治験薬GMPとは?商用GMPとの違いと段階に応じた品質管理
治験薬GMP(IMP GMP)は、まだ承認されていない治験薬(Investigational Medicinal Product臨床試験(治験)において被験者に投与するために製造された、未承認または既承認の医薬品のこと。詳しく →)の製造管理と品質管理遺伝子治療製品の品質・安全性・有効性を保証するために製造・出荷の各段階で実施する試験・管理の総体。詳しく →に適用される品質保証の枠組みです。守るものは二つあります。ヒトに投与する被験者の安全と、治験で得たデータの信頼性です。
ロットごとに中身がばらつけば、測っているのが薬の効果なのか製造のばらつきなのか分からなくなります。市販薬GMP医薬品を一定の品質で安全に造るために守るべき製造・品質管理の基準(適正製造規範)です。詳しく →と大きく違うのは、工程も規格も分析法も開発とともに動く段階を前提に置き、開発フェーズに応じて品質の水準を段階的に引き上げる点です。

市販薬GMPと治験薬GMPの違い
市販薬と治験薬は、同じGMPの考え方の上に立ちます。違うのは、作る対象が完成した製品か、まだ開発の途中にある薬かという点です。
| 観点 | 市販薬GMP | 治験薬GMP |
|---|---|---|
| 主な目的 | 承認された製品の品質を恒常的に保証 | 被験者の安全と試験データの信頼性の確保 |
| 工程・規格・分析法 | 確定し、バリデーション試験法が目的に合う性能を持つことを立証する妥当性確認。正確さ・精度などを評価する。詳しく →済み | 開発とともに変動し、暫定の段階がある |
| プロセスバリデーション決めた製造工程が、いつも安定して規格に合う製品を作れることを事前に実証し、その後も確認し続ける取り組みです。承認申請や品質保証の土台になります。詳しく → | 出荷前に完了しているのが前提 | 段階に応じ、初期相では未完でもよい |
| 品質水準の決め方 | 最初から完成形で一律に求める | 開発フェーズに応じて段階的に引き上げる |
| 治験に固有の管理 | 通常の製品表示 | 盲検化治験において被験者や評価者が実薬とプラセボ(対照薬)のどちらを投与されているか分からないようにする手法。、割付に結びつく表示、対照薬、供給追跡 |
| 根拠文書の例 | GMP省令・21 CFR Part 211 ほか | 治験薬GMP通知・21 CFR 210.2(c)+2008年ガイダンス・規則 (EU) 2017/1569 |
目的の違いが、残りの差をほとんど決めます。市販薬のGMPは、承認された一つの製品を、同じ品質で作り続けるための仕組みです。治験薬のGMPは、評価のための薬を、被験者に害を与えず、かつデータの土台が崩れないように作るための仕組みです。
だから工程の扱いが大きく違います。市販製造では工程はバリデーション済みで、規格も管理戦略工程を管理された状態に保つための管理の束。工程条件や試験、規格などを組み合わせて設計する。詳しく →も確定しています。治験ではそうはいきません。プロセスバリデーションを終えていないこともあり、規格も分析法も開発とともに動きます。
三極の根拠と第I相の扱い ― 21 CFR 210.2(c)・EU 2017/1569
同じ目的に対して、米国・EU・日本はそれぞれ違う形で枠組みを組みました。とくに第I相の扱いに差が出ます。
| 極 | 枠組みの根拠 | 第I相の扱い |
|---|---|---|
| 米国 | 21 CFR 210.2(c)+FD&C法 501(a)(2)(B)+2008年ガイダンス | Part 211の適用を免除、法定CGMPとIND治験開始申請。ヒトでの臨床試験を始めるために規制当局へ提出する申請。詳しく →要件は残る |
| EU | 規則 (EU) No 536/2014+委任規則 (EU) 2017/1569+詳細ガイドライン | 相による一律の免除はなく、品質システムの下で製造 |
| 日本 | 治験薬GMP通知(薬食発第0709002号)+Q&A | 市販薬のGMP省令とは別基準で、開発段階を前提に置く |
米国は、規則の適用を外しました。21 CFR 210.2(c) により、第I相に使う治験薬は 21 CFR Part 211 の適用を免除されます。ただし無法地帯になるわけではありません。連邦食品医薬品化粧品法 501(a)(2)(B) の法定CGMP要求と、治験計画届(IND)に基づく要求はそのまま残ります。何をすればその要求を満たすのかを示したのが、2008年7月に出た「CGMP for Phase 1 Investigational Drugs」というガイダンスで、免除の最終規則と同時に公表されました。第II相・第III相に進むと、免除はそこで切れて Part 211 が戻ってきます。
EUは、臨床試験規則(規則 (EU) No 536/2014)と、それを補う委員会委任規則 (EU) 2017/1569 で枠組みを定めています。2017/1569 は治験薬GMPの原則と査察の取り決めを置き、これを具体化する詳細ガイドライン(Detailed Commission guidelines on GMP for IMPs、C(2017) 8179)が別にあります。どちらも臨床試験規則の適用開始と同じ 2022年1月31日 から適用されています。EudraLex 第4巻の Annex 1無菌医薬品の製造に関するEU GMPの付属書。汚染管理戦略などを求める無菌製造の基準。詳しく →3(治験薬の製造)は、かつて旧 EU臨床試験指令(指令 2001/20/EC)の下で治験薬GMPの中心にありました。いまも二次資料や規格カタログでは、治験薬GMPを指して「Annex 13」の名称が使われることがあります。現行の枠組みを調べるなら、まず 2017/1569 と詳細ガイドラインに当たります。手順書作業の手順を定めた文書。品質システムの要素を具体化し、査察でも運用が確認される。詳しく →が Annex 13 だけを根拠に挙げているなら、参照先を現行の規則と照らし合わせておくと安全です。
日本は、通知で基準を示しています。平成20年7月9日の薬食発第0709002号「治験薬の製造管理、品質管理等に関する基準(治験薬GMP)について」がそれで、翌年には事務連絡でQ&Aも出ました。市販側のGMP省令とは別の文書で、求められる水準も別に書かれています。
ProgLoopで調べるこの製品・工程、ProgLoopで実務者に聞く関連製品や他社の使用経験とあわせて引けます。迷えば、そのまま質問も投げられます。ProgLoopで調べる段階に応じたGMP ― phase-appropriate GMP
治験薬GMPの芯にあるのが、開発の進み具合に応じて水準を上げていく考え方です。段階に応じたGMP、phase-appropriate GMP治験の実施フェーズ(第I相〜第III相)の進捗に合わせて、GMP要求水準を段階的に引き上げていく品質管理の考え方。と呼ばれます。原薬の側では ICH Q7原薬(API)製造へのGMP適用を国際調和したICHの指針。出発物質の定義や工程管理、バリデーションなどを示す。詳しく → の第19章(治験に用いる原薬原薬。精製を終えた有効成分そのもので、製剤化する前の段階を指す。詳しく →)が、この段階的な適用を扱います。
ただし「初期は何でも緩い」という意味ではありません。緩められるものと、初期から妥協できないものが、はっきり分かれます。
初期から動かせないのは、記録の信頼性と汚染の防止、そして無菌製品なら無菌性です。誰がいつ何をしたかを追えることと、交叉汚染が起きないことは、被験者の安全と、データが本物であることに直結するので、第I相でも商用と同じ水準で要ります。どこを緩めてよいかの線引きには、ICH Q9(R1) が示すリスクベースリスクの大きさに応じて管理の濃淡や頻度を決める考え方。監査証跡レビューの頻度決定に用いる。詳しく →の判断が使えます。ALCOA+が求めるデータの性質も、開発段階だからといって緩みません。
段階的でよいのは、工程そのものの作り込みです。第I相では規格も分析法も暫定でよく、プロセスバリデーションも終わっていなくて構いません。第III相に近づくにつれて工程理解が深まり、規格が固まり、分析法がバリデートされ、管理戦略が整います。
緩められるのは工程の完成度で、記録の信頼性と汚染の防止、無菌性は、第I相から商用と同じ水準で組みます。
盲検化と治験薬の表示
市販薬のGMPにない管理項目品質に影響しうる要素を、規格や手順で規定し・実行し・記録し・検証する対象として管理するもの。GMPでは原材料から出荷判定まで多岐にわたります。詳しく →が、治験ではここから加わります。
多くの治験は盲検下で行われます。実薬とプラセボ有効成分を含まないが外観・剤形などを実薬と同一に見せた製剤で、対照群への投与や盲検維持のために用いられる。詳しく →、あるいは対照薬を見分けられないように、外観も容器も表示もそろえます。同時に、緊急時には割り付けを開けられる仕組みが要ります。見分けられないことと、必要なときに見分けられることを、両立させる設計です。製造から見れば、盲検化は工程を一つ増やす操作です。そのどこかで取り違えれば、試験そのものが壊れます。
表示の役割も違います。市販薬のラベルは製品を説明しますが、治験薬のラベルは被験者と割付に結びつきます。誰に渡るどの番号なのかを示す情報が乗るので、通常の製品表示とは別の規制がかかります。
供給の追跡と対照薬の再包装
供給の側は、治験実施計画治験の目的・デザイン・方法・統計解析・実施条件などを規定した文書で、治験の実施根拠となる。詳しく →に沿って必要な施設へ必要量を届け、未使用分の返却と回収、使用記録まで追跡します。割付単位での包装、期限の管理、輸送と保管の温度記録まで含むので、市販の流通とは追跡の粒度が違います。
対照薬に市販薬を使う場合は、もう一段やっかいです。入手した市販薬を盲検化のために再包装市販品などを盲検化や治験供給要件に対応させるため、元の容器・ラベルを変えて改めて包装し直す操作。したり、ラベルを貼り替えたりします。これは品質に影響しうる操作なので、変更管理と記録の対象です。
対照薬に市販薬を使い、盲検化のために再包装やラベルの貼り替えをするなら、それは他社製品に手を加える操作です。元の包装で取った安定性データは、詰め替えた状態にそのままでは当てはめられません。詰め替え後の使用期限をどう置くかを、再包装の計画と一緒に決めておきます。
治験薬GMPを組む順番
先に決まるのは、どの極の水準で作るかです。米国だけなら 21 CFR 210.2(c) の免除と2008年のガイダンス、欧州も含むなら 2017/1569 と詳細ガイドライン、国内なら治験薬GMPの通知が基準です。国際共同治験では、いちばん厳しいところに合わせるほうが結果的に早く進みます。ここを後回しにすると、途中で水準を上げ直し、作り直したロットの分だけ時間を失います。
次に、初期から固めるものと後段に回すものを文書で仕分けます。この仕分けを書いておかないと、現場は全部を商用水準でやろうとするか、全部を暫定で済ませるかのどちらかに振れます。
そのうえで盲検化の設計として、誰が割り付けを知り誰が知らないのか、開封の手順、製造の取り違えをどこで止めるかを決めます。ここは品質保証と治験の運用が重なる領域なので、両方の担当者を同じ場に置いて決めます。
最後に、対照薬と供給の計画を組みます。再包装があるなら安定性の扱いを、供給があるなら返却と回収の追跡を先に決めておきます。
治験薬GMPで漏れやすいのは製造そのものではなく、製造の前後にある入手と回収、そして段階ごとの水準の仕分けです。
参考文献
- ICH医薬品規制の国際調和を目的として、日米欧の規制当局と製薬業界が参加する国際的なガイドライン策定機関。詳しく → Q7, Good Manufacturing Practice Guide for Active Pharmaceutical Ingredients(第19章:治験に用いる原薬)
- Commission Delegated Regulation (EU) 2017/1569, GMP for investigational medicinal products for human use
- Regulation (EU) No 536/2014, Clinical trials on medicinal products for human use
- FDA, Guidance for Industry: cGMP for Phase 1 Investigational Drugs
- 厚生労働省医薬食品局長通知 薬食発第0709002号(平成20年7月9日), 治験薬の製造管理、品質管理等に関する基準(治験薬GMP)について
- ICH Q10医薬品品質システムを定めた国際ガイドライン。ライフサイクルを通じた品質マネジメントの考え方を示す。詳しく →, Pharmaceutical Quality System
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