円偏光二色性(CD)で二次構造・高次構造を評価する
抗体医薬の高次構造(HOS=Higher Order Structure、鎖が折りたたまれてできる立体構造)を溶液のまま手軽に見たいとき、まず名前が挙がるのが円偏光二色性(CD=Circular Dichroism)です。左右の円偏光に対する吸収の差を波長ごとに測るだけで、二次構造の割合や三次構造の指紋(フィンガープリント)が得られます。結晶化もタグ付けも要らず、製剤に近い条件で折りたたみの状態を映せるのが魅力です。

CDの使いどころは、見る波長域で切り替わります。遠紫外域(およそ190〜250nm)では主鎖のペプチド結合が応答し、αヘリックスやβシートの割合を推定できます。近紫外域(およそ250〜320nm)では芳香族側鎖(トリプトファンなど)やジスルフィド結合の周辺環境が応答し、三次構造の指紋として使えます。1台の装置で階層を切り替えて見られる——これがCDの一番の強みです。
一方で、CDが返すのは折りたたみの「割合」や「指紋の一致度」であって、原子レベルの構造ではありません。定量には参照スペクトルへの依存があり、緩衝液の吸収やタンパク質濃度に測定条件が縛られます。本記事では、遠紫外・近紫外それぞれで何が見えるのかを原理から整理し、比較可能性・安定性・変性モニタという実務の場面での使い方と、押さえておきたい限界までをまとめます。
CDは何を測っているのか
CDは、分子の不斉な立体構造が生む左右円偏光の吸収差を波長ごとに記録する手法です。
光の円偏光には、電場ベクトルが右回りに進むものと左回りに進むものがあります。タンパク質のように不斉(キラル)な立体構造を持つ分子は、この2つを等しくは吸収しません。CDは、その吸収の差(左円偏光の吸収から右円偏光の吸収を引いた値)を波長ごとにプロットしたものです。差そのものは微小ですが、折りたたみの様式ごとに特徴的な波長依存性を示すため、二次構造の指標になります。
ここで大切なのは、CDが見ているのが「発色団(光を吸う部分)が置かれた立体的な環境」だという点です。同じ発色団でも、まわりの折りたたみが変われば吸収差の波長依存性が変わります。だからこそCDは、配列が同じでも折りたたみが違えば違うスペクトルを返します。逆に言えば、CDは折りたたみの「様子」を映す間接指標であり、どの残基がどこにあるかという原子座標は与えません。
測定の実務では、経路長の短いセル(数mm〜0.1mm程度)を使い、波長を掃引しながらスペクトルを取得します。信号は弱いので、複数回のスキャンを積算してノイズを抑えるのが一般的です。得られた生データは、モル濃度や残基数で規格化した平均残基モル楕円率などの単位に換算して比較します。
遠紫外CD:二次構造の割合を読む
遠紫外域(約190〜250nm)は主鎖のペプチド結合が応答し、αヘリックス・βシート・ランダム構造の割合を推定できます。
この波長域で吸収差を生むのは、主鎖のアミド結合(ペプチド結合)にある電子遷移です。折りたたみの様式ごとに、遷移のエネルギーや向きの揃い方が変わるため、スペクトルの形が変わります。代表的な形状の目安は次のとおりです。
| 二次構造 | 遠紫外CDの特徴的な形状の目安 |
|---|---|
| αヘリックスに富む | 208nm付近と222nm付近に負のピーク、190nm付近に正のピーク |
| βシートに富む | 218nm付近に負のピーク、195nm付近に正のピーク |
| ランダム構造に富む | 200nm付近に強い負のピーク |
抗体(IgG)は免疫グロブリンフォールドと呼ばれるβシートに富んだ構造を骨格に持つため、遠紫外CDでは典型的なβシート寄りのスペクトルを示します。二次構造の割合を数値で出したいときは、参照スペクトルのライブラリと照合してフィッティングするソフトウェア(CONTIN、SELCON、CDSSTRなど)を使います。
ただし、この定量には注意が要ります。遠紫外CDの二次構造割合は参照スペクトルの選び方に依存し、絶対値を厳密に読むより「変更前後で重なるか」の比較に向きます。 参照ライブラリに含まれるタンパク質の顔ぶれや、測定できる波長の下限(緩衝液の吸収で短波長側が切れると情報が減ります)によって、算出される割合は動きます。抗体のようなβシート優位のタンパク質は、参照が不足しがちな領域で誤差が乗りやすいことも知られています。数値そのものを合否判定の基準にするより、同一条件で測ったサンプル同士の一致度を見るのが、実務では堅い使い方です。
近紫外CD:三次構造の指紋を読む
近紫外域(約250〜320nm)は芳香族側鎖やジスルフィド結合の環境を映し、三次構造の指紋として使えます。
この波長域で吸収差を生むのは、トリプトファン・チロシン・フェニルアラニンといった芳香族アミノ酸の側鎖と、ジスルフィド結合です。これらは分子の内部に折りたたまれて、まわりの立体的な環境に応じた微妙な吸収差を示します。折りたたみがしっかりしていて側鎖の動きが固定されているほど、はっきりした細かな凹凸(ファインストラクチャ)が現れます。
近紫外CDの読み方は、遠紫外CDとは少し性格が違います。二次構造のように「割合を数値化する」定量には向きません。代わりに、スペクトルの形そのものを指紋として扱い、参照品と重ね合わせて一致するかを見ます。折りたたみがほどけて側鎖が自由に動き出すと、細かな凹凸は平坦化していきます。つまり近紫外CDは、三次構造が保たれているか・崩れ始めていないかを敏感に映す窓になります。
抗体では、Fab領域やFc領域の芳香族残基がこの指紋に寄与します。工程変更や製剤変更の前後で近紫外CDが重なれば、三次構造レベルで大きな違いはなさそうだ、という心証が得られます。逆に指紋がずれれば、折りたたみのどこかが変わった可能性を疑い、蛍光や他の手法で追う——という流れにつなげます。近紫外CDは信号が遠紫外域よりさらに弱く、十分な濃度と経路長、積算が必要になる点は実務上の制約です。
遠紫外CDは二次構造の「割合」、近紫外CDは三次構造の「指紋」。前者はフィッティングで数値化できますが参照依存があり、後者は形の一致で判断します。どちらも絶対値より「変更前後で重なるか」の比較に強い手法です。
比較可能性・安定性・変性モニタでの使い方
CDは、比較可能性評価・製剤安定性・変性のモニタという3つの場面で、それぞれ違う読み方で使われます。
用途ごとに何を見るかを整理すると、次のようになります。
| 場面 | 主に使う波長域 | 見たいこと |
|---|---|---|
| 比較可能性評価 | 遠紫外+近紫外 | 工程変更の前後で二次・三次構造が重なるか |
| 製剤・条件の安定性 | 遠紫外/近紫外 | pH・添加剤・保存でスペクトルが変わらないか |
| 熱・化学変性のモニタ | 主に遠紫外(222nm等の単波長追跡) | 加熱や変性剤で折りたたみがいつほどけるか |
比較可能性評価(ICH Q5E)では、CDは配列や糖鎖と並ぶ高次構造の指標として位置づけられます。工程変更の前後で遠紫外CDの二次構造プロファイルと近紫外CDの三次構造指紋を測り、重なるかどうかで「同じ分子とみなせるか」を判断材料にします。比較可能性の全体像は ICH Q5Eと比較可能性 を参照してください。
安定性の観点では、pHや添加剤を変えた製剤条件、あるいは一定期間の保存後にスペクトルが変化しないかを見ます。変化があれば折りたたみが動いた兆候です。変性モニタでは、特定の波長(αヘリックスなら222nm付近など)の信号を、温度を上げながら、あるいは変性剤の濃度を上げながら追跡します。信号が崩れていく様子から、折りたたみがほどけ始める点や見かけの融解温度を読み取れます。ただしCDの温度追跡が返すのは折りたたみが崩れるタイミングであって、熱の出入り(エンタルピー)そのものではありません。熱力学的な安定性を定量したい場合はDSC(示差走査熱量測定)と組み合わせるのが実務の定石です。 CDを含む高次構造解析全体の手法比較は 高次構造解析(CD・DSC・FTIR) にまとめています。
CDの限界と測定上の制約
CDは手軽で情報量も多い一方、参照依存・バッファ制約・濃度制約という3つの限界を理解して使う必要があります。
まず定量の限界です。遠紫外CDの二次構造割合は、前述のとおり参照スペクトルライブラリに依存します。抗体のようにβシート優位のタンパク質では、算出値が実測の他手法(結晶構造やFTIR)とずれることもあり、絶対値の解釈は慎重に行います。近紫外CDにいたっては、そもそも割合を出す定量には向かず、指紋の一致・不一致で読むのが基本です。
次にバッファと濃度の制約です。遠紫外域では、緩衝液や添加剤そのものが光を吸ってしまうと、短波長側の情報が失われます。特に塩化物イオンや一部の緩衝成分は短波長域の吸収が強く、測定下限を押し上げます。そのため、遠紫外CDでは低塩・比較的低濃度で、経路長の短いセルを使うのが一般的です。この条件は製剤(高塩・高濃度になりがち)とは離れることがあり、希釈やバッファ交換で構造が変わっていないかという別の懸念を招きます。近紫外域は逆に信号が弱いため、ある程度の濃度と長めの経路長が要ります。同じサンプルでも、遠紫外と近紫外で最適な濃度・セルが逆方向になるわけです。
| 制約 | 内容 | 実務での対応の目安 |
|---|---|---|
| 参照依存 | 二次構造割合が参照ライブラリで動く | 絶対値でなく変更前後の一致で読む |
| バッファ吸収 | 遠紫外域で緩衝成分が短波長側を遮る | 低塩・低吸収バッファ、経路長を短く |
| 濃度・経路長 | 遠紫外は薄く、近紫外は濃く必要 | 波長域ごとにセルと濃度を最適化 |
こうした制約があるため、CD単独で高次構造を確定させるより、FTIR(高濃度・固体に強い)、蛍光(三次構造・側鎖環境)、DSC(熱安定性)といった手法と直交的に組み合わせるのが定石です。CDは「二次と三次を1台で・溶液のまま・素早く」見られる出発点として、比較や変化の検出に力を発揮する——そう位置づけると使いどころを外しません。
まとめ
円偏光二色性(CD)は、遠紫外域(約190〜250nm)で二次構造の割合を、近紫外域(約250〜320nm)で三次構造の指紋を、溶液のまま非破壊で読める手法です。1台で階層を切り替えられる手軽さが強みで、比較可能性評価では二次・三次のプロファイルが変更前後で重なるかを、安定性・変性モニタでは条件や温度で折りたたみが崩れないかを見ます。
一方で、遠紫外CDの二次構造割合は参照スペクトルに依存し、絶対値より一致度の比較に向きます。近紫外CDは指紋の形で読むもので割合の定量には向きません。遠紫外域はバッファ吸収と低濃度、近紫外域は十分な濃度と、波長域で相反する測定条件も制約になります。これらを踏まえ、FTIR・蛍光・DSCと直交的に組み合わせて使うのが、実務での堅い活かし方です。
参考文献
- ICH Q5E, Comparability of Biotechnological/Biological Products Subject to Changes in Their Manufacturing Process
- ICH Q6B, Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products
- Greenfield NJ, Using circular dichroism spectra to estimate protein secondary structure. Nature Protocols. 2006. PMID: 17406547
- USP, 生物学的製剤の高次構造・光学的手法に関する一般情報章, United States Pharmacopeia
- Ph. Eur., 生物学的製剤の物理化学的評価に関する一般試験法, European Pharmacopoeia (EDQM)