DSC(示差走査熱量測定)でタンパク質の熱安定性(Tm)を測る
抗体医薬の開発では、候補分子を何十本も並べて絞り込む場面が繰り返し訪れます。候補は10でも20でもあります。処方の緩衝液や添加剤を変えた前後、あるいは製造工程を変えた前後でも、品質が保たれているかを確かめる必要が出てきます。そのたびに担当者の手元に置かれるのが、DSC試料を加熱しながら熱の出入り(DSC)や重量の変化(TGA)を測り、融点・結晶性・水分や分解の挙動を調べる装置です。詳しく →で測ったTmの一覧です。数字が並ぶと、つい高い順に並べ替えたくなります。その並べ方には根拠が要ります。

核心はここにあります。Tmは1個の数字に見えて、実際には転移ごとに違う値の集まりであり、走査速度や装置が変われば数字自体も動きます。抗体はFab重鎖の一部と軽鎖がジスルフィドで連結した約50kDaの抗体フラグメント。2本鎖で折りたたみがやや複雑。詳しく →・CH2・CH3という安定性の違うドメインを持つため、DSC曲線には複数の吸熱ピークが重なって現れる。どのピークのTmを比べているのかを取り違えると、順位はそのまま崩れます。見た目は同じでも、中身は違う数字です。数字を疑う視点が要ります。
読む順番は、実務の流れに合わせてあります。本稿では、DSCが何を測っているかから、複数の転移が生まれる理由、開発の段階に応じた装置の使い分け、メーカーに確認すべき点、比較性評価での読み方、そして熱安定性抗体が熱に対して立体構造を保つ性質。融解温度(Tm)などで評価する。詳しく →と実保存安定性を分けて考える考え方まで、判断の順番に沿って整理します。
- DSCは昇温にともなう熱変性を吸熱ピークとして捉え、Tm・Tonset・エンタルピーを読み取るラベルフリーの手法です。
- 抗体はFab・CH2・CH3で安定性が違うため複数の転移が重なり、走査速度が変わればTmの値自体も動きます。
- 主な出番は製剤スクリーニングと比較性評価で、DSFとは原理が異なり、熱安定性と実保存安定性は別の軸として扱います。
DSCが測っているもの ― 吸熱ピークの位置と面積
DSCは、加熱していくタンパク質が熱を吸収する量を、緩衝液溶液のpHを一定範囲に保つために使用される弱酸と共役塩基の混合溶液。詳しく →だけの対照と比べて記録する装置です。
装置内にはサンプルセルと参照セルが並びます。両方を同じ速度で昇温しながら、同じ温度を保つのに必要な熱量の差を追う仕組みです。タンパク質が折りたたみをほどく温度帯では余分な熱が要るため、曲線上に山、つまり吸熱ピークが現れます。山の頂点付近がTm、立ち上がりがTonset変性が始まる立ち上がりの温度。製剤で「触れてはいけない温度」の目安になりやすい。、面積がエンタルピーです。
市販の装置は、この曲線をどう取るかで作りが分かれます。Malvern PanalyticalのMicroCal PEAQ-DSCは2℃から130℃までを走査でき、最大の走査速度は240℃/hです。TA InstrumentsのNano DSCは300µLの小容量セルを使い、0.001℃/minから2℃/minという遅い速度まで走査でき、希薄な溶液中の生体分子でも熱容量の変化を拾います。走査を遅くするほど、転移に反応する時間的余裕が増えます。
DSCが他の熱測定と違うのは、色素などの目印を加えず、熱量そのものを直接測っている点です。
Tmは1個ではない ― Fab・CH2・CH3が分かれて壊れる理由
抗体は一つの分子の中に、安定性の違うドメインを複数抱えています。
典型的なIgG抗体は、抗原に結合するFabと、エフェクター機能抗体が免疫系を動かして標的細胞を排除する働き。ADCCやCDCなどがある。詳しく →を担うFcからなります。Fcはさらに CH2 と CH3 というドメインに分かれます。ドメインごとに折りたたみの強さが違うため、変性する温度も一つにそろいません。
MerckのIonescuらが2008年にJournal of Pharmaceutical Sciencesで報告した実測では、ヒト化IgG1のFcフラグメント薬の起点となる分子量およそ300以下の非常に小さな有機分子。弱くても確かに結合するものを探す。詳しく →単独のDSCで、CH2の転移が71℃、CH3の転移が82℃で現れています。Fabフラグメント単独の転移も82℃付近に単一の山として観測され、CH3と近い温度で重なりました。抗体全体の曲線だけでは、82℃の山がCH3由来かFab由来かは区別できません。
ここでカタログの誤読が起きます。製品資料や社内記録に「Tm」とだけ書かれていたら、複数の転移のうちどれを指しているのかを確認するほうが安全です。もっとも低い転移が、その分子の熱的な弱点になりやすい。凝集や分解は、まずそこから始まります。
Tmは「壊れる温度」ではなく、「その転移がちょうど半分進んだ温度」です。抗体では、もっとも低い転移のTmだけでなく、変性が始まるTonsetも合わせて見ておくと、製剤で実際に注意すべき温度域をつかみやすくなります。
一つのTmとして報告されている数字ほど、どの転移を指しているかを確認する価値があります。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる装置の使い分け ― スクリーニングと確認測定の分業
DSCは精密ですが、1検体ずつ測るため時間がかかります。開発の早い段階では、そのままでは回りません。
精製直後の画分をふるいにかける段階では、NanoTemper TechnologiesのTycho NT.6が向いています。10µLのサンプルを35℃から95℃まで30℃/minで走査し、約3分でトリプトファンとチロシンの内在蛍光、330nmと350nmの比から折りたたみを確認します。加熱変性そのものではなく、芳香族アミノ酸周辺の環境変化を追う方法です。
処方候補の絞り込みでは、NanoTemper TechnologiesのPrometheus Pantaが向きます。キャピラリー方式のnanoDSFで、1〜2 mg/mLの濃度から10µLを測り、24本のチップを384ウェルプレートから充填できます。Unchained LabsのAuntyは96ウェルの石英プレートで、8µLの試料から蛍光・SLS・DLSを1分間隔で取り、熱とコロイド安定性抗体が水溶液中で会合せず、安定に散らばっていられる性質。凝集のしにくさに関わる。詳しく →を一度に見ます。
候補を絞ったあと、比較性製造工程の変更前後やロット間で品質特性が同等かを確認する評価。ICH Q5E等が求める。詳しく →評価や規格の裏付けとして熱量が要る段階で、真のDSCに戻ります。Malvern PanalyticalのMicroCal PEAQ-DSC Automatedは6枚の96ウェルプレート、288検体までを自動測定でき、0.01 mg/mLから10 mg/mLの濃度域に対応します。
DSFやnanoDSFで得られるTmと、DSCで得られるTmは近い値になることがあります。ただし測定原理も走査条件も違います。装置をまたいで数値をそのまま比べるのは避け、相対比較は同じ手法・同じ条件の中で行うのが基本です。
スループット一定時間に処理できる検体数。自動パッチクランプはマニュアル法より桁違いに多くの化合物を測れる。詳しく →を優先する段階と、熱量まで押さえたい段階を取り違えると、労力と精度のどちらかを無駄にします。
メーカーに聞くべきこと
カタログに並ぶTmを他社製品や過去のロットと比べる前に、確かめておくことがあります。
抗体のような多ドメインタンパク質の熱変性は、多くの場合で不可逆です。ほどけた構造がそのまま巻き戻らず、凝集に向かうためです。不可逆な転移は、走査速度を変えると観測されるTmの位置がずれます。LangとColeが2017年にBiotechnology Progress誌で報告した検討では、リツキシマブと米国NISTの参照物質NISTmAb(RM 8671)を使い、走査速度を振ってTmを比べています。同じ試料でも、条件をそろえなければ数字は単純に並べられません。
だから、メーカーに聞くべきは「Tmは何度か」ではありません。「その値を何℃/minの走査速度で、可逆・不可逆のどちらとして出したか」です。緩衝液の組成とpH、サンプル濃度も、条件として確認しておきます。
測定条件をそろえない比較は、比較そのものが成立していません。
比較性評価での使い方
DSCのもう一つの出番が、製造工程を変えた前後の比較性評価です。
ロット間や工程変更の前後で、DSC曲線の形、ピークの数と位置、面積が重なっているかを確認します。高次構造アミノ酸鎖が折りたたまれてできる立体構造。二次・三次構造などの階層があり、品質特性として評価する。詳しく →が変わっていなければ曲線は重なります。ずれていれば、折りたたみに何らかの違いが生じたサインです。
ICH Q5E製造工程の変更前後で製品が同等・比較可能かを評価する考え方を定めたガイドライン。詳しく →は、製造工程を変更した前後で品質・安全性・有効性が同等であることを、分析による特性解析規格試験より高い分解能で製品の品質特性を詳しく調べること。比較可能性の評価などで用いる。詳しく →で示すよう求めています。DSCはその一手法として、熱プロファイルという軸から高次構造の同等性変更前後が完全に同一でなくても、品質・安全性・有効性で高い類似性を保ち差異が悪影響しないと言える状態。詳しく →を裏付けます。比較性評価の全体像は比較可能性(ICH Q5E)に譲りますが、曲線の一致は「同じ」を裏付ける根拠の一つにすぎず、他の分析法と組み合わせて初めて同等性の主張が成り立ちます。
熱安定性と保存安定性は別の軸 ― Tmの高さが結論にならない場面
Tmが高いことは有望なサインです。ただし、それだけでは何も保証されません。
DSCが測るのは、数十分から数時間という短い時間で急速に昇温したときに、折りたたみがほどける温度です。実際の製品が置かれるのは、2〜8℃という低温で数か月から数年という時間軸です。条件も、起きている現象も、別の話です。
長期保存で問題になる凝集体の生成や、脱アミド化アスパラギンなどが変化して電荷が変わる化学的分解。特定の隣接配列で起きやすい。詳しく →・酸化といった化学的分解は、Tmの高さと必ずしも一致して進みません。特定のpHで脱アミド化が進みやすい分子もあり、容器壁や気液界面空気と液の境目。抗体が吸着と剥離を繰り返してほどけ、粒子や凝集体を生む主因になる。詳しく →でのストレスによる凝集は熱変性温度とは別の要因で決まります。
どちらが正しいという話ではありません。Tmの高さが保存安定性の目安として効くかどうかは、その分子で劣化の主因が高次構造の破綻なのか、化学的な分解や界面ストレス気液・固液界面にタンパク質や粒子が吸着・露出することで生じる変性・凝集の誘因となるストレス。詳しく →なのかで決まります。処方設計と安定性試験出荷時から有効期限まで品質特性が規格内にとどまることを確認する試験。詳しく →の関係は製剤設計もあわせて参照してください。
熱力学的な安定性と、時間をかけて進む保存安定性は、別の軸として扱う必要があります。
選ぶ順番 ― DSCを導入する前に決めておくこと
ここまでの内容を、決める順番として並べ直します。
まず決めるのは、何のためにTmを測るかです。一次スクリーニング多数の抗体クローンから、次段に進める候補を結合・発現・多様性で手早く絞り込む初期の選抜作業。詳しく →なら、NanoTemper TechnologiesのTycho NT.6やUnchained LabsのUncle・Auntyのような高スループットの機器で足ります。
次に、装置を選びます。候補を絞り込み、エンタルピーの確認が要る段階になったら、Malvern PanalyticalのMicroCal PEAQ-DSCやTA InstrumentsのNano DSCに切り替えます。
そのうえで、測定条件をそろえます。走査速度、可逆性の有無、緩衝液の組成とpH、サンプル濃度を固定し、他社製品やロット間で比べられる形にします。
最後に、Tmの使い道を決めます。処方や工程の順位付けか、比較性評価の裏付けか、保存安定性試験への橋渡しかで、必要な精度も条件も変わります。
Tmを測る前に、何のための数字かを決めておくことが、DSCを無駄にしない一番の近道です。
参考文献
- Malvern Panalytical, MicroCal PEAQ-DSC 製品情報(走査温度範囲とMicroCal PEAQ-DSC Automatedの仕様)
- TA Instruments, Nano DSC 製品情報(セル容量と走査速度)
- NanoTemper Technologies, Prometheus Panta 製品情報(キャピラリーnanoDSF分子がほどけるのに伴う蛍光の変化を追って融解温度を求める手法。少量・多検体で回しやすい。詳しく →の仕様)
- Unchained Labs, Aunty 製品情報(96ウェルでの同時測定)
- Ionescu RM, Vlasak J, Price C, Kirchmeier M. Contribution of variable domains to the stability of humanized IgG1 monoclonal antibodies. J Pharm Sci. 2008;97(4):1414-1426.
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q5E, Comparability of Biotechnological/Biological Products Subject to Changes in Their Manufacturing Process
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