低分子研究・DMPK

血液脳関門(BBB)と中枢移行:薬を脳に届ける難しさ

中枢神経系(CNS)の病気を狙う薬は、他の臓器を狙う薬とは前提がひとつ違います。「そもそも脳に届くか」という関門を、効き目を語る前に越えなければならないのです。脳の毛細血管は、体の他の組織の血管とは作りが違います。内皮細胞どうしが強く閉じ、望まない物質を血液側へ汲み出す仕組みを備えていて、血液と脳の間を厳しく仕切っています。これが血液脳関門(BBB=blood-brain barrier)です。BBBは脳を守るうえで欠かせない一方、薬にとっては大きな壁になります。

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血液脳関門(BBB)と中枢移行:薬を脳に届ける難しさ

同じ「脳に届ける」という課題でも、低分子とバイオ医薬では越え方がまるで違います。低分子は細胞膜を貫く受動拡散を主な道とし、その通りやすさを物性で調整します。物性のバランスをCNS MPOのような指標で見積もり、排出トランスポーターP-gp・BCRPに汲み出されにくい形を探ります。抗体などのバイオ医薬は受動拡散では通れず、BBBに備わる受容体介在トランスサイトーシス(RMT)を乗り物として借り、シャトル技術で脳へ運び込みます。この二つの道のどちらを選んでも、最後に問われるのは同じ一点です。血中濃度がいくら高くても、効く場所に届いているとは限らない——タイトジャンクションと排出機構を越え、実際に脳内の非結合濃度がどれだけ立ち上がるか(Kp,uu)で薬の運命は決まります。だからこそ、効く場所に届く形の薬がどれだけあるかを、なるべく早い段階で見積もることが効いてきます。

何が薬を阻むのか:二段構えの壁

BBBが薬を止める仕組みは、性質の異なる二つの障壁が重なってできています。片方は分子が動く道そのものを塞ぐ物理的な壁、もう片方は入り込んだ分子を押し戻す能動的なポンプです。この二段構えを分けて捉えると、なぜ「膜透過性が良く見える化合物でも脳に届かない」ことが起きるのかが見通せます。

タイトジャンクションという物理的な壁

体の多くの組織では、毛細血管の内皮細胞の間にすき間があり、小さな分子は細胞の間(傍細胞経路)を通って組織へ漏れ出せます。ところが脳の毛細血管では、内皮細胞どうしがタイトジャンクション(密着結合)という強い連結でぴったり閉じています。クローディンやオクルディンといった膜タンパク質が細胞間を封じ、小さなイオンでさえ細胞の間を通りにくくします。結果として、脳へ入る分子の多くは細胞の「間」ではなく細胞を「貫いて」通るしかありません。

さらにBBBは内皮細胞だけで成り立っているわけではありません。血管を包む周皮細胞(ペリサイト)や、アストロサイトという星形のグリア細胞の突起(足突起)が血管を取り巻き、これらが協調してバリア機能を保っています。この一体の仕組みを神経血管ユニット(neurovascular unit)と呼びます。BBBは単なる受け身の壁ではなく、周囲の細胞に支えられた動的な構造だと捉えると理解しやすくなります。

細胞の間が閉じているため、脂溶性の低分子でも脳に入るには細胞膜を二重に横切る(血液側の膜から入り、脳側の膜から出る)必要があります。抗体のような大きな分子は、この受動的な経路ではほとんど通れません。ここが、あとで対比する低分子とバイオ医薬の分かれ道の出発点になります。

P-gpとBCRP:入っても押し戻す能動ポンプ

タイトジャンクションを越えて細胞内に入れたとしても、それで安心はできません。BBBの内皮細胞は、血液側(管腔側)の膜に排出トランスポーターを高く発現しているからです。代表格が P-糖タンパク質(P-gp、遺伝子名ABCB1/MDR1)と 乳がん耐性タンパク質(BCRP、遺伝子名ABCG2)です。どちらもATPのエネルギーを使って、細胞内に入った化合物をつかまえ、血液側へ能動的に汲み出します。受動拡散で細胞内に入れても、これらの排出ポンプの基質になっていると、脳側へ抜ける前に押し戻され、脳内濃度が伸びません。

この排出は、CNS創薬でしばしば失敗の原因になります。試験管の膜透過性では十分に通りそうに見える化合物でも、P-gpやBCRPの良い基質だと、生体では脳にほとんど届かないことがあります。逆に言えば、脳を「狙わない」薬(末梢だけで効かせたい薬)では、P-gp基質であることが中枢性副作用を避ける助けになる場合もあります。基質かどうかは目的しだいで長所にも短所にもなる、という点が対照的です。

P-gpとBCRPは基質の重なりが大きく、両方の基質になる化合物も珍しくありません。片方だけを抑えても、もう片方が排出を担って脳移行が伸びないことがあるため、脳への到達を評価するときは両者をあわせて考えます。基質性の見分け方は、Caco-2などの細胞単層透過性アッセイと排出比(efflux ratio)で扱っています。

POINT

BBBの障壁は「タイトジャンクションによる受動通過の制限」と「P-gp・BCRPによる能動的な排出」の二段構えです。膜透過性が良く見えても、排出トランスポーターの基質だと脳には届きにくくなります。

KpとKp,uu:どちらの指標で脳移行を語るか

障壁を越えて脳に「入った」量をどう測るかも、指標の選び方で結論が変わります。ここには二つの物差しがあり、片方は判断を誤らせがちです。

かつては脳全体の薬物量を血中濃度で割った Kp(脳/血漿比)で脳移行を語ることがありました。しかしこの指標には落とし穴があります。脂溶性の高い薬は脳組織の脂質に大量に貯まり、Kpが大きく出ますが、その多くは組織に結合して動けず、受容体に働けません。つまりKpが高くても効くとは限らないのです。

そこで現在は、非結合(unbound、遊離)の濃度に注目した Kp,uu を使います。定義は次のとおりです。

Kp,uu = 脳内の非結合濃度 ÷ 血漿中の非結合濃度

  • 脳内の非結合濃度:脳の中で組織に結合せず自由に動ける薬の濃度。実際に受容体へ働ける分に近い量です。
  • 血漿中の非結合濃度:血漿タンパク質に結合していない、血中で遊離している薬の濃度。

二つの物差しの違いは、こう整理できます。Kpは脳全体量ベースで、脂溶性の高さに引っ張られて効き目を過大評価しがちです。Kp,uuは遊離濃度ベースで、受容体に働ける分を映します。読み方も直感的で、おおよそ1に近ければBBBは受動拡散で自由に行き来でき、脳内外の遊離濃度がほぼ釣り合っていると考えられます。1より明確に小さければP-gpなどの排出が優勢で脳へ入りにくい状態、逆に1より大きければ取り込み側の輸送が働くなど脳側に濃縮される状態を示唆します。効き目に効くのは脳内の遊離濃度なので、CNS創薬ではKpよりKp,uuを主役の指標に据えるのが現在の考え方です。

低分子とバイオ医薬:越え方の分岐

ここからが、本稿を貫く対比の核心です。「BBBをどう越えるか」という問いへの答えは、低分子とバイオ医薬でまったく別の方向を向きます。

低分子の道:受動拡散と物性、そしてCNS MPO

タイトジャンクションが閉じている以上、低分子が脳へ入る主な道は細胞膜を貫く受動拡散です。膜は脂質でできているので、通りやすさは化合物の物性で大きく変わります。おおまかな傾向として、次のような性質がBBB通過に効いてきます。

  • 脂溶性(LogP/LogD):ある程度脂溶性がある方が膜を通りやすい一方、高すぎると溶けにくさや非特異的な結合、代謝の速さといった別の問題を招きます。中庸が望ましいとされます。
  • 分子量:小さいほど受動拡散で通りやすくなります。大きな分子は膜を貫きにくくなります。
  • 水素結合の数:水素結合の供与体(とくにドナー)が多いと、膜を通る際にまとった水を脱ぐコストが大きくなり、透過が落ちます。
  • 極性表面積(PSA/TPSA):分子表面の極性部分の面積。これが大きいほど膜を通りにくく、BBB通過には小さめが有利とされます。

これらは互いに関係し合うため、一つの指標だけで判断するのは危ういところがあります。そこで、複数の物性をまとめて総合点として扱う考え方が提案されています。その代表が CNS MPO(Central Nervous System Multiparameter Optimization)です。CNS MPOは、脂溶性(LogPとLogD)、分子量、水素結合ドナー数、極性表面積、そして塩基性の指標(最も塩基性の官能基のpKa)という6つの物性を、それぞれ望ましい範囲で高得点になるよう点数化し、合計(最大6点)で表します。合計点が高い化合物ほど、CNS薬として望ましい物性バランスに近いという見方ができます。CNS MPOはあくまで設計の当たりをつける目安であり、最終的には実測の透過性や脳移行データで確かめる位置づけです。

ここで押さえたいのは、こうした物性の議論がすべて受動拡散を前提にしている点です。分子量が数十kDaにおよぶバイオ医薬は、物性を整えても受動拡散でBBBを通ることは期待できません。同じ物性チューニングという手が、バイオ医薬には効かないのです。

バイオ医薬の道:受容体を乗り物にするRMTシャトル

受動拡散が使えないなら、別の入口を借りるしかありません。BBBの内皮細胞は、栄養や必要な分子を脳へ運び込むための取り込み機構をもっています。その一つが受容体介在トランスサイトーシス(RMT=receptor-mediated transcytosis)です。血液側の受容体に分子が結合すると、内皮細胞が小胞に取り込み、細胞を横切って脳側へ運び、放出します。細胞を「貫いて」荷物を運ぶ仕組みで、大きな分子でも通せる点が受動拡散と決定的に違います。

CNS向けの抗体医薬では、この経路を意図的に利用する設計が進んでいます。よく使われる標的がトランスフェリン受容体(TfR)です。脳に届けたい抗体に、TfRに結合する部分をくっつけておくと、TfRのRMTに便乗して抗体がBBBを越えられます。このように受容体を乗り物として使う工夫を、脳への「シャトル(shuttle)」技術と呼びます。TfR以外にも、インスリン受容体などがシャトルの標的として研究されています。

RMTを使った設計には固有の勘所があります。受容体への結合が強すぎると、内皮細胞内で受容体から離れられず脳側に放出されにくくなったり、受容体そのものを壊す方向に働いたりすることが知られ、結合の強さや価数(結合する腕の数)を調整する工夫が重ねられています。TfRは赤血球系細胞などにも発現するため、狙い以外の場所での作用にも注意が要ります。それでも、受動拡散に頼れないバイオ医薬にとってRMTシャトルは中枢移行を成り立たせる有力な道筋になっています。

こうした違いは、モダリティ全般に広がります。抗体だけでなく、核酸医薬(siRNA/ASO)、mRNA-LNP、AAVを使う遺伝子治療なども、そのままではBBBをほとんど通れません。実務では髄腔内投与や脳室内投与といった投与経路の工夫、あるいはAAVのように血液脳関門を越えやすい性質をもつカプシドの探索など、モダリティごとに別の解決策が模索されています。「BBBをどう越えるか」は、化合物設計だけでなくモダリティ選択そのものに関わる論点だといえます。モダリティ全体の見取り図はモダリティ選択ガイドで整理しています。

in vitroとin vivo:競合ではなく役割分担

評価の側にも、性格の違う二つの手法があります。ただしこちらは低分子とバイオ医薬のような二者択一ではなく、役割を分け合う関係です。細胞アッセイは排出トランスポーターの基質性を、動物実験は実際の脳内遊離濃度を、それぞれ得意分野として受け持ちます。

創薬の初期では、まず細胞レベルで排出のされやすさを見ます。よく使われるのが MDCK-MDR1 系です。イヌ腎由来のMDCK細胞にヒトP-gp(MDR1)を強制発現させた単層で、化合物のP-gp基質性を評価します。透過方向をA→BとB→Aの両方で測り、その比(efflux ratio)が大きければP-gpに汲み出されやすい、すなわちBBBで排出を受けやすい化合物だと見当がつきます。BCRPについても、BCRPを発現させた同様の系で評価できます。これらは動物を使わずに多数の化合物をふるいにかけられるのが利点です。

一方、細胞アッセイだけでは脳内の遊離濃度そのものは分かりません。そこで動物(多くはげっ歯類)を使い、実際の中枢移行を確かめます。定常状態にした動物で脳と血漿の薬物量を測り、脳と血漿それぞれの非結合率(組織や血漿タンパク質に結合せず遊離している割合)を別途求め、これらを組み合わせて Kp,uu を算出します。脳の非結合率は脳組織を用いた結合試験で、血漿の非結合率は血漿タンパク結合試験で測るのが一般的です。手間はかかりますが、効き目に効く脳内遊離濃度を実測ベースで押さえられる点で、in vitroのスクリーニングを補完します。

実務では、in vitroで排出トランスポーターの基質性をふるいにかけて候補を絞り、有望なものについてin vivoでKp,uuを確かめる、という二段構えで進めるのが定石です。細胞アッセイは速く安く多数を捌く一方、生体での真の脳移行はin vivoでないと確認しきれません。速さと確かさのどちらを取るかではなく、両者を順につなぐことで、片方の弱点をもう片方が埋めます。

実務の勘所

薬を脳に届ける難しさの根っこは、BBBの二段構えの障壁にあります。タイトジャンクションで閉じた内皮が受動的な通過を制限し、P-gpとBCRPが細胞内に入った薬を血液側へ汲み戻します。だから血中濃度が高くても脳に届くとは限りません。だからこそ、指標は脳全体量ベースのKpではなく、遊離濃度で見るKp,uuを主役に置きます。

そのうえで、越え方は低分子とバイオ医薬で分かれます。低分子は受動拡散が主役で、脂溶性・分子量・水素結合・極性表面積といった物性がBBB通過を左右し、それらをまとめたCNS MPOが設計の目安になります。抗体などのバイオ医薬は同じ物性チューニングが効かず、トランスフェリン受容体などのRMTを乗り物にするシャトル技術に頼ります。評価では、MDCK-MDR1などのin vitroが排出の基質性を速く広くふるいにかけ、in vivoが実際の脳内遊離濃度を実測で押さえます。この対比の地図を頭に入れておくと、「BBBをどう越えるか」が化合物設計だけでなくモダリティ選択にまで及ぶ、CNS創薬の中心的な論点だと見えてきます。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、低分子に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。
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