幼若動物毒性試験:小児開発で何を確かめるか
「用量を体重で割れば足りる」「大人で安全が確かめられていれば子どもでも問題ない」――小児向け薬の開発に関わると、こうした直感が判断の前提に紛れ込んでいることがあります。ところが子どもの体は、骨が伸びている途中で、脳や神経のつながりも作られている最中、免疫や腎臓、生殖にかかわる仕組みもまだ完成していません。この「成長の途中」だからこそ出てくる懸念は、成長を終えた動物(成獣)を使った試験では、そもそも見えにくいのです。「子どもは大人を小さくしただけ」という感覚は、直感としては自然でも、安全性評価の設計には通じません。

そのすき間を埋めるために用意されているのが、幼若動物毒性試験(Juvenile Animal Studyまだ成長途中の若い動物に薬を投与し、発達中の臓器への影響を調べる非臨床試験。小児開発の懸念を確かめる。、略してJAS)です。まだ育っている途中の若い動物に薬を投与して、発達中の臓器への影響を調べる――目的はそこに絞られています。ただ、実務でつまずきやすいポイントがいくつかあります。「大人のデータがあれば省ける」「量を減らせば安全」といった思い込みが、なぜ成り立たないのか。判断の土台になるのは、2020年に最終化されたICH S11小児医薬品開発を支える非臨床安全性試験の考え方を定めた国際ガイドライン。幼若動物毒性試験の要否判断も扱う。という国際ガイドラインです。主眼は低分子ですが、抗体やその他のモダリティ抗体・低分子・核酸・細胞治療など、医薬品の種類・創薬手法の区分。で話がどう変わるかにも、要所で触れていきます。
- 幼若動物毒性試験(JAS)は、成獣試験ではとらえにくい発達中の系への懸念を、狙いを絞って確かめる試験です。
- JASは必須試験ではなく、ICH S11の証拠の重みづけ(WoE)で要否を判断し、不要な動物使用を減らすのが基本です。
- 確かめたい懸念に対応するヒトの発達段階へ、投与時期と評価時期を合わせ込むことが設計の要になります。
誤解1:成獣の毒性試験を子ども向けに焼き直せばいい
まず崩しておきたいのが、「大人向けの試験をもう一度やり直せばJASまだ成長途中の若い動物に薬を投与し、発達中の臓器への影響を調べる非臨床試験。小児開発の懸念を確かめる。になる」という発想です。狙いをそもそも取り違えています。
大人向けの安全性評価では、げっ歯類(ネズミの仲間)とそれ以外の動物種で、繰り返し薬を投与する毒性試験を行います。ただ、これらはすでに成長を終えた動物が中心です。子どもの体には、大人にはない事情がある。臓器がまだ作られている最中で、その時期に薬が影響すると、大人では起きない、あるいは元に戻らない変化につながることがあるのです。
JASが狙うのは、まさにこの「発達中だからこその懸念」です。とくに注目されるのが、次のような発達中の系です。
- 骨・骨格系:骨は成長板骨の端にある伸びしろの部分で、ここで骨が伸びる。薬の影響を受けると身長の伸びや骨の形に関わる。(骨の端にある、伸びしろの部分)で伸びます。ここに影響すると、身長の伸びや骨の形に関わることがあります。
- 神経系:脳や神経のつながりが作られる時期は、影響を受けやすい窓(感受期発達の途中で特定の臓器や系が薬の影響を受けやすくなる時期。この窓を外すと同じ薬でも影響の見え方が変わる。)とされます。
- 免疫系:免疫の仕組みが立ち上がる途中の影響は、感染への守りに関わります。
- 生殖系:思春期にかけて成熟する系で、将来の生殖機能に関わる懸念があります。
- 腎:腎臓は生後もしばらく成熟が続き、薬の排出や機能に関わります。
これらの系は、いつ影響を受けるかが時期に左右されます。成獣にひととおり投与しただけでは読み切れない部分が残るのは、そのためです。発達には「影響を受けやすい時期」があり、その窓を外すと同じ薬でも見え方が変わる――ここが、成獣試験の焼き直しではJASの目的を果たせない理由です。
JASの狙いは「大人向けの毒性試験の焼き直し」ではありません。成獣試験ではとらえにくい、発達中だからこその懸念(成長板・神経発達・免疫成熟など)を、狙いを絞って確かめるところにあります。
誤解2:子ども向けに使うなら、JASは必ずやるもの
次に多いのが、「小児で使う薬なら、JASは必須の試験だ」という思い込みです。実際にはJASは独立した必須試験ではなく、それまでに集めた情報の「すき間」を埋める試験です。
ICH S11は、この判断をweight-of-evidence手元の情報を並べ、残る懸念の有無を総合的に見きわめて試験の要否を決める考え方。証拠の重みづけ。(証拠の重みづけ手元の情報を並べ、残る懸念の有無を総合的に見きわめて試験の要否を決める考え方。証拠の重みづけ。、WoE手元の情報を並べ、残る懸念の有無を総合的に見きわめて試験の要否を決める考え方。証拠の重みづけ。)という考え方で組み立てるよう促しています。すでに手元にある情報を並べ、子どもに使ううえで残る懸念が本当にあるのかを見きわめてから、JASの要否を決める、という流れです。判断のために持ち寄る情報には、次のようなものがあります。
| 情報源 | JASの要否にどう効くか |
|---|---|
| 成獣の反復投与毒性試験薬を繰り返し与え、どの臓器がどの量から傷むか、回復するかを調べる中核の毒性試験。 | 標的臓器反復投与毒性試験で、薬によって害が最初に現れると特定される臓器のこと。や毒性の出方の土台になる |
| 発生・生殖毒性試験胎児の発生や生殖機能への薬の影響を調べる非臨床試験。出生前後を含む発達への影響の手がかりになる。(DART胎児の発生や生殖機能への薬の影響を調べる非臨床試験。出生前後を含む発達への影響の手がかりになる。) | 出生前後を含む発達への影響の手がかり |
| 薬の作用機序薬が効果を発揮する仕組み。抗体医薬ではADCCやCDCなどが該当し、アッセイで裏づける。・標的の分布 | 発達中の系に関わる標的かどうか |
| 対象年齢・投与期間 | どの成長段階に、どれだけ使うか |
| 同種・類薬の知見 | 既知のクラス毒性同じ作用機序や構造を持つ薬の一群に共通して見られる毒性。既知であれば試験の要否判断の材料になる。があるか |
これらを並べたうえで、子どもに使う場面で残る懸念が具体的にあれば、それを確かめるためにJASを設計します。逆に、懸念が既存の情報で十分に説明できるなら、JASを行わない判断もあり得ます。JASの要否は「小児で使うか否か」で機械的に決まるのではなく、集めた証拠の重みで決まる、ということです。
さらに言えば、「安全のためにとりあえず全部やる」もまた誤りです。ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。 S11の狙いのひとつは、不要な幼若動物の使用を減らすことでもあります。懸念が具体的にあるときに、狙いを絞って行うのが基本の姿勢です。
JASを「とりあえず全部やる」ことは目的ではありません。ICH S11の狙いのひとつは、不要な幼若動物の使用を減らすことでもあります。懸念が具体的にあるときに、狙いを絞って行うのが基本の姿勢です。
要否を分ける、二つの軸
では、証拠の重みで見きわめるとき、実際に何が効いてくるのか。判断の軸は、大きく二つに整理できます。
一つは、「どの年齢の子どもに、どれくらいの期間使うか」です。ごく短期間の使用と、成長期を通じて長く使う場合とでは、発達への影響を心配する度合いが変わります。もう一つは、薬の作用機序(どういう仕組みで効くか)が、発達中の系に直接関わるかどうか。骨の代謝やホルモン、神経や免疫の働きに作用する薬は、発達中の同じ系に影響する懸念が具体的になりやすいといえます。
ICH S11やFDAの小児向け非臨床ガイダンスは、次のような要素を総合して考えるよう促しています。
- 対象となる小児の年齢層と、それに対応するヒトの発達段階
- 想定される投与期間(短期か、成長期を通じた長期か)
- 標的や作用機序が、発達中の臓器・系に関わるか
- 成獣試験やDARTで、すでに懸念が説明できているか
- 既知のクラス毒性や、同種薬の小児での経験
この「余分な試験を増やさず、必要なところに絞る」という姿勢は、モダリティを問わず共通します。ただし、抗体やその他の生物学的製剤抗体など生き物由来の医薬品で、NOAEL起点の換算だけでは危ういことがある。では事情が少し変わります。標的が動物とヒトで異なると、そもそも動物で意味のある試験になりにくいことがあるからです。ICH S6バイオ医薬品の非臨床安全性評価の考え方を定めた国際ガイドライン。標的が動物種間で保存されているかを重視する。(バイオ医薬品抗体・タンパク質・核酸など生体由来の分子を利用して製造された医薬品の総称。の非臨床評価)が扱うように、種の間で標的が保存されているか(関連性のある動物種があるか)が、JASを組めるかどうかを左右します。低分子の初回投与量をNOAELから決める考え方が、抗体ではMABELの発想に置き換わるのと似て、発達毒性成長の途中にある体で、臓器や系の発達に薬が及ぼす有害な影響。投与時期と評価時期の両方が結果の意味を決める。でもモダリティに応じてものさしを変える必要があります。
誤解3:若い動物に投与しさえすれば、子どもを代弁できる
「幼若動物」という言葉は、つい「若ければどれでも子どもの代わりになる」という印象を与えます。ここも落とし穴です。動物とヒトでは成長の速さが違い、同じ「若さ」でも臓器の育ち具合はそろっていません。
だからこそJASの核心は、確かめたい懸念に対応するヒトの発達段階を先に決め、それに相当する時期の動物に投与するよう合わせるところにあります。新生児期の懸念を見たいのか、思春期にかけての懸念を見たいのかで、投与を始める日齢が変わってきます。ざっくりした対応の目安として、次のような整理があります(あくまで概念的な対応で、確かめたい臓器ごとに合わせ込みます)。
| ヒトの発達段階 | 関心の中心になりやすい系 |
|---|---|
| 新生児・乳児期 | 中枢神経脳と脊髄のことで、安全性薬理では意識・運動・体温などへの急な影響を評価する対象。、腎、免疫の立ち上がり |
| 幼児・小児期 | 骨・成長、神経発達の継続 |
| 思春期 | 生殖系の成熟、骨端の閉じ方 |
もう一つ見落とされがちな点があります。「投与した時期さえ合っていればいい」わけではない、ということです。投与をやめたあと、育ちきってから影響が残っていないかを見る「回復期間投与をやめたあと動物を育て、影響が残らないか元に戻るかを観察する期間。発達毒性の評価で重要になる。」の置き方も同じくらい重要になります。発達期に受けた影響のなかには、投与中には目立たず成熟してから現れるものや、逆に元に戻るものもあるからです。発達毒性では「いつ投与したか」と「いつ評価したか」の両方が、結果の意味を決めます。
評価項目も、成獣の試験に発達ならではの見方を足します。体重や臓器重量に加え、成長板の様子や骨の伸び、性成熟の時期、神経の行動や反射、免疫の指標などを、成長の流れのなかで見ていきます。どの項目をどこまで見るかは、最初に絞り込んだ懸念に合わせて設計します。
誤解4:どのモダリティでも同じようにJASを組める
最後に、「低分子でうまくいく設計を、そのまま抗体でも細胞治療生きた細胞そのものを有効成分とする医薬。CAR-Tなどが代表。でも当てはめられる」という思い込みです。低分子は多くの動物種で似た標的に作用しやすく、比較的標準に近い形でJASを組める場面が多いのは確かです。ただし、モダリティが変わるとそもそも試験が成り立つかどうかから考える必要が出てきます。
- 抗体・ADC標的を選ぶ抗体に、細胞傷害性の薬物(ペイロード)をリンカーでつないだ分子。:標的がヒト特異的だと、通常の動物では薬理が働きません。関連性のある動物種があるかがまず問われ、なければ発達への懸念を別の形で評価します。
- mRNA-LNP試験管内転写(IVT)でmRNAを作り、脂質ナノ粒子(LNP)に封入して製剤化する一連の工程です。詳しく →・siRNA二本鎖の短いRNAで、RISC(Ago2)を介して標的mRNAを分解する核酸医薬。ASOと製造基盤を共有する。/ASO標的RNAに相補的な配列をもつ一本鎖の短い核酸。RNAに結合して働きを抑えたり書き換えたりする。・AAV遺伝子治療で遺伝子を運ぶウイルスベクター。血清型によって集まりやすい組織が異なる。:体内での分布や作用の続き方(持続性)が特有で、発達期に投与したときの影響の見え方も低分子とは異なります。AAVのように長く発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。が続くものでは、成長にまたがる影響の考え方が変わります。
- 細胞治療:生きた細胞を使うため、動物モデルでの発達毒性評価そのものが難しく、製品ごとに個別の設計になります。
こうした違いはあっても、根っこにある問いは同じです。子どもに使ううえで、成長の途中だからこその懸念が具体的に残るか。残るなら、それをいちばん確かめられる時期と項目で、どう見るか。ものさしはモダリティごとに変えても、「発達中の系への懸念を、証拠の重みで絞り込む」という発想は共通します。
誤解が解けたあとに残るもの
四つの思い込みをほどいていくと、JASの輪郭がはっきりしてきます。子どもは大人の縮小版ではないので、成獣の試験だけでは骨・神経・免疫・生殖・腎への影響を読み切れません。かといってJASは小児開発の必須ノルマでもなく、既存の試験で説明しきれない懸念が残るときに、証拠の重み(WoE)で見きわめて設計するものです。若い動物に投与すれば足りるわけでもなく、確かめたい懸念に対応するヒトの発達段階へ、投与時期と評価時期を合わせ込んではじめて意味を持ちます。低分子で通じる型が他のモダリティでそのまま通じるとも限らない。直感の落とし穴を一つずつ外していくことが、結局はいちばん確かな設計への近道になります。
参考文献
- ICH S11, Nonclinical Safety Testing in Support of Development of Paediatric Pharmaceuticals(Step 4 到達のお知らせ)
- FDA, Nonclinical Safety Evaluation of Pediatric Drug Products
- ICH M3(R2)臨床試験を支える非臨床安全性試験の実施時期や内容の全体像を示すICHガイドライン。, Nonclinical Safety Studies for the Conduct of Human Clinical Trials and Marketing Authorization for Pharmaceuticals
- ICH S6(R1), Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals
- Tavares D. ほか, From guideline to practice: three years of ICH S11 insights and recommendations
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