生殖発生毒性試験(DART):次世代への影響をどう調べるか
薬の安全性を確かめるとき、投与された本人だけでなく「次の世代」への影響まで見ておく必要があります。妊娠中に薬を使ったときに赤ちゃんに形の異常(奇形)が出ないか、そもそも妊娠しにくくならないか、生まれた後の発育や行動に影響が残らないか。こうした問いに答えるのが、生殖発生毒性試験(DART:Developmental and Reproductive Toxicity)です。

歴史的にこの分野を決定づけたのは、1960年前後のサリドマイド禍でした。つわりを抑える薬として使われた結果、多くの子どもに四肢の重い形態異常が生じ、動物だけでなく世代をまたぐ影響を体系的に調べる必要があることが痛感されました。今日のDARTは、その反省の上に組み立てられた仕組みです。
本稿では、DARTの基本的な考え方と、日米欧が合意した ICH(医薬品規制調和国際会議)のガイドライン ICH S5(R3) が示す枠組みを、専門外の方にも追えるように整理します。受胎能・胚胎児発生・出生前後発生という3つの見どころ、催奇形性や代替法、そして「妊娠する可能性のある女性をいつから臨床試験に入れられるか」という実務の話まで扱い、最後に抗体などバイオ医薬品での違いにも触れます。
DARTが見ているのは「生殖の一連の流れ」全体
DARTは、受精の前から生まれた子が成熟するまでの生殖の全過程を区切って、どの段階に薬が影響するかを調べる試験群です。
生殖は、親の受胎能(妊娠を成立させる力)に始まり、受精、着床、胚と胎児の発生、出産、そして授乳を通じた出生後の発育まで、長くつながった一連の過程です。薬はこのどこにでも影響しうるため、DARTでは全過程をいくつかのステージに分けて評価します。ICH S5(R3) では、このステージを A から F の記号で整理しています(受胎能や着床まで、胚胎児発生、出産・授乳、離乳後の発育、といった区切りです)。
大切なのは、影響が出る段階によって「意味」がまったく違う点です。着床前に効けば受胎率の低下として現れ、器官が作られる時期(器官形成期)に効けば奇形として現れ、出生後に効けば発育や行動の遅れとして現れます。だからこそ、単に「毒性があるか」ではなく「どの段階で、どんな形で」を切り分ける設計になっています。
3つのセグメント:受胎能(FEED)・EFD・PPND
DARTは伝統的に、受胎能および初期胚発生(FEED)・胚胎児発生(EFD)・出生前後発生(PPND)という3つのセグメントに分けて実施します。
1つ目は受胎能および初期胚発生(FEED:Fertility and Early Embryonic Development)です。交配の前から雌雄に投与し、性周期・交配・受精・着床までを見ます。ねらいは、精子や卵子、性行動、着床のしやすさへの影響を捉えることです。
2つ目が胚胎児発生(EFD:Embryo-Fetal Development)で、DARTの中でも中心的な位置づけです。器官が作られる器官形成期を含む妊娠期間中に母動物へ投与し、胎児の外表・内臓・骨格を詳しく調べます。奇形(催奇形性)や発育遅延、胚・胎児の死亡を検出する、いわば「奇形を見るための試験」です。通常はげっ歯類(ラット)と非げっ歯類(ウサギ)の2種で実施します。異なる系統で確認することで、種特有の反応に振り回されにくくなります。
3つ目が出生前後発生(PPND:Pre- and Postnatal Development)です。妊娠後期から授乳期まで母動物に投与を続け、生まれた子の生存・成長・性成熟、さらには学習や行動といった機能面まで追跡します。乳を介した移行や、出生後に遅れて現れる影響を捉えるのが役割です。
なお ICH S5(R3) は、必ずしも3試験を別々に行うことを求めているわけではありません。開発の状況に応じて、受胎能とEFDを1試験にまとめる、あるいは反復投与毒性試験に組み込むなど、複数の組み合わせデザインが認められています。全ステージを一連でカバーできれば、試験の切り分け方には柔軟性があります。
催奇形性と、母動物への毒性の切り分け
胎児に異常が出たとき、それが薬そのものの直接作用なのか、母動物が弱ったことによる二次的な影響なのかを見極めることが、DART解釈の勘所です。
EFDで胎児に異常が見つかると、そのまま「催奇形性あり」と結論したくなりますが、話はそれほど単純ではありません。母動物に強い毒性が出るほどの高用量では、母体の衰弱そのものが胎児の発育に影響することがあります。そのため ICH S5(R3) は、母動物毒性の程度、用量反応の関係、所見の種類、母体所見と胎児所見の対応などを丁寧に見て、その異常が人にとって意味を持つ危険なのかを重みづけ(weight of evidence)で判断する考え方を示しています。
用量設定でも同じ配慮が働きます。高すぎる用量で母動物が瀕死になっては、胎児への直接影響を評価できません。近年は、単に最大耐量まで上げるのではなく、想定される臨床曝露量との比(曝露マージン)を手がかりに、意味のある上限用量を選ぶ考え方が重視されています。ICH S5(R3) の改訂で明確にされた点の一つです。
EFD代替法:動物を減らしながらハザードを拾う
器官形成期の毒性を早い段階でスクリーニングするため、細胞や非哺乳類を使った代替試験の活用が、ICH S5(R3)で正式に位置づけられました。
EFDの本試験は時間も動物数もかかります。そこで、開発の早い段階でリスクを見当づけるために、in vitro(培養細胞)や非哺乳類の in vivo を使った代替法(NAM:新規アプローチ手法とも呼ばれます)が使われてきました。胚性幹細胞を使う試験や、ゼブラフィッシュ胚を使う発生毒性アッセイなどが代表例です。動物福祉の3R(Replacement/Reduction/Refinement)の観点からも後押しされています。
ICH S5(R3) の特徴の一つは、これらの代替法をどう適格性確認(バリデーション)し、どんな場面で使えるかを附属書で整理したことです。ただし現時点では、代替法が本試験を全面的に置き換えるというより、早期のハザード検出や作用機序の理解、あるいは特定の状況での本試験の一部代替・延期の判断材料として位置づけられている、と理解しておくのが正確です。
いつ、妊娠可能な女性を臨床試験に入れられるか
DARTの結果は、妊娠する可能性のある女性(WoCBP)を臨床試験にいつ組み入れられるかを左右し、投与時期の設計に直結します。
生殖発生毒性のデータが「いつ揃っているか」は、臨床試験の組み立てに実務的な意味を持ちます。妊娠する可能性のある女性を試験に入れるには、生殖への影響がどこまで分かっているかが問われるためです。この関係を整理しているのが ICH M3(R2) で、避妊などの管理の程度に応じて、どの段階までにどの生殖毒性データが必要かの目安を示しています。
一般には、EFD情報が揃うことで妊娠可能な女性を一定条件下で組み入れやすくなり、PPNDを含む一連が揃うことで評価がより確かになります。厳格な避妊管理を前提に、限られた人数・期間なら早めに組み入れられる場合もあります。地域差もあり、たとえば日本では、避妊を用いる妊娠可能女性であっても、受胎能とEFDの評価を組入れ前に済ませておくことが求められる点が知られています。ここは製品・地域・当局相談で変わるため、枠組みの理解として扱うのが安全です。
バイオ医薬品・モダリティによる違い
抗体などのバイオ医薬品では、標的の生物種特異性ゆえに、げっ歯類が使えず霊長類での特殊なデザインが必要になることがあります。
ここまでは主に低分子(合成医薬品)を念頭に置いてきました。DARTの基本の枠組みはモダリティ共通ですが、実際の試験デザインはモダリティで変わります。バイオ医薬品の考え方は ICH S6(R1) が補います。
抗体医薬(モノクローナル抗体)では、ヒトの標的にしか結合しない場合が多く、ラットやウサギでは薬理作用が再現できないことがあります。この場合、薬理学的に意味のある種はカニクイザルなどの非ヒト霊長類に限られます。霊長類は妊娠期間が長く1回の出産数も少ないため、胎児を細かく観察する古典的なEFDが組みにくく、母動物に投与して生まれた子を出生後に評価する拡張型の出生前後発生試験(ePPND:enhanced PPND)が採られることがあります。加えて、IgG型抗体は妊娠後期に胎盤を通過して胎児側に移行しやすいため、いつ・どれだけ胎児に届くかという曝露の視点が重要になります。
他のモダリティでもそれぞれ勘所が異なります。核酸医薬(siRNA/ASO)や mRNA-LNP、AAVといった遺伝子・核酸系では、標的や分布の性質に応じて、標準の3種セグメントをそのまま当てはめるより、作用機序や曝露を踏まえた個別の設計判断が要ります。細胞治療では、そもそも従来型の生殖発生毒性試験の枠組みが技術的に適用しにくく、製品ごとの科学的な考え方が前提になります。共通するのは、「標的と曝露を起点に、生殖過程のどの窓に効きうるかを考える」という発想です。
参考文献
- ICH. ICH Harmonised Guideline S5(R3): Detection of Reproductive and Developmental Toxicity for Human Pharmaceuticals (Step 4, 2020). database.ich.org
- U.S. FDA. S5(R3) Detection of Reproductive and Developmental Toxicity for Human Pharmaceuticals — Guidance for Industry. fda.gov
- ICH. ICH Harmonised Tripartite Guideline M3(R2): Nonclinical Safety Studies for the Conduct of Human Clinical Trials and Marketing Authorization for Pharmaceuticals. EMA (M3(R2))
- ICH. ICH Guideline S6(R1): Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals. EMA (S6(R1))
- Weinbauer GF, et al. The enhanced pre- and postnatal study for nonhuman primates: update and perspectives. Birth Defects Res C Embryo Today. 2011;93(4):324-33. PMID: 22271681. pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22271681
- Song YS, et al. Validation, Optimization, and Application of the Zebrafish Developmental Toxicity Assay for Pharmaceuticals Under the ICH S5(R3) Guideline. Front Cell Dev Biol. 2021;9:721130. PMC8476914