臓器チップ(MPS)とは? ヒト組織をチップ上で再現して毒性を読む
新薬の安全性を見極める場面では、長らく動物実験と、シャーレ上でヒト細胞を平らに広げる2D培養が二本柱でした。ですが動物とヒトでは薬への反応が食い違うことがあり、平面培養では臓器が本来もつ立体構造も、血液が流れる刺激も失われてしまいます。この二つの隙間を埋めるために登場したのが、ヒト細胞をチップの上で「生きた組織」のように働かせる第三の実験系です。

それがMPS(microphysiological systems、微小生理システム)、いわゆる臓器チップ(organ-on-a-chip微小流路を組み合わせ、血流や複数臓器の連携を模す培養デバイス。)です。切手ほどの透明なチップに髪の毛より細い流路を刻み、そこにヒト細胞を配置して培養液を流し、ときに伸縮の力を加える——この記事では、その仕組みと、肝毒性をはじめとする非臨床安全性評価ヒトへの初回投与前に、動物や試験管の実験で毒性や作用を調べる一連の評価のこと。での使いどころ、そして残る課題までを順に見ていきます。
- MPSは微小流路にヒト細胞を置き、灌流(流れ)や機械刺激を与えて臓器の機能を立体的に再現する実験系です。
- 肝チップによる薬物性肝障害(DILI)予測をはじめ、PK・毒性・疾患モデルへ用途が広がっています。
- 動物実験代替(NAMs)の中核と目される一方、利用文脈(context of use)の限定や標準化・再現性が実装の鍵になります。
MPS(臓器チップ)とは何か
臓器チップ微小流路を組み合わせ、血流や複数臓器の連携を模す培養デバイス。は、微小流路(マイクロ流路)を刻んだ小さなデバイスにヒト細胞を配置し、培養液を絶えず流す「灌流」と、呼吸や拍動を模した機械刺激を加えて、臓器の一部の機能を再現する装置です。細胞は皿の底に貼りつくのではなく、立体的に、しかも別種の細胞と隣り合って置かれます。
従来の2D培養との違いは、大きく三つに整理できます。ひとつは立体(3D)構造、ひとつは灌流による物質のやりとりと剪断(せんだん)応力、そしてもうひとつは複数種の細胞どうしの相互作用です。平面のディッシュでは失われがちな「流れ」と「隣り合わせ」を作り込むことで、細胞は生体内に近い機能を保ちやすくなります。 たとえば肝細胞は、流れのある環境で代謝酵素の活性を長く維持しやすいことが報告されています。
代表例と用途
もっとも研究が進むのが肝チップです。ヒト肝細胞に類洞内皮細胞やクッパー細胞などを組み合わせ、薬物代謝や薬物性肝障害(DILI、drug-induced liver injury)の予測に用いられます。肝クリアランス肝臓が血液から薬物を除去する能力。固有クリアランス・肝血流量・タンパク結合から予測する。を肝ミクロソームとClintから見積もる従来法を補い、細胞レベルの障害の兆候を早くとらえられる点が注目されています。
このほか、心毒性を見る心チップ、経口吸収を評価する腸チップ、中枢への移行を調べる血液脳関門血液と脳組織の間で物質の移行を厳しく制限する仕組み。抗体など大きな分子は通りにくい。チップなどがあります。さらに複数の臓器チップを流路でつなぎ、臓器間のやりとりまで見る multi-organ(ボディオンチップ)の試みも進みます。用途はPK(薬物動態投与した薬が体内で吸収・分布・代謝・排泄されていく挙動。ADCではDARが大きく影響する。)、毒性評価、疾患モデルの三方向に広がり、疾患の再現という点ではin vivo/オルガノイドの有効性モデルとも役割を分担します。
| 臓器チップ | 主な評価対象 |
|---|---|
| 肝チップ | 薬物代謝・薬物性肝障害(DILI) |
| 心チップ | 心毒性・拍動リズム |
| 腸チップ | 経口吸収・腸管バリア |
| 血液脳関門チップ | 中枢移行・バリア機能 |
適格性と課題
臓器チップを評価に使うには、「何を、どの判断のために測るのか」という利用文脈(context of use)を先に定めることが欠かせません。同じ肝チップでも、社内スクリーニングに使うのか、規制当局への提出データに使うのかで、求められる検証の水準は変わります。
臓器チップの信頼性は装置単体ではなく、利用文脈(context of use)とセットで決まります。用途を絞り、標準化された手順と再現性のデータをそろえて初めて、評価系として通用します。
残る課題は、装置やプロトコルの標準化と、施設をまたいだ再現性の確保です。細胞源やチップ設計が多様なため、結果を横並びで比べにくい面があります。それでも臓器チップは、動物実験代替(NAMs) の中核と目され、規制上の受け入れに向けた検証が国際的に進んでいます。米国FDAの適格性確認プログラム(ISTAND)では、DILI予測を目的とした肝チップの申請が受理されるなど、実装に向けた動きが具体化しています。
まとめ
臓器チップ(MPS)は、微小流路にヒト細胞を配置し、灌流と機械刺激で臓器の機能を再現する第三の実験系です。2D培養にない立体構造・流れ・細胞間相互作用を備え、肝チップによるDILI予測を筆頭に、PK・毒性・疾患モデルへと用途を広げています。実装の鍵は、利用文脈を絞り込み、標準化と再現性を積み上げること。動物実験代替の中核として、その適格性の検証がいままさに進む段階にあります。
参考文献
- Nature Reviews Drug Discovery, Organs-on-chips: into the next decade
- Nature Reviews Drug Discovery, Adoption of organ-on-chip platforms by the pharmaceutical industry
- FDA, FDA's ISTAND Pilot Program accepts a submission of first organ-on-a-chip technology designed to predict human drug-induced liver injury (DILI)
- IQ MPS Affiliate, About Us
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