バイオマーカー・PD評価:作用が体内で起きているかを読む
血中濃度が十分なのに、薬が効かない——現場でこの壁にぶつかったとき、問題はPKではなくPDにある可能性が高い。薬がどれだけ血中を流れているかは薬物動態(PK, pharmacokinetics)として測れます。しかし測りたい本質は別のところにあります。その薬が体内で狙った相手にきちんと結びつき、期待した変化を起こしているか、という問いです。この「作用が体内で起きているか」を読む指標が、薬力学(PD, pharmacodynamics薬が体内で標的に作用して起こす変化を扱う分野。作用が起きているかをPDマーカーで測る。)マーカーです。

「何を測ればいいのか」「この数値をどこまで信じていいのか」——PD評価の場面でこうした判断に立ちどまる方に向けて、この記事は分岐のかたちで道筋を示します。効かない原因を切り分けたいとき、用量を決めたいとき、モダリティ抗体・低分子・核酸・細胞治療など、医薬品の種類・創薬手法の区分。ごとに何を読み出すか迷ったとき——それぞれの場面で「こういうときは、ここを見る」という指針を並べていきます。低分子については、必要な範囲で触れます。
- PD評価は、標的エンゲージメントと下流効果の二層を測り、薬が体内で作用しているかを読む営みです。
- PKと結びつけてモデル化し、目標の占有・効果から必要な曝露や初回投与量を逆算します。
- 何を読み出すかはモダリティで変わり、測る場所・効果との距離・測定の安定を点検して読みます。
まず切り分ける:効かない原因はどの層にあるか
薬が効かないとき、原因はひとつではありません。どの層でつまずいているかを順に絞り込む——それが判断の出発点です。PD評価は、この切り分けの道具として働きます。
- 血中まで届いていないなら、それはPKの問題です。まず曝露そのものを確かめます。
- 届いたのに標的に結合していないなら、標的エンゲージメント(target engagement薬が狙った標的に実際どれだけ結合しているかの度合い。標的占有とも呼ばれる。=薬が標的にどれだけ結合しているか。標的占有薬が狙った標的に実際どれだけ結合しているかの度合い。標的占有とも呼ばれる。とも呼びます)の問題です。ここを見ます。
- 結合はしたのに意味のある変化が出ていないなら、下流やメカニズムの問題です。下流効果薬が標的に作用した結果、その先で起こる生体側の変化。シグナル変化や産生量の増減など。(標的に作用した結果、その先で起きる生体側の変化)を見ます。
PDは、このうち後ろの二層を担います。標的エンゲージメント薬が狙った標的に実際どれだけ結合しているかの度合い。標的占有とも呼ばれる。は、薬と標的が実際に結合している度合いを見るもの。細胞表面の受容体であれば、そのうち何割が薬で埋まっているか(受容体占有率細胞表面などの受容体のうち、薬に結合されて埋まっている割合。標的結合の直接的な指標。)を直接測れます。ここが埋まっていなければ、そもそも作用の起点に立てていません。
下流効果は、標的に作用した結果として体側に現れる変化です。標的の下流にあるシグナル分子のリン酸化、産生されるタンパク質やサイトカイン細胞が放出する免疫の情報伝達物質。細胞治療では効果と安全性のリードアウトになる。の量、細胞集団の増減などが該当します。標的エンゲージメントは十分なのに下流効果が出ない——このパターンが出たら、その標的を叩くこと自体の妥当性(標的の検証)に立ち返る番です。標的への結合の強さや速さ自体をどう測るかは別のテーマで、体外での結合解析や、細胞・動物モデルでの薬効評価薬が本当に効くかを臨床の前に確かめる非臨床の有効性評価。細胞から動物まで段階的に行う。と組み合わせて全体像を描きます。効果をモデルでどう確かめるかは、薬効モデル:in vivoからオルガノイドまでも合わせて参照してください。
濃度と効果をつなぎたいときは、モデルで結ぶ
切り分けが終わったら、次の問いはこうなります。「この濃度なら、標的はこのくらい埋まり、効果はこのくらい出る」という関係を、どう描くか。ここでPK/PDモデル血中濃度と効果の時間的ずれや大小の関係を数式で表し、未実施の用量の挙動を見通す道具。の出番になります。
PKとPDは、必ずしも同じタイミングで動きません。血中濃度が上がってから効果が現れるまで時間差があることもあれば、濃度が下がった後も効果が残ることもある。こうした時間的なずれや、濃度と効果の関係の形(濃度を上げれば効果も上がるが、あるところで頭打ちになる、など)を数式で表したものがPK/PD薬が体内でどう動くか(薬物動態=PK)と、体にどう効くか(薬力学=PD)を合わせて見る考え方。モデルです。
どのモデルを選ぶかは、対象の性質で決まります。効果が濃度とともに増えて上限に近づく飽和型の関係なら、Emaxモデルなどと呼ばれる、最大効果に向かって頭打ちになる曲線がよく使われます。効果に時間差があるなら、血中とは別に「効果が現れる場所」の仮想的な区画を置いて、そこの濃度で効果が決まる、という組み立てにします。そして抗体のように標的への結合そのものが薬の消失に関わるモダリティでは、PKとPDが分けきれず一体で動くため、標的介在性の消失(TMDD, target-mediated drug disposition薬が標的に結合すること自体が薬の消失に関わり、PKとPDが一体で動く現象。抗体で重要。)を組み込んだモデルを選びます。この考え方は、抗体のPK/PD:FcRnリサイクリングとTMDDで詳しく扱っています。
モデルにする利点は、断片的な観測点をつないで、試していない用量や投与間隔での挙動を見通せることにあります。ただし、モデルはあくまで仮定の上に立つ道具だ。パラメータを決めるだけのデータがあるか、外挿する範囲がデータの裏づけを超えていないか——この二点は、使うたびに問い直す必要があります。
PDマーカーは、PKと結びつけて初めて力を発揮します。「濃度→標的占有→下流効果」という鎖を一続きのモデルで表すことで、用量を変えたときに何が起きるかを、実測前に一定の確からしさで見通せるようになります。
用量を決めるとき、初回投与量を決めるとき
PK/PDで描いた「濃度と効果の関係」は、そのまま臨床設計の判断材料になります。場面ごとに、どう使うか——順に見ていきます。
臨床でどの用量を試すか迷ったら、標的がどのくらい埋まれば十分な効果が見込めるか、という見立てを指針にします。たとえば標的占有がある水準を超えたところで下流効果が頭打ちになるなら、その占有を安定して達成できる濃度域が、狙うべき曝露の目安です。占有が不足する用量は効果不足のリスクが高く、過剰な用量は安全域を狭めうる。この両にらみで幅を絞っていきます。
最初にどれだけ投与するか(first-in-human dose臨床で最初にヒトへ投与する用量。非臨床データから安全な出発点として推定する。)を決めるなら、非臨床で得た「この曝露でこの占有・この下流効果」という関係を、種差を踏まえてヒトに橋渡しし、効果が見え始めると期待される最小限の曝露(薬理作用が現れると見込まれる最小の予測活性量)を推定します。特に免疫を強く刺激しうる標的やアゴニスト受容体に結合してそれを活性化し、生体反応を起こす作用をもつ分子。作動薬とも呼ばれる。(受容体を活性化T細胞を抗原刺激や人工的な刺激試薬で活性化し、増殖・機能発揮できる状態に誘導する操作。する作用)を持つ分子では、こうした薬理起点の見積もりが安全な出発点を選ぶうえで欠かせません。
規制の側も、この曝露と反応の関係を重視しています。FDAは曝露反応関係(exposure-response薬の曝露量と、効果や安全性の反応との関係。用量選択や承認判断の根拠に使われる。)に関するガイダンスを示し、PK/PDの情報を用量選択や承認判断にどう使うかの枠組みを整理しています。バイオマーカーを開発の判断材料として正式に使う道筋については、ICH E16バイオマーカーを開発の判断材料として正式に使うための申請上の位置づけを示す国際ガイドライン。が申請上の位置づけを示しています。いずれの場面でも要になるのは、「どの占有・どの下流効果を目標にするか」をあらかじめ決め、その目標から必要な曝露を逆算する設計です。目標を先に置く——それが、用量の判断を場当たりから解放する起点になります。
どのモダリティかで、読み出すものが変わる
ここが最も分岐の多い場面です。PDで何を測るかは、モダリティの作用機序薬が効果を発揮する仕組み。抗体医薬ではADCCやCDCなどが該当し、アッセイで裏づける。によって根本から変わります。薬がどこでどう作用するかが違えば、作用の証拠として測るべき指標も変わる。まず対比で見取り図を示し、そのうえで場面ごとの読み方を補足します。
| モダリティ | 主な作用の起点 | 典型的なPDリードアウト薬の作用が起きていることを示すために測る指標。何を読み出すかはモダリティで変わる。 | 測り方の一例 |
|---|---|---|---|
| 抗体医薬 | 標的タンパク質への結合 | 受容体占有率、可溶性標的の遊離/総量 | 血中細胞の受容体をフローサイトメトリー細胞を一つずつ測定し、表面マーカーや性質を調べる手法です。細胞の種類・純度・活性の確認に使います。詳しく →で測定 |
| ADC(抗体薬物複合体標的を選ぶ抗体に、細胞傷害性の薬物(ペイロード)をリンカーでつないだ分子。) | 抗体で運んだ薬物の細胞内作用 | 標的占有に加え、運んだ薬物の下流指標 | 占有測定+薬物の作用マーカー |
| 核酸(siRNA二本鎖の短いRNAで、RISC(Ago2)を介して標的mRNAを分解する核酸医薬。ASOと製造基盤を共有する。/ASO標的RNAに相補的な配列をもつ一本鎖の短い核酸。RNAに結合して働きを抑えたり書き換えたりする。) | 標的mRNAの分解・抑制 | 標的mRNA量、そこから作られるタンパク質量の低下 | 組織・血中での標的mRNA/タンパク質の定量 |
| mRNA | 導入したmRNAからのタンパク質産生 | 産生された目的タンパク質(例:抗原)の量や免疫応答 | 目的タンパク質・抗体価などの測定 |
| AAV遺伝子治療で遺伝子を運ぶウイルスベクター。血清型によって集まりやすい組織が異なる。(遺伝子治療) | 導入遺伝子ベクターで細胞に運んで働かせる目的の遺伝子。からの産物発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。 | 導入遺伝子産物(治療用タンパク質)の発現量細胞が目的のタンパク質を作る量。低いと必要量の確保に手間がかかり、製造コストが上がる。 | 血中・組織での産物濃度の追跡 |
| 細胞治療生きた細胞そのものを有効成分とする医薬。CAR-Tなどが代表。 | 投与細胞の生着・増殖・作用 | 体内での細胞数(動態)、放出されるサイトカイン | 細胞の定量的モニタリング、サイトカイン測定 |
| 低分子(参考) | 標的酵素・受容体への結合 | 標的酵素活性、下流シグナルの変化 | 酵素活性・バイオマーカーの測定 |
値や具体的な手法は品目・標的によって大きく変わるため、この表は「何を作用の証拠として見るか」という発想の違いとして読んでください。迷いやすいところを以下で補います。
標的タンパク質に外から結合する抗体なら、その結合の度合い(占有)を直接測るのが自然です。細胞表面の受容体のうち薬で埋まった割合(受容体占有率)を、血中の細胞を使ってフローサイトメトリー(細胞を一つずつ光で調べる測定法)で読むのが定番の一つ。可溶性の標的が相手なら、薬に捕まっていない遊離の標的量や総量の変化を追います。標的エンゲージメントを比較的直接に映すため、PK/PDの鎖の起点として使いやすい指標です。
核酸医薬siRNAやASOなど核酸を用い、標的mRNAを分解・抑制して効かせる医薬。(siRNAやASO)なら、標的タンパク質そのものではなく、その設計図であるmRNAを減らして効かせます。リードアウトは、標的mRNAの量が下がったか、そしてその先で作られるタンパク質が減ったか、という二段構え。作用が起きる組織(肝臓など)で測れるかどうかが、評価のしやすさを左右します。
mRNA医薬やAAVによる遺伝子治療なら、投与したもの自体が体内でタンパク質を作り出すため、その産物の量が中心になります。mRNAワクチンなら産生された抗原とそれに対する免疫応答、AAVによる遺伝子治療なら導入遺伝子から発現した治療用タンパク質の量、という具合です。ここで問われるのは「どれだけ結合したか」ではなく、「どれだけ作られ、どれだけ持続するか」です。
細胞治療なら、薬が分子ではなく生きた細胞であるぶん、発想がさらに変わります。投与した細胞が体内でどれだけ増え、どれだけ生き残っているか(細胞の動態)そのものが、作用の量的な指標になります。加えて、細胞が放出するサイトカイン(免疫の情報伝達物質)の推移は、効果だけでなく安全性の面でも重要なリードアウトです。
どこまで信じるか:数値を読む前の三つの点検
PDマーカーは強力ですが、いつでも額面どおりに読めるわけではありません。数値に判断を委ねる前に、次の三点を点検しておく——それだけで、過信も見落としも大きく減らせます。
まず、測れているのは、狙った場所か。作用が起きるのは病変組織なのに、実際に測れるのは採血で得られる血中の細胞や血漿、というずれがしばしば生じます。血中で見た占有が狙った組織での占有をどこまで代表するかは、常に問い直す必要があります。組織を直接測れる場合でも、生検の負担や測定の技術的な難しさが伴います。
次に、そのマーカーは、本当の効果とどれだけ近いか。標的エンゲージメントが十分でも、それが臨床的に意味のある改善につながる保証はありません。PDマーカーが臨床効果をどこまで予測するか(マーカーの妥当性)はマーカーごとに裏づけを積む必要があり、確立していないマーカーの数値を過大に読むのは危うさを伴います。だからこそ、バイオマーカーを正式な判断材料として使うには、ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。 E16が示すような手順で妥当性を示していく道筋が用意されています。
最後に、測定そのものが安定しているか。フローサイトメトリーによる占有測定は、検体の鮮度や処理の手順に影響を受けやすく、再現性を保つための工夫が要ります。細胞治療の細胞数やサイトカインの測定も同様で、方法の作り込みが結果を左右します。
この三点を押さえたうえでなら、PDマーカーは「作用が起きている」ことの有力な証拠になります。測る場所のずれ、臨床効果との距離、測定の安定性——これらを差し引いて数値を一つの目安として慎重に読む。それが実務での正しい向き合い方です。
おわりに
PD評価は、標的エンゲージメント(標的にどれだけ結合したか)と下流効果(その先で何が変わったか)の二層を測って、薬が体内で本当に作用しているかを読む営みです。効かない原因の切り分けから始め、PKと結びつけてモデル化し、そこから用量やヒト初回投与量を逆算する——という順に判断を積み上げると、断片的な観測が一続きの根拠になります。何をリードアウトとするかはモダリティで大きく変わるため、抗体なら標的占有、核酸なら標的mRNAとタンパク質の低下、mRNA・AAVなら産物の量、細胞治療なら細胞の動態とサイトカイン、と作用機序に沿って読み替えることが前提です。そのうえで、測る場所・効果との距離・測定の安定という三つの点検を通した数値だけを、目安として扱う。この順序と留保が、PDを賢く使うための道筋になります。
参考文献
- ICH S6(R1), Preclinical Safety Evaluation of Biotechnology-Derived Pharmaceuticals
- ICH E16, Biomarkers Related to Drug or Biotechnology Product Development: Context, Structure and Format of Qualification Submissions
- FDA, Exposure-Response Relationships — Study Design, Data Analysis, and Regulatory Applications
- Mager DE, Jusko WJ. General pharmacokinetic model for drugs exhibiting target-mediated drug disposition. J Pharmacokinet Pharmacodyn. PubMed
- Liang M, Schwickart M, Schneider AK, et al. Receptor occupancy assessment by flow cytometry as a pharmacodynamic biomarker in biopharmaceutical development. Cytometry B Clin Cytom. PubMed
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