バーチャルスクリーニングとドッキング:計算で候補を絞り込む
数億もの分子を計算機の中で標的タンパク質に当てはめ、上位に来た化合物だけを実際に合成して測ってみる——そんな運用から、実験で確認できる強い結合体が得られたという報告があります。実物のロボットが数十万から数百万化合物を測る物理的なハイスループットスクリーニング(HTS)数万〜数十万の試料を同条件で測り、活性化合物(ヒット)を拾い上げる大規模なスクリーニング。では、そもそも数億という桁には手が届きません。この差を埋めるのがバーチャルスクリーニング多数の化合物を計算機上でふるいにかけ、合成・試験する候補を絞り込む手法。(virtual screening)だ。化合物を合成・測定する前に「どの分子が標的に効きそうか」を計算だけで見積もり、扱える大きさまで候補を絞り込む手法です。

ただし、この成功例の裏には落とし穴があります。計算で高スコアが出た化合物を、そのまま本物のヒットだと信じて次の工程に進むと、当たりに見えて外れる候補(偽陽性)に足をすくわれます。計算で高スコアが出ることと、実際に結合して活性を示すことは同じではない。絞り込みを支える二つの発想、スコアが嘘をつく場面、超大規模ライブラリ数十億規模以上の化合物を集めた探索対象。計算で先に選別し、当たりだけを合成する運用で使われる。と機械学習がもたらした変化、そして計算の結論を実験で裏づける方法——鍵になるのは、この最後の一歩を省かないことです。
- バーチャルスクリーニングは合成前に候補を計算で絞り込む手法で、リガンドベースと構造ベース(ドッキング)に大別されます。
- スコアリング関数は近似を多く含むため、スコアは順位づけの目安にとどまり、上位ヒットには偽陽性が必ず混じります。
- 超大規模ライブラリや機械学習が探索を広げましたが、計算の結論はSPRなど独立した実験で裏づける前提は変わりません。
二つの入口:似た分子から探すか、構造に当てはめるか
絞り込みの発想は大きく二手に分かれます。手がかりにするものが違うのです。
絞り込みの発想は大きく二手に分かれます。一つは、すでに活性がわかっている分子に「似た形・似た性質」を持つものを探すリガンドベース(ligand-based)の方法。標的タンパク質の立体構造が未解明でも、活性がわかっている分子さえあれば使えるのが強みです。「似ている」を計算で測るには、分子を数値の並び(記述子やフィンガープリント)に変換し、その距離や重なりで類似度を求めます。よく使われるのは、分子の部分構造の有無をビット列で表し、二つの分子のビットの重なり具合をTanimoto係数二つの分子のフィンガープリントの重なり具合から類似度を表す指標。リガンドベース探索で広く使われる。で比べる方法です。前提に置かれているのは「似た構造は似た活性を示しやすい」という経験則——類似性原理と呼ばれます。
このリガンドベースをもう一段抽象化したのがファーマコフォア(pharmacophore)です。具体的な原子や骨格ではなく、「水素結合の受容体がここ」「疎水性の部分がここ」「正電荷がここ」といった、活性に効く特徴の三次元的な配置を型として抽象化したもの。骨格が違っても同じ配置を満たす分子を拾えるため、既知構造とは別の化学系(スキャフォールドホッピング既知の活性分子とは骨格の異なる新しい化学系を見つけること。ファーマコフォアなどが手がかりになる。)を見つける手がかりになります。
もう一つの入口が、標的タンパク質の立体構造に候補分子を実際に入れてみて、うまくはまるかを直接評価する構造ベース(structure-based)の方法です。その中核が分子ドッキング(molecular docking候補分子を標的の結合ポケットに配置し、はまり具合を点数化して結合しやすさを見積もる計算手法。)で、作業は二段に分かれます。前半は探索——分子を結合ポケットの中でさまざまな向き・かたち(ポーズ)に配置してみる工程で、分子の回転や並進に加え、結合の回転による柔軟性も考えて多数のポーズを生成します。後半はスコアリングです。水素結合や静電相互作用、疎水性の接触、立体的な衝突などを評価し、結合しやすさの目安(結合自由エネルギーリガンドが標的に結合する強さをエネルギーで表した量。リガンド効率の計算の分子にあたる。の近似値など)を返します。
構造ベースが成り立つ前提は、信頼できる標的構造が手に入ることです。X線結晶構造やクライオ電子顕微鏡試料を凍結したまま電子顕微鏡で観察し、タンパク質などの立体構造を高分解能で調べる手法。の構造がなければ、相同性モデリングで近縁タンパク質から構造を推定します。近年はAlphaFoldアミノ酸配列からタンパク質の立体構造を高精度に予測する計算手法・データベース。などの構造予測が候補構造の幅を広げましたが、予測構造は結合ポケット酵素や受容体の表面にあり、薬分子がはまり込むくぼみ。SBDDで設計の要件を読み取る場所。の側鎖配置が実測ほど正確でないことがあり、ドッキング標的ポケットに分子を様々な向きで置き、うまくはまる配置を探して結合の良さを見積もる計算。に使う際は注意が要ります。
スコアがどこで嘘をつくか
ここで、冒頭の落とし穴に戻ります。ドッキングのスコアは結合強度の近似にすぎず、順位づけの目安として使うものだ。スコアリング関数ドッキングでポーズの良さを点数化する関数。速度優先で近似が多く、順位づけの目安で結合の証明ではない。は計算を現実的な時間で終えるために多くの近似を置いていて、その割り切りがそのまま限界になります。
具体的に、どこで無理が出るのか。まず溶媒(水)とエントロピーの扱いです。結合では水分子の出入りや分子の運動の自由度の変化が効きますが、これらを高速な関数で正確に表すのは難しく、簡略化されています。次にタンパク質の柔軟性。探索では計算量の都合で受容体を固定して扱うことが多く、そうすると実際には動いて結合を許すポケットを見逃したり、逆に過小評価したりします。そして絶対値の当てにくさ。スコアは化合物間の相対的な順位づけには役立っても、結合定数の絶対値を精度よく予測できるとは限りません。
こうした近似の積み重ねから、高スコアでも実際には結合しない偽陽性は避けられません。実験アッセイに干渉して見かけの活性を示すPAINS(pan-assay interference compounds標的を問わず多くのアッセイでヒットしやすい部分構造フィルター(多アッセイ干渉化合物)。)や、水に溶けにくく凝集して非特異的に阻害する分子が代表例です。計算でも実験でも紛れ込みやすく、上位リストに混じっても不思議はありません。
スコアリング関数は速度と引き換えに多くの近似を置いています。スコアは候補の順位づけの目安であって結合の証明ではなく、上位ヒットには必ず偽陽性が混じる前提で扱います。
数十億化合物を計算で先に選別する
冒頭で触れた「数億規模のドッキング」を可能にしたのが、探索対象そのものの拡大です。近年の大きな変化は、実在在庫ではなく「注文に応じて作る」化合物まで含める超大規模ライブラリの登場でした。
make-on-demand確立した反応と入手容易な試薬から理論上合成できる分子を列挙した、注文に応じて作る超大規模ライブラリ。(オンデマンド合成確立した反応と入手容易な試薬から理論上合成できる分子を列挙した、注文に応じて作る超大規模ライブラリ。)のライブラリは、確立した反応と入手容易な試薬の組み合わせで理論上合成できる分子を列挙したもので、その規模は数十億から、さらに桁を増やし続けています。代表例のEnamine REALのように、数十億規模の化合物空間を計算で先に選別してから、当たりだけを実際に合成する運用が広まりました。規模が桁違いに増えると探索できる化学空間が広がり、既存の在庫ライブラリでは届かなかった新しい骨格に出会える可能性が高まります。数億規模のドッキングから実験で確認できる強い結合体が得られたという報告は、まさにこの拡大の産物です。
もっとも、規模が増えれば話が単純に良くなるわけではありません。化合物数が増えるほど、たとえ偽陽性実際には結合や活性がないのに、計算や試験で当たりに見えてしまう候補。上位ヒットに必ず混じる前提で扱う。率が同じでも、上位に残る偽陽性の実数は増えます。全件を丁寧に計算する時間もない。探索の速さと精度のバランスをどう取るかが、超大規模ライブラリを扱ううえでの中心的な課題です。
機械学習という加速装置
この「速く広く」と「正確に」の綱引きに、機械学習が入ってきました。使われ方はいくつかの層に分かれます。
スコアリングの改良では、物理ベースの近似に代えて、既知の結合データから学習したモデルでポーズや親和性を評価します。ただし学習データに偏りがあると、その偏りをそのまま学んでしまう危険があります。能動学習による絞り込みでは、まず一部だけを丁寧にドッキングし、その結果でモデルを学習させて残り膨大な化合物のスコアを予測し、有望そうな一部だけを実際に計算する——という反復で全件計算を避けます。数十億規模の探索を現実的な計算量に収める狙いです。構造そのものの予測でも、AlphaFoldに代表される構造予測が、実験構造のない標的にも構造ベース標的タンパク質の立体構造に候補分子を当てはめ、うまくはまるかを直接評価する手法。ドッキングが中核。探索の入口を開きました。
近年は、標的とリガンド担体ビーズ表面に結合させた官能基やタンパク質で、目的物や不純物と相互作用して分離を担う部分。の結合ポーズ分子を結合ポケット内でとらせた向きやかたち。ドッキングでは多数生成し、スコアで評価する。を直接予測しようとする生成的・深層学習型の手法も登場しています。ただし、こうした手法が物理ベースのドッキングを一律に上回るとは限らず、評価の設定によって結論が変わることも指摘されています。機械学習は強力な加速装置ですが、学習データの外側では当てにならないことがあり、出力の確からしさは別途確かめる必要があります。
機械学習は探索を桁違いに加速しますが、予測の質は学習データの範囲に強く縛られます。新しい骨格や未知の標的では外挿になりやすく、計算の結論は実験で裏づける前提が変わりません。
実物で確かめて、はじめてヒットになる
ここまでの話が一点に収束します。バーチャルスクリーニングの出力は「実験で確かめるべき優先順位づけされた候補リスト」であって、結論ではありません。計算で上位に来た化合物は、必ず独立した実験で結合や活性を確認する。この裏づけがなければ、偽陽性を本物のヒットスクリーニングで活性を示し、次の確認に進める候補化合物。と取り違えたまま次の工程に進んでしまいます。冒頭の落とし穴に、そのまま落ちるわけです。
確認では、性質の異なる複数の測定を組み合わせるのが基本です。
| 手法 | 見るもの |
|---|---|
| 表面プラズモン共鳴(SPR)センサー表面近くの屈折率変化を光で捉え、分子の結合・解離をラベルなしにリアルタイム測定する方式。・BLIセンサー先端に結合した分子の膜厚変化を光の干渉で捉え、抗体などの結合・解離のしやすさ(親和性)をリアルタイムで測る手法です。詳しく → | ラベルなしでの結合の速さと強さ |
| 熱シフト・示差走査蛍光昇温による疎水部の露出を蛍光変化で捉える簡便な熱安定性評価法。多検体を並行測定できる。(DSF分子がほどけるのに伴う蛍光の変化を追って融解温度を求める手法。少量・多検体で回しやすい。) | 標的の熱安定化から結合を推定 |
| 生化学・細胞アッセイ | 実際の阻害・作動などの活性 |
| X線結晶構造タンパク質を結晶化しX線回折で立体構造を決める方法。構造ベース探索や結合様式の確認に使う。・クライオ電顕 | 予測した結合様式が本当か |
SPR・BLIによる結合速度・親和性の測定は、ラベルを付けずに結合の強さと速さを切り分けられるため、計算ヒットの一次確認でよく使われます。アッセイそのものの信頼性をZ因子などのアッセイ品質指標で担保しておくことも、偽陽性・偽陰性本当は作用があるのに「ない」と誤って判定される結果。hERGでは阻害を見逃すリスクになる。を減らすうえで欠かせません。確認できた結合の強さは、分子の大きさに見合っているかという観点でも評価し、リガンド効率(LE・LLE)の考え方で次の最適化に進めるかを判断します。
なお、この「計算で絞り、実物で確かめる」という二段構えは、DNAエンコードライブラリ(DEL)のような実験系の大規模スクリーニングとも共通します。入口が計算かどうかにかかわらず、確率的なシグナルを独立した測定で裏取りする筋道は変わりません。
リガンドベースは既知活性分子に似せて探し、構造ベース(ドッキング)は標的構造に当てはめる。ファーマコフォア結合に必要な水素結合供与体・受容体や疎水中心などの化学的特徴の相対配置を表す設計図。は骨格を越えた探索を助け、make-on-demandの超大規模ライブラリと機械学習は探索の規模と速度を大きく押し広げました。それでもスコアリング関数の原理的な近似の限界は消えず、出力には必ず偽陽性が混じります。計算はあくまで優先順位づけであり、その確からしさはSPR金属薄膜表面での光の共鳴変化を利用し、分子同士の結合と解離をリアルタイムに測る手法です。抗体などの親和性評価に広く使われます。詳しく →やアッセイなどの独立した実験で裏づける——この関係を外さないことが、数億の計算を実際のヒットへつなぐ鍵になります。
参考文献
- Lyu, J. ら, "Ultra-large library docking for discovering new chemotypes", Nature 566, 224–229 (2019). PMID: 30728502
- Gorgulla, C. ら, "An open-source drug discovery platform enables ultra-large virtual screens", Nature 580, 663–668 (2020). PMID: 32152607
- Sadybekov, A. V. & Katritch, V., "Computational approaches streamlining drug discovery", Nature 616, 673–685 (2023). PMID: 37100941
- Baell, J. B. & Holloway, G. A., "New Substructure Filters for Removal of Pan Assay Interference Compounds (PAINS標的を問わず多くのアッセイでヒットしやすい部分構造フィルター(多アッセイ干渉化合物)。)", J. Med. Chem. 53, 2719–2740 (2010). PMID: 20131845
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