肝ミクロソームの固有クリアランス(CLint)計算とwell-stirredモデルによる肝クリアランス予測
肝ミクロソームは、肝細胞をすりつぶして得た小胞体由来の画分で、CYPをはじめとする代謝酵素が濃縮されています。化合物を加えて経時的に濃度が減る様子を測れば、その化合物がどれくらいの速さで代謝されるかを、比較的手軽に見積もれます。創薬の早い段階で候補の「代謝安定性」を並べて比べる、定番のアッセイです。

ただ、試験管の中で得た消失速度をそのまま「ヒトでのクリアランス」と読み替えることはできません。試験管の酵素量とヒトの肝臓の酵素量は違いますし、血中ではタンパクに結合した分は代謝を受けにくくなります。in vitroの数字をヒトの体内へ橋渡しするには、いくつかの換算と補正を順に重ねる必要があります。
本稿では、基質枯渇法で得た半減期からin vitro固有クリアランス(CLint)を計算し、スケーリング係数で肝臓全体へ拡大し、タンパク結合を補正したうえで、well-stirred(よく混ぜたタンク)モデルで肝クリアランス(CLh)を予測するまでを、一続きの流れとして整理します。数値は文献で幅のある目安値なので、範囲と前提を添えて扱います。
基質枯渇法:半減期を測る
もっとも広く使われるのが基質枯渇法(substrate depletion)です。ミクロソームに基質を低濃度で加え、一定時間ごとに残った基質量をLC-MS/MSなどで測ります。基質濃度が代謝酵素の飽和濃度(Km)より十分低ければ、消失は一次反応に近づき、濃度の自然対数(ln)を時間に対してプロットすると直線になります。
この直線の傾きが消失速度定数(k、単位 毎分)です。半減期は次の関係で求まります。
- 半減期 t1/2(分)= 0.693 ÷ k
ここで 0.693 は 2 の自然対数(ln2)です。傾きから半減期が出れば、次の換算の入り口に立てます。基質枯渇法の出発点は、ln濃度—時間の直線から得る消失速度定数と半減期 です。
なお、基質濃度は線形性が保てる低濃度に、ミクロソームのタンパク濃度は概ね 0.2〜0.5 mg/mL 程度に置くのが一般的とされます。濃すぎると非特異結合が増え、薄すぎると測定が不安定になります。
in vitro固有クリアランス(CLint)を計算する
半減期が出たら、in vitroの固有クリアランスに換算します。固有クリアランスとは、血流やタンパク結合の影響を取り除いた、酵素そのものの代謝能力を表す量です。
- CLint(μL/min/mg protein)= 0.693 ÷ t1/2 × [ 反応液量(μL) ÷ ミクロソームタンパク量(mg) ]
右側の角かっこは「タンパク1 mgあたりの反応液量」です。たとえば反応液 1 mL(=1000 μL)にタンパク 0.5 mgなら、この比は 2000 μL/mg になります。半減期が短いほど、また同じ半減期でもタンパクあたりの液量が大きいほど、CLintは大きくなります。
基質枯渇法のCLintは「タンパク1 mgあたりの消失能力」です。半減期だけでは足りず、反応液量とタンパク量の比をかけて初めて、タンパク量に依存しない指標になります。
この時点のCLintは、あくまで「タンパク1 mgあたり」の値です。ヒトの肝臓全体の能力に変えるには、肝臓にタンパクが何 mg、体重あたり肝臓が何 g、という物理量でスケールアップする必要があります。
スケーリング係数:肝臓全体へ拡大する
in vitroのCLint(μL/min/mgタンパク)を、体重あたりの肝固有クリアランス(mL/min/kg)へ拡大するのに、二段の係数を使います。
| 係数 | 意味 | よく使われる目安値 |
|---|---|---|
| MPPGL | 肝1 gあたりのミクロソームタンパク量 | 概ね 30〜45 mg/g liver |
| 肝重量 | 体重あたりの肝臓の重さ | 概ね 20〜26 g liver/kg |
MPPGL(microsomal protein per gram of liver)はヒトで報告値に幅があり、加重平均で 32 mg/g 前後、報告の範囲は概ね 26〜54 mg/g とされます。肝重量は成人でおよそ 20〜26 g/kg が使われます。両者をかけ合わせると、体重あたりの「ミクロソームタンパク量」が出ます。
- スケール後 CLint(mL/min/kg)≒ CLint(μL/min/mg) × MPPGL(mg/g) × 肝重量(g/kg) ÷ 1000
1000 で割るのは μL を mL に直す換算です。係数はいずれも母集団の平均的な目安であり、個人差・種差・報告差があるため、予測には不確かさが伴います 。用いた係数のセットを明示しておくと、後で結果を比較・検証しやすくなります。
タンパク結合を補正する
ここまでのCLintは「フリー体(非結合体)の代謝能力」に対応します。一方でヒトの体内では、血液中のタンパクや、反応液中のミクロソーム脂質に結合した分は、代謝の場に届きにくくなります。この結合の差を補正しないと、結合の強い化合物ほど予測がずれます。
補正には二つのフリー分率(fu)が関わります。
| 記号 | 何のフリー分率か | 由来 |
|---|---|---|
| fu,B | 血液(血漿)中の非結合分率 | 血漿タンパク結合試験など |
| fu,inc | 反応液(インキュベーション)中の非結合分率 | ミクロソーム結合試験など |
血漿タンパク結合が強い化合物ほど fu,B は小さく、代謝に回る割合が下がります。一方、反応液中でミクロソームに結合していた分(fu,inc)を割り戻すと、in vitroで見かけ上低く出ていた酵素能力を、フリー体基準に引き上げられます。おおまかには、フリー体基準の固有クリアランス CLint,u ≒ スケール後CLint ÷ fu,inc として扱います。この fu,inc 補正を省くと、脂溶性の高い化合物で系統的に予測が低く出やすいとされます。
タンパク結合は化合物のフリー分率が主役ですが、その決定には膜透過性(Papp)や、どの酵素が代謝を担うかという反応フェノタイピングの情報とあわせて解釈すると、外れ値の原因を切り分けやすくなります。
well-stirredモデルで肝クリアランスを予測する
最後に、肝臓を「よく混ぜた一つのタンク」と見なすwell-stirredモデルで、肝クリアランス(CLh)を予測します。このモデルは肝内の薬物濃度が均一(出口=内部と同じ)と仮定した、もっとも広く使われる近似です。
- CLh = [ QH × fu,B × CLint,u ] ÷ [ QH + fu,B × CLint,u ]
ここで QH は肝血流量で、ヒトでは概ね 20.7 mL/min/kg が使われます。この式は二つの極端な場合で直感に合います。
| 状況 | 支配因子 | CLhの近似 |
|---|---|---|
| fu,B × CLint,u が QH より十分大きい | 血流律速(高抽出) | CLh ≒ QH |
| fu,B × CLint,u が QH より十分小さい | 酵素・結合律速(低抽出) | CLh ≒ fu,B × CLint,u |
高抽出化合物では、酵素能力が上下してもCLhは肝血流量で頭打ちになります。低抽出化合物では、逆にフリー分率と酵素能力がそのまま効きます。同じ肝ミクロソームの数字でも、化合物が高抽出か低抽出かで、CLhを動かす因子が入れ替わります 。
well-stirredモデルは肝内濃度を均一と仮定した近似です。高抽出化合物では血流律速でCLhが頭打ちになり、fu,BやCLint,uの誤差の影響が相対的に小さくなります。
予測したCLhは、そのままでは肝以外の消失(腎排泄など)を含みません。全身クリアランスに読み替えるときは、肝経路が主かどうかを別途確かめます。また、well-stirredモデルのほかに、肝内に濃度勾配を仮定する平行管(parallel-tube)モデルや分散モデルもあり、高抽出化合物では両者の予測差が広がる傾向が知られています。どのモデルを使ったかは、結果とセットで記録しておくのが実務的です。
まとめ
肝ミクロソームのCLint計算は、基質枯渇法の半減期を起点に、in vitro CLint → スケーリング → タンパク結合補正 → well-stirredモデルという段を順に踏む作業です。各段に平均的な目安値や仮定が入るため、最終予測には不確かさが積み上がります。用いた係数・モデル・補正を明示し、実測PKが得られたら遡って検証する姿勢が、予測を実務で使える精度に近づけます。数値は本稿では範囲で示しましたが、実運用では自社・自系のバリデーション値に置き換えて扱うのが確実です。
参考文献
- FDA, In Vitro Drug Interaction Studies — Cytochrome P450 Enzyme- and Transporter-Mediated Drug Interactions: Guidance for Industry
- EMA, Guideline on the investigation of drug interactions
- ICH M12, Drug Interaction Studies
- ICH M3(R2), Guidance on Nonclinical Safety Studies for the Conduct of Human Clinical Trials and Marketing Authorization for Pharmaceuticals