被験者が、集中治療を要する重篤な状態に陥りました。

事後の解析では、この0.1 mg/kgという量が、人のCD28受容体の86.2〜90.9%を占めてしまう量だったと見積もられています。もし占有率を10%未満に抑える設計にしていれば、話は違いました。初回量は1 µg/kgほど、実際に使われた量の100分の1で済んでいたはずだという指摘です。

NOAELが高かったことは、人での薬理作用の強さについて何も保証していませんでした。

POINT
TGN1412の事故が突きつけたのは、「動物で毒性が出なかった」ことと「人で効き目が暴走しない」ことは別問題だという事実です。効果が強く種差のある抗体ほど、毒性側の上限だけでなく、薬理側の下限を見積もる必要があります。

MABELとは ― 受容体占有率で「効き始め」を見積もる

MABEL(Minimal Anticipated Biological Effect Level、最小予測生物学的作用量)は、毒性の側からは見ません。薬理作用の側から初回量を決める考え方で、「はたらきが、ごくわずかに出始めると見込まれる、いちばん低い曝露量」を見積もります。その手前に初回量を置きます。

見積もりの中心になるのが、受容体占有率です。標的への結合の強さと体内の薬物濃度が分かれば、ある投与量で受容体の何割が占められるかを計算できます。LAG-3を標的にしたGSK2831781という抗体の例を見ます。0.0003 mg/kgで占有率19%、0.0015 mg/kgで54%、0.0075 mg/kgで86%という計算結果です。用量を25倍に上げると、占有率は19%から86%まで跳ね上がる計算で、用量に対してなだらかには動きません。だからこそ、低いところから刻んで確かめます。

MABELは、効き始める手前で止める設計です。占有率をどこまで許すかという1つの数字が、初回量をほぼ決めてしまいます。

種差という軸 ― 動物とヒトで標的への反応性がどれだけ違うか

占有率だけでは決まらない場面もあります。動物とヒトで、標的への反応性そのものが違う場合です。

グリオーマ(神経膠腫)を狙ったCD3二重特異性抗体、hEGFRvIII:CD3二重鎖scFvがあります。初回投与量は、57.4 ng/kgという極めて低い値に決まりました。ヒトのPBMC(末梢血単核球)を使ったin vitro試験試験管・培養皿などを用いて生体外で行う試験で、細胞や細菌などを使って物質の影響を評価する。詳しく →、動物でのin vivo試験生きた動物の体内で被験物質の影響を評価する試験で、吸収・分布・代謝・排泄など生体の条件を反映できる。、受容体占有率のモデル計算。この3つを組み合わせた結果です。1つの方法だけに頼らなかったのは、動物モデルの反応性がヒトとどこまで一致するか、確信が持てなかったからです。

CD4を標的にしたGSK3732394という抗体でも複数の見積もりを並べており、選ばれた開始用量は10 mgでした。ヒトPBMCでのin vitro生きた動物の体外で、試験管やシャーレなどを用いて細胞・組織・分子レベルで行う実験を指す用語。詳しく →試験から計算したMABELには、83倍の余裕がありました。一方、HIV感染マウスでのin vivo生きた動物の体内で試験を行うこと。物質が吸収・代謝を受けた実際の状態での影響を見られる。詳しく →試験から計算した値では、余裕は2倍しかありませんでした。同じ抗体でも、どの種のどの系で見積もるかで、安全域の見え方はここまで変わります。

動物実験の結果は、そのままヒトに当てはまるとは限りません。種差が大きいと疑われる標的ほど、複数の見積もりを並べて、いちばん保守的な値を採る必要があります。

TAB08という再挑戦 ― 1,000分の1の用量から始め直す

TGN1412は、名前を変えてTAB08として臨床試験に戻ってきました。同じ抗CD28スーパーアゴニストです。

再開された試験では、初回量を0.1 µg/kgに設定しました。2006年の事故のときの量の1,000分の1です。この用量での受容体占有率はおよそ1%と見積もられ、その後の漸増で最大耐用量(MTD)は7 µg/kgと確認されました。事故から10年以上を経て、慢性関節リウマチを対象にした第I相試験は、大きな有害事象なく完了したという報告です。

同じ分子でも、占有率を設計変数として扱い、低いところから刻めば、安全に人へ投与できます。壊れていたのは分子ではなく、初回量の決め方でした。

POINT
TAB08の再挑戦は、MABELが単なる理屈ではなく実際の開発判断を変えたことを示す例です。占有率という1つの尺度に置き換えたことで、同じ抗体が、同じ標的のまま、まったく違う安全域から出発できました。

NOAELとMABEL、低い方を採る

NOAEL起点かMABEL起点か、どちらが正しいという話ではありません。

実務では、両方を計算して並べます。動物のNOAELを体表面積でヒトの量に直し、安全係数で割ったものが最大推奨開始用量(MRSD)です。もう一方が、受容体占有率や結合親和性抗体と抗原の結合の強さのことで、解離定数KDが小さいほど強く結合する。詳しく →から見積もるMABELです。そのうえで、より低いほうを初回量の根拠に採り、効果が強く種差が疑われる抗体ではMABELが選ばれやすくなります。標的がよく分かっていて反応が穏やかな抗体では、NOAEL起点がそのまま使われることもあります。

米国でこの試験を始めるには、21 CFR Part 312に基づくIND(治験薬)申請が要ります。非臨床データが、初回投与量の妥当性を裏づける形です。健康な志願者を対象にする以上同意の手続きも欠かせず、21 CFR Part 50が説明と同意を定めます。21 CFR Part 56は治験審査委員会(IRB)による事前審査を定め、非臨床側の枠組みはICH S6(R1)バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を示すICHガイドライン。種選択などの枠組みを定める。詳しく →とICH M3(R2)臨床試験を支える非臨床安全性試験の実施時期や内容の全体像を示すICHガイドライン。詳しく →です。試験の実施基準はICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → E6(R2)が、リスクに応じた設計の考え方はICH E8(R1)が示します。

毒性部門や規制当局に聞くべきは、「NOAELはいくつか」ではありません。「その標的への結合親和性抗体が抗原に結合する強さ。解離定数などで表し、値が小さいほど強く結合することを示す。詳しく →と受容体占有率を、ヒト由来の材料でどこまで確かめたか」です。

どちらが正しいという話ではなく、標的への反応性が動物とヒトでどれだけ離れているかで、重く見るべき数字が変わります。

初回投与量を決める順番

最後に、初回投与量を決める順番を整理します。

まず、標的の性質を確認します。アゴニスト受容体に結合してそれを活性化し、生体反応を起こす作用をもつ分子。作動薬とも呼ばれる。詳しく →(活性化させる)なのか阻害なのか、標的が動物とヒトでどれだけ構造や発現量細胞が目的のタンパク質を作る量。低いと必要量の確保に手間がかかり、製造コストが上がる。詳しく →が違うかもあわせて調べます。

次に、動物のNOAELからMRSDを計算します。ここまでは低分子薬と同じ道筋です。

そのうえで、受容体占有率や結合親和性、ヒト細胞でのin vitro効力から、MABELを計算します。1つの方法に頼らず、動物種やアッセイ系を変えて複数の見積もりを出します。

MRSDとMABELを並べ、低いほうを初回量の根拠に採ります。TGN1412の教訓が示すとおり、占有率が数十%に達する量から始めてはいけません。

最後に、初回投与を1人ずつ順に行う見張り投与(センチネル投与)を設計します。最初の1人に強い反応が出ないことを確かめてから、次の被験者に進みます。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。