細胞ベースの疾患モデルとは?培養皿の結果はどこまで信じられるのか

細胞ベースの疾患モデルとは、病気に関わる標的や遺伝子の変異、病態の一部を、培養した細胞に映した実験系のことです。創薬の研究者が、動物実験の前に化合物や抗体の候補を絞り込むときに使います。
ただし、培養皿で効いた結果が、動物やヒトでも同じように出るとは限りません。 細胞には血流や免疫がなく、細胞の取り違えや測定のばらつきでも結果が変わるからです。
この記事では、疾患モデルの3つの型、扱いやすい細胞株だけでは足りない理由、培養皿の結果で言えること、結果を信じてよいかの確かめ方、自分の試験で何から確かめるかを順に説明します。
- 細胞ベースの疾患モデルとは:病気で起きていることの一部を培養細胞に再現し、薬の候補がそこに効くかを測る実験系です。何を映すかで3つの型に分かれます。
- 培養皿の結果はどこまで言えるか:言えるのは「この細胞のこの反応に効いた」までです。動物やヒトで効くかは、別の試験で確かめます。
- 何で確かめるか:測定が対照をはっきり分けているか(Z′因子)と、細胞が名乗りどおりの細胞か(細胞の本人確認)の2つです。
1. 細胞ベースの疾患モデルとは何か
細胞ベースの疾患モデルとは、病気で起きていることの一部を培養細胞に再現し、薬の候補がそこに効くかを測るための実験系です。 何を映したいかで、作り方は大きく3つの型に分かれます。
動物モデルが全身の病気を再現しようとするのに対し、細胞モデルは病気の一部だけを切り出します。そのぶん映せる範囲は狭くなりますが、多数の候補を同じ条件で何度も調べられます。
- レポーター細胞株:狙うシグナル経路が働いたときに光るよう、ルシフェラーゼやGFP(緑色蛍光タンパク質)のような光る目印の遺伝子を組み込んだ細胞です。標的が働いたかを光の強さで読めるので、多数の化合物を一度に調べるのに向きます(レポーターアッセイ)。
- 標的を安定に発現させた細胞:もともとその受容体や酵素を持たない細胞株に、標的の遺伝子を入れた細胞です。標的の量と挙動がそろうので、結合や機能を数字で比べやすくなります。
- 変異だけが違う細胞のペア:病気に関わる変異をゲノム編集標的の遺伝子を狙って改変する技術。他家CAR-TでTCRを壊してGvHDを抑えるなどに使う。詳しく →で正常な細胞に入れるか、患者の細胞の変異を正常に直して、変異の有無だけが違う2つの細胞を比べます。この組をアイソジェニック細胞と呼び、遺伝的な背景がそろうため、見えた違いを「その変異のせい」と切り分けやすくなります。

前の2つの型には弱点があります。光は間接的な目印なので、光った理由が標的への作用とは別のこともあり、標的をふだんより多く出させた細胞は実際の病態とずれることがあります。
3つ目の型に近い使い方が、承認の判断を支えた例もあります。2017年5月、米国食品医薬品局(FDA)は嚢胞性線維症の薬イバカフトルの対象を、CFTR(塩化物イオンの通り道になるタンパク質)の遺伝子の変異10種類から33種類へ広げました。追加した23種類では、変異ごとに薬への反応を細胞で測った成績が、既存の臨床試験の結果とあわせて根拠に使われました。
つまり、モデルを選ぶ前に、細胞で何を確かめたいのか(標的に当たるか、変異の影響か)を1文で言えるようにしておくと、使う型が決まります。
2. なぜ、扱いやすい細胞株だけでは足りないのか
作り込んだ細胞株はがん細胞などに由来するものが多く、ヒトの正常な組織とは性質が離れているため、そこで効いても病気の細胞で効くとは限らないからです。 そこでヒトの病態に近いモデルが使われます。ただし、近づけるほど手間が増え、一度に調べられる数は減ります。
| モデル | 近づけるもの | 代わりに背負うもの |
|---|---|---|
| 作り込んだ細胞株 | 同じ条件で、多数を何度も回せる | ヒトの正常な組織とは性質が離れやすい |
| 患者由来の初代細胞 | その人の遺伝的な背景と病態 | 採れる量と増やせる回数に限りがあり、入手できる細胞の種類も限られる |
| iPSC由来の細胞 | 採れない細胞を、患者の遺伝的背景ごと作れる | 作る期間と手間、分化の度合いのばらつき |
| 3D培養、オルガノイド、臓器チップ微小流路を組み合わせ、血流や複数臓器の連携を模す培養デバイス。詳しく → | 組織の構造、細胞の周りの環境、液の流れ | 手間と費用が増え、一度に回せる数が減る |
患者の細胞から、採れない細胞を作る
体の細胞を初期化して、さまざまな細胞になれる状態に戻したものを、人工多能性幹細胞さまざまな細胞へ分化できる能力を持つ幹細胞。オルガノイドなどの出発材料になる。詳しく →(iPSC)と呼びます。患者の皮膚や血液から作れば、神経細胞や心筋細胞のように患者から採りにくい細胞を、その人の遺伝的な背景ごと用意できます。ゲノム編集で変異を直した細胞と組み合わせれば、同じ背景での比較もできます(分化の手順と品質管理原料・資材・中間体・製品を規格に照らして試験し、使ってよいか、出荷してよいかの合否を決める仕事です。GMPでは製造部門から独立させます。詳しく →はiPS細胞の分化誘導)。
この方法で候補薬が臨床試験まで進んだ例があります。慶應義塾大学のグループは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者のiPSCから作った運動ニューロンで1,232種類の承認薬を調べ、パーキンソン病の薬ロピニロールを候補に選びました(2018年)。その後の小規模なランダム化治験において被験者を実薬群・対照群などに確率的・無作為に割り付けることで、選択バイアスを排除する手法。詳しく →比較試験では、安全性が確かめられ、病気の進行を抑える効果が見られたと報告されています(2023年)。
組織の形を補う
平らな培養皿で失われる組織の立体構造や細胞どうしのやりとりは、細胞を立体に組み上げたオルガノイドや、液の流れと複数の細胞を組み合わせた臓器チップ(MPS)で補います。
このように、多数を回す最初の段階は扱いやすい細胞株で行い、絞り込んだ候補をヒトに近いモデルで確かめる順にすると、手間のかかるモデルを少ない候補に使えます。
3. 培養皿で効いた結果は、どこまで言えるのか
細胞モデルで言えるのは「この細胞の、この反応に効いた」までで、動物やヒトで効くかは別の試験で確かめる必要があります。 培養細胞には血流、免疫、ほかの臓器とのやりとりがなく、薬が体のどこにどれだけ届くかも映せないからです。
そのため細胞モデルは動物モデルを置き換えるものではなく、動物実験の前に候補と仮説を絞る段階として使われます(疾患モデルマウス、動物実験代替(NAMs))。
ただし、細胞の反応が臨床の反応と対応していれば、言える範囲は広がります。ロピニロールの試験でも、培養した運動ニューロンがよく反応した患者ほど、臨床での進行が遅かったと報告されています。
イバカフトルの例は、その対応が承認に使われた場合です。FDAは、試験管内の成績が小規模な追加の臨床試験の代わりになりうるのは、薬の安全性の実績が十分にあり、病態がよく分かっていて、その細胞系が臨床の反応を予測できると示されている場合などだと説明しています。この条件がそろう場面は限られます。
つまり、細胞の結果を社内の判断や申請の根拠に使うなら、その細胞系の反応が臨床の反応と対応するという証拠があるかを、先に確かめておく必要があります。
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ほかの会員向けの記事を見る →参考文献
- CF Foundation, FDA Approves Ivacaftor for 23 Additional CFTR Mutations(2017年5月。10種類から33種類へ。試験管内の細胞試験の成績が根拠に使われた)
- FDA, FDA expands approved use of Kalydeco to treat additional mutations of cystic fibrosis(2017年5月のプレスリリース。試験管内のデータが小規模な追加臨床試験の代わりになりうる条件)
- Morimoto S, et al. ロピニロールのALS臨床試験(iPS細胞創薬で見つかった候補). Cell Stem Cell. 2023;30(6):766-780.
- Fujimori K, et al. 孤発性ALS患者のiPS細胞体細胞を初期化して作る多能性幹細胞。同一株から繰り返し分化・製造でき均質性を高めやすい。詳しく →由来運動ニューロンを使った創薬スクリーニング(ロピニロールの発見). Nature Medicine. 2018.
- ICLAC, ICLAC Register of Misidentified Cell Lines: Version 11 Released(2021年6月)、ICLAC Terms of Reference 2022
- Rowe RG, Daley GQ, Induced pluripotent stem cells in disease modelling and drug discovery(Nature Reviews Genetics, 2019)
- Bassett AR, Editing the genome of hiPSC with CRISPR/Cas9: disease models(Mammalian Genome, 2017)
- Assay Guidance Manual (NCBI Bookshelf), In Vitro Cell Based Assays
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