抗体医薬応用・製造工程

バイオ医薬の製造原価(COGS):どこを削ると何を失うか

培地代の値引き交渉と、培養の力価(培養液1リットルから採れる抗体の量)を2倍にすること。抗体医薬の製造原価製品を作るのにかかった総原価。原材料・設備償却・人件費・歩留まりなどを1グラム単価などで捉える指標。詳しく →を下げるのに、効くのはどちらでしょうか。多くの場合、力価です。設備の償却や検査のように、作る量にあまり比例しない費用が、1グラムあたりでおよそ半分に薄まるからです。実際に、同じ培養槽、同じ10〜14日のまま、力価がおよそ2倍になったという報告があります。

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バイオ医薬の製造原価(COGS):どこを削ると何を失うか

ただし、原価を下げる手には、必ず引き換えがあります。力価を上げると精製の負担が増え、そこで採れる量が頭打ちになることがあります。品質の仕組みに不備があったときの請求額は、削れる費用とは桁が違います。2010年、Genzyme は米国の当局との同意判決で、過去の利益1億7,500万ドルを返上しました。

見積書を読む購買や営業にも、削減案を出す製造や技術の担当にも、品質保証にも、この「どこを削ると何を失うか」の見取り図が要ります。工程の流れそのものは抗体医薬の製造工程にあります。この記事は、同じ工程を、お金が積み上がる側から見たものです。

原価は4つの袋に入っている ― 材料・設備・人と検査・失敗

抗体医薬の製造原価(COGS、1グラムを作るのにかかった費用)は、おおむね4つの袋に分けて考えられます。

1つ目は材料と消耗品です。培地とフィード、Protein A樹脂抗体のFc領域に結合して選択的に捕まえる親和性クロマト樹脂。抗体精製の初段(キャプチャー)を担います。詳しく →、フィルター、緩衝液、使い捨てのバッグが入ります。作る量に比例して増えます。2つ目は設備で、建屋、空調、バイオリアクター細胞やウイルスの培養を制御された環境下で大規模に行うための培養槽で、商業規模の製造に用いられる。詳しく →への投資を、減価償却設備・建屋などの固定資産の取得費用を耐用年数にわたって期間配分し、毎期のコストとして計上する会計処理。として各バッチに割り振ります。使えば使うほど1グラムあたりが下がり、ラインが遊べば、作っていない時間の償却まで製品が負担します。

3つ目は人と検査・品質保証です。ロットの数と試験項目の数にほぼ連動します。抗体は、純度、力価、電荷不均一性、HCP、エンドトキシングラム陰性菌の外膜由来の発熱性物質(LPS)で、注射剤では厳しく管理し、LAL試験などで測定します。詳しく →、無菌と試験項目が多く、標準品力価の基準に定めた品。検体と同じアッセイで並べて測り、相対力価の基準にする。詳しく →、試薬、分析機器、要員が積み上がります。4つ目が失敗で、廃棄したロットは、そこまでに積み上がった材料も、人も、設備の稼働も、まとめて原価側に残します。

どの袋が大きいかは、品目、規模、開発の段階で変わります。数字は条件で桁が動くので、ここでは構造を見ます。

廃棄した1ロットは、そのロットに入れた材料・人・設備の稼働を、すべて原価に残します。

力価が効く理由 ― 同じ設備から採れる量

力価が上がると、同じ設備、同じ運転、同じ検査から採れる抗体が増えます。量にあまり比例しない費用が、より多いグラム数で割られます。

歴史がそれを示しています。2004年の総説(Wurm)は、動物細胞の培養で採れる量が、1980年代半ば以降に100倍以上に伸びたと報告しています。いまのCHO細胞のフェドバッチ種培養で増やした細胞を大型の培養槽に移し、目的物質を本格的に産生させる最終段階の培養です。栄養を追加しながら育てるフェドバッチが広く使われます。詳しく →(途中で栄養を足す培養)では、1〜10 g/Lの幅が報告されています。1グラムあたりの原価も大きく下がりました。ゲイツ財団は、低価格の抗体製造を募る公募で、過去30年で大きく下がったあと、いまは1グラムあたり50〜100ドル前後で頭打ちになっていると説明しています。力価の上昇と工場の増設が重なって、需要を上回る生産能力が生まれた、という Kelley(2009)の指摘もあります。

具体例が、Bristol Myers Squibb の研究者らが2020年に発表した報告です。本培養の一段手前(N-1)を灌流で回し、本培養を濃い細胞で始め、それに合わせて培地とフィードも組み直したところ、4種類のCHO細胞抗体など組換えタンパク質の生産に広く使われる、チャイニーズハムスター卵巣由来の培養細胞です。詳しく →で、本培養の日数を延ばさずに、力価がおよそ2倍になりました(N-1灌流とは)。新しい槽を建てずに、いまある槽から採れる量が倍になる計算です。力価から採れる量を見積もりたいときは、力価から収量を出す計算ツールが使えます。

原価の数字を比べるときは、年産量と力価がセットで書かれているかを見ます。Farid の総説も、原価を出すときは年産量と、力価または培養の容量を併記しないと比べられない、と強調しています。力価も規模も違う2つの工場の1グラム単価を並べても、優劣は分かりません。

力価を上げた分だけ、後ろにしわ寄せが来ます。濃い培養液は、Protein A抗体に特異的に結合するProtein Aを担体に固定し、抗体だけを選択的に捕まえて精製する手法です。抗体医薬の最初の精製工程として定番になっています。詳しく → への負荷量とサイクル数樹脂を負荷から洗浄・溶出・再生まで1回使うごとに数える回数。寿命管理の基本単位になる。詳しく →を増やし、樹脂、緩衝液溶液のpHを一定範囲に保つために使用される弱酸と共役塩基の混合溶液。詳しく →、精製の時間を押し上げます。上流の力価向上が下流のボトルネックを生むと、採れる量はそこで頭打ちになり、期待した原価の低減が出きりません。

原価を動かすのは、1つの費目の値引きより、同じ設備から何グラム採れるかです。ただし、上流で増やした分を、下流が受け止められるときに限ります。

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下げどころと、引き換えに失うもの

原価を下げる手は、いくつかに決まっています。それぞれ、引き換えに失いやすいものがあります。

下げどころ効く理由引き換えに失いやすいもの
力価を上げる(細胞株、培地、フィードフェドバッチで追い足す濃縮した栄養液。いつ・どれだけ・どう入れるかが生産性と品質を左右する。詳しく →)量に比例しない費用が、多いグラム数で割られる培地細胞を体外で生存・増殖させるために必要な栄養・エネルギー源・成長因子などを含む液体または固体の環境基盤。詳しく →・フィードの費用が増える。下流が受け止めきれず頭打ちになる
灌流などのプロセス強化同じ設備からの採れ高を高める工夫の総称。灌流や高密度培養で単位あたりコストを下げる考え方。詳しく →小さな設備で同じ量を作れる可能性がある培地の消費が増える。長期運転での汚染の管理と、工程内監視の作り込み
シングルユース使い捨ての樹脂製バッグや容器を用いる製造方式です。洗浄・滅菌の手間を減らせる一方、ステンレス設備と比べて特徴が異なり、目的に応じて選び分けます。詳しく →に寄せる初期投資と洗浄の確認が軽く、品目の切り替えが速い使い捨ての部材が消耗品費に積み上がる。同じ製品を高い頻度で長く作るなら、ステンレスが有利になりやすい
Protein A樹脂を長く使う抗体1グラムあたりの樹脂代が、使う回数に応じて下がる劣化が見えにくい。容量の低下や漏出を見逃すと、見積もりが崩れる
試験とリリースを短縮する在庫と保管の滞留が減る試験法の変更に伴う妥当性確認試験法が目的に合う性能を持つことを立証する妥当性確認。正確さ・精度などを評価する。詳しく →
安い資材に替える消耗品費が下がる同等性の評価、再バリデーションプロセスや設備に変更が生じた際に、変更後も品質・性能が適切に保たれることを改めて実験・文書で実証する活動。詳しく →、変更管理工程・設備・手順などの変更を評価・承認し、品質への影響とともに記録する仕組み。詳しく →の工数

Protein A樹脂は、下流でいちばん高い消耗品です。Cytiva が、2,000 Lの培養液、抗体3 g/Lの使い捨ての工程で試算した例では、Protein A樹脂が総コストに占める割合は、臨床試験用に4バッチを作る場合で19%、200回使い回す商用の製造で3%でした。抗体1グラムあたりの樹脂代は、5回の使い回しで約67ドル、100回で約3ドルです。値段の比べ方は、1リットルあたりの単価ではなく、信じてよい使用回数で割った単価です。100回使うつもりで買った樹脂が60回で基準を割れば、原価の計算は崩れます(Protein Aレジンの寿命とコスト、樹脂の選び方)。

設備の側にも、数字だけを見ると外す落とし穴があります。Enzene が発表した工場モデル「NeX」は、連続生産培養から精製までを区切らず流れとしてつなぐ生産方式。ICH Q13が承認の道筋を示す。詳しく →を前提に、従来型のフェドバッチ工場が3〜4億ドル規模になるところを、6,000万〜8,000万ドルで立ち上げることを狙います(Manufacturing Chemist の報道。ニュース)。建設費が下がることと、1グラムあたりの原価が下がることは、別の話です。培地の使用量や、長期運転の管理の負担は、別の袋に積み上がります。評価するときは、建設費の数字と、想定する年産量・稼働率が、セットで示されているかを見ます。灌流の仕組みは灌流培養とは?、連続化の全体像は連続生産とプロセス強化とは?にあります。

シングルユースとステンレスの損益の分かれ目は、年間のバッチ数と、1バッチの消耗品費で動きます(シングルユースとステンレス設備の選び方)。バッチ数が少ないうちはシングルユースが有利になりやすく、同じ製品を高い頻度で長く作るなら、消耗品費のかからないステンレスが効いてきます。

下げどころには、必ず引き換えがあります。引き換えに失うものを、同じ表に並べてから比べます。

削ってはいけない費用 ― 品質と供給

2009年6月、米国の Genzyme の Allston Landing 工場で、培養槽の1基からウイルスが見つかり、製造が止まりました。欧州医薬品庁(EMA)は、酵素製剤製剤。原薬を処方・充填して、最終的な投与形態に仕上げた製品。詳しく → Cerezyme の供給不足を受けて、最も必要とする患者を優先するよう勧告しました。その後の米国FDAの査察で、品質を保つ仕組みの不備が指摘され、同社は2010年5月に同意判決(consent decree)に署名しました。内容には、過去の利益1億7,500万ドルの返上が含まれていました。罰金ではなく、不当に得たとされる利益の吐き出し(disgorgement)でした。

この額は、日々の運転で削れる費用とは桁が違います。品質の仕組みを支える費用は、削って得られる額よりも、失ったときの請求額のほうが大きくなりうる費用です。

資材や仕入れ先の切り替えにも、同じ形の落とし穴があります。レジンやフィルターをより安いものに替えると、変更の内容によっては、変更の前後で製品が同等であることを示す作業が要ります(ICH Q5E製造工程の変更前後で製品が同等・比較可能かを評価する考え方を定めたガイドライン。詳しく →)。再バリデーションと同等性変更前後が完全に同一でなくても、品質・安全性・有効性で高い類似性を保ち差異が悪影響しないと言える状態。詳しく →の評価の工数を入れると、割に合わなくなる案もあります。

リリースまでの時間もコストです。試験と照査に日数がかかると、製品の在庫が滞留し、設備と要員の回転が落ち、保管も長引きます。試験の並行化や自動化、工程内の管理(PAT主に低分子製造で、化学反応の進み具合(転化率など)を製造中にその場で追跡する手法です。こうしたリアルタイム測定・制御の技術はPATと呼ばれます。詳しく →)で最終試験の一部を置き換えることは、1ロットあたり数日の短縮でも、年間のロット数に掛かると効きます。ただし、試験法を変えるには、妥当性を示す作業が付いてきます。

品質と供給を支える費用は、削減案の表から外すのではなく、失ったときの請求額と並べて載せます。

明日から確かめられること ― 削減案と見積もりを読む質問

削減案や見積もりを読むときは、次の点を手元で確かめます。

  • 数字の前提に、年産量と力価がセットで書かれているか
  • 削る費目は4つの袋のどれか。作る量に比例する費用か、しない費用か
  • 力価を上げる案なら、下流のどこで頭打ちになるか。Protein Aの負荷量とサイクル数は受け止められるか
  • 消耗品は、1回の値段でなく、使う回数で割った1グラムあたりの値段で比べているか
  • 変更管理、再バリデーション、同等性評価製造プロセス変更の前後で原薬・製剤の品質特性が実質的に同等であることをデータにより確認する評価手順。詳しく →の工数が、削減額の側に差し引かれているか
  • 品質と供給のリスクを、削減額と同じ表に載せているか

自社で作るか委託するかの判断はバイオ医薬は内製か委託か?にあります。製品はシングルユースバイオリアクター、細胞保持装置、Protein Aレジン、CHO用培地・フィードから比べられます。

参考文献

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編集メモ:この記事はProglenth編集部が、抗体医薬に関する基礎的な情報を、はじめての方にも分かるように整理したものです。実際の製造方法・管理戦略・品質基準は、製品や企業、各国の規制によって異なります。本記事は一般的な解説であり、特定製品の推奨や規制・医療上の助言ではありません。実務で判断される際は、各極の薬局方・ガイドライン(ICH/GMP等)やメーカーの一次情報を必ずご確認ください。内容に誤りやご指摘があればお問い合わせからお知らせください。