血液がんの治療で実用化された CAR-T 療法を、自己免疫疾患にも広げようとする臨床試験が、大手2社で相次いで止まりました。自己免疫は、CAR-T の生産量が大きく伸びると見込まれてきた分野です。ウイルスベクターや培地を供給する会社や受託製造(CDMO)にとっても、需要の見通しに関わる出来事です。
米国の業界ニュースサイト BioPharma Dive やロイター通信によると、ノバルティスは試験に参加した患者3人が亡くなったことを受け、自己免疫と神経の病気を対象にした rap-cel の臨床試験8件を8月24日から一時的に止めました。対象にはループス(全身性エリテマトーデス)や重症筋無力症、多発性硬化症などが含まれます。リンパ腫や白血病を対象にした試験は続けています。
Bristol Myers Squibb(BMS)も、定期的な安全性の確認で炎症性の事象が見つかったとして、zola-cel の自己免疫試験への新しい患者の組み入れを念のため自主的に一時停止しました。BMS はこの事象を一過性で回復するものと説明しています。zola-cel で亡くなった人は報告されていません。
CAR-T は、T細胞(体の中で攻撃役を担う白血球)に遺伝子を入れ、狙った細胞を見分けて攻撃する受容体(CAR)を持たせてから体に戻す治療です。rap-cel と zola-cel を含め、いま承認・開発されている CAR-T の多くは、患者自身の血液から取り出したT細胞を使って1人分ずつ作ります。こうした製品は「自家」と呼ばれます。作り方の流れはCAR-T細胞療法の製造工程で解説しています。自己免疫疾患では、自分の体を攻撃する抗体(自己抗体)を作るB細胞をいったん大きく減らし、免疫の状態を立て直す狙いで開発が進んできました。2社のほかにも複数の企業が臨床試験を進めていて、その顔ぶれは自己免疫へのCAR-Tを進める8社で紹介しています。
がんと自己免疫で変わる「許される副作用」の幅
CAR-T はもともと、ほかの治療が効かなくなった血液がんの患者に向けて広がりました。投与の前には、体内のリンパ球を抗がん剤で減らしておく前処置を行うのが一般的です。投与のあとには、高熱や血圧低下を起こすサイトカイン放出症候群(CRS)や、言葉が出にくくなったり意識がぼんやりしたりする神経の副作用(ICANS)が出ることがあります。頻度は高くありませんが、免疫が過剰に働き続けて全身に強い炎症が広がる合併症も知られています。IEC-HS(免疫エフェクター細胞関連血球貪食症候群)と呼ばれる状態です。命に関わる病気が相手なので、こうした負担を背負ってでも使う価値があると判断されてきました。
自己免疫疾患では、この釣り合いが変わります。ループスのような病気でも、臨床試験に参加するのは今ある薬では抑えきれない重い患者です。それでも、がんと違って既存の薬という選択肢が残り、病気の進み方もがんほど急ではないことが多いので、同じ副作用でも受け入れられる重さが違ってきます。対象になる患者の数もがんより多いため、まれにしか起きない副作用も表に出やすくなります。
ノバルティスは、3人の死亡を IEC-HS による合併症と説明しています。なぜ起きたのか、製品や製造に原因があったのかは、独立した安全性委員会と進める調査の結果を待つ必要があります。一部のアナリストは、2社がどちらも製造にかかる日数を短くした方式を使っている点に注目しています。
技術が同じでも、自己免疫に使うなら、求められる安全性の水準は一段上がります。
自家製品で原因を切り分ける難しさ
重い有害事象(治療中に起きた好ましくない出来事)が起きると、開発企業は一般に、投与した製品そのものに問題がなかったかを調べます。投与されたロット(一度に作った製造の単位)の製造記録や出荷試験の結果、原料の受け入れ記録を見直します。
自家 CAR-T では、この調査が難しくなります。1ロットが1人の患者に対応していて、出発原料であるアフェレーシスで集めた血液成分の状態が人ごとに違うからです。自己免疫疾患の患者は免疫を抑える薬を使っていることが多く、集めた細胞の性質も変わりえます。そもそも投与したロットをほかのロットと並べて比べることが成り立ちにくい製品です。そのため、原因が製品の側にあったのか患者の体の側にあったのかを分けるのに、時間がかかります。
細胞治療の製造や品質保証の担当者が明日から確かめておきたいのは、ある患者に投与した1ロットについて、細胞の採取から製造、出荷、投与までの記録をすぐにたどれるかどうかです。患者と製品を取り違えずに結びつける仕組み(Chain of Identity/Chain of Custody)と、製造中に起きた逸脱の記録がつながっていれば、調査で最初に聞かれる「このロットに変わったことはなかったか」にすぐ答えられます。
1人分ずつ作る負担を減らすため、健康な人の細胞から作り置く他家(オフザシェルフ)方式や、体の中でCAR-Tを作る方式の開発も進んでいます。ただ、自己免疫向けである限り、どの方式にも今回と同じ厳しさの安全性が求められると考えられます。
自家製品では、「どの患者の、どのロットか」をすぐにたどれる記録が、原因を調べる出発点です。
※ 本ページは公開情報(BioPharma Dive・ロイター通信の報道)をもとにしたProglenth編集部による整理です。試験の状況・有害事象の詳細は一次情報および各社の公式発表をご確認ください。