細胞治療細胞治療・製造工程

細胞治療の凍結保存と輸送:生きた細胞を品質を保って届ける

製造が終わっても、細胞は止まらない。バイアルやバッグの中でも代謝し、増え、あるいは弱っていく——これが、抗体医薬やmRNAワクチンとは根本的に異なる点です。作ってから患者さんに投与されるまでの間、この生きた細胞をどうやって「止めて」おき、品質を保ったまま運ぶか。ここがこの分野特有の難しさです。

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細胞治療の凍結保存と輸送:生きた細胞を品質を保って届ける

しかもCAR-T(キメラ抗原受容体T細胞)患者などのT細胞に標的を認識する受容体を導入した細胞治療。体内で増殖して作用を発揮する。のように患者さん一人ひとりの細胞から作る自家製品では、取り違えが絶対に許されないという物流上の制約まで重なります。凍らせ方の基礎、保管や輸送、解凍後の評価、そして製品と患者を結びつける記録管理。そのどれか一つでも崩れれば、届いた細胞はもう「同じ製品」ではありません。

この記事の要点
  • 細胞治療製品は生きた細胞そのものであり、ガラス転移温度より低い超低温まで凍らせて代謝を止め、品質を保ったまま保管・輸送します。
  • DMSOなどの凍害保護剤や制御速度凍結で氷の害を抑え、気相液体窒素での保管とクライオシッパー輸送で超低温を切らさないことが要になります。
  • 自家製品では温度管理と同じ重みで、chain of identity/custodyによる取り違え防止と、解凍後の生存率・力価の確認が求められます。

そもそも、なぜ凍らせるのですか

細胞は生きているため、放置すれば品質が変わります。凍結保存生きた細胞を低温で止めて保管し、後で融解して使えるようにする技術。は、その時間を止めて製造と投与の間に猶予を作る手段です。

低分子薬や抗体は、いったん作ってしまえば分子として比較的安定です。これに対し細胞治療生きた細胞そのものを有効成分とする医薬。CAR-Tなどが代表。製品は、常温や冷蔵のままでは数時間から数日で状態が変わります。製造施設と病院が離れている、投与のタイミングが患者さんの状態に左右される——そうした現実の中で、この短い有効期間医薬品が規定の品質を保てると保証される期間。安定性データの経時変化から設定する。は実務上の大きな制約になります。

凍結保存は、この時間軸を引き延ばします。細胞をおよそマイナス130度より低い温度まで冷やすと、水が氷の結晶ではなくガラスのような固体になり、細胞内の反応がほぼ停止します。ガラス状態まで冷やして代謝を止めれば、数か月から数年という単位で品質を保ったまま保管でき、遠隔地への輸送や投与日の柔軟な調整が可能になります。自家CAR-Tでは製造能力の平準化にも効きますし、他家(ドナー由来)製品では、あらかじめ作って凍結在庫として持っておく「オフザシェルフ健常ドナーやiPS株など患者以外の細胞源から大ロットを作り、凍結在庫として供給する細胞治療の方式。」の運用を支えます(自家と他家健常ドナー由来の細胞から在庫型で製造するCAR-T。拒絶やGvHDを避ける改変を要する。の違いは自家・他家の細胞治療で扱っています)。

ただし、凍結・解凍そのものが細胞にとって強いストレスである点は見落とせません。凍らせる工程は「品質を守る」ためのものですが、やり方を誤れば「品質を損なう」工程にもなる。この緊張の上に、以下の問いはすべて成り立っています。

ただ冷やすだけでは駄目なのですか。何を加えるのですか

駄目です。冷やす前に、氷から細胞を守る凍害保護剤凍結時の氷晶や浸透圧ストレスから細胞を守る添加剤。DMSOが代表的。を加えます。

凍結で細胞が傷つく主な原因は、氷の結晶と、水が抜けたあとに濃縮される溶質です。凍害保護剤(cryoprotective agent, CPA)は、これらのダメージを和らげるために加える添加剤。まず何を加えるかが、凍結設計の出発点になります。

代表的なのがDMSO(ジメチルスルホキシド)です。DMSOは細胞膜を通って細胞内に入り込み、細胞内の水と置き換わることで、細胞の中に大きな氷ができるのを防ぎます。細胞治療では、およそ10%のDMSOに血清やアルブミンなどのタンパク質を加えた凍結液がよく使われます。グリセロール微生物発酵でエネルギー源となる糖類などの炭素源と、目的遺伝子の発現を促す誘導物質のことです。詳しく →など他の保護剤に比べて細胞への浸透が速い一方、常温では細胞に対して毒性を示す——加える温度や時間、そして解凍後にどれだけ速く希釈・除去するかが、実務上の勘所です。

POINT
DMSOは細胞を守る一方で、常温では毒性があります。「守る成分」であると同時に「早く薄めて抜きたい成分」でもある、という二面性が、凍結・解凍・投与の各工程の設計を縛ります。

DMSO水に溶けにくい薬物やリンカーを溶かし込み、抗体との結合反応を進めるために少量加える有機溶媒です。詳しく →をどこまで減らせるか、あるいは非DMSO系の保護剤に置き換えられるかは、患者さんへの投与時の副反応低減という観点からも研究が続いている領域です。ただし細胞の種類ごとに最適な組成は変わるため、汎用の正解はなく、製品ごとの検証が前提になります。

冷やす速さは、速いほど良いのですか

いいえ。速すぎても遅すぎても細胞は傷つきます。だから最適な速度で冷やす制御速度凍結毎分1℃前後でゆっくり降温し、氷晶損傷と浸透圧ストレスの両方を抑える凍結法。が使われます。

「なぜ冷やし方が問題なのか」を説明するのが、Mazurらが1972年に示した二要因仮説(two-factor hypothesis凍結時に溶液効果による傷害と細胞内氷晶による傷害が両立し、最適冷却速度が存在するとする説。)です。凍結中の細胞死には相反する二つの要因があるという考え方で、どちらに振れても細胞が傷む。

  • 速く冷やしすぎる場合⁠:細胞内の水が外へ抜ける前に凍り、細胞内で氷の結晶ができて内部を物理的に壊します(細胞内氷晶形成冷却が速すぎて細胞内の水が抜ける前に凍り、細胞内部に氷ができて構造を物理的に壊す現象。)。
  • 遅く冷やしすぎる場合⁠:細胞外で先に氷ができて水が奪われ、残った溶液の塩などの濃度が上がって細胞が長時間さらされます(溶質効果冷却が遅すぎて細胞外で先に氷ができ、残った溶液の塩などの濃度が上がって細胞が長くさらされる傷害。、あるいは溶液効果冷却が遅すぎて細胞外で先に氷ができ、残った溶液の塩などの濃度が上がって細胞が長くさらされる傷害。)。

この二つは逆方向に効くため、細胞の種類ごとに、両方のダメージが最小になる「ほどよい速さ」が存在します。多くの動物細胞では毎分1度程度がひとつの目安とされますが、種類や凍結液で変わる目安であって固定値ではありません。

そこで使われるのがプログラムフリーザー冷却する速度を細かく制御して細胞をゆっくり凍らせ、凍結によるダメージを抑える装置です。詳しく →(制御速度凍結装置)です。あらかじめ設計した温度プロファイルに沿って冷却速度を制御し、さらに水が氷に変わるときに放出される熱(潜熱)で温度が跳ね上がらないよう補正します。この冷やし方を再現できることが、ロット間で品質をそろえるうえで重要です。

冷凍庫に入れておけばよいのでは。マイナス80度では駄目ですか

駄目です。長期保管にはガラス転移温度これを下回ると分子運動が止まり氷の再結晶が進みにくくなる温度。凍結保管温度の目安。より低い温度、実務では気相液体窒素液体窒素そのものでなく、その上の冷たい蒸気の中で試料を保管する方式。交差汚染を避けつつ超低温を保つ。が必要です。

冷やし終えたあと、どの温度で保管するかにも根拠があります。鍵になるのがガラス転移温度です。おおよそマイナス130度前後を境に、それより高い温度では氷の結晶格子がまだ動くことができ、時間とともに小さな氷が集まって大きく育つ再結晶化が進みます。これより低くすると、水はガラスのように固まった状態になり、氷の構造変化がほぼ止まって細胞の品質が長く保たれます。マイナス80度のディープフリーザーおおむねマイナス80℃前後の低温を保ち、細胞や試料を長期間安定して保存する冷凍庫です。詳しく →はガラス転移温度より高く、長期保管には向きません。

このため、細胞治療製品の長期保管には液体窒素が使われます。液体窒素そのものの温度はおよそマイナス196度ですが、液体に直接浸けると容器間の交差汚染のリスクがあるため、液体の上の冷たい蒸気の中で保管する気相保管が一般的です。米国薬局方米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。の一般章〈1044〉は、臨床用材料をマイナス150度より高くならない液体窒素の気相で保管することを推奨しています。

POINT
「凍っていれば安全」ではありません。ガラス転移温度より高い温度帯では氷が育ち続けます。長期保管の判断は温度そのものではなく、ガラス状態を保てているかで考えます。

保管でそこまで管理して、運ぶときは大丈夫なのですか

輸送でも同じ超低温を切らさないことが要です。気相液体窒素を保持するクライオシッパー多孔質材に液体窒素を含ませ、自由液を持たずに気相の超低温を数日から2週間ほど保つ輸送容器。ドライシッパー多孔質材に液体窒素を含ませ、自由液を持たずに気相の超低温を数日から2週間ほど保つ輸送容器。)を使います。

保管でどれだけ品質を保っても、輸送の間に温度が上がれば台無しです。細胞治療製品の輸送には、超低温を維持できる専用容器が必要になります。

代表的なのがクライオシッパー(ドライシッパー)です。多孔質の吸収材に液体窒素を含ませておくことで、輸送中は自由に流れる液体窒素を持たずに気相の低温を数日から2週間程度保つ容器で、液体をこぼさない構造のため航空輸送の制約に対応しやすく、内部をおおむねマイナス150度より低く保てます。抗体医薬やワクチンで使うマイナス数十度のドライアイス輸送や2〜8度の冷蔵輸送とは、必要な温度帯も容器の設計思想も大きく異なります。

輸送時に押さえるべき点は主に三つです。

  • 温度記録⁠:データロガーで輸送中の温度を連続記録し、規定の温度帯を外れなかったことを到着時に確認できるようにします。GPSや温度の遠隔監視を組み合わせる運用も広がっています。
  • 保持時間⁠:容器が超低温を保てる時間には限りがあります。輸送ルートや通関の遅延を見込んで、余裕をもった保持時間の容器を選びます。
  • 物理的保護⁠:細胞を凍らせたバイアルやバッグは低温でもろくなります。落下や衝撃で割れないよう、緩衝材や専用ラックで固定します。

これらを個別のノウハウで済ませず、あらかじめ検証しておくのが輸送バリデーション最悪条件を模したチャレンジ試験で、輸送容器が温度を保ち製品品質が規格内に収まることを事前確認すること。です。最悪条件(想定される最長輸送時間や高温環境など)を模したチャレンジ試験で、容器が温度を保ち、細胞の品質が規格内に収まることを事前に確認する。バリデート済みの容器と手順を使うことが、規制上も品質保証上も前提になります。

温度さえ保てば、あとは着けば済むのですか

いいえ。自家製品では、それが「誰の細胞か」を証明し続けることが温度管理と同じ重みを持ちます。

自家CAR-T患者や健常ドナーのT細胞にCAR(キメラ抗原受容体)を導入し、がん細胞を攻撃させる細胞治療。では、患者さんから採取した細胞が原料であり、加工後に同じ患者さんへ戻ります。別の患者の細胞を投与してしまえば、免疫拒絶などの重大な結果につながりかねません。そのため、物流の各段階で二つの記録が求められます。

  • chain of identity出荷ロットが意図した細胞集団であることを、表現型マーカーや追跡記録によって確認する品質項目。(COI、同一性出荷ロットが意図した細胞集団であることを、表現型マーカーや追跡記録によって確認する品質項目。の連鎖):採取された細胞、製造中の中間体ゲノムを途中までしか積んでいないAAVカプシド。空でも実でもない中間的な粒子で、測定時にどちらへ数えるかで比率が動く。、最終製品、そして投与される患者を、途切れなく同一人物に結びつける記録です。ラベル、バーコードや二次元コード、患者固有の識別子で、どの段階でも「これは誰のものか」を確認できるようにします。
  • chain of custody(COC、管理の連鎖):製品がいつ、どこで、誰から誰へ受け渡され、どんな条件で保管・輸送されたかを、切れ目なく記録するものです。

この二つが揃うことで、採取から投与までの一連の流れ(現場ではしばしば「vein-to-vein患者から細胞を採取してから、製品を投与できる状態で戻すまでの総時間。細胞治療の重要指標。」、静脈から静脈まで、と呼ばれます)の全体を追跡できます。他家製品でも、ドナー由来であることの証跡管理は必要ですが、患者一人ひとりに紐づく自家製品では、この同一性管理がとりわけ重くのしかかります。品質規格(細胞治療のCQA)を満たす製品を作れても、取り違えれば意味がない。COI/COCは、品質そのものと並ぶ管理項目品質に影響しうる要素を、規格や手順で規定し・実行し・記録し・検証する対象として管理するもの。GMPでは原材料から出荷判定まで多岐にわたります。詳しく →です。

無事に届いた製品は、そのまま使えると考えてよいですか

それは解凍してみて初めて分かります。生存率細胞集団のうち生きている細胞の割合。凍結・培養の品質を示す基本指標。と力価を、投与前の限られた時間で確認しておく必要があります。

凍結・保管・輸送を経た製品が本当に使えるかは、解凍してみて初めて評価できます。解凍もまた繊細な工程で、一般には短時間で素早く温めたうえで、毒性のあるDMSOを速やかに希釈・除去します。この解凍と希釈の手順が、細胞へのダメージを左右します。

解凍後に確認する代表的な指標が二つあります。

  • 生存率⁠:生きている細胞の割合です。ただし、解凍直後に「膜が壊れているか」だけを見ても、その後に遅れて死んでいく細胞(遅延性の細胞死)を見落とすことがあります。解凍から一定時間おいて評価するなど、指標の取り方に注意が要ります。
  • 力価(ポテンシー製品が示す生物学的な効力。細胞治療などで規格として測る品質指標。:細胞が本来の働きをする能力です。CAR-Tなら標的細胞を攻撃する能力など、製品の効き目に直結する活性を測ります(考え方は細胞治療のポテンシー評価で扱っています)。生きていることと、効くことは、必ずしも一致しません。

実務で難しいのは、これらの評価に使える時間が限られる点です。解凍した細胞は待ってくれない。投与前の短い時間で判断できる評価系をあらかじめ組んでおくことが、現場では不可欠になります。凍結前と解凍後で活性がどれだけ保たれるか、という視点は、閉鎖系での一貫した製造(クローズドシステムでの細胞製造)とあわせて、工程全体で品質を守るという発想につながります。凍らせ方から解凍まで、どの問いも独立した小技ではなく、生きた製品を届けきるための一本の連鎖として設計されているのです。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、細胞治療に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。