ターゲットバリデーションとは?「その標的を叩けば効く」をどう確かめるか
新しい標的を一つ選び出す。それだけでは、まだ薬に近づいたことにはなりません。「この分子を狙おう」と決める作業と、「その分子を叩けば本当に病気が治る」と確かめる作業は、まったく別の仕事だからです。前者を扱ったのが創薬の標的選定と疾患仮説でした。本稿はその次の関門、選んだ標的が疾患を動かすかを検証するターゲットバリデーション選んだ標的が本当に病態を動かすかを検証すること。(標的検証)を扱います。

ここを飛ばすと、後段のすべてが崩れます。ハイスループットスクリーニング化合物を一つずつウェルに分けて活性を測る従来型の大量探索法。混ぜて選ぶDELと対比される。も、リード最適化有望な化合物(リード)を出発点に、活性を上げつつ物性を保つよう構造を調整していく段階。も、非臨床試験も、「標的が正しい」という前提の上に積み上がっているからです。土台の標的が病態を握っていなければ、どれほど精密な分子を作っても臨床では動きません。 開発の失敗の多くが有効性の欠如に由来することを踏まえれば、この検証にどれだけ確度を持てるかが、後工程の運命をかなりの程度まで決めてしまいます。
- ターゲットバリデーションは、標的と疾患の因果・叩いたときの効果・安全域を、複数の独立した証拠で確かめる作業です。
- 手段は遺伝的証拠・標的の抑制や操作・適切な実験系の三本柱で、性質の違う証拠を重ねるほど確度が上がります。
- オフターゲット効果やin vitroとin vivoの乖離といった落とし穴を避けてはじめて、その検証は信頼できます。
何を確かめるのか——「叩けば効く」の中身
その標的を「叩けば効く」。この一言には、実は三つの問いが畳み込まれています。ターゲットバリデーションとは、それらを一つずつほどいて確かめる作業だと考えると、見通しがよくなります。
一つ目は因果です。標的と疾患のあいだに、相関ではなく因果の関係があるか。病変で標的の発現目的タンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で転写・翻訳させ、機能的なタンパク質として産生させる工程。が高い、というだけでは足りません。それが病態の原因なのか、炎症などに伴う結果なのかを、介入によって切り分ける必要があります。標的を抑えたときに病態が正しい方向へ動いて、はじめて因果が示唆されます。
二つ目は効果の大きさです。標的を抑えれば病態が動くとして、どの程度動くのか。完全に抑えないと効かないのか、部分的な抑制でも十分なのか。薬でどこまで抑えられるかには限界があるため、必要な抑制度と到達可能な抑制度の見合いが、勝算を左右します。
三つ目は安全域です。標的を長く抑え続けたとき、その標的が担う正常な働きまで損なわないか。有効なだけでは薬になりません。この三つ、すなわち因果・効果・安全域をどれだけ確からしく言えるか(confidence in rationale、狙いの確からしさ)が、ターゲットバリデーションの到達点です。
確度を上げる手段の三本柱
確からしさは、一つの華々しい実験では得られません。性質の異なる証拠を重ね、どれも同じ方向を指すことで、少しずつ確度が上がっていきます。手段はおおむね三本の柱に整理できます。
一本目は遺伝的証拠です。なかでもヒト遺伝学が近年とりわけ重視されます。ある遺伝子の働きを弱める変異(機能喪失変異)を持つ人が、対応する疾患にかかりにくいなら、その遺伝子を薬で抑えることが治療につながる可能性が高い、と読めます。動物の種差を回避し、ヒトの体内で自然に起きた「実験」を観察できるのが強みです。GWAS(ゲノムワイド関連解析)による疾患との関連や、モデル動物のノックアウト遺伝子を機能破壊する編集。切断後のNHEJで生じるインデルが読み枠をずらして機能を失わせる。表現型分子が標的に結合するかなど、実際に現れる働き・性質のこと。も、この柱に含まれます。標的ごとの遺伝学的エビデンスはOpen Targetsのような公開プラットフォームに集約されており、出発点として使われます。
二本目は標的の抑制・操作です。標的の量や活性を実験的に動かし、表現型が変わるかを見ます。siRNAやshRNAによるノックダウン核酸医薬などで標的遺伝子の発現を下げること。細胞での薬効指標になる。(発現を減らす)、CRISPR狙った箇所のゲノム配列を書き換える技術。変化が恒久的で、オフターゲットのリスクが加わる。によるノックアウト(遺伝子を壊す)やノックインゲノムの狙った座位に目的の遺伝子を組み込むこと。挿入位置を制御でき挿入変異リスクを抑える。(改変を入れる)、逆に過剰発現させる操作、そしてツール化合物や標的分解誘導(標的タンパク質そのものを分解させる手法)まで、道具は幅広くあります。抑えて悪化が止まり、戻して再現する、という双方向の対応が取れると、証拠は強くなります。
三本目は、どの実験系で見るかです。同じ検証でも、舞台がずれれば結論もずれます。標的抗原の発現を確認した細胞ベースの疾患モデル、患者由来細胞、そして動物モデル——ヒトの病態にどれだけ近い系で見たかが、証拠の重みを決めます。標的が発現していない細胞で表現型を論じても、その標的の話にはなりません。
三本柱は代替ではなく補完の関係です。遺伝的証拠・標的の操作・実験系のどれか一つで決めず、性質の違う証拠を重ねて同じ結論に収束させることが、確度を上げる近道になります。
よくある落とし穴
三本柱をそろえても、落とし穴に足を取られれば結論は崩れます。代表的なものが三つあります。
一つ目はオフターゲット意図した標的以外の似た配列に結合・作用してしまうこと。核酸医薬の毒性や副作用の一因。効果です。siRNA二本鎖の短いRNAで、RISC(Ago2)を介して標的mRNAを分解する核酸医薬。ASOと製造基盤を共有する。が狙った以外のmRNAも減らしたり、CRISPRが意図しない部位を切ったりすると、観察された表現型が「標的を抑えた結果」なのか「別の何かを触った結果」なのか分からなくなります。だからこそ、複数の独立した手法で同じ結果を再現し、標的を戻すレスキュー実験で特異性分析法において、共存する不純物・分解物・添加剤などが存在しても目的成分だけを正確に測定できる能力。を裏づけることが要になります(CRISPRのオフターゲット検出)。
二つ目はin vitro生きた動物の体外で、試験管やシャーレなどを用いて細胞・組織・分子レベルで行う実験を指す用語。とin vivo生きた動物の体内で試験を行うこと。物質が吸収・代謝を受けた実際の状態での影響を見られる。の乖離です。培養細胞できれいに効いても、生体では薬物動態投与した薬が体内で吸収・分布・代謝・排泄されていく挙動。ADCではDARが大きく影響する。や代償経路、組織環境が絡み、同じようには動かないことがしばしばあります。細胞で得た確度を、そのまま生体の確度と読み替えてはいけません。
三つ目は表現型と標的の混同です。ある表現型が改善したからといって、それが狙った標的を介した効果とは限りません。表現型を起点に薬を探す表現型スクリーニングと、標的を定めて探す標的ベーススクリーニングあらかじめ選んだ標的タンパク質への結合や活性変化を直接測る創薬探索。は、この点で強みと弱みが表裏になっています(表現型 vs 標的スクリーニング)。表現型の改善を見たら、それが本当に標的経由かを、作用機序薬が効果を発揮する仕組み。抗体医薬ではADCCやCDCなどが該当し、アッセイで裏づける。のレベルまで問い直す姿勢が要ります。
まとめ
ターゲットバリデーションは、選んだ標的が疾患を本当に動かすかを確かめる工程です。確かめるべきは因果・効果・安全域の三つ。手段は遺伝的証拠・標的の抑制や操作・適切な実験系の三本柱で、性質の違う証拠を重ねて狙いの確からしさを上げていきます。そのうえで、オフターゲット効果、in vitroとin vivoの乖離、表現型と標的の混同という落とし穴を避けられれば、検証は信頼に足るものになります。標的選定疾患を治すために介入すべき分子や細胞(標的)を選ぶ、創薬の最初の工程。で描いた見立てを、後工程が乗ってよい土台へと固め直す——それがこの工程の役割です。
参考文献
- Cook D, Brown D, Alexander R, et al. Lessons learned from the fate of AstraZeneca's drug pipeline: a five-dimensional framework. Nat Rev Drug Discov. 2014;13(6):419-431.
- Emmerich CH, Gamboa LM, Hofmann MCJ, et al. Improving target assessment in biomedical research: the GOT-IT recommendations. Nat Rev Drug Discov. 2021;20(1):64-81.
- Nelson MR, Tipney H, Painter JL, et al. The support of human genetic evidence for approved drug indications. Nat Genet. 2015;47(8):856-860.
- Open Targets標的ごとに遺伝学を含む複数の証拠を集約した公開プラットフォーム。初期評価の出発点に使われる。, Open Targets Platform(標的と疾患の関連エビデンスを集約する公開プラットフォーム).
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