肝ミクロソームの固有クリアランス(CLint)とは?計算と予測
候補化合物のスクリーニングで「この化合物、代謝で落ちそうか」を素早く判断したいとき、肝ミクロソーム肝細胞をすりつぶして得た小胞体由来の画分。CYPなどの代謝酵素が濃縮され、代謝安定性の評価に使う。を使ったアッセイが最初の選択肢になることが多い。肝ミクロソームとは、肝細胞をすりつぶして得た小胞体由来の画分で、CYPをはじめとする代謝酵素が濃縮されています。ここに化合物を加えて濃度が経時的に減る様子を追えば、その化合物がどれくらいの速さで代謝されるかを比較的手軽に見積もれます。創薬の早い段階で候補の「代謝安定性肝ミクロソームや肝細胞などを用いた試験管内試験で、薬物が代謝酵素によってどれだけ速く分解されるかを評価する指標。」を並べて比べる、定番のアッセイです。

ただし、試験管で得た消失速度を、そのまま「ヒトでのクリアランス」と読み替えることはできません。試験管の酵素量とヒトの肝臓の酵素量は異なりますし、血中ではタンパクに結合した分が代謝を受けにくくなります。in vitro生きた動物の体外で、試験管やシャーレなどを用いて細胞・組織・分子レベルで行う実験を指す用語。の数字をヒトの体内へ橋渡しするには、いくつかの換算と補正を順に重ねる必要があります。
その一続きの流れ——基質枯渇法で得た半減期からin vitro固有クリアランス酵素そのものの代謝能力を表すクリアランス。組換えCYPで分子種ごとに測り、換算の元にする。(CLint)を求め、スケーリング係数in vitroの代謝能を肝臓全体・体重あたりへ拡大するための換算係数。肝重量やタンパク量の目安値を使う。で肝臓全体へ拡大し、タンパク結合を補正したうえで、well-stirred(よく混ぜたタンク)モデルによって肝クリアランス肝臓が血液から薬物を除去する能力。固有クリアランス・肝血流量・タンパク結合から予測する。(CLh肝臓が血液から薬物を除去する能力。固有クリアランス・肝血流量・タンパク結合から予測する。)にたどり着くまで——を順に追います。数値は文献で幅のある目安値なので、範囲と前提を添えて扱います。
- 肝ミクロソームの固有クリアランス(CLint)は、基質枯渇法で得た半減期を起点に段階的な換算で求めます。
- スケーリング係数で肝臓全体へ拡大し、タンパク結合を補正したうえでwell-stirredモデルにより肝クリアランスを予測します。
- 高抽出か低抽出かでCLhを動かす因子が入れ替わり、各段に目安値や仮定が入るため予測には不確かさが伴います。
この記事の計算は、その場で試せます — 肝クリアランス(CLint)計算ツール →
基質枯渇法:半減期を測る
もっとも広く使われるのが基質枯渇法(substrate depletion低濃度の基質が経時的に減る様子を追い、消失速度から半減期と固有クリアランスを求める手法。)です。ミクロソームに基質を低濃度で加え、一定時間ごとに残った基質量をLC-MS/MS液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせ、断片を一つずつ読んで配列や修飾部位を特定する手法。などで測ります。基質濃度が代謝酵素の飽和濃度(Km)より十分低ければ、消失は一次反応に近づく。濃度の自然対数(ln)を時間に対してプロットすると直線になります。
この直線の傾きが消失速度定数基質濃度が一次反応で減る速さを表す定数。ln濃度と時間の直線の傾きから求め、半減期に換算する。(k、単位 毎分)です。半減期薬の血中濃度が半分に下がるまでの時間。抗体フラグメントでは短く、延長の工夫が要る。は次の関係で求まります。
- 半減期 t1/2(分)= 0.693 ÷ k
ここで 0.693 は 2 の自然対数(ln2)です。傾きから半減期が出れば、次の換算の入り口に立てます。基質枯渇法低濃度の基質が経時的に減る様子を追い、消失速度から半減期と固有クリアランスを求める手法。の出発点は、ln濃度—時間の直線から得る消失速度定数と半減期 です。
なお、基質濃度は線形性が保てる低濃度に設定し、ミクロソームのタンパク濃度は概ね 0.2〜0.5 mg/mL 程度に置くのが一般的とされます。濃すぎると非特異結合が増え、薄すぎると測定が不安定になる——その両端を避けた範囲が実務上の目安です。
in vitro固有クリアランス(CLint)を計算する
半減期が出たら、in vitroの固有クリアランス薬が血中から取り除かれる速さ。ADCでは薬物が多く付いた高DAR種ほど速まりやすい。に換算します。固有クリアランスとは、血流やタンパク結合の影響を取り除いた、酵素そのものの代謝能力を表す量です。
- CLint(μL/min/mg protein)= 0.693 ÷ t1/2 × [ 反応液量(μL) ÷ ミクロソームタンパク量(mg) ]
右側の角かっこは「タンパク1 mgあたりの反応液量」です。たとえば反応液 1 mL(=1000 μL)にタンパク 0.5 mgなら、この比は 2000 μL/mg になります。半減期が短いほどCLintは大きくなり、同じ半減期でもタンパクあたりの液量が大きければ同様に大きくなります。
基質枯渇法のCLintは「タンパク1 mgあたりの消失能力」。半減期だけでは足りず、反応液量とタンパク量の比をかけて初めて、タンパク量に依存しない指標になります。
この時点のCLintは、あくまで「タンパク1 mgあたり」の値です。ヒトの肝臓全体の能力に変えるには、肝臓にタンパクが何 mg、体重あたり肝臓が何 g、という物理量でスケールアップ小型培養で確立した条件を、より大きなバイオリアクターへ拡大する取り組みです。酸素供給の指標kLaなどを揃え、性能を再現します。詳しく →する必要があります。
スケーリング係数:肝臓全体へ拡大する
in vitroのCLint(μL/min/mgタンパク)を、体重あたりの肝固有クリアランス(mL/min/kg)へ拡大するために、二段の係数を使います。
| 係数 | 意味 | よく使われる目安値 |
|---|---|---|
| MPPGL肝臓1gあたりのミクロソームタンパク量。in vitroの固有クリアランスを肝全体へ換算する際に用いる。 | 肝1 gあたりのミクロソームタンパク量 | 加重平均 約32 mg/g(報告範囲 概ね 26〜54 mg/g liver) |
| 肝重量 | 体重あたりの肝臓の重さ | 概ね 20〜26 g liver/kg |
MPPGL(microsomal protein per gram of liver)はヒトで報告値に幅があり、加重平均で 32 mg/g 前後、報告の範囲は概ね 26〜54 mg/g とされます。肝重量は成人でおよそ 20〜26 g/kg が使われます。両者をかけ合わせると、体重あたりの「ミクロソームタンパク量」が出ます。
- スケール後 CLint(mL/min/kg)≒ CLint(μL/min/mg) × MPPGL(mg/g) × 肝重量(g/kg) ÷ 1000
1000 で割るのは μL を mL に直す換算です。係数はいずれも母集団の平均的な目安であり、個人差・種差・報告差があるため、予測には不確かさが伴います 。どの係数セットを使ったかを明示しておくと、後から結果を比較・検証する際に手戻りが減ります。
タンパク結合を補正する
ここまでのCLintは「フリー体(非結合体)の代謝能力」に対応します。一方でヒトの体内では、血液中のタンパクや反応液中のミクロソーム脂質に結合した分は代謝の場に届きにくい。この結合の差を補正しないと、結合の強い化合物ほど予測がずれます。
補正には二つのフリー分率血液や反応液中で、タンパクに結合せず自由に存在する薬物の割合。代謝や作用に関わるのはこの分。(fu)が関わります。
| 記号 | 何のフリー分率か | 由来 |
|---|---|---|
| fu,B | 血液(血漿)中の非結合分率血液や反応液中で、タンパクに結合せず自由に存在する薬物の割合。代謝や作用に関わるのはこの分。 | 血漿タンパク結合薬がアルブミンなど血中のタンパク質に結合すること。結合が強いと薬は血中に留まり分布容積は小さくなる。試験など |
| fu,inc | 反応液(インキュベーション)中の非結合分率 | ミクロソーム結合試験など |
血漿タンパク結合が強い化合物ほど fu,B は小さく、代謝に回る割合が下がります。一方、反応液中でミクロソームに結合していた分(fu,inc)を割り戻すと、in vitroで見かけ上低く出ていた酵素能力をフリー体基準に引き上げられます。おおまかには、フリー体基準の固有クリアランス CLint,u ≒ スケール後CLint ÷ fu,inc として扱います。この fu,inc 補正を省くと、脂溶性の高い化合物で系統的に予測が低く出やすいとされます。
タンパク結合補正の中心はフリー分率ですが、その解釈には膜透過性(Papp)や、どの酵素が代謝を担うかという反応フェノタイピングの情報を組み合わせると、外れ値の原因を切り分けやすくなります。
well-stirredモデルで肝クリアランスを予測する
最後に、肝臓を「よく混ぜた一つのタンク」と見なすwell-stirredモデル肝臓をよく混ぜた一つのタンクと見なして肝クリアランスを予測する、最も広く使われる近似モデル。で、肝クリアランス(CLh)を予測します。肝内の薬物濃度が均一(出口=内部と同じ)と仮定した近似で、もっとも広く使われるモデルです。
- CLh = [ QH × fu,B × CLint,u ] ÷ [ QH + fu,B × CLint,u ]
ここで QH は肝血流量単位時間あたり肝臓を流れる血液量。高抽出化合物では肝クリアランスがこの値で頭打ちになる。で、ヒトでは概ね 20.7 mL/min/kg が使われます。この式は二つの極端な場合で直感に合います。
| 状況 | 支配因子 | CLhの近似 |
|---|---|---|
| fu,B × CLint,u が QH より十分大きい | 血流律速(高抽出肝臓を一度通る間に大部分が除去される化合物の性質。クリアランスが肝血流量に律速される。) | CLh ≒ QH |
| fu,B × CLint,u が QH より十分小さい | 酵素・結合律速(低抽出肝臓での除去率が低い化合物の性質。クリアランスがフリー分率と酵素能力にそのまま依存する。) | CLh ≒ fu,B × CLint,u |
高抽出化合物では、酵素能力が上下してもCLhは肝血流量で頭打ちになります。低抽出化合物では、フリー分率と酵素能力がそのまま効く。同じ肝ミクロソームの数字でも、化合物が高抽出か低抽出かで、CLhを動かす因子が入れ替わります 。
well-stirredモデルは肝内濃度を均一と仮定した近似です。高抽出化合物では血流律速でCLhが頭打ちになり、fu,BやCLint,uの誤差の影響が相対的に小さくなります。
予測したCLhは、そのままでは肝以外の消失(腎排泄など)を含みません。全身クリアランスに読み替えるときは、肝経路が主かどうかを別途確かめます。また、well-stirredモデルのほかに、肝内に濃度勾配を仮定する平行管(parallel-tube)モデルや分散モデルもあり、高抽出化合物では両者の予測差が広がる傾向が知られています。どのモデルを使ったかは、結果とセットで記録しておくのが実務的です。
まとめ
肝ミクロソームのCLint計算は、基質枯渇法の半減期を起点に、in vitro CLint → スケーリング → タンパク結合補正 → well-stirredモデルという段を順に踏む作業です。各段に平均的な目安値や仮定が入るため、最終予測には不確かさが積み上がります。用いた係数・モデル・補正を明示し、実測PKが得られたら遡って検証する姿勢が、予測を実務で使える精度に近づけます。数値は本稿では範囲で示しましたが、実運用では自社・自系のバリデーション試験法が目的に合う性能を持つことを立証する妥当性確認。正確さ・精度などを評価する。値に置き換えて扱うのが確実です。
参考文献
- FDA, In Vitro Drug Interaction Studies — Cytochrome P450 Enzyme- and Transporter-Mediated Drug Interactions: Guidance for Industry
- EMA, Guideline on the investigation of drug interactions
- ICH M12薬物相互作用試験の判断基準を日米欧で揃えた国際整合ガイドライン。in vitroから臨床試験の要否を判断する。, Drug Interaction Studies
- ICH M3(R2)臨床試験を支える非臨床安全性試験の実施時期や内容の全体像を示すICHガイドライン。, Guidance on Nonclinical Safety Studies for the Conduct of Human Clinical Trials and Marketing Authorization for Pharmaceuticals
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