疾患モデルマウスの作り方と選び方:再現できること、できないこと

筋萎縮性側索硬化症(ALS)のモデルマウスで、動物実験で有効と報告された8つの化合物を、匹数と条件をそろえて試し直した研究があります。生存期間が延びた化合物は、1つもありませんでした。報告されていた「効いた」の大半は、群ごとの生存期間の平均が揺れただけだった可能性が高い、というのが著者らの結論です。
マウスで効いたという結果を、どこまで信じてよいか。答えは、どのモデルを、どんな設計で使ったかで決まります。モデルの作り方を知っておくと、受託先の提案や報告書のどこを確かめればよいかが分かります。
疾患をマウスに作る4つの道 ― 遺伝子・移植・ヒト化・誘発
病態の再現のしかたは、大きく4つあります。原因を直接いじる、ヒトの細胞を借りる、ヒトの部品を足す、外から環境を変える、です。
遺伝子改変マウス(GEMM、genetically engineered mouse model)は、遺伝子を加える(トランスジェニック)、壊す(ノックアウト遺伝子を機能破壊する編集。切断後のNHEJで生じるインデルが読み枠をずらして機能を失わせる。詳しく →)、置き換える(ノックイン)ことで病態をつくります。全身で常に変えると発生に影響したり致死になったりするので、特定の組織と時期だけで変える工夫が使われます。代表がCre-loxP系で、目印(loxP)で挟んだ配列を、Creという酵素を出す組織でだけ切り出します。近年はゲノム編集標的の遺伝子を狙って改変する技術。他家CAR-TでTCRを壊してGvHDを抑えるなどに使う。詳しく →のCRISPR-Cas9で、狙った改変を短期間で入れられるようになり、作製と交配にかかっていた時間が大きく縮みました。
異種移植(xenograft)は、ヒトの腫瘍をマウスに移す担がんモデルです。ヒトの細胞は普通のマウスでは免疫に排除されるので、免疫を欠く免疫不全マウス(NSGなど)を使います。株化した細胞を移すCDX(cell line-derived xenograft)は均一で扱いやすく、スクリーニング向きです。患者の腫瘍組織をそのまま移すPDX(patient-derived xenograft患者の腫瘍組織をそのまま免疫不全マウスに移植し、元の多様性や構造を保つモデル。)は、もとの腫瘍の多様性を保ちやすく、臨床の反応を写しやすいとされますが、生着に時間と費用がかかります。
ヒト化マウス免疫不全マウスにヒトの細胞や遺伝子を持たせ、ヒトの免疫系や標的を再現したモデル。は、免疫不全マウスにヒトの造血幹細胞血液細胞のもとになる幹細胞。採取して体外で遺伝子を編集し、体内に戻す治療に使う。詳しく →や免疫細胞、ヒトの肝細胞を移して、ヒトの免疫や薬物代謝を持たせたものです。免疫を介して効く薬や、ヒト特有の代謝の評価に使います。
誘導モデルは、遺伝子も移植も使わず、化学物質で臓器障害を起こす、高脂肪食で肥満や糖尿病を作る(DIO、diet-induced obesity)など、外からの刺激で病態を起こします。単一の遺伝子に帰せない生活習慣病に向いています。
| 型 | 見たいこと | 見えないこと |
|---|---|---|
| 遺伝子改変(GEMM) | 原因遺伝子がはっきりした疾患の仕組み | 原因が複数ある病態。作製と交配に時間がかかる |
| 異種移植(CDX・PDX患者の腫瘍組織をそのまま免疫不全マウスに移植し、元の多様性や構造を保つモデル。) | ヒトの腫瘍に対する抗がん剤の効果 | 免疫を介した効き方(免疫不全のため) |
| ヒト化マウス | ヒトの免疫や代謝を介した効き方 | 再構成が不完全で、個体差が大きい |
| 誘導モデル | 生活習慣や環境が関わる病態 | 単一の原因による疾患。ヒトの慢性の経過 |
4つの道に優劣はありません。違うのは、何を再現できて、何を再現できないかです。
選ぶ順番 ― 何を再現したいかから逆算
モデルの選択は、薬がどう効く設計かを先に決めてから始めます。
抗がん剤で、ヒトの腫瘍そのものへの効果を見たいなら、異種移植です。ただし免疫不全マウスでは免疫が働かないので、免疫を介して効く薬の効果は見えません。免疫療法なら、免疫のあるマウスに同じ系統の腫瘍を移す同系(syngeneic免疫のあるマウスに同系統由来の腫瘍を移植し、免疫を介した作用を評価するモデル。)モデルか、ヒトの免疫を持たせたヒト化マウスを使います。原因遺伝子がはっきりした遺伝性の疾患ならGEMM、肥満や糖尿病のような生活習慣病なら誘導モデルが候補です。
抗体医薬には、その一手前に関門があります。標的がヒト特有の配列を持つ抗体は、普通のマウスの標的に結合せず、薬理を評価できません。標的がマウスと交差するかを、モデルを選ぶ前に、配列や結合のデータで確かめます(薬効評価のモデルとは)。
どのモデルにも共通する限界が、ヒトとの差です。マウスの病態はヒトより単純で均質になりやすく、遺伝背景も免疫も代謝も異なります。動物で効いても、ヒトで効くとは限りません。その前段にあたる細胞ベースの評価は細胞ベースの疾患モデルで、動物を減らす流れは動物実験代替(NAMs)で解説しています。
薬がどう効く設計かを先に決め、そのしくみを写せるモデルを選びます。写せないモデルでの結果は、効いても効かなくても、ヒトでの効き目の代わりになりません。
「マウスで効いた」を信じてよい条件 ― よくある失敗
冒頭のALSの研究は、標準的なモデルであるSOD1(G93A)マウスで行われました。5,429匹の過去のデータから、結果を揺らす要因の大きさを数値にしたうえで、有効とされた化合物を試し直したところ、1つも生存期間を延ばしませんでした。匹数が足りず、動物の背景もそろっていない試験では、薬が効いたのか、ばらついただけなのかを区別できません。
系統の落とし穴も、よくあります。実験用マウスでもっとも使われるC57BL/6には、亜系統があります。C57BL/6Jは、Nnt(ニコチンアミドヌクレオチドトランスヒドロゲナーゼ)という遺伝子の一部を欠いていて、C57BL/6Nは欠いていません。血糖や肥満を見る実験では、この2つで結果が異なるという報告があります。ただし報告は割れていて、差が出るかは、血糖の測り方や餌の条件にも左右されます。だから、「C57BL/6」とだけ記録せず、亜系統(JかNか)、入手元、遺伝子改変系統なら戻し交配の世代まで書いておきます。
ほかにも、雌雄、週齢、飼育環境、群ごとの匹数とその決め方が、結果に効きます。動物をどの群に入れるかを無作為に決めたか(無作為化)、評価する人がどの群かを知らずに測ったか(盲検化治験において被験者や評価者が実薬とプラセボ(対照薬)のどちらを投与されているか分からないようにする手法。詳しく →)も、結果の偏りを左右します。動物実験の報告に最低限書くべき項目をまとめた指針ARRIVE 2.0は、必須の10項目に、匹数の根拠、動物を実験に含める基準と除外する基準、無作為化、盲検化を含めています。
「効いた」の中身も確かめます。腫瘍の体積が縮んだのか、生存期間が延びたのか、行動の指標が改善したのか。そのモデルの指標が、ヒトの臨床での指標と対応しているかで、結果の重みが変わります(バイオマーカー・PD評価)。
設計の弱い試験で出た効果は、薬の効き目とばらつきを区別できません。モデルの種類より先に、匹数・系統・盲検化を見ます。
明日から確かめられること ― 受託先と報告書
疾患モデルの試験を発注するとき、報告書を受け取るときに、次の点を確かめます。
- このモデルで再現するもの、再現できないものが、文書に書かれているか
- 系統名が亜系統まで書かれているか(C57BL/6Jなど)。入手元、遺伝子改変なら遺伝子型の確認方法と戻し交配の世代
- 雌雄、週齢、1群の匹数と、その匹数の根拠
- 群分けの無作為化と、評価者の盲検化の有無
- 既知の薬(陽性対照)が、期待どおり効いた実績があるか
- 評価項目が、臨床の指標とどう対応するか
- 免疫不全マウスやヒト化マウスなら、移植した細胞の由来(患者か細胞株か、ドナーの数)と、生着の確認
- 動物実験委員会の承認、3Rs動物実験を代替・削減・洗練する原則。使用を必要最小限にとどめる考え方。詳しく →(代替・削減・改良)の考え方、ARRIVE 2.0に沿った報告
- 個体ごとの生データを提出してもらえるか
この前後の工程は、標的を確かめる標的検証、モデルで効いたあとに人への初回投与量を考えるNOAELからHED・MRSDへ、動物で見られる安全性は非臨床の毒性試験・安全性薬理で読めます。動物の体内で薬や細胞を追う道具は生体イメージング、動物の前段の評価系はオルガノイド培養キットの製品ガイドで比べられます。
参考文献
- Scott S, et al. Design, power, and interpretation of studies in the standard murine model of ALS. Amyotroph Lateral Scler. 2008;9(1):4-15.(5,429匹のデータから要因を数値化し、8つの化合物を試し直した)
- Freeman HC, et al. Deletion of nicotinamide nucleotide transhydrogenase: a new quantitative trait locus accounting for glucose intolerance in C57BL/6J mice. Diabetes. 2006;55(7):2153-2156.(C57BL/6JのNnt欠失。Diabetes誌には図の一部について訂正が出ている)
- The Jackson Laboratory, Cause of impaired glucose tolerance in C57BL/6J mice discovered(2006年10月)
- Percie du Sert N, et al. The ARRIVE guidelines 2.0: Updated guidelines for reporting animal research. PLoS Biol. 2020;18(7):e3000410.
- Heyer J, Kwong LN, Lowe SW, Chin L. Non-germline genetically engineered mouse models for translational cancer research. Nat Rev Cancer. 2010. PubMed
- Hidalgo M, Amant F, Biankin AV, et al. Patient-derived xenograft models: an emerging platform for translational cancer research. Cancer Discov. 2014. PubMed
- Shultz LD, Brehm MA, Garcia-Martinez JV, Greiner DL. Humanized mice for immune system investigation: progress, promise and challenges. Nat Rev Immunol. 2012. PubMed
- The Jackson Laboratory. What is a (JAX) humanized mouse? JAX Blog, 2025.
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