低分子研究・創薬スクリーニング

フラグメント創薬(FBDD):小さな分子から効率よくリードを育てる

HTSで数百万化合物を流しても「どの部分がなぜ効いているのか」が見えずに最適化が行き詰まった——そんな経験を持つ研究者にとって、フラグメント創薬(FBDD:Fragment-Based Drug Discovery)の発想は根本的に異なります。分子量300前後の非常に小さな断片(フラグメント)を数百から数千個だけ用意し、標的タンパク質に弱くても確かに結合するものを丁寧に拾い上げ、構造情報を頼りに少しずつ薬らしい親和性まで育てていく——それがFBDDの骨格です。多くの人がまず思い浮かべる、数十万から数百万個の化合物を一気に試すハイスループットスクリーニング(HTS)数十万〜数百万個の化合物を一気に評価し、活性を持つヒットを探すスクリーニング。とは、正反対の出発点に立ちます。

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フラグメント創薬(FBDD):小さな分子から効率よくリードを育てる

わざわざ小さく始めるのはなぜか。弱い結合をどうやって見つけ、どう育てていくのか。こうした問いを順番に解いていきます。

この記事の要点
  • FBDDは分子量300前後の小さな断片から、弱い結合を起点に薬らしい親和性まで育てる手法です。
  • 弱い結合はSPRやNMR、X線などの生物物理学的手法で検出し、原子あたりの効きをリガンド効率で評価します。
  • growing・linking・mergingで構造情報を頼りに育て、ベムラフェニブなど承認薬の実績もあります。

そもそもフラグメントとは、どのくらいの大きさの分子ですか

フラグメント薬の起点となる分子量およそ300以下の非常に小さな有機分子。弱くても確かに結合するものを探す。とは、薬の「起点」となる有機分子のこと。分子量はおよそ300以下と、通常の薬候補と比べてひと回り以上小さい。

一般的な経口薬の候補は、いわゆるLipinskiのRule of Five(分子量500以下など)に収まる程度の大きさを持ちます。フラグメントはそれよりさらに小さく、Congreveらが2003年に提案した目安「Rule of Three(三の法則)良質なフラグメントを設計する目安。分子量や水素結合の数、脂溶性を小さく抑える指針。」で整理されることが多い。具体的には、分子量300未満、水素結合ドナー3個以下、水素結合アクセプター3個以下、計算脂溶性分子が脂に溶けやすい性質。高いほど細胞膜を通り組織へ分配されやすく、分布容積が大きくなりやすい。ClogPが3以下——この4つが設計の目安です。

ただし、Rule of Threeは絶対的な合格ラインではなく、良質なフラグメントライブラリを組む際の設計指針という位置づけです。近年は分子量が300を少し超える断片や、三次元的な形を持つ「立体的」なフラグメントを意図的に加えるなど、標的に合わせた独自ライブラリを用いる例も増えています。

なぜここまで小さくするのですか

小さい分子は原子数が少ないぶん、標的の結合ポケット酵素や受容体の表面にあり、薬分子がはまり込むくぼみ。SBDDで設計の要件を読み取る場所。と「相性の良い形」に当たる確率が、大きく複雑な分子より高くなる。これが根本的な理由です。

作り込まれた分子は、一箇所でも噛み合わない部分があると全体として弾かれてしまいます。一方、小さな断片はぶつかる箇所が少なく、素直にはまりやすい。だからこそ結合の「起点」を正確に押さえられ、その後の設計に根拠が生まれます。

HTSのように大きく作り込まれた分子をいきなり評価すると、たまたま強く結合しても「どの部分がなぜ効いているのか」が見えにくく、その後の最適化が行き詰まりやすい。FBDD分子量300前後の小さな断片を標的に弱く結合させ、構造情報を頼りに薬らしく育てる低分子創薬法。は、この問題を出発点から回避しようとする戦略です。

弱い結合しか見つからないなら、意味がないのでは?

ここがFBDDの核心です。フラグメントの結合が弱いのは想定内であり、大切なのは絶対的な強さではなく「原子あたりの効き」——すなわちリガンド効率結合の強さを分子サイズ(重原子数)や脂溶性で割り引いて評価する効率指標。ヒットを次の最適化へ進めるかの判断に使う。です。

フラグメントが標的に結合する強さ(解離定数抗体と抗原の結合の強さを表す値。小さいほど強く結合することを示す。)は、多くの場合マイクロモル(µM)からミリモル(mM)という、薬としてはかなり弱い水準です。それでも価値があるのは、原子1個あたりでどれだけ効率よく結合しているかを評価するからです。この指標がリガンド効率(LE:Ligand Efficiency)で、おおまかには「結合の自由エネルギー ÷ 非水素原子(重原子)の数」で表されます。

小さいのにそこそこ結合するフラグメントは原子あたりの寄与が大きく、LEが高くなります。LEの高い起点から出発すれば、原子を足して大きくしていっても、薬らしい分子量に達したときに脂溶性が過剰にならず、良好な物性を保ちやすいと期待できます。逆にHTS数万〜数十万の試料を同条件で測り、活性化合物(ヒット)を拾い上げる大規模なスクリーニング。で見つかる強いヒットスクリーニングで活性を示し、次の確認に進める候補化合物。は、すでに大きく脂溶性も高いことが多く、LEの観点では改良の余地が乏しい場合があります。

つまりFBDDは、「今どれだけ強いか」より「これからどれだけ効率よく伸ばせるか」を重視する戦略です。

その微弱な結合を、どうやって検出するのですか

弱い結合は通常の活性アッセイでは埋もれてしまいます。物理的な結合そのものを捉える生物物理学的手法(biophysics酵素活性ではなく結合そのものを直接捉える手法群。弱いフラグメントの検出に使う。)で初めて検出できます。

酵素活性の阻害などを見る通常のアッセイでは、弱いフラグメントの信号は埋もれがちです。そこでFBDDでは、結合の有無や様式を直接とらえる複数の手法を組み合わせます。主なものを挙げます。

  • 表面プラズモン共鳴(SPR)標的を固定した表面に分子を流し、結合による質量変化を光学的に、ラベルなしで検出する測定手法。:標的を固定した表面にフラグメントを流し、結合による質量変化を光学的に検出します。少量の試料で多数の断片を一次スクリーニング多数の抗体クローンから、次段に進める候補を結合・発現・多様性で手早く絞り込む初期の選抜作業。でき、結合の速さ・強さも見積もれます。
  • NMR磁場の中で原子核が示す共鳴を測り、分子の化学構造や純度を調べる装置です。低分子医薬品の構造確認などに使われます。詳しく →⁠:溶液中で、タンパク質側またはリガンド担体ビーズ表面に結合させた官能基やタンパク質で、目的物や不純物と相互作用して分離を担う部分。側の信号変化から結合を検出します。標的の主鎖信号の変化を追えば、どのあたりに結合したかの見当もつきます。
  • X線結晶構造解析タンパク質を結晶化し、X線の回折から原子レベルの立体構造を決める手法。結合位置を正確に把握できる。⁠:フラグメントを結晶に浸すソーキングフラグメントをタンパク質の結晶に浸して結合させ、X線で位置と向きを可視化する手法。などで、結合したフラグメントの位置と向きを原子レベルで可視化します。次の「育てる」工程の設計図になる、最も情報量の多い手法です。
  • 熱シフトアッセイ(示差走査蛍光法、DSF)結合でタンパク質の融解温度が変わることを利用した、簡便な一次スクリーニング。:結合によりタンパク質の熱的な安定性(融解温度熱で抗体の立体構造がほどける転移の中点にあたる温度。高いほど保存中や製造中の熱ストレスで構造が崩れにくい。)が変わることを利用した、簡便な一次スクリーニングです。
  • native MS(ネイティブ質量分析)立体構造を保ったまま質量分析し、フラグメントが結合した複合体の質量差から結合を検出する手法。:タンパク質の立体構造を保ったまま質量分析分子の質量を精密に測る手法。鎖の組み合わせ違いを分子量差として捉え純度評価に使う。にかけ、フラグメントが結合した複合体の質量差から結合を検出します。
POINT
一つの手法だけでは偽陽性・偽陰性が避けにくいため、実務では複数手法を「関門」のように重ねて確度を高めます。たとえばSPRや熱シフトで広く拾い、NMRで結合を確認し、最終的にX線構造で結合様式まで押さえる、という流れが典型的です。

見つけた弱いフラグメントは、どうやって薬らしく育てるのですか

出発点となるフラグメントは弱いので、そのままでは薬になりません。構造情報を手がかりに原子や官能基を足して結合を強めていくのですが、その進め方は大きくgrowing・linking・mergingの3つに分けられます。

  • フラグメント・グローイング結合したフラグメントを起点に隣の空きポケットへ官能基を伸ばし、結合を強める最も王道の手法。(成長):結合したフラグメントを起点に、隣接する空きポケットへ向かって少しずつ官能基を伸ばし、新たな相互作用を稼ぎます。最も広く使われる王道の手法です。
  • フラグメント・リンキング別々の場所に結合する二つのフラグメントを適切なリンカーでつなぎ、親和性を高める手法。(連結):ポケットの別々の場所に結合する2つのフラグメントを見つけ、適切な長さのリンカーADCで抗体とペイロードをつなぐ部分。両者の結合や体内での薬物放出の性質を左右する。でつなぎます。うまくいけば単独の和を上回る親和性抗体が抗原に結合する強さ。解離定数などで表し、値が小さいほど強く結合することを示す。が得られますが、両者の向きを崩さないリンカー設計が難所です。
  • フラグメント・マージング(融合):重なり合って結合する複数のフラグメントや既知リガンドの特徴を、一つの分子に統合します。

いずれの戦略でも、X線結晶構造タンパク質を結晶化しX線回折で立体構造を決める方法。構造ベース探索や結合様式の確認に使う。やNMRから得た「どこにどう結合しているか」という情報が設計の土台になります。この構造ベースの反復こそがFBDDの中核であり、闇雲に大きくするのではなく根拠を持って一手ずつ足していく点が、HTS後の最適化と大きく異なります。

結局、HTSとはどう使い分けるのですか

HTSが「広く数で当てる」のに対し、FBDDは「狭く効率で育てる」手法です。両者は競合ではなく補完の関係にあります。

HTSは数十万〜数百万規模のライブラリを一度に評価し、すでに一定の親和性を持つヒットを直接拾えるのが強みです。設備や自動化への投資は要りますが、当たれば最適化の出発点がすぐ手に入ります。一方で、大きな分子はどこが効いているか分かりにくく、物性が悪化していることもあります。

FBDDが探索する化学空間(chemical space)は、分子が小さいぶん組み合わせが限られ、数百〜数千個という小さなライブラリでも網羅性が高くなります。ヒット率もHTSより高く出やすい一方、弱い結合を確実に捉える生物物理学的手法酵素活性ではなく結合そのものを直接捉える手法群。弱いフラグメントの検出に使う。と、育てるための構造解析・合成が前提になります。

実務では、標的の性質で使い分けます。結合ポケットが浅い、あるいは従来「創薬が難しい(undruggable従来の低分子医薬では狙うのが難しいとされてきた標的。FBDDが有効な場合が多い。)」とされてきた標的では、HTSでヒットが出にくく、FBDDが有効なことが多いです。両者を組み合わせ、FBDDで見つけた起点をHTSヒットとマージするような進め方もあります。この考え方は低分子に固有で、抗体・ADC・mRNA-LNP試験管内転写(IVT)でmRNAを作り、脂質ナノ粒子(LNP)に封入して製剤化する一連の工程です。詳しく →・siRNA/ASO・AAV・細胞治療といった他モダリティ抗体・低分子・核酸・細胞治療など、医薬品の種類・創薬手法の区分。は標的認識や送達の原理がまったく異なり、フラグメント探索は主に低分子創薬の文脈で用いられます。

本当に承認薬になった例はありますか

あります。FBDDは概念にとどまらず、承認薬として実績を積み上げてきました。

代表例がベムラフェニブ(vemurafenib)です。Plexxikon社が、BRAFなどのキナーゼを標的に7-アザインドールという小さなフラグメントを見つけ、X線結晶構造に導かれながらグローイングで育てました。最終的にBRAF V600E変異を持つ悪性黒色腫(メラノーマ)向けの阻害薬となり、2011年に承認。FBDD由来として初めて承認に至った薬として知られます。

もう一つの代表例がベネトクラクス(venetoclax)です。Abbott(現AbbVie)が、Fesikらが1996年にScience誌で報告した「SAR by NMR」というフラグメント連結の考え方を発展させたものです。抗アポトーシスタンパク質BCL-2ファミリーの隣り合うポケットに結合する断片を見つけて連結・最適化し、慢性リンパ性白血病などに用いられる阻害薬として2016年に承認されました。

弱く小さな起点からでも、構造情報と地道な最適化を積み重ねれば承認薬にたどり着けることを、これらの例は示しています。「小さく始めて、根拠を持って育てる」という一貫した思想を、FBDDは実際の成果として体現してきました。

参考文献

  • Congreve M, Carr R, Murray C, Jhoti H. "A 'rule of three' for fragment-based lead discovery?" Drug Discovery Today. 2003. PMID: 14554012
  • Shuker SB, Hajduk PJ, Meadows RP, Fesik SW. "Discovering high-affinity ligands for proteins: SAR by NMR." Science. 1996;274(5292):1531-1534. PMID: 8929414
  • Hopkins AL, Groom CR, Alex A. "Ligand efficiency: a useful metric for lead selection." Drug Discovery Today. 2004. PMID: 15109945
  • Erlanson DA, Fesik SW, Hubbard RE, Jahnke W, Jhoti H. "Twenty years on: the impact of fragments on drug discovery." Nature Reviews Drug Discovery. 2016. PMID: 27417849
  • Bollag G, Tsai J, Zhang J, et al. "Vemurafenib: the first drug approved for BRAF-mutant cancer." Nature Reviews Drug Discovery. 2012. PMID: 23060265
  • Souers AJ, Leverson JD, Boghaert ER, et al. "ABT-199, a potent and selective BCL-2 inhibitor, achieves antitumor activity while sparing platelets." Nature Medicine. 2013. PMID: 23291630
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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、低分子に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。