遺伝子治療基礎知識・製造工程

AAVの血清型と組織指向性(トロピズム)とは?届けたい臓器で選ぶ

AAV(アデノ随伴ウイルス)遺伝子治療で広く使うウイルスベクター。宿主ゲノムに組み込まれにくく、導入遺伝子を長く発現しうる。ベクターは、治療用の遺伝子を細胞へ届ける小さな運び屋です。同じAAVと呼ばれていても、外側の殻(カプシドウイルスの遺伝物質を包むタンパク質の殻。AAVでは直径数十ナノメートルの正二十面体の構造をとる。)を作るタンパク質のアミノ酸配列は種類ごとに少しずつ異なります。この殻の違いで分類したものが血清型AAVのカプシドの種類による分類。組織指向性が異なり、狙う臓器や細胞に応じて選び分けられる。(セロタイプ)で、AAV1からAAV9をはじめ、霊長類から分離された多数の型が知られています。

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AAVの血清型と組織指向性(トロピズム)とは?届けたい臓器で選ぶ

殻の表面が違うと、どの受容体に結合し、どの細胞へ取り込まれやすいかが変わります。つまり血清型ごとに得意な行き先——組織指向性ウイルスベクターが特定の組織や細胞に取り込まれやすい性質。AAVではカプシドの血清型で変わる。トロピズムウイルスベクターが特定の組織・細胞に向かう指向性。AAVでは血清型ごとに異なる。)——が異なります。肝臓に届きやすい型、筋肉や心臓に入りやすい型、中枢神経脳と脊髄のことで、安全性薬理では意識・運動・体温などへの急な影響を評価する対象。系(CNS)や網膜を狙える型といった具合です。だからAAV遺伝子治療で遺伝子を運ぶウイルスベクター。血清型によって集まりやすい組織が異なる。の設計では、まず「どの臓器に届けたいか」を起点に血清型を選びます。

一方で、血清型選びには指向性以外の制約も絡みます。野生型AAVへの感染歴で生じた既存の中和抗体過去のウイルス感染などにより治療前からすでに体内に存在する中和抗体。(NAb)は、投与効率と患者の適格性に影響します。近年は天然の型に手を加えた工学的改変カプシドで、指向性の付与や免疫回避を狙う動きも進んでいます。本稿では、指向性が決まる仕組み、臓器を起点にした血清型選択、中和抗体の制約、改変カプシドの方向性、そして血清型が製造にも及ぼす影響までを整理します。製造工程や空・実比全カプシドのうちゲノムを積んだ実カプシドが占める割合。投与量設計や安全性に直結する重要な品質指標となる。の詳しい話は既存記事に譲ります。

血清型とは:同じAAVでも殻が違う

血清型は本来、抗体との反応性(血清学的な区別)で定義された分類ですが、実務では殻を構成するカプシドタンパク質AAVの外殻を構成するウイルスタンパク質で、VP1・VP2・VP3の3種類のサブユニットから成る。VP1AAVの外殻を構成するウイルスタンパク質で、VP1・VP2・VP3の3種類のサブユニットから成る。VP3AAVの外殻を構成するウイルスタンパク質で、VP1・VP2・VP3の3種類のサブユニットから成る。)の配列の違いとほぼ同義に扱われます。天然の型としてはAAV1〜AAV9が代表で、ほかにも霊長類の組織から分離された多くの変異体(rh系統など)があります。

遺伝子治療で使う組換えAAVでは、運ぶ遺伝子を挟む逆位末端反復配列AAVゲノムの両端にある逆位末端反復配列。複製とパッケージングのシグナルとして働き、この間の配列がカプシドに詰め込まれる。(ITR)にはAAV2由来のものを用い、殻だけを別の型に差し替える設計(擬似血清型化ゲノム由来の型とは異なる型のカプシドを組み合わせて、指向性などの性質を変えたウイルスベクターを作製する手法。)が一般的です。このため、あるベクターの「血清型」といえば、通常は殻の型を指します。殻の型は、産生時にどのcap遺伝子AAVのカプシドタンパク質(VP1〜VP3)をコードするウイルス遺伝子。を供給するかで決まります。この仕組みはAAVのトリプルトランスフェクションで扱っています。

カプシド表面が決める受容体と細胞への侵入

AAVが細胞に入る第一歩は、カプシド表面が細胞表面の糖鎖などに結合することです。結合に使う分子は型によって異なります。AAV2はヘパラン硫酸プロテオグリカン細胞表面に存在する硫酸化糖鎖を持つタンパク質複合体で、一部のウイルスが細胞へ付着する際の受容体として機能する。(HSPG)を、AAV5は末端のシアル酸を、AAV9は末端のガラクトース細胞表面の糖鎖に含まれる単糖の一種で、一部のAAV血清型が細胞へ付着する際に認識する分子。を主要な付着因子として利用することが知られています。

付着に続いて、細胞内へ取り込む入口となるタンパク質受容体が働きます。多くの血清型に共通して使われる受容体としてAAVR(KIAA0319L複数のAAV血清型が細胞内へ侵入する際に共通して利用するタンパク質受容体。)が同定されており、複数の型のAAVが細胞へ入る際の共通の入口として働くことが報告されています。カプシド表面の可変領域抗体の抗原を認識する先端部分。CDRとフレームワーク領域からなり、標的にフィットするかで結合が決まる。(ループ)のわずかな違いが、どの糖鎖・受容体に結合するかを左右し、結果としてどの細胞に入りやすいか——すなわち組織指向性——を決めます。

血清型ごとの組織指向性の傾向

広く知られている一般的な傾向を整理すると、血清型ごとに得意な臓器の目安が見えてきます。ただしこれはあくまで傾向で、後述するように投与経路や種差、プロモーターにより実際の発現は変わります。

標的組織比較的用いられやすい血清型の例
肝臓AAV8、AAV5
骨格筋・心筋AAV1、AAV6、AAV8、AAV9
中枢神経系(CNS脳と脊髄のことで、安全性薬理では意識・運動・体温などへの急な影響を評価する対象。AAV9、AAVrh10
網膜AAV2、AAV5、AAV8
気道・肺AAV5、AAV6

とくにAAV9は、全身投与後に血液脳関門血液と脳組織の間で物質の移行を厳しく制限する仕組み。抗体など大きな分子は通りにくい。を越えて中枢神経系に到達しうる性質が知られ、全身から神経系を狙う設計で注目されてきました。AAV8は肝臓への指向性が強く、肝細胞で目的タンパク質を作らせる用途に向くとされます。網膜のように閉じた区画へ局所投与できる標的では、比較的少ない用量で狙った細胞に届けやすい点も、血清型と投与経路を合わせて考える理由になります。

POINT
組織指向性はカプシドだけで決まるわけではありません。実際の発現は、投与経路(全身か局所か)、組織特異的プロモーターの設計、投与量によっても大きく左右されます。血清型は「入りやすさ」を決める重要因子ですが、発現の作り込みは複数の要素の組み合わせで成り立ちます。

届けたい臓器から血清型を選ぶ

血清型選択の実務は、標的臓器と投与経路をセットで考えるところから始まります。全身(静脈内)投与では、体内を巡る間に多くの臓器へ分布するため、目的外の組織——とくに肝臓——への取り込みをどう抑えるかが論点になります。逆に、網膜下投与や髄腔内・脳室内投与脳内の脳脊髄液が満たされた脳室へ直接薬剤を注入する投与方法。といった局所投与では、標的の近くに直接届けることで用量を抑え、目的外組織や中和抗体ウイルスベクターのカプシドなどに結合し、細胞に届く前に働きを失わせる抗体。再投与の壁になる。への曝露を減らせます。

目的外組織での発現を抑える工夫としては、その組織で働きにくいプロモーターを選ぶ、あるいは後述の改変カプシドで指向性を作り替える、といった方法があります。血清型はベクター選択全体の一部でもあるため、AAV以外の選択肢も含めた俯瞰は遺伝子治療ベクターの選び方を、製造の全体像はAAVの製造工程を参照してください。

既存の中和抗体と患者の適格性

AAVはヒトに自然感染するため、多くの人が過去の曝露で抗AAV抗体を持っています。この既存の中和抗体(NAb)は、投与したベクターのカプシドに結合して細胞への侵入を妨げ、とくに全身投与では送達効率を下げる要因になります。血清有病率ある集団において特定の抗体(ここでは抗AAV中和抗体)を保有する人の割合。(NAbを持つ人の割合)は、血清型や地域によって異なるとされます。

このため多くのin vivo生きた動物の体内で試験を行うこと。物質が吸収・代謝を受けた実際の状態での影響を見られる。 AAV治療では、投与前にNAb力価を測定し、一定以上の患者を対象から外す(適格性の判断に用いる)運用がとられます。カプシドの配列が近い血清型どうしではNAbが交差反応することもあり、単純に別の型へ替えれば回避できるとは限りません。また、初回投与でカプシドに対する免疫が誘導されるため、同じ血清型での再投与は難しくなります。

POINT
中和抗体のスクリーニングは、in vivo AAV治療における患者適格性の重要な関門です。血清型の選択は、指向性だけでなく、その型に対する既存免疫の持ちやすさとも切り離せません。

指向性を作り込む:工学的改変カプシド

天然の血清型では届きにくい組織や、既存免疫が課題になる場面に対応するため、カプシドを人工的に改変する研究が進んでいます。代表的な方向性は次のとおりです。

新しい指向性を付与する

複数の型のカプシド配列を組み替える指向性進化(ディレクテッド・エボリューション突然変異・選択を繰り返す人工的な進化プロセスにより、目的の性質を持つタンパク質や遺伝子を創出する手法。)や、表面ループへの短いペプチド挿入、祖先配列を推定して再構築する手法などで、天然の型にはない指向性を持つカプシドが作られています。中枢神経系への移行シリコーンなどが容器側から薬液側へ移り出ること。性を高めた改変カプシドが報告されている一方、その効果が動物の種や系統に依存する例も知られており、前臨床の結果をそのままヒトへ外挿できない点には注意が必要です。

免疫を回避する

既存の中和抗体に結合されにくいよう、カプシド表面の抗原部位を改変して免疫回避を狙うアプローチもあります。指向性の付与と免疫回避は、天然の血清型が抱える制約を乗り越えるための両輪として研究されています。

血清型は製造にも効く

血清型の違いは、送達だけでなく製造にも影響します。まず、産生効率が型によって異なり、同じ産生方式でも収量や空カプシドの割合が変わることがあります。また、産生されたカプシドが細胞内にとどまるか培養上清へ放出されるかも型に依存し、ハーベスト培養液から細胞や破片を取り除いて目的物質を含む上清を回収し、後工程に渡せる清澄な液にする工程です。詳しく →細胞溶解界面活性剤や物理的破砕で細胞膜を壊し、細胞内に蓄積したカプシドを液中へ放出させる工程。が要るかどうかを左右します。

精製では、カプシド表面をつかまえるアフィニティ樹脂特定の分子に対する親和性を利用してターゲットを選択的に捕捉・精製するクロマトグラフィー用の担体。が型ごとの結合性に依存します。幅広い型に結合する樹脂もあれば、特定の型向けの樹脂もあり、血清型に合わせた選択が必要です。空・実カプシドの分離のしやすさや空実比の傾向も型によって差が出ます。これらの製造・分析の詳細はAAVの製造工程AAVの空・実比にまとめています。

まとめ

AAVの血清型は、殻を作るカプシドタンパク質の違いによる分類で、この表面の違いが受容体への結合を通じて組織指向性を決めます。肝臓・筋肉・中枢神経系・網膜など、届けたい臓器を起点に血清型を選ぶのが設計の出発点です。

ただし実際の発現は投与経路・プロモーター・投与量にも左右され、既存の中和抗体は患者適格性という別の制約を課します。天然の型の限界に対しては、指向性の付与や免疫回避を狙う改変カプシドの開発が進んでいます。さらに血清型は産生効率や精製のしやすさといった製造にも影響するため、送達・免疫・製造を一体で見て選ぶことが、後工程の手戻りを減らす近道になります。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、遺伝子治療に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。