シングルユースのE&L:抽出物・溶出物とBPOGリスク評価の基礎
新しいバッグやチューブを使い捨てにすれば洗浄バリデーションの負担は減る。しかし樹脂と製品が長く接触するシングルユースシステムでは、材料由来の微量成分が製品側に移り込む可能性が常につきまとう。その移行成分をどう特定し、どう安全性を判断するか——それがE&L(Extractables材料に実使用より厳しい条件をかけて意図的に引き出した成分。出うる成分の候補プールにあたる。 and Leachables実際の使用・保管条件で、工程液や製品に現実に移ってきた成分。抽出物のうち現実化した部分。=抽出物・溶出物)評価の核心です。

E&L製造材料から製品側へ移りうる微量成分を扱う評価。抽出物と溶出物の把握と安全性判断を行う。とは、原材料製造の起点となる原料で、その品質や持ち込む不純物が最終製品の品質に影響しうるため、規格管理が重視される物質。の安全性を最終製品と患者につなぐ評価作業です。樹脂に含まれる添加剤や加工助剤、分解物などが工程液や製品にどれだけ移り、患者にとって許容できる量かを見極める。抽出物と溶出物は似た言葉ですが、条件が違えば意味も役割も変わります。
この記事では、抽出物と溶出物の違いを出発点に、シングルユース由来のE&Lリスク評価の考え方、BPOGの標準抽出プロトコル、AET(分析評価閾値)、そして毒性学的評価を介した患者安全性への接続へと話を進めます。業界標準として定着しつつあるUSP〈665〉製造に用いるプラスチック部材・システムの評価に関する米国薬局方の一般試験法。と〈1665〉の位置づけも、あわせて押さえておきたい。
- 抽出物は誇張条件で引き出した候補、溶出物は実使用条件で現実に移った成分で、前者から後者を見積もるのが基本の流れです。
- BPOGの標準抽出プロトコルは部材比較の共通のものさしで、AETはSCTを製品条件で分析閾値に換算した線引きです。
- 同定・定量した溶出物は毒性学的評価を経て患者への許容性を判断し、規格面ではUSP〈665〉/〈1665〉やICH Q3Eが整理を進めています。
抽出物と溶出物はどう違うか
まず言葉を分けておきます。両者は「材料から出てくる成分」という点で共通しますが、出させ方が違う。
- 抽出物(Extractables):材料に対し、実際の使用より厳しい(誇張した)条件をかけて出させた成分。強い溶媒や高い温度、長い時間で、出うる成分を意図的に引き出します。いわば「最悪でも何が出るか」のカタログです。
- 溶出物(Leachables):実際の使用・保管条件のもとで、工程液や製品に現実に移ってきた成分。抽出物のうち、その用途で本当に問題になる部分に相当します。
関係を一言でいえば、抽出物は溶出物の候補プールで、溶出物はその中で現実化したものです。だからこそ、まず抽出物で全体像を把握し、そこから使用条件下の溶出物を見積もる、という順序で進める。 抽出物は「出うる成分の上限側」、溶出物は「実際に移る成分」であり、評価は前者から後者を推定する流れです 。
抽出物(Extractables)は誇張条件で引き出した候補、溶出物(Leachables)は実使用条件で現実に移った成分です。両者を混同すると、過剰な安全側評価につながることも、見落としを生むこともある。
シングルユース由来のE&Lリスクをどう捉えるか
シングルユース使い捨ての樹脂製バッグや容器を用いる製造方式です。洗浄・滅菌の手間を減らせる一方、ステンレス設備と比べて特徴が異なり、目的に応じて選び分けます。詳しく →では、樹脂と製品の接触が工程の各所に広がります。バッグ、チューブ、コネクター、フィルター膜、センサーなど、部材ごとに材質も接触条件も異なる。リスクの大きさを左右するのは、主に次の要素です。
- 材質と添加剤:ベースポリマーに加え、酸化防止剤やスリップ剤、可塑剤、加工助剤などが移行源になります。
- 接触条件:接触面積と液量の比、温度、接触時間、pH、界面活性剤タンパク質の凝集や容器壁への吸着を防ぐため製剤へ少量加える添加剤で、細胞培養で細胞を保護する目的でも使われます。詳しく →の有無など。条件が過酷なほど移行は増えます。
- 工程上の位置:原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。に近い下流ほど、溶出物が製品に残るリスクが高まります。上流の一過性の接触とは重みが違います。
裏を返せば、製品に直接触れない部材や、ごく短時間の接触にとどまる部材は、リスクの優先度を下げられます。USP〈1665〉〈665〉を支える情報章で、E&Lのリスク評価と試験設計の考え方を示す手引き。や後述のリスク評価工程や製品に潜在するリスクの種類・発生可能性・影響度を系統的に特定・分析し、優先的に管理すべき項目を決定する手続き。では、まず接触の有無と条件で評価の要否・深さを切り分ける考え方が示されています。シングルユースを採るか従来のステンレスを採るかという設計判断では、こうしたE&Lの手間も比較材料に入れる必要がある。方式全体の比較はシングルユース vs ステンレスで整理しています。
BPOGの標準抽出プロトコル
抽出物データは、条件を揃えないと部材どうしを比べられません。そこで業界が共通のものさしとして整えたのが、BPOG(BioPhorum部材を比べられるよう抽出条件と報告方法を標準化した業界標準。規制上の合否を直接定めるものではない。。旧BioPhorum Operations Groupの通称)の標準抽出プロトコルです。エンドユーザーが溶出物を見積もれるよう、抽出条件と報告方法を標準化したものです。
公開情報によると、このプロトコルは複数の抽出溶媒(水、塩溶液、酸、アルカリ、エタノール水溶液、界面活性剤水溶液など)を用い、加速した温度と複数の時点で抽出物プロファイルを取得する設計です。実際の工程で使われうる幅広い条件を、標準化した一組の試験で覆うのが狙い。報告の目安としては、単位接触面積あたりの一般報告閾値医薬品の不純物管理において、その量を超えた場合に不純物として報告(記載)が求められる濃度の基準値であり、同定(構造決定)閾値とは区別される。として概ね0.1マイクログラム毎平方センチメートルが用いられるとされます。
注意しておきたいのは、BPOG部材を比べられるよう抽出条件と報告方法を標準化した業界標準。規制上の合否を直接定めるものではない。はあくまで業界のベストプラクティスであり、薬局方国または地域の公的機関が定める医薬品の規格・試験法・品質基準を収載した公定書。の公定法や当局のガイドラインそのものではない点です。 BPOGプロトコルは部材比較のための共通のものさしであり、規制上の合否を直接定めるものではありません 。得られた抽出物データは、次に述べる閾値と毒性学的評価を通じて、初めて安全性の判断につながります。
AET:どこから中身を調べるかを決める線引き
抽出物や溶出物は、微量なものまで数え上げるときりがありません。そこで「この量以上のものは同定・定量して毒性評価に回す」という線引きを設ける。これがAETこの量以上の成分は同定・定量して毒性評価に回すという線引き。SCTを製品条件で濃度に換算した値。(Analytical Evaluation Threshold=分析評価閾値)です。
AETの根っこにあるのはSCTこれ以下なら毒性学的懸念が小さいとみなせる一日あたりの曝露量の目安。AETの根拠になる。(Safety Concern Threshold=安全性懸念閾値)という考え方です。SCTは、これ以下なら毒性学的な懸念が小さいとみなせる、一日あたりの曝露量の目安。PQRI(医薬品品質研究所)の枠組みでは投与経路ごとに目安が示されており、経口吸入・経鼻(OINDP)では一日あたり概ね0.15マイクログラム、非経口・眼科(PODP)では概ね1.5マイクログラムが推奨値として引用されます。
このSCTを、製品の投与量や一日摂取量といった条件で割り戻し、分析上の濃度閾値に換算したものがAETです。実務では、分析法のばらつきを見込んだ不確かさの補正も加える。AET以上のピークは同定・定量して毒性評価へ、それ未満は原則として深追いしない——という運用になります。
| 用語 | 意味 | 役割 |
|---|---|---|
| 抽出物 | 誇張条件で引き出した成分 | 候補プールの把握 |
| 溶出物 | 実使用条件で移った成分 | 現実の曝露の評価 |
| SCT | 懸念が小さい一日曝露量の目安 | 安全側の出発点 |
| AET | SCTを濃度に換算した分析閾値 | 調べる/調べないの線引き |
AETはSCTを製品条件で分析閾値に換算した線引きです。SCTは投与経路で変わるため、AETも製品ごとに設定し直す必要がある。
患者安全性への接続:毒性学的評価
E&Lの最終目的は、部材の合否そのものではなく、患者にとって許容できるかの判断です。AETを超えて同定・定量された溶出物は毒性学的評価に回し、個々の成分について既知の毒性データや構造からの推定を突き合わせ、想定される最大の曝露量が許容範囲に収まるかを評価します。変異原性化合物が遺伝子に突然変異を起こす性質。発がんにつながりうるため非臨床で早期に評価する。が疑われる成分は、より厳しい別の枠組みで扱われます。
抽出物・溶出物の評価は、容器施栓系製剤を収める容器と栓・キャップの組み合わせ。密封の完全性は製剤でのみ評価できる。の管理とも地続きになります。製品と接触する材料の安全性という論点は、輸送・保管中の密封性を扱う容器施栓系の完全性(CCI)とあわせて、製品ライフサイクル全体で管理されます。
USP〈665〉/〈1665〉とICH Q3Eの位置づけ
E&Lをめぐる規格は、近年に整理が進みました。公開情報にもとづくと、位置づけはおおむね次のように整理できます。
- USP米国で医薬品・原料・試験法の公式基準を定める公定書で、製薬用水に関する規格も収載されている。〈665〉:製造に用いるプラスチック部材・システムの評価に関する一般試験法。効力発生日は2026年5月1日とされます。
- USP〈1665〉:〈665〉を支える情報章で、リスク評価と試験設計の考え方を示します(義務ではなく手引き)。
- BPOG:業界のベストプラクティス。〈665〉と考え方を共有しつつ、公定法ではありません。
- ICH Q3E抽出物・溶出物を対象とする初の国際調和ガイドライン。製品ライフサイクル全体での管理を目指す。:E&Lを対象とする初の国際調和ガイドライン。2025年にステップ2の草案が公開され、公開意見募集を経る段階とされます。
ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。 Q3Eは、既存のICHの不純物・リスク管理の枠組みを土台に、E&Lの評価と管理を製品ライフサイクル全体で束ねる方向とされています。 USP〈665〉/〈1665〉は業界標準として定着しつつあり、ICH Q3Eの草案が加わることで、E&L評価は国際的に共通の土台へ向かいつつあります 。ただしQ3Eは草案段階であり、最終版で細部が変わりうる点は前提に置く必要があります。
まとめ
E&Lは、シングルユース材料の安全性を患者につなぐ評価です。抽出物は誇張条件で引き出した候補、溶出物は実使用条件で現実に移った成分であり、前者から後者を見積もるのが基本の流れ。BPOGの標準抽出プロトコルは部材を比べる共通のものさしを与え、AETは「どこから中身を調べるか」の線引きをSCTという安全側の目安から導きます。そして同定・定量した溶出物は毒性学的評価を経て、患者にとっての許容性という最終判断に接続します。
規格面では、USP〈665〉/〈1665〉が業界標準として位置づき、ICH Q3Eの草案が国際調和の方向を示しつつあります。方式の選択やライフサイクル管理も含めて、原材料から患者までを一本の線でつないで考える——それがE&L評価の勘どころになります。
参考文献
- USP, General Chapter 〈665〉 Plastic Components and Systems Used in the Manufacturing of Pharmaceutical Drug Substances and Products / 〈1665〉
- BioPhorum (BPOG), Standardized Extractables Testing Protocol / Best Practices Guide for Evaluating Leachables Risk
- PQRI, Safety Thresholds and Best Practices for Extractables and Leachables (SCT・AET)
- ICH, Q3E Guideline for Extractables and Leachables (Draft, Step 2)
- FDA, Q3E Guideline for Extractables and Leachables
- EMA, ICH Q3E Extractables and Leachables — Scientific Guideline
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