細胞治療の凍結保存と輸送:生きた細胞を品質を保って届ける
抗体医薬やmRNAワクチンと違い、細胞治療の「製品」は生きた細胞そのものです。バイアルやバッグの中で細胞が代謝し、増え、あるいは弱っていきます。だからこそ、作ってから患者さんに投与されるまでの間、どうやって細胞を「止めて」おき、品質を保ったまま運ぶかが、この分野特有の大きな課題になります。

止める手段が凍結保存です。細胞をおよそマイナス130度より低い温度まで冷やすと、水が氷の結晶ではなくガラスのような固体になり、細胞内の反応がほぼ停止します。ただし、ただ冷やせばよいわけではありません。冷やし方を誤ると氷の結晶が細胞を傷つけますし、運ぶ途中で温度が上がれば、そこから品質が崩れていきます。CAR-T(キメラ抗原受容体T細胞)のように患者さん一人ひとりの細胞から作る自家製品では、取り違えが絶対に許されないという物流上の制約も重なります。
この記事では、凍害保護剤と制御速度凍結という凍らせ方の基礎から、気相液体窒素での保管、クライオシッパーによる輸送、解凍後の生存率・力価の評価、そして製品と患者を取り違えないための記録管理(chain of identity / chain of custody)までを、専門外の方にも追えるように整理します。
なぜ凍結するのか:生きた製品を「止める」
細胞は生きているため放置すれば品質が変わり、凍結保存はその時間を止めて製造と投与の間に猶予を作る手段です。
低分子薬や抗体は、いったん作ってしまえば分子として比較的安定です。これに対し細胞治療製品は、常温や冷蔵のままでは数時間から数日で状態が変わります。製造施設と病院が離れている、投与のタイミングが患者さんの状態に左右される、といった現実の中で、この短い有効期間は大きな制約になります。
凍結保存は、この時間軸を引き延ばします。細胞をガラス状態まで冷やして代謝を止めれば、数か月から数年という単位で品質を保ったまま保管でき、遠隔地への輸送や、投与日の柔軟な調整が可能になります。自家CAR-Tでは製造能力の平準化にも効きますし、他家(ドナー由来)製品では、あらかじめ作って凍結在庫として持っておく「オフザシェルフ」の運用を支えます(自家と他家の違いは自家・他家の細胞治療で扱っています)。
一方で、凍結・解凍そのものが細胞にとって強いストレスであることも忘れてはいけません。凍らせる工程は「品質を守る」ためのものですが、やり方を誤れば「品質を損なう」工程にもなります。ここが凍結保存の難しさです。
凍害保護剤:氷から細胞を守る
DMSOなどの凍害保護剤は、凍結中に細胞内外の水を制御して氷の害を減らす添加剤で、細胞治療では10%程度のDMSOと血清・タンパク質を組み合わせた凍結液が広く使われます。
凍結で細胞が傷つく主な原因は、氷の結晶と、水が抜けたあとに濃縮される溶質です。凍害保護剤(cryoprotective agent, CPA)は、これらのダメージを和らげるために加えます。
代表的なのがDMSO(ジメチルスルホキシド)です。DMSOは細胞膜を通って細胞内に入り込み、細胞内の水と置き換わることで、細胞の中に大きな氷ができるのを防ぎます。細胞治療では、およそ10%のDMSOに血清やアルブミンなどのタンパク質を加えた凍結液がよく使われます。DMSOはグリセロールなど他の保護剤に比べて細胞への浸透が速い一方、常温では細胞に対して毒性を示すため、加える温度や時間、そして解凍後にどれだけ速く希釈・除去するかが実務上の勘所になります。
DMSOをどこまで減らせるか、あるいは非DMSO系の保護剤に置き換えられるかは、患者さんへの投与時の副反応低減という観点からも研究が続いている領域です。ただし細胞の種類ごとに最適な組成は変わるため、汎用の正解があるわけではなく、製品ごとの検証が前提になります。
制御速度凍結:冷やす速さが生死を分ける
冷やす速さが速すぎても遅すぎても細胞は傷つくため、二要因仮説にもとづき最適な速度で冷やす制御速度凍結が用いられます。
「なぜ冷やし方が問題なのか」を説明するのが、Mazurらが1972年に示した二要因仮説(two-factor hypothesis)です。これは、凍結中の細胞死には相反する二つの要因があるという考え方です。
- 速く冷やしすぎる場合:細胞内の水が外へ抜ける前に凍り、細胞内で氷の結晶ができて内部を物理的に壊します(細胞内氷晶形成)。
- 遅く冷やしすぎる場合:細胞外で先に氷ができて水が奪われ、残った溶液の塩などの濃度が上がって細胞が長時間さらされます(溶質効果、あるいは溶液効果)。
この二つは逆方向に効くため、細胞の種類ごとに、両方のダメージが最小になる「ほどよい速さ」が存在します。多くの動物細胞では毎分1度程度がひとつの目安とされますが、これは種類や凍結液で変わる目安であって固定値ではありません。
そこで使われるのがプログラムフリーザー(制御速度凍結装置)です。あらかじめ設計した温度プロファイルに沿って冷却速度を制御し、さらに水が氷に変わるときに放出される熱(潜熱)で温度が跳ね上がらないよう補正します。この一定の冷やし方を再現できることが、ロット間で品質をそろえるうえで重要になります。
保管:ガラス転移温度と気相液体窒素
細胞を長期に安定させるには、氷の結晶構造が動き出すガラス転移温度より低く保つ必要があり、実務では気相液体窒素でおおむねマイナス150度より低い温度が用いられます。
冷やし終えたあと、どの温度で保管するかにも根拠があります。鍵になるのがガラス転移温度です。おおよそマイナス130度前後を境に、それより高い温度では氷の結晶格子がまだ動くことができ、時間とともに小さな氷が集まって大きく育つ再結晶化が進みます。これより低くすると、水はガラスのように固まった状態になり、氷の構造変化がほぼ止まって細胞の品質が長く保たれます。
このため、細胞治療製品の長期保管には液体窒素が使われます。液体窒素そのものの温度はおよそマイナス196度ですが、液体に直接浸けると容器間の交差汚染のリスクがあるため、液体の上の冷たい蒸気の中で保管する気相保管が一般的です。米国薬局方の一般章〈1044〉は、臨床用材料をマイナス150度より高くならない液体窒素の気相で保管することを推奨しています。マイナス80度のディープフリーザーはガラス転移温度より高く、長期保管には向きません。
コールドチェーン:クライオシッパーで運ぶ
保管温度を運搬中も切らさないため、気相液体窒素を保持するクライオシッパー(ドライシッパー)が使われ、温度記録と衝撃対策が輸送の要になります。
保管でどれだけ品質を保っても、輸送の間に温度が上がれば台無しです。細胞治療製品の輸送には、超低温を維持できる専用容器が用いられます。
代表的なのがクライオシッパー(ドライシッパー)です。これは、多孔質の吸収材に液体窒素を含ませておくことで、輸送中は自由に流れる液体窒素を持たずに、気相の低温を数日から2週間程度保つ容器です。液体をこぼさない構造のため航空輸送の制約に対応しやすく、内部をおおむねマイナス150度より低く保てます。これに対し、抗体医薬やワクチンで使うマイナス数十度のドライアイス輸送や2〜8度の冷蔵輸送とは、必要な温度帯も容器の設計思想も大きく異なります。
輸送時に押さえるべき点は主に三つです。
- 温度記録:データロガーで輸送中の温度を連続記録し、規定の温度帯を外れなかったことを到着時に確認できるようにします。GPSや温度の遠隔監視を組み合わせる運用も広がっています。
- 保持時間:容器が超低温を保てる時間には限りがあります。輸送ルートや通関の遅延を見込んで、余裕をもった保持時間の容器を選びます。
- 物理的保護:細胞を凍らせたバイアルやバッグは低温でもろくなります。落下や衝撃で割れないよう、緩衝材や専用ラックで固定します。
これらを個別のノウハウで済ませず、あらかじめ検証しておくのが輸送バリデーションです。最悪条件(想定される最長輸送時間や高温環境など)を模したチャレンジ試験で、容器が温度を保ち、細胞の品質が規格内に収まることを事前に確認します。バリデート済みの容器と手順を使うことが、規制上も品質保証上も前提になります。
chain of identity と chain of custody:取り違えを防ぐ
自家細胞治療では製品と患者を確実に結びつけるchain of identity、受け渡しをすべて記録するchain of custodyが、品質と同じ重みを持つ管理項目になります。
自家CAR-Tでは、患者さんから採取した細胞が原料であり、加工後に同じ患者さんへ戻ります。ここで別の患者の細胞を投与してしまえば、免疫拒絶などの重大な結果につながりかねません。そのため、物流の各段階で二つの記録が求められます。
- chain of identity(COI、同一性の連鎖):採取された細胞、製造中の中間体、最終製品、そして投与される患者を、途切れなく同一人物に結びつける記録です。ラベル、バーコードや二次元コード、患者固有の識別子で、どの段階でも「これは誰のものか」を確認できるようにします。
- chain of custody(COC、管理の連鎖):製品がいつ、どこで、誰から誰へ受け渡され、どんな条件で保管・輸送されたかを、切れ目なく記録するものです。
この二つが揃うことで、採取から投与までの一連の流れ(現場ではしばしば「vein-to-vein」、静脈から静脈まで、と呼ばれます)の全体を追跡できます。他家製品でも、ドナー由来であることの証跡管理は必要ですが、患者一人ひとりに紐づく自家製品では、この同一性管理がとりわけ重くのしかかります。品質規格(細胞治療のCQA)を満たす製品を作れても、取り違えれば意味がありません。COI/COCは、品質そのものと並ぶ管理項目です。
解凍後の評価:生存率と力価をどう確かめるか
凍結が製品品質を保てたかは解凍後にしか分からず、生存率と力価(ポテンシー)を投与前の限られた時間で確認する設計が求められます。
凍結・保管・輸送を経た製品が本当に使えるかは、解凍してみて初めて評価できます。解凍もまた繊細な工程で、一般には短時間で素早く温めたうえで、毒性のあるDMSOを速やかに希釈・除去します。この解凍と希釈の手順が、細胞へのダメージを左右します。
解凍後に確認する代表的な指標が二つあります。
- 生存率:生きている細胞の割合です。ただし、解凍直後に「膜が壊れているか」だけを見ても、その後に遅れて死んでいく細胞(遅延性の細胞死)を見落とすことがあります。解凍から一定時間おいて評価するなど、指標の取り方に注意が要ります。
- 力価(ポテンシー):細胞が本来の働きをする能力です。CAR-Tなら標的細胞を攻撃する能力など、製品の効き目に直結する活性を測ります(考え方は細胞治療のポテンシー評価で扱っています)。生きていることと、効くことは、必ずしも一致しません。
実務で難しいのは、これらの評価に使える時間が限られる点です。解凍した細胞は待ってくれないため、投与前の短い時間で判断できる評価系を組んでおく必要があります。凍結前と解凍後で活性がどれだけ保たれるか、という視点は、閉鎖系での一貫した製造(クローズドシステムでの細胞製造)とあわせて、工程全体で品質を守るという発想につながります。
参考文献
- USP General Chapter <1044>, Cryopreservation of Cells
- Mazur P, Leibo SP, Chu EHY. A two-factor hypothesis of freezing injury. Evidence from Chinese hamster tissue-culture cells. Exp Cell Res. 1972;71(2):345-355. PMID: 5045639
- Whaley D, Damyar K, Witek RP, et al. Cryopreservation: An Overview of Principles and Cell-Specific Considerations. Cell Transplant. 2021. PMC7995302
- Meneghel J, Kilbride P, Morris GJ. Cryopreservation as a Key Element in the Successful Delivery of Cell-Based Therapies—A Review. Front Med. 2020. PMC7727450
- FDA, Potency Assurance for Cellular and Gene Therapy Products
- ISBER, Best Practices for Repositories