PAINSフィルターとは? 偽陽性化合物の除外を考える
HTSのデータを眺めていると、複数の標的で繰り返しヒットしてくる化合物に気づくことがあります。喜んで深追いしたところ、実は標的ではなく測定系そのものを乱していただけ――そんな経験をしたことのある創薬研究者は少なくないはずです。この「見かけのヒット」を早い段階で見分けるために広まったのが、PAINS(pan-assay interference compounds標的を問わず多くのアッセイでヒットしやすい部分構造フィルター(多アッセイ干渉化合物)。=多アッセイ干渉化合物標的を問わず多くのアッセイでヒットしやすい部分構造フィルター(多アッセイ干渉化合物)。)というフィルターです。

PAINSの考え方はシンプルです。特定の部分構造(サブストラクチャ分子の一部の構造パターンで、これを手がかりに該当する化合物を検索で拾う。)を持つ化合物は、標的が何であれ多くのアッセイでヒットしやすい。この経験則を構造アラート化合物の構造から変異原性が疑わしいと見抜くための目印となる部分構造。として整理したものです。干渉の理由は一つではなく、反応性が高い、凝集する、金属を奪う、レドックス還元型/酸化型グルタチオンなど、リフォールディング時にジスルフィド形成を助ける酸化還元系。で活性酸素を出す、とさまざまです。いずれも「標的への特異的な結合ではない」という点が、共通して問われます。
ただし、フラグが立った化合物を機械的に捨ててよいわけではありません。承認薬のなかにもPAINS標的を問わず多くのアッセイでヒットしやすい部分構造フィルター(多アッセイ干渉化合物)。部分構造を持つものは少なくなく、フィルターはあくまで「注意して確かめるべき対象」を指す標識にとどまります。由来と偽陽性の機序、RDKitPAINSフィルターなどが組み込まれた、オープンソースの化学情報処理ツール。での適用、そして構造アラートを実務でどう扱うか――この線引きの感覚こそが、PAINSを使いこなす鍵になります。
- PAINSは、AlphaScreenの頻出ヒッターから抽出された約480の部分構造フィルターです。
- 反応性・凝集・金属キレート・レドックス・光学干渉などの機序で偽陽性を生む化合物を見分けます。
- アラートは即除外ではなく要確認の標識で、直交アッセイや対照実験で確かめてから判断します。
PAINSの由来:AlphaScreenの頻出ヒッターから
PAINSという概念を定式化したのは、2010年にJonathan B. BaellとGeorgina A. Hollowayが発表した論文です。彼らは6件のAlphaScreenPAINSの由来となった、頻出ヒッターのデータが分析された検出系のアッセイ形式。アッセイのデータを分析し、標的にかかわらず繰り返しヒットとして現れる化合物(頻出ヒッター標的の種類にかかわらず、多くのアッセイで繰り返しヒットとして現れる化合物。)に共通する部分構造分子の一部の構造パターンで、これを手がかりに該当する化合物を検索で拾う。を抽出しました。
このとき定義されたのが、概ね480種類とされる部分構造フィルターです。もっとも、480すべてが均等に使われるわけではありません。ごく一部の部分構造が多数の化合物をカバーし、残りの多くは該当する化合物が数個から十数個という偏った分布になっています。実際の除外に効いているのは、限られた数の頻出モチーフです。
由来を踏まえると押さえておきたいのは、PAINSは特定の検出系(AlphaScreen)由来の経験則であり、あらゆるアッセイ形式にそのまま一般化できるものではない という点です。この前提が、後述する「即除外ではない」という扱いの根拠になります。
PAINSは、6件のAlphaScreenアッセイの頻出ヒッターから抽出された約480の部分構造フィルターです。特定の検出系に由来する経験則である、という出自を忘れないことが実務の出発点になります。
偽陽性を生む主な機序
PAINSが問題視されるのは、標的への特異的結合ではない理由でシグナルを動かすからです。代表的な機序を整理します。
| 機序 | 何が起きるか | 見かけの結果 |
|---|---|---|
| 反応性(共有結合) | 求電子性の部分構造がタンパク質を非特異的に修飾する | 多くの標的で活性が出る |
| コロイド凝集分子が凝集体を作りタンパク質を非特異的に取り込み、阻害しているように見せる干渉。 | 分子が凝集体タンパク質分子どうしが結合してできた高分子量の集合体です。有効性や免疫原性に影響するため、その含量を測ります。詳しく →を作りタンパク質を非特異的に取り込む | 阻害しているように見える |
| 金属キレート分子が金属イオンを奪い、金属に依存する酵素を止めて阻害のように見せる干渉。 | 金属イオンを奪い、金属依存の酵素を止める | 阻害と区別しにくい |
| レドックス活性還元剤の存在下で活性酸素を生じ、タンパク質やアッセイ成分を乱してしまう性質。 | 還元剤存在下で活性酸素(ROS還元剤の存在下で活性酸素を生じ、タンパク質やアッセイ成分を乱してしまう性質。)を生じる | タンパク質やアッセイ成分を乱す |
| 蛍光・光学干渉 | 検出波長で自家蛍光したり、シグナルを吸収・消光する | 読み値が真の活性とずれる |
これらは互いに排他的ではなく、一つの化合物が複数の機序を同時に持つこともあります。共通するのは、標的を変えても似た挙動が出る――つまり特異性がないことです。裏を返せば、標的や検出形式を変えると化けの皮がはがれる。ここが後述の直交(オルソゴナル原理(物差しの向き)の異なる手法を重ねて品質を評価する考え方。単一手法の死角を減らす。)確認につながります。
なお、凝集は界面活性剤タンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく →の添加で崩れることが多く、レドックス活性は還元剤や触媒(カタラーゼ)を加えると挙動が変わります。機序ごとに切り分ける簡単な対照実験が、偽陽性実際には結合や活性がないのに、計算や試験で当たりに見えてしまう候補。上位ヒットに必ず混じる前提で扱う。の正体を突き止める近道です。
RDKitなどでの適用
PAINSフィルタ非特異的な性質から見かけの活性を示しやすい化合物(偽陽性)を除くための構造フィルタ。ーは、部分構造検索として計算機上で適用します。もともとの定義はSLNという記法でしたが、SMARTS部分構造を表す文字列パターンの記法で、PAINSの部分構造検索に使われる。(部分構造を表す文字列パターン)に変換されて広まり、いまはオープンソースのRDKitに組み込まれています。
RDKitでは、扱いやすさのためにPAINSをPAINS_A・PAINS_B・PAINS_Cの三つのセットに分けて提供しています。使い方は、フィルターカタログを構成し、化合物が該当するかどうかを判定するだけです。おおまかな流れは次のとおりです。
| 手順 | 内容 |
|---|---|
| カタログ構成 | PAINS_A/B/Cなど使うセットを指定してカタログを作る |
| 一致判定 | 化合物ごとに、いずれかの部分構造に当たるかを調べる |
| 該当箇所の取得 | どのアラートに当たったか(部分構造名)を取り出す |
| 記録 | ヒットスクリーニングで活性を示し、次の確認に進める候補化合物。/非ヒットと該当アラートをリストに残す |
判定結果は「除外リスト」ではなく「要確認リスト」として扱うことが大切です。どのアラートに当たったかまで記録しておくと、後で機序を推定したり対照実験を設計したりするときに役立ちます。フラグの数を数えるより、内訳を見るほうが実務的です。
創薬初期のヒット評価では、PAINSだけでなく結合効率の指標もあわせて眺めることが多いです。効率の考え方はリガンド効率(LE/LLE)で整理しています。
構造アラート=即除外ではない
ここが本稿の要です。PAINSに当たった化合物を、内容を確かめずに捨てるのは行き過ぎです。理由は二つあります。
一つめは、フラグが立った化合物の多くが実際には干渉を示さないという報告があることです。大規模なスクリーニングデータの解析では、PAINSアラートを持つ化合物の多くが特段の頻出ヒッター傾向を示さなかったとされています。アラートは干渉の「可能性」を示すにとどまり、干渉そのものの証拠ではありません。
二つめは、承認薬のなかにPAINS部分構造を持つものが実在することです。報告では、FDA承認薬のうち相当数がPAINSアラートに該当し、そのなかには世界保健機関(WHO)の必須医薬品リスト収載品も含まれるとされています。部分構造が当たること自体は、薬になれないことを意味しません。
では実務でどう扱うか。基本は「捨てる」ではなく「確かめる」です。
- 直交確認検出形式の異なる第二のアッセイで活性を再現できるか確かめ、干渉を切り分けること。:検出形式の異なる第二のアッセイで活性を再現できるか見る。形式を変えると、干渉由来のシグナルは落ちやすくなります。
- 対照実験:界面活性剤の添加(凝集)、還元剤やカタラーゼ(レドックス)など、機序を切り分ける実験を組む。
- 濃度依存性・SAR分子の構造をどう変えると効き目や毒性がどう変わるかの関係。化合物最適化の指針になる。:構造活性相関分子の構造をどう変えると効き目や毒性がどう変わるかの関係。化合物最適化の指針になる。(SAR)がなだらかに追えるか。干渉由来のヒットは、構造を少し変えても活性が保たれる/急に消えるなど、SARが不自然になりがちです。
主要な医薬化学系のジャーナルでも、PAINSに該当する化合物を報告する際は、性質の異なる二種類以上のアッセイで特異的な活性を示す実験的証拠を添えることが求められます。「アラート=即除外」ではなく「アラート=立証責任」という運用です。
PAINSアラートは除外の判定ではなく、追加検証の引き金です。直交アッセイ・機序別の対照実験・SARの三点で確かめてから、活かすか外すかを決めます。
アッセイ側の作り込みも忘れてはいけません。そもそも干渉に強い測定系を設計し、シグナルのばらつきや偽陽性・偽陰性本当は作用があるのに「ない」と誤って判定される結果。hERGでは阻害を見逃すリスクになる。を抑えることが前提になります。アッセイ品質の評価軸はZ因子とアッセイ品質で扱っています。フィルターは万能ではなく、良いアッセイ設計と組み合わせて初めて意味を持ちます。
まとめ
PAINSは、AlphaScreenの頻出ヒッターから抽出された約480の部分構造フィルターです。反応性・凝集・金属キレート・レドックス・光学干渉といった機序で偽陽性を生む化合物を早めに見分けるための標識であり、RDKitなどで手軽に適用できます。ただし判定結果は除外リストではなく、要確認リストとして扱うのが実務の基本です。
承認薬にもPAINS部分構造を持つものがある以上、アラートはあくまで可能性の指摘にとどまります。直交アッセイ検出形式の異なる第二のアッセイで活性を再現できるか確かめ、干渉を切り分けること。・機序別の対照実験・SARの三点で確かめ、良いアッセイ設計と併用することで、フィルターは本来の価値を発揮します。捨てるための道具ではなく、確かめるための道具として使うこと――それが要点です。
参考文献
- Baell JB, Holloway GA. New Substructure Filters for Removal of Pan Assay Interference Compounds (PAINS) from Screening Libraries and for Their Exclusion in Bioassays. J Med Chem. 2010;53(7):2719-2740.
- Baell JB, Walters MA. Chemistry: Chemical con artists foil drug discovery. Nature. 2014;513(7519):481-483.
- Dahlin JL, Walters MA. How to Triage PAINS-Full Research. Assay Drug Dev Technol. 2016;14(3):168-174.
- Capuzzi SJ, Muratov EN, Tropsha A. Phantom PAINS: Problems with the Utility of Alerts for Pan-Assay INterference CompoundS. J Chem Inf Model. 2017;57(3):417-427.
- Jasial S, Hu Y, Bajorath J. How Frequently Are Pan-Assay Interference Compounds Active?. J Med Chem. 2017;60(9):3879-3886.
- RDKit, FilterCatalog / rdkit.Chem.rdfiltercatalog module documentation.
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