臓器チップ(MPS)とは?動物試験の代わりにどこまで使えるのか

臓器チップ微小流路を組み合わせ、血流や複数臓器の連携を模す培養デバイス。詳しく →(MPS)とは、小さな板に刻んだ細い流路にヒトの細胞を置き、培養液を流して臓器の働きの一部を再現する実験系です。薬の毒性や効き目を、動物を使う前にヒトの細胞で調べる場面で使われます。
ただし、動物試験をそのまま置き換えられる段階にはまだありません。数字で検証されているのは主に肝臓のチップで、規制上の判断に使える道具として認められたものは、2026年10月の時点でありません。
どの判断なら任せられ、どの判断は動物やほかの方法に残るのかを、チップの選び方と導入でつまずく所まで含めて説明します。
- 臓器チップとは:ヒトの細胞に、血流に相当する流れと、別の細胞とのやりとりを与えて培養する実験系です。
- 動物試験の代わりになるのか:1つの臓器の細胞が薬にどう反応するかは調べられます。全身への影響や長期の毒性は、まだ答えられません。
- 導入でつまずくのは:チップの素材に薬が吸い込まれて細胞に届く濃度が下がることと、細胞のロットによる結果の揺れです。
1. 臓器チップは、ディッシュの培養に何を足した実験系なのか
臓器チップは、平らなディッシュの培養に「流れ」と「別の細胞とのやりとり」を足した実験系です。
ディッシュの底で育てた細胞には、血液のような流れがかからず、隣り合う臓器の細胞から物質を受け取ることもありません。そのため、体の中では起きる反応が、ディッシュでは出てこないことがあります。
多くのチップは、上下2本の流路を、小さな孔の開いた膜で仕切った構造をしています。上の流路に肝臓や肺の上皮などの細胞を、下の流路に血管の内皮の細胞を貼り、それぞれに培養液を流します。細胞には流れの力がかかり、膜を通して上下の細胞が物質をやりとりします。肺のチップでは、呼吸を模した伸び縮みの力まで加えます。

チップは、1つの臓器を詳しく見る単一臓器のチップと、複数の臓器の流路をつないで臓器どうしの影響まで見る多臓器のチップに分かれます。オルガノイドのような細胞の塊が「組織の形」を再現するのに対し、臓器チップは「流れと界面」を再現する点で違います。ほかの評価系との比べ方は薬効評価のモデルで説明しています。
2. 動物試験の代わりに使えるのは、どの判断か
臓器チップに任せられるのは、ある臓器の細胞が薬にどう反応するかという判断で、体全体の安全性の判断ではありません。動物試験では、薬が全身をめぐり、肝臓で代謝され、別の臓器に届き、免疫が反応するまでを1匹の中で見ます。チップに載っているのは数種類の細胞と数本の流路なので、全身をめぐる薬が複数の臓器に及ぼす影響の全体、免疫系全体の反応、数か月に及ぶ長期の毒性は再現できません。
一方で、動物ではヒトと代謝や感受性が違うために見逃す毒性を、ヒトの細胞で拾える可能性があります。候補の薬を早い段階でふるい分けたり、動物で出た所見がヒトでも起きるかを確かめたりする場面では、動物試験を補う道具として使えます。
FDAは2025年に、動物試験を減らしてヒトの細胞などを使う手法を広げる方針を公表しました。ただし、方針が出たことと、個々のチップが規制上の判断に使えると認められることは別です。動物試験を減らす手法の全体は、動物実験代替(NAMs)で整理しています。
3. 検証の数字があるのは、なぜ肝臓のチップなのか
肝臓のチップが先を行くのは、既知の薬を盲検で判定させた検証の数字が公表されているからです。
薬による肝障害は、開発の後半や発売後に見つかって薬が止まる理由の1つで、動物試験では見逃されることがあります。ヒトで肝障害を起こした薬とそうでない薬が多く知られているため、チップに答えを伏せて判定させ、当たり外れを数えられます。
2022年に Communications Medicine 誌に報告された検証では、3人のドナーの細胞から作った870個の肝チップで、肝障害を起こす薬とそうでない薬の合わせて27種類を判定しました。ヒトで薬物性肝障害(DILI)を起こした薬の87%を陽性と判定し、肝障害を起こさない薬を陽性とした例はなく、特異度は100%でした。
この結果をもとに、2024年9月、FDAの新しい評価手法の認定の試行(ISTAND)が、DILI の予測を目的とした肝チップの申し出を受理しました。2026年9月には、認定に必要な資料一式が提出され、審査はこれからです。対象は、低分子薬が成人で肝障害を起こすリスクの評価に絞られています。認定は「どの判断に使えるか」に結びついて決まるため、使い道を狭く定めて申請するのが通常の進め方です。
87%と100%は、870個のチップと27種類の薬という条件の中の数字で、ほかの臓器のチップや低分子以外の薬には持ち越せません。また、この数字はチップを開発した企業による報告なので、他の施設で同じ結果が出るかは別に確かめる必要があります。
4. 培養液をポンプで流すか、重力で流すかは何で決めるのか
流し方は、流れの強さを細かく決めたいか、多数のチップに同じ条件をかけたいかで選びます。
ポンプで培養液を押し出す型は、細胞にかかる流れの力(せん断応力)を細かく設定でき、多臓器をつないで一方向に循環させる用途にも向きます。そのかわり、装置と立ち上げの手間が増えます。重力で流す型は、プレートを傾けて液を流すため、多数のチップに同じ条件の流れを一度にかけられます。流れが往復しやすい点が弱みでしたが、ポンプなしで一方向に流す製品も出ています。
| 決めること | こちらを選ぶ場面 | 引き換えになること |
|---|---|---|
| ポンプで流す | 流れの力を細かく決めたい、臓器をつないで循環させたい | 装置と立ち上げの手間が増える |
| 重力で流す | 多数の条件を同時に比べたい | 流れの力の細かい設定はしにくい |
| 単一臓器 | 早い段階で多くの候補をふるい分けたい | 臓器どうしの影響は見えない |
| 多臓器 | 代謝された物質が別の臓器に効くかを見たい | 条件が増え、結果の解釈が難しくなる |
1回に流せるチップの数は装置によって数十から数百まで違いますが、数の多さは処理量の目安で、予測の正しさの順位ではありません。どの方式を選ぶかより先に、チップで答えたい問いが1つの臓器の反応なのか、臓器どうしの影響なのかを決めると、候補が絞れます。
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ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- Ewart L, et al. Performance assessment and economic analysis of a human Liver-Chip for predictive toxicology. Communications Medicine. 2022.(870個の肝チップ、27種類の薬、感度87%・特異度100%)
- FDA, FDA's ISTAND Pilot Program accepts a submission of first organ-on-a-chip technology designed to predict human drug-induced liver injury (DILI)(2024年9月の受理)
- Emulate, Emulate Enters Final Stage of FDA ISTAND Program for Human Liver-Chip with Submission of Qualification Package Covering Both Zoë and AVA Organ-Chip Platforms(2026年9月)
- Emulate, Validation of minimally drug absorbing thermoplastic Chip-R1 Organ-Chip consumable for assessment of liver metabolism and predictive toxicology(メーカーの検証資料)
- Simulating drug concentrations in PDMS microfluidic organ chips. Lab on a Chip. 2021.(PDMS による薬の吸収・吸着)
- ALTEX, A path forward advancing microphysiological systems(2025年。標準化、検証、規制の見通し、データ共有という課題)
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