Caco-2 透過性のPappとは? 算出式と高/低透過性の判定基準
低分子の創薬プロジェクトに加わると、必ず出くわす場面があります。合成した化合物のCaco-2 Pappが、ひとつ出た時点です。経口吸収の答えが出たように扱われますが、実際はまだ途中です。レポートには「Papp = 22×10⁻⁶ cm/s、高透過性」とだけ書かれています。A→Bなのか、単層は何日目のものかは書かれていません。efflux ratio透過をB→AとA→Bの比で表す指標。2以上だとP-gpなどによる能動的な排出を疑う。詳しく →を測ったのかも分かりません。P-gp腸上皮などにある排出トランスポーター。取り込んだ薬を管腔側へ汲み出して吸収を下げる。の基質を見落としたまま優先順位を決めると、あとの試験で足をすくわれます。動物実験まで進んでからでは、取り返しがつきません。

核心は一点にあります。Pappレシーバー側へ移る速さを面積と初濃度で割った、見かけの透過係数。腸吸収の見込みを表す。詳しく →という数字そのものではなく、単層の作り方とefflux ratio、品質ゲートをそろえて初めて意味を持つ、という点です。同じ「高透過性」でも、そこまで踏み込んで初めて比較できる材料です。数字だけを追っても、判定はできません。
本稿では、単層の作り方でPappが比べにくくなる理由から、A→BとB→Aで読み方が変わる理由、efflux ratioとP-gp阻害剤の使い方、TEERと参照物質による品質保証、BCS分類とICH M9BCSに基づくバイオウェーバーの考え方を示すICHガイドライン。詳しく →との接続、そして委託先に確かめる順番まで、実務の流れに沿って整理します。
- Pappは単層の作り方(何日培養したか)がそろって初めて比較材料になる数字です。
- A→Bだけでは、P-gp基質かどうかがefflux ratioに隠れて見えません。
- TEERと参照物質による品質ゲートを通さないデータは、判定に使えません。
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単層の作り方 ― 3日系と21日系の違い
Caco-2ヒト大腸がん由来の細胞株。単層が小腸上皮に近く、腸吸収の見込みを試験管内で測るのに使う。詳しく →の単層は、作り方で透過性そのものが変わります。同じ「高透過性」でも、培養条件が違えば意味も違います。
伝統的な方法では、細胞をインサート上にまきます。タイトジャンクション上皮や内皮の細胞どうしを強く連結して細胞間の隙間を封じる結合。物質の傍細胞的な通過を妨げ、血液脳関門でよく発達する。と刷子縁が育つまで、21日から25日ほど培養します。Corningのポリエステル製Transwellインサートは、孔径0.4µm、孔密度4×10⁶個/cm²です。一方、BioCoat HTS Caco-2アッセイシステムは違います。線維性コラーゲンをコートしたインサートと、専用の無血清培地血清を加えずに調製された培地で、血清の代わりに精製タンパク質や成長因子などの個別成分を補った設計のもの。詳しく →、酪酸ナトリウムを組み合わせ、分化期間を21日から3日へ縮めている。孔径フィルター膜に存在する細孔の公称上の大きさを示す値で、保持できる粒子・微生物の最小サイズの目安となる指標(ただし実際の保持性能はバクテリアチャレンジ試験で実証される)。詳しく →は1.0µmで、24ウェル形式のロボット対応プレートに収まります。
このBioCoatというブランドは、もともとBD Biosciencesのディスカバリー・ラブウェア事業のものでした。Corningは2012年、この事業を現金約7.2億ドルで買収しています。買収から10年以上たったいまも、カタログ上の「BioCoat」にその出自が残っています。カタログのPappは、単層がどちらの系で、培養何日目に測られたかを書いていないことが多いです。系が違えば、数字も違います。成熟していない段階のデータを、育ちきった単層のデータと並べるのは危険です。Pappを比較材料に使うときは、単層をどちらの系で、何日培養して作ったかをそろえることが前提です。
算出式とA→B ― 方向を無視した読み違え
Pappの式自体は単純です。単位をそろえれば、答えは一つの分数にまとまります。
Papp = (dQ ÷ dt)÷ (A × C0)
dQ/dtはレシーバー側で化合物量が増える速さ、Aは単層の面積、C0はドナー側の初濃度です。Aはインサートの生育面積で、6.5mmなら0.33cm²、12mmなら1.12cm²、24mmなら4.67cm²です。14倍も開くので、正しい面積で割らないとPappが数倍ずれます。傾きdQ/dtは、シンク条件が保てる初期の直線範囲分析法において、濃度と応答値の間に直線的な比例関係が成立する濃度域のこと。詳しく →から取るのが前提です。
それでも、A→BだけのPappを「透過性」と報告するのは、半分の情報だけです。化合物がP-gpの基質なら、入った分だけ頂端側へ汲み出されます。A→Bの傾きは、受動拡散濃度差に従って分子が細胞膜を自ら透過する動き。低分子が脳へ入る主な経路。詳しく →の実力より小さく出ます。逆方向のB→Aは、その分だけ見かけ上速くなります。方向を1つしか測らず「低透過性」と判定すると、排出に負けているだけの化合物を切り捨てます。片方向だけのPappはP-gp基質を覆い隠し、判定にはA→BとB→Aの両方が要ります。
efflux ratioとP-gp阻害剤 ― 排出を止めて分かること
efflux ratioは、この排出の強さを一つの比で表します。
efflux ratio = Papp(B→A)÷ Papp(A→B)
概ね2以上なら、能動的な排出が起きている可能性が高いと読みます。ただしこの数字だけでは、排出の主役までは分かりません。P-gpなのか、BCRPP-gpと並ぶ代表的な排出トランスポーター。基質が重なり脳移行を妨げる。詳しく →やMRP2かは不明です。そこで、P-gpを選択的に止める阻害剤トランスポーターの働きをふさぐ薬。他の基質薬の輸送を妨げ、短期間で濃度を変える。詳しく →を加え、もう一往復測ります。ベラパミルは古くから使われてきたP-gp阻害剤です。ジゴキシンのefflux ratioは、ベラパミル50µmol/Lの添加で6.98から0.832まで下がりました。一方リファキシミンは、より強いGF120918を0.5µM加えても45〜135から10〜30程度までしか下がりません。1には戻らないのです。P-gpだけでは説明できません。阻害剤にも相性があります。こうした阻害剤はSigma-Aldrichなどが供給します。阻害剤自体が単層に影響することもあり、無添加の対照と並べて解釈します。efflux ratioが2以上で、P-gp阻害剤を加えるとその比が1に近づくとき、P-gp基質と判断できます。
TEERとLucifer Yellow ― 数字より先に確かめる健全性
Pappを読む前に、単層そのものが閉じているかを確かめます。
TEER(経上皮電気抵抗)は、タイトジャンクションが閉じているほど高くなる指標です。MerckのMillicell-ERS2のような電圧・抵抗計は、銀/塩化銀電極を使って交流で測ります。無菌性を壊さず、培養中のまま確認できます。実務では、概ね300〜500Ω・cm²を下回ったウェルを除外します。単層に損傷や孔があるとみなすためです。Lucifer Yellow細胞間隙を通る蛍光色素。単層からの漏れを直接見て健全性を確認する品質指標。は細胞間隙を通る蛍光色素です。被験物質とともに加え、漏れを直接確認します。許容値を超えたウェルは、抵抗が基準内でも除外します。
どちらの指標も、細胞のpassage数に左右されます。TEER細胞単層の電気抵抗を測る指標。密着結合が閉じているほど高くなり、単層の健全性を確認する。やスクラーゼ活性はpassage 36前後まで上がり続け、60を過ぎると下がり始めるという報告があります。多くのラボは、passage 25から35に範囲を絞っています。TEERとLucifer Yellowは単層が閉じていたことを保証する品質ゲートで、満たさないデータはPappの土俵に乗りません。
Pappが低く出ても、単層が漏れていれば数値は信用できません。TEERとLucifer Yellowで健全性を確認してから、透過性を判定します。
参照物質と検量線 ― 何をそろえて判定するか
Pappは絶対値では判定できません。毎回いっしょに参照物質を測ります。
高透過性の代表はプロプラノロールやメトプロロールです。低透過性の代表はアテノロールです。米FDAの研究者らは、伝統的な21日・12ウェル系で20種類を超える化合物を検証しました。メトプロロールは高透過性の指標、FITC-デキストランブドウ糖が連なった標準物質で、同一条件で流してGU値の目盛りづくりに使う。詳しく →は単層の健全性の指標です。ロダミン123は排出の指標に使います。測定後は、ドナー側とレシーバー側、細胞内に残った量を足し合わせて回収率添加した既知量の標準物質に対して試験で実際に測定された値の割合を示す指標で、試験の正確さを表す。詳しく →を確認します。回収率が崩れたデータは要注意です。単層やプラスチックへの吸着か、分解が疑われます。Pappの数字だけを信じてはいけません。こうした条件は、EURL-ECVAMが検証した標準プロトコルにも明文化されています。Pappは参照物質と並べて初めて高低が言える相対値で、単独の数字として独り歩きさせてはいけません。
BCS分類とICH M9 ― Pappがその先で使われる場所
Caco-2で得た透過性は、製剤開発の下流でBCS分類原薬を溶解性と透過性の高低で四つに分ける分類。経口吸収の律速要因を整理するのに使う。詳しく →につながります。
BCSは経口固形製剤の原薬を、溶解性と腸管透過性の高低で4つに分ける枠組みです。溶解性も透過性も高いクラスI、溶解性が低く透過性が高いクラスII、溶解性が高く透過性が低いクラスIII、両方とも低いクラスIVという並びです。ICH M9では、投与量のおおむね85%以上が吸収されることをもって、高透過性と結論できます。Caco-2は、この判定を裏づけるモデルの一つです。対象はクラスIとIIIの一部です。生物学的同等性試験を溶出試験で代替できます。ただし、系のバリデーション試験法が目的に合う性能を持つことを立証する妥当性確認。正確さ・精度などを評価する。詳しく →など要件を満たす必要があります。緩い基準のままでは通りません。
委託先に確かめること ― どちらが正しいという話ではない
CROやメーカーに何を聞くかで、届くデータの意味は変わります。
聞くべきは「Pappはいくつですか」ではありません。「その値はどの系で、培養何日目の、passage何代目の細胞で、どちらの方向を測ったものですか」です。どちらの系が正しいという話ではありません。BioCoatのような3日系は速さで勝りますが、Caco-2はCYP3A4腸と肝に多く存在し多くの薬を代謝する酵素。その基質は初回通過で削られやすい。詳しく →の発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。詳しく →が乏しく、初回通過代謝までは見えません。MatTekのEpiIntestinalなら、ヒト初代細胞由来の3D組織で透過性と代謝を同じ実験で評価できますが、コストは増えます。吸収の順位づけか、代謝まで含めた曝露の見積もりか、目的で決まります。吸収された後にどれだけ速く肝臓で処理されるかは、肝ミクロソームによる固有クリアランス測定で別に見積もる必要があります。系の選択に唯一の正解はなく、速さを取るか代謝まで含めた曝露を見たいかで、使う系を変えるのが実務的です。
決めておく順番 ― 系の選択から委託前の確認まで
近道はありません。まず決めるのは、どの単層系でPappを測るかです。21日系のTranswellで受動拡散を見るのか、BioCoatで速さを取るのか、EpiIntestinalで代謝まで見るのかを、目的に合わせて先に選びます。次に、構造にP-gp基質を疑わせる特徴(塩基性の窒素や分子量400超など)があるなら、A→Bだけでなく必ずB→Aも測る方針を決めます。そのうえで、TEERとLucifer Yellowの許容値、使う細胞のpassage範囲を測定前に決めておく。最後に、参照物質を同じプレートで走らせ、ぶれを確認してから被験化合物のPappを読みます。この順番を外して数字だけを先に見ると、系の違いや品質の崩れを、Pappの高低と取り違えます。
参考文献
- FDA, M9 Biopharmaceutics Classification System-Based Biowaivers
- Corning, BioCoat HTS Caco-2 Assay System(Product Information Sheet)
- Corning, Corning Completes BD Discovery Labware Business Acquisition
- Volpe DA. Application of method suitability製品中の残留抗菌成分が微生物の検出を妨げないことを事前に確かめる試験。 for drug permeability classification. AAPS J. 2010;12(4):670-8.
- Ogasawara T, et al. Use of a Caco-2 permeability assay医薬品中の有効成分が規格範囲内の量(含量)で存在するかを定量的に確認する試験。詳しく → to evaluate the effects of several Kampo medicines on the drug transporter P-glycoprotein. J Nat Med. 2018.
- MatTek(Sartorius), EpiIntestinal 3D in vitro Microtissues
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